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クリア:本上 如月(ダンジョン:× 掲示板ネーム:名無し)1

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「おっ……とと……?」

 如月が転移後の不快感を想定していれば、まず場所自体が想定外。
 真っ白く、何もない空間。
 酷く重く感じる体。
 まるで腕がなくなってしまったかのような、そんなわけはないのに不便さを訴える気持ちが何か如月の中にある。

(これは……? 転移した後の副作用とはまた違う感じだ……うん? うん。なるほど?)

 その場で色々な体の感触を確かめる。
 手を一本一本動かしてみたり、足踏みをしてみたり。

(感情的なものはそのままなのは幸いだな。今更、あのモノクロの景色にかえるというのは吐き気がする。まぁ、その時はその時の性格までも戻っているということに他ならないから、自害すらも考えないだろうが。うん、こうした思考ができることこそ、私が色を感じられるようになった私のままであるという証明だな。で、あるのならば何も問題はない)

 ぐるりと、余裕そうな、楽しそうな笑顔を張り付けたままに視界を360度一周してみる。
 何もない。

「んー」

 視界の端にゴミのようなものが映っていることはすぐに気づいていたので、何もないことを確認して、一応いくらか走ったりなどもしていた後、仕方なくといった様子でそのゴミのようなものに注視すれば、広がるようにウィンドウ。

『こんにちは』
「あらまぁ、こんにちは。ご機嫌いかがですか?」

 何事も起きていないように、平然としたまま挨拶の文字が表示されているウィンドウに向けて挨拶を返した。
 文字に対して言葉で反応がくるかどうかはわからなかったが、それでどうやら問題はないらしく、答えが表示される。

『ご機嫌はまぁ悪くはないかな』
「それは何よりです。ええっと、これ、私はクリア、ということですか?」
『そうだよ。あなたはもういいかなと』

 首を捻る。

「ヘルで上にしかいけない転移券を使うとクリアになるということですか?」
『それは違う。クソゲにはいけないのは確かだけどね』
「あら、それは残念ですね。クソゲといわれる人たちと2人きりになれるかと思ってわくわくとしていたのですけれど」

 1人になる可能性もあったが、それはそれで、と如月は考えていた。
 次はクソゲと呼ばれる、基本的に1人しか存在しないらしいダンジョンにいくだろうと思っていたし、そういう予定で行動していた。そうでなくとも、ヘルの別のダンジョンにいくのではないかと考えていた。
 今、この状況というのは、如月にとっては想定外。

『クソゲにはいけないよ。どちらにせよ』
「あら、それはずるい独り占めですか……? 悲しいです」
『独り占め? おもしろい言い方だ。でも、それも違うかな。最初からね、違うんだよ』
「違う?」
『そう。違う』

 幼い感じである、という印象を如月は相手に抱いた。
 感情を強く感じることができるようになってからの如月は、自信も相当欲望に沿った行動をしてきたことを自覚しているが、なんというか、それでも子供っぽく感じる何かが相手にはある。

『ヘルまでと、クソゲというものには明確な違いというやつがある。まぁ、ヘルまでもいくつかのものにはそれらが影響しちゃった部分はあるんだけどね。やろうと思ってそうしたわけじゃないんだから、それは仕方ない』
「管轄違いか何かですかねぇ」
『クソゲにはいろいろと手が入ってる。だから、正直クソゲだけはクリアが前提とされていないっていうかなんていうかね。言い方はすごく悪いけど、実験みたいなものだよ。まぁ、不本意ではあるからなるべく優遇したかったんだけど、それもダメってね……ま、我儘のいいすぎはよくないしね、仕方ないね……できることとできないことがあるから』

 言い訳じみているような会話の流れから、如月はこの拉致というか、ダンジョンに関わっているものが複数人居るのだろうということがわかる。仲も少なくとも表面上はそう悪くはしていないのだろうことも。
 だからといって、それ自体にはあまり興味はわかなかった。攫われた状態であることもどうでもいいのだ。むしろ、感謝しているくらいなのだから。

