十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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ハードの余裕のある風景

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「構えっ!」

 大きく声が響く。
 鍾乳洞じみた、空の見えない石に囲まれた場所はその広さもあってよくよく声反響する。

 岩の柱や針のように地面や天井から突き出す岩がある中、周りは人、人、人の群れ。
 向かうはモンスター――プレイヤーたちからは、ボスと呼ばれる強い個体。

 それは巨大な白い塊のように見える何かだ。足が数本あり、目が無数に光を放っている。
 数メートルはあるだろう天井に背をこするほどの大きさであるためか、動きにくそうに思える。

 それを補う為だろうか、虫のような小ささの同じような個体が蠢いている。その数は、どうにも数えることができないほどに辺り一面に。

 不幸中の幸いといえるのは、それらはどうにも動きが鈍いという事だろうか。
 なんというか、意思が弱いというべきかもしれない。
 これをプレイヤーは難易度と、なにより意思の有無による格差だと認識している。

「バフ! はじめぇ!」

 中空に綺麗な花火のように声や光が舞う。

 色とりどりの光は、強化する際のスキル光だ。効率、統率のため、強化をかける者たちは全てGシステムというものを導入している。一定以上では害悪とされつつあるGシステムと呼ばれるそれも使いようだ。覚えさえすれば一言で同じ魔法が同じようなタイミング、同じ強化率、同じ効果時間で発動する。そこには個人の能力による過不足がないのだ。管理はしやすく、集団ならメリットに転嫁できる。

 広い部屋のようになってはいても、薄暗いダンジョンの中で行われるそれは、祭りを盛り上げる光のようで、どこか幻想的でもあった。

(律儀に待つものだ――NPC魂がないとはこういったことか)

「戦闘を始めるぞっ!!! 遠距離、構えぇ!」

 声を出しても反応しない。
 それを見た、近距離突撃隊に属する一人のプレイヤーは哀れにも思う。

 ノーマルにも時折存在する、ハードにもそこそこいる、明らかに思考があり、生き物である敵と比べて、NPCたまなしなどと俗称で呼ばれるそれらは、見ればわかるほどに意思というものが薄いのだ。
 だから、それを哀れに思った。

(こんな場所で、死にきれねぇとしたって、自分の意思でそうしたいもんだよなぁ――かといって、手加減なんかできねぇんだけどな)

「撃てぇぇぇ!」

 また1つ声が響けば、統一された声が響いて、無数の攻撃が飛んでいき、楽器を弾くように様々な音が反響していった。



 戦いの終了はそう遠い話ではなかった。
 想像できないような力があっても、意思がなければ、使いこなせなければ、統一された無数の暴力には叶わなかったらしい。

 ナイトメアから敵の死体は消えないものの、ハード以下では敵の死体は消えるものだ。
 血なまぐさいような、どくどくの臭いだけを残して、そこは何もなかったように綺麗になっている。
 みな一息ついていて、各々が回復や雑談をしていた。

「余裕だったな。四肢が何本か使えなくなるレベルの怪我はあっても、誰も死んでねぇ。NPCタマナシとはいえ、やばそうな気配はあったがなぁ」

 大柄の、よく体が引き締まった大きな現実味のない剣を背負った大柄な男が、ジャーキーのようなものをかみちぎりながらそう呟きを落とした。

「それはそうだろう。いっただろう、こんなものだ」

 それに、この群れのリーダーである長い髪を後ろでまとめた鋭い目つきをした女が細巻きの葉巻を咥えて火をつけながら返答した。

「煙い。閉鎖空間で吸うなよ。後、警戒心はどうした?」
「ふん。見ろ、。想定通り、アレがラストボス門番であったらしい。情報通りなら、出口が現れた後には何もない。それに、警戒していないわけではない。もう、程度というものが知れたというだけの話だ」
「これは余裕というものだ――とでもいいてぇのか」
「わかってるじゃないか」

