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4つの点がそこにある。出来上がるのは三角形7
しおりを挟む目をそらして生きてきた。
初めから、愛情というものを実感できずに生きてきたアベルという人間は、その表し方も知らないし、わからない。
唯一、与えてもらったそれを使う事しか知らなかった。
それが、愛ではなく、趣味だとか好みの産物でしかない、主に情欲で形成された何かであることはもう理解できていても、それはアベルにとって唯一、与えられた優しさであったから。
自分の嬉しいことを人にしよう。
自分が嫌だと思う事をしてはいけません。
そんな教育があった。
アベルには、自分が喜ぶことの想像ができない。
欲しいものはある。
しかし、どうしてもそれを与えるという想像ができないし、どうすれば得られるかということも知らないから。
だから、それはきっとアベルにとって愛情を求める叫びだったのだ。
他人に嫌そうな顔をされても、冗談だと思われても、そういう欲求の塊だと思われても。
叫び続けるしかなかった。
もう、どうしようもなく手段がわからなかったから。
せめて、優しさをもらえたと経験からも実感できるそれを求めていただけ。
目をそらして生きてきた。
本当は――いくら頑張ってもくれやしない、他人を恨んでもいたんだってことは。
「私の夢は話したけど、アベルさんの夢ってなぁに?」
「……夢?」
「そう、夢。こうなりたいとか、ああしたいとか、最終的にあれが手に入れられるようになりたいだとか? そういうやつ」
「――そんなこと、考えた事なかったかも。いつだって、僕はただ、寒がりなだけだったから、温まることだけで必死だったのさ」
それを、アベルは自覚してしまって。水を汚してしまったような思いで。
そうしたら、恨みを向けてくるやつなんて、そりゃあ好きになってくれないよな、なんて、何か力が抜けてしまっていって。
他人はきっと、これを自暴自棄と呼ぶんだろうなと、いや、元からそうだったのか? と、最近よく自嘲するようになっていた。
非日常が混ざることで、アベルはある種の冷静さを得た。それが幸せかどうかは別にしても、自分の発言や行動を顧みれるような、そういうきっかけを得た。
「そうなんだ。ちょっとポエムすぎてよくわからないけど――あぁ、でも、私も、確かに寒いのは寒かったのかな。今は、ちょっと光が見えている気分だけど……寒いのは、痛いもんね。私は人を温めるほどの火にはなれないけど、それでも少しはましになるだろうし、寒くなったらまた一緒にいよう?」
そのきっかけになった人。
好意を抱いた人が、無感動でも敵意でもないものを向けてくる怖さというものも教えてくれた人。
本人に自覚はなくても、落ちていく心にそっと手を添えてくれた人。
それが、自分の目的に繋がるからやっているだけの事だと理解できていても、それでもアベルは嬉しかったし、感謝した。
リップサービスだろうが、なんだろうが、それは始めて得たような、小さな光だった。
そして、会うにつれ話すにつれ、手放したくない輝きになった。
本気で思うままそういう発言をするのはやめ、一応キャラクターとしては続けても、そぶりはしても、由紀子以外は求めなくなった。
他人でしかなかった家族への感情も、少しづつ整理できるようになっていた。
しかれども、やはり勇気は持てないままで。
声と唾と羽を吐き出しながら、譲司は吠えた。
譲司という人間は口が悪い。
すぐ人を煽るようなことをいうし、よくそれでキールに咎められたりもする。
それでも、キールは友人だというし、いじってくる人間も減る様子はない。
口が悪いが――助けたがりなのだ。
それは、お人好しというどうしようもない人種なのだ。
ここにきて、1人でならすぐにでも飲まれそうなくせに、他人を気遣うために吼えようと思え、それができるほどのどうしようもなさ。
それは無責任な咆哮だ。
正直、何の解決にもなっていないし、譲司自身も解決方法があるわけでもない。
それでも、残っているプレイヤーには小さくとも光に見えた。
「ぎへぇ」
その声で、その行動で――我に返ったアベルが鳥になりかけ状態のプレイヤーの首を落とした。