「私が遅れてその実験に参加することができない、ということです?」
『そうだね。だいたい、させる理由もないでしょ? わざわざ地獄送りにしようなんて趣味はないさ』
(ダンジョン自体が地獄という発想はないようだ)

 如月は、自身にとっては新たな楽園のように感じすらしていたが、多くのものにとってここは決してそうでないことも理解している。だからこそ、不和を起こしやすくそれが楽しめるというものでもあったのだ。

 そして――この相手が本心を話しているというのなら、これは少なくとも本人? にとって善意の行動である可能性が高くなった。
 この、無理やりにしか思えぬ唐突な、死ぬに死ねない状態に押し込めるという行動を。

(わかりきっていたことだけれど、やはり殺すことが目的ではない。クリア、というものが死であるという発想はした――苦難の先に救いとしての死を与えることで、絶望なり歓喜なりを楽しむなりの目的の可能性も。しかし――どうにも違うようだね? よくわからないな。なぜ、ダンジョン? とかいう場所を用意してそこにつっこんでいるんだ? クソゲは実験と明言していて、それが正しいというのなら、箱庭というか、檻でモルモットを飼うようなものでわかりやすくはある)

 相手がいるわけではないが、ニコニコとした表情は崩さぬままだ。
 相手を不快にすることを恐れているという訳ではなく、ただそれが便利だからという理由と、今ここで不快にさせても得がないからという理由である。

(他は実験ではなく、別の目的に沿っていると思われる。キッカーという存在から、追い出しにかかっているように思える。クリアしてほしい? 何故? クリアさせることが目的? それにどういう意味がある? あぁ、まだまだ楽しめそうなのかな?)

『まぁ、大体からして、流れからしてヘルからクソゲって意味わからないでしょ? だから、別々だという意味を込めたつもりだったんだ。最初は、全く別枠でーって考えられてたんだから、本当に、これでも頑張った方なんだよ? 最低限度ではあるけど』
(ヘルまではまっとうですよ、と。なかなか素敵な性格をしているな)

 ヘルまでは自分の管轄だからまともであり、クソゲは別のものという意味で糞みたいなゲームっぽい環境だから別ですという感じで名付けたらしい。

 今もなお、如月としては見ていてわくわくするほど苦しんだり悲しんだりしている人間がいるというのに言い切れるというのはむしろほれぼれとする。如月以外の人間なら、多くはふざけんなぶっ殺すぞ、等といいたくなるような事である。

「クソゲにも人は多かったんですか? 掲示板で見た限りだと、かなり少なく見えるのですが」
『ああ、いや、全体からするとそうでもないかな。ほぼランダムで、まぁ、その中で1人でもいけりゃいいか、くらいのものっぽいらしいよ。予想以上に残っているみたいだけどね。逃げる手段も残してあげてるけど、意外にそこは少ないんだよなぁ』
「――逃げる手段?」
『死にまくって合わせきれば、こっちの管轄にできるようにしてるんだよ。そこはほら、最低限必要じゃん』

 それはまた、と如月はため息をつきたい気分になる。
 どうやら、この相手は自分とは別方面にずれた人物であるらしいということがわかった。
 他人の気持ちというのが、察知できないタイプであるらしい。

(一般的な感性なら、あの死というものを何度も経験すること自体遠慮したいだろう。あわせきれば、という部分がよくわからないが、削られ切れれば? ということなのかな? というか、どうにもクソゲの死の体験は他の難易度よりもさらにきつそうだというのに、それを繰り返すことができる人間が多いとでも思っているのかな? いや、餓死するなりで強制的にそうなるからって話か? それって救済措置と呼んでいいのかな?)

『ま、クソゲの話はいいや。あなたに、一応タイミング違いでクリアさせたからお話ししに来たってだけだし』

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