 女は嘲笑うように口の端を歪め、そのまま煙を吐き出す。
 男は鬱陶しそうにそれを見るものの、文句を言うのは諦めたらしく、肩をすくめるにとどめた。

「こんなものだ、こんなものだよ。邪魔というやつが入らなければ、愚かな愚図がいなければ、だ。どうにもお優しい設定をされているんだ、それはそれは楽に終わるさ。人間程度の知能さえあればな」
「皮肉るなぁ……物語めいてはいても、そうしてやる必要なんぞはってことだよな」
「そういうことだ。協力できる奴を選定し、集め、できるようにできるやつが教育してやる。それだけでいい。死ねない? 好都合だ。できるまで訓練ができる。蘇っても、恐怖は残る。その方法を知っていれば、狂人や狂犬以外なら飼いならすなり潰すなりはできるものだ」

 つまらなそうに鼻を鳴らして、気分を変えるように煙を吐き出す。
 実際、愉快でもないのだろう。

「そういうやつがいた場合は、殺せるほうがよほど楽だったがね。いないのは幸いだった。そういったやつの心を折るのは面倒だ」
「こええなババァ」
「まだ20代の若者に何をいうのか。殺すぞ」
「マジで殺気出してんじゃねぇ、遠い仲間びくついてんじゃねぇか。大体ギリギリだろうが。10代から見りゃ、おばさん扱いは妥当だぞ」
「解せぬ」

 やったことは単純だ。
 より多くで協力して、集団にて効率よく攻撃し、効率よく防御でき、効率よく回復し、効率よく動けるようにしていっただけだ。

 それができないから、他のダンジョンでは争いなどが人同士でも発生しているわけだが、いくつかのダンジョンではこういったパターンも起きてはいる。

 もとより――ヘルでさえ、うまく協力できればそこそこの余裕ができて攻略できるようになっているのだ。ハズレ扱いされているようなスキルだって、集団なら使えるというパターンは少なくない。

 ただ、難易度が上がるほど余裕はなくなるし、PTの人数も少なくなる。誤射等にも気をつけねばならないし、統率できる人間がいなければ戦力が低下する可能性もあるし、邪魔をしてくるやつも出る。

 ほとんどのダンジョンではそうは上手くいかないのが現状だった。
 この男女は、即座にこうなるように動き出した異例の1つだ。知り合いでないのにこうして気が合ったか、協力体制を築いて大きくし、今に至っている。運も、才能もあったといっていい。

「ぼちぼちハードでもクリア寸前出口まで到達したってのは出てきてるみてぇだし、まぁまぁかね」
「貴様の感想はどうでもいいが――さて、これからだな」
「お前は、もうちょい仲間をいたわることを覚えろよ……若者の心を理解できねぇババァ嫌われるんだぞ?……ともかく、クリアするか、しねぇか。どうしたもんかね」
「黙れ老け顔がぶっ殺すぞ……まだ、待ちだな。まだ待ちでもいいはずだ。だが、クリアできるとなれば緩みはどうしたってでる。第一目的は果たしたから、それでもいいといえばどうでもいいが」
「もしかして、のために人は選定するんだったか。いきなり切り捨てられるやつは可哀そうにねぇ」

 クリアできる状態でも、クリアしていないものは予想以上に多い。
 ここから出たいものでもだ。

 それは、出口が本当に望んだ場所に出る確証がないままだからだ。
 続きが予期せぬものである可能性があるから、まだタイミングを見ているもののほうが多かった。

「モノのはなくなるかもしれん。力も、与えられたものだ。信用などできん。だが、人は使いまわしが可能だ。三つのうちでは人が一番そうできる可能性が高い。そうだろう? そして、当然ないよりあったほうがいいのさ。だが――使いまわすにしても、それは有用なものに限る。ギリギリ使えるものを使う余裕があるとも限らんからな。持っていけるなら、いいものを選びたいな? それが当然だろう?」

 どこにでるのか。
 どこにいくのか。
 それにどうにか備えようとしているもの、別の出口などを探すものも、少なくはない。

「元の日常に、平和的に戻れるとしても、人なら無駄にならんしな」
「選ばれる奴に哀れさを覚える」
「喜べ、老け顔。貴様は確定だぞ」
「ぶち殺すぞババァ」
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