耐えるだけで精いっぱいらしかったプレイヤーの首は、強化全開でスキル増しのそれでぽろりと転がる。
「おまっ……え……? いや……そうか。そういうことかっ」
それを咎めようとしたか声を上げた譲司だったが、何をしたいかを理解して己も近くのなりかけているプレイヤーの首を落とす。
へたって妙な鳥のような生き物になったプレイヤーと違い、今アベルが首を落としたものはそういうものになるそぶりはなかった。
まだそれは、人と呼べる形を保っていた。
「いいかっ、心を強く持てよ! そしたら、俺かアベルが殺してやる! きっと、成りきる前ならチャンスがあんだよ! そう信じるんだよ! 俺らが殺すまで、耐えろ!」
暴言のような救済を叫ぶ。
譲司は、自分にその片鱗が表れているからこそわかるのだ。
これが進み切れば自分は自分でいられなくなる、この押し付けられる幸福に満たされたら終わりだ、と。
逆にいえば、自分が自分でいられるうちは、まだ範囲内だと。
証拠が出せるわけではない。100%の確信があるわけではない。それでも、なりきってしまうよりは可能性が高い事だけはわかるのだ。
ぎゃーぎゃーと、鳥が鳴いている。
邪魔もせずに、劇を見るようにただじぃっと見て鳴いている。
うめきと嘆きが渦巻くプレイヤー側とは大局的な、楽し気に聞こえる鳴き声。
不安をあおるようなそれを無視して、アベルも譲司も首を落としていく。
ふと、変化のないらしい人間を譲司は見つけた。
キールや譲司などの人望を現すように結構な人数のプレイヤーは、首を落とす2人と、恐らくキール、そして――どこか楽し気に笑っているままの如月以外は全て大なり小なり変化している。
「如月、笑ってねぇでお前も動けんならっ――!」
「はぁーあーいー」
ばつん! と何かを破裂させるかたたきつけたような音。
微笑んで辺りを見回していたらしい如月に対して、正気なら手伝え、と、声を張り上げようとした譲司に対して、気の抜けた返事をして――譲司の頭を手に持っていたメイスで粉砕した。
ばらばらと、砕けた白いものや赤いものやピンクのものなどが散らばった。
ぴゅーぴゅーと、ちょっとした噴水のように血を吹きだした後、とさりと譲司だった体が地面に倒れた。
即死だ。
前衛特化であり、このダンジョンでもトップクラスの、対策しているであろう防御策を抜く一撃は、とても自称後衛とは思えないものだった。譲司が宣言してから、あえて防御を抜いた状態のプレイヤーを殺すのとはわけが違う。
アベルは、他のプレイヤーの首を落としながらそれを見ていた。
それを見てか、幾人かのプレイヤーは変化が加速してしまった。
「お疲れ様でしたー。きっと、譲司さんはまだ大丈夫ですよー……ってもう聞こえませんよねぇ、ふふ」
だから、そう如月が呟いた時にアベルが首を落としたそれが最後だった。
他はもう――きっと、手遅れ。
首が落ちた死体と、幸せそうないびつな鳥のようなものが落ちているだけ。
短い出来事だった。
キールがふっ飛ばされ、まだ数分も立っていない。
それなのに、攻撃という攻撃すらしている様子もないのに、立っているまともなプレイヤーはアベルと如月の2人。飛ばされたキールがそうでも、併せてたったの3人。
どうしようもない。
もはや、残ることに意味があるのかという状態だった。
鳥のような生き物に変わらずとも、今は攻撃してこないモンスターが一斉にくるだけでも詰みなのだ。
ふぅ、とアベルは息を吐いた。
場所に、状況にふさわしくない、一仕事終えたようなため息だった。
この場に残った2人はお互い見合う。
「あとは、キールさんですかねぇ」
「……君は?」
「あはは、私はまだいいです。影響ないみたいですから。ほら、鳥さんたちも笑ってるだけで何もしてきませんし? アベルさんも大丈夫そうで何よりです。ねぇ?」
アベルと同じように、如月はなんとも場にふさわしくなく、困ったように頬に手を当ててふわりと笑った。
それは、出発してから今まで何一つ変わっていない笑みだった。
数秒見合った後――アベルは、何を言うでもなく如月から目をそらした。
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