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エピローグ
しおりを挟むひと月後 ───────
東京拘置所近くのコンビニで、男は雑誌を広げ眺めていた。特に興味を誘ったわけでは無かったのだが、時間つぶしで仕方なく手に取った。しばらくして入店音が鳴り、顔を上げると、見知ったもう一人の男が険しい目つきでこちらに近付いて来る。
「おう」
重崎謙太である。ネクタイを緩ませながら、土倉勇雄の肩を叩き、ふっと笑いかけた。
「おう」と土倉が返すと、静かに雑誌をラックに戻しコーヒーを買って店を後にした。その日は気温七℃で、暖かいコンビニから出ると一気に体が震えた。
重崎の相棒ともいうべき、セダンに乗り込むと、徐にコートの内ポケットから茶封筒を取り出し、土倉の膝の上に乱暴に置いた。
「これは?」
「まぁ開けてみろって」
顎をしゃくり上げて言った後、コーヒーを熱そうに啜った。
恐れる素振りも無く、固く封がされた開け口を破り、中を取り出すと、一枚の便せんと一枚の小切手が入っていた。小切手を封筒の中に置き去りにし、便せんに目を落とした、
~~~~~~~~~~~~~~~~
事件解決ありがとうございました
遅ればせながら、報奨金をお渡しします
また何かありましたら、便りにさせてください
ほんとうにありがとうございました
~~~~~~~~~~~~~~~~
細くて頼りない筆跡でありながら柔らかな雰囲気を感じさせた。便せんにも封筒にも差出人の名は無かったが、報奨金という言葉で、送り主が彼女であることを物語っていた。
「よく小切手なんて切れたな」
「あらかじめ書いておいたんだとよ。本来は死刑囚の所持品は国が没収するんだが、俺が手元に置いておいた」
「すまない……」
土倉はどうしても小切手に目を通す事が出来なかった。事件を解決したのだから依頼人からの報酬を得ても罰が当たる訳ではないが、どうしても自分の心が受け入れ難かった。
────────────────────
大広間で推理を披露した後、香川に、没収した携帯を入れた箱の居場所を聞き出した。幸いにも電波は届いており、土倉は警察に通報した。
一瞬、このまま連絡するのを止め、三人が犯した罪を押し黙ったままでいた方が良いのではないかと考えがよぎった。しかし、殺された四人の犠牲者の中に死ぬ必要のない人間がいる。それを探偵として見逃すわけには行かなかった。
厨房にあったキーボックスから玄関ホールの鍵を入手し、入り口の錠前を外し、三日ぶりに『館』の外に出た。時刻はまだ十五時ごろだったが、森の暗がりが時間の感覚を狂わせている。『館』と向こう側を繋ぐ橋を下ろしてからしばらく待っていると、ぞろぞろと制服を着た警官と、スーツを着た刑事たちがやってきた。不穏な雰囲気を持つ森に恐れてから、苦悶の表情をしているのがここからでも分かった。
松岡美幸改め〈押田美幸〉、〈堤冷花〉、そして〈香川渡〉の三人は手錠を掛けなくとも反省の姿勢を見せ、余計な動きを示さず、刑事たちに身柄を引き渡した。
土倉たちと黒田夫人は森の出口まで徒歩で行き、警察車両に乗り込んだ。「私の荷物ちゃんと入れて頂戴な!」と相変わらずのわがままな態度に、土倉と重崎はシカトを決め込んだ。警視庁に着くと、各自事情聴取を受けた。
『オリオンの館』の犠牲者となった四人の遺体は、司法解剖されたのち遺族の元に戻された。
〈黒田龍三〉、〈佐藤晴彦〉、〈城定〉、〈宮下薫〉の葬式がそれぞれ丁重に行われ、土倉と重崎は彼らに手を合わせた。
重崎から借りた聴取の記録からは『オリオンの館』はそのまま国に帰属されることになったという。それは押田美幸の願いでもあり、殺人を犯したことで二度と帰れないと悟り、遺産からあらかじめ放棄していたのだった。
────────────────────
土倉探偵事務所**
「きゃぁあ~! 久しぶりにブランドのバッグ買っちゃおっかなぁ~!」
事務所の経理を担当する森谷美紀は回転椅子で回りながら小切手を天井にかざして狂喜乱舞の様子だった。
重崎に送ってもらい、相変わらず閑古鳥の鳴く事務所に戻るとすぐさま彼女から受け取った小切手を森谷に渡した。こう言うのもなんだが、半年ぶりの高額報奨金を得、普通の暮らしが出来そうで正直安堵している。
「それにしても土倉さん、さすがでしたね。現場を改ざんした件はお咎めなしだったんですか?」
「いや、こっぴどく叱られたよ。俺の元上司に首根っこ掴まれてね」
土倉は呵々と笑いながら、コーヒーを飲んだ。
報奨金を得てから、森谷は突然いつもの甲高い声で「お祝いをしましょう!」と言い出し、ケーキを買いに外出した。その間、土倉は片桐に事件の顛末を話して聞かせた。興味津々に耳を傾ける片桐はいつしか自分も大きな事件を担当したいと切に願い、将来の目標にしたいと告げた。
「だがな、片桐」
「はい?」
「人探しや動物探しのほうが楽かもしれないって思うときがきっと来るぜ」
「え、なんでっすか?」
「人間が起こす犯罪は、自分の思いがけない形と思惑で繰り広げられる。理由は様々だが、その多くは理解不能なものがほとんどだ。深い理由を持つ犯罪者も時々出会うが、忘れてはいけないのは、そいつらは人を殺してるということだ」
「未遂でもっすか?」
「未遂でもだ。人の命を無下に狙おうとする権利は人間には無いんだ。人の命は尊い……どんなにつらい目にあったり悲しい目にあっても人は前へ進むことが出来る。闇に身を預けてしまえば後戻りは出来なくなる。探偵ってのは、その闇を暴き、犯した罪を償わせるのが仕事だ。お前は絶対に、俺みたいに弱みを見せてはいけないよ」
頃は二月、春の暖かさが訪れようとしていた。
土倉勇雄、探偵にして元刑事。彼の推理はこれからも続く。
オリオンの館~集められた招待客~ 完
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