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シトゥルスヌーの機関車
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「なぁ、シトゥルスヌーの機関車って知ってるか?」
突如、耳に入り込んで来たその言葉に、オレはコーヒーを飲む手を止めた。
「しとぅ……ぬう? なんだそりゃ?」
もう一人の声の主が尋ねた。オレは、ぬるくなったコーヒーカップを両手に持ちながら、良く聞こえるように椅子の背にもたれ掛けた。
盗み聞きは行けない事は分かってる。そんな趣味も無い。ただ、何故かその言葉に惹かれたのだ。
「シ・トゥ・ル・ス・ヌー・の! き・か・ん・し・ゃだ!!」
最初に発言した男が声を荒らげながら繰り返した。そこまで熱く言う事なのか?
男は続けた、
「ポッポーって汽笛を鳴らして走る蒸気機関車だよ! ほら、チビの頃に見てたアレだよ!」
(トーマスな)
「あー! 眼鏡かけた子供が魔法の木の枝を持って学校に向かうために乗ってたあの電車か?」
(電車ではない。そもそも、例えが雑だな)
「そう、それだよ。その機関車がさ、小さな島の間を掻い潜って走ってるのを見かけたって───」
「は? ちょっと待て、「島の間を掻い潜って」って……海の上を走るって事か?」
話を遮られ、男は怒ったように続けた、
「だからそう言ってんだろ? 夜中に突然、汽笛が聞こえて、外に出て見たら、海の上を走る機関車を見かけたって、朝、ニュースでやってたんだ」
(ニュースで報道されるってどれだけ平和なんだ)
「でもさ、可笑しくねえか? 蒸気機関って石炭で走るんだろ? 海の上を走ったら火が消えねえか?」
「そこが謎なんだけどさ、ロマン感じねぇか? 海の上を走る蒸気機関なんて矛盾があって最高じゃんか!」
ずいぶん、ファンタジーな思考だな。
男の二人組は何故かそこで会話を中断し、「やべ! 講義が始まる」と言って、席を慌ただしく立つのが聞こえた。この辺りにあるK大の学生か。
振り返ってみると、リュックを背負って去って行くイマドキ風の学生がテイクアウト用のコーヒーを抱えて楽しそうに笑っていた。
話をもっと詳しく聞きたいと思ったが、不審に思われると面倒なのでやめた。
カフェを後にし、オレは図書館へ向かった。
借りたい資料があって立ち寄ったのだが、ついでに『シトゥルスヌーの機関車』という言葉を探してみる事にした。しかし、何処にもそれらしきものは見当たらなかった。
貸し出し用のパソコンで検索しても該当無し、本棚を探して電車辞典という本を手に読み漁ったが空振りだった。
唯一それらしいものが出てきたのは『シトゥルス』というスペイン・バルセロナにあるレストラン名だけ。
埒が明かないと感じたオレは、検索する手を止めて、目的の資料を借り、帰宅の途に就いた。
「シトゥルスヌーの機関車……」
シトゥルスヌーというのは人物の名でそいつが作った機関車って事なのか? それとも地名か? しかし、シトゥルスヌーという地名は何処にも存在しない。ましてや、『ヌー』という言葉が余計だ。
ニュースでやっていたと、あの大学生は言ってた。オレはスマホを取り出して、検索エンジンで「ニュース」の項目をタップしてその謎の言葉を入力した。
やっぱり出て来なかった。
学生の聞き間違いだったのか、勘違いなのか、それとも……夢の話か。
だったら、夢だって言うはずだ。
考え事をしながら歩いていると、気付けばもう自宅の前に到着した。いつもの事だが、何故だろう、今度はやけに早く感じる。
鍵を開けると、思わず顔をしかめてしまう。煙草の臭いと、何度洗っても消えない塩素の様なニオイのするベッドシーツや枕の臭いだ。
汚部屋を横切り、窓を勢いよく開け放った。まだ秋には程遠い、夏の残り香が部屋中を包み込んだ。足の踏み場もないオレの部屋は「片付け」という威力を思い起こさせない程、紙の山で散乱している。
『〆切一ヶ月!!』
壁全面に貼られた付箋を一瞥して、すぐに目を逸らした。
(分かってるよ!!)
オレは怒りに任せて洗濯物の山を蹴飛ばした。
突如、耳に入り込んで来たその言葉に、オレはコーヒーを飲む手を止めた。
「しとぅ……ぬう? なんだそりゃ?」
もう一人の声の主が尋ねた。オレは、ぬるくなったコーヒーカップを両手に持ちながら、良く聞こえるように椅子の背にもたれ掛けた。
盗み聞きは行けない事は分かってる。そんな趣味も無い。ただ、何故かその言葉に惹かれたのだ。
「シ・トゥ・ル・ス・ヌー・の! き・か・ん・し・ゃだ!!」
最初に発言した男が声を荒らげながら繰り返した。そこまで熱く言う事なのか?
男は続けた、
「ポッポーって汽笛を鳴らして走る蒸気機関車だよ! ほら、チビの頃に見てたアレだよ!」
(トーマスな)
「あー! 眼鏡かけた子供が魔法の木の枝を持って学校に向かうために乗ってたあの電車か?」
(電車ではない。そもそも、例えが雑だな)
「そう、それだよ。その機関車がさ、小さな島の間を掻い潜って走ってるのを見かけたって───」
「は? ちょっと待て、「島の間を掻い潜って」って……海の上を走るって事か?」
話を遮られ、男は怒ったように続けた、
「だからそう言ってんだろ? 夜中に突然、汽笛が聞こえて、外に出て見たら、海の上を走る機関車を見かけたって、朝、ニュースでやってたんだ」
(ニュースで報道されるってどれだけ平和なんだ)
「でもさ、可笑しくねえか? 蒸気機関って石炭で走るんだろ? 海の上を走ったら火が消えねえか?」
「そこが謎なんだけどさ、ロマン感じねぇか? 海の上を走る蒸気機関なんて矛盾があって最高じゃんか!」
ずいぶん、ファンタジーな思考だな。
男の二人組は何故かそこで会話を中断し、「やべ! 講義が始まる」と言って、席を慌ただしく立つのが聞こえた。この辺りにあるK大の学生か。
振り返ってみると、リュックを背負って去って行くイマドキ風の学生がテイクアウト用のコーヒーを抱えて楽しそうに笑っていた。
話をもっと詳しく聞きたいと思ったが、不審に思われると面倒なのでやめた。
カフェを後にし、オレは図書館へ向かった。
借りたい資料があって立ち寄ったのだが、ついでに『シトゥルスヌーの機関車』という言葉を探してみる事にした。しかし、何処にもそれらしきものは見当たらなかった。
貸し出し用のパソコンで検索しても該当無し、本棚を探して電車辞典という本を手に読み漁ったが空振りだった。
唯一それらしいものが出てきたのは『シトゥルス』というスペイン・バルセロナにあるレストラン名だけ。
埒が明かないと感じたオレは、検索する手を止めて、目的の資料を借り、帰宅の途に就いた。
「シトゥルスヌーの機関車……」
シトゥルスヌーというのは人物の名でそいつが作った機関車って事なのか? それとも地名か? しかし、シトゥルスヌーという地名は何処にも存在しない。ましてや、『ヌー』という言葉が余計だ。
ニュースでやっていたと、あの大学生は言ってた。オレはスマホを取り出して、検索エンジンで「ニュース」の項目をタップしてその謎の言葉を入力した。
やっぱり出て来なかった。
学生の聞き間違いだったのか、勘違いなのか、それとも……夢の話か。
だったら、夢だって言うはずだ。
考え事をしながら歩いていると、気付けばもう自宅の前に到着した。いつもの事だが、何故だろう、今度はやけに早く感じる。
鍵を開けると、思わず顔をしかめてしまう。煙草の臭いと、何度洗っても消えない塩素の様なニオイのするベッドシーツや枕の臭いだ。
汚部屋を横切り、窓を勢いよく開け放った。まだ秋には程遠い、夏の残り香が部屋中を包み込んだ。足の踏み場もないオレの部屋は「片付け」という威力を思い起こさせない程、紙の山で散乱している。
『〆切一ヶ月!!』
壁全面に貼られた付箋を一瞥して、すぐに目を逸らした。
(分かってるよ!!)
オレは怒りに任せて洗濯物の山を蹴飛ばした。
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