オリオンの館~集められた招待客~

翔子

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 第四の被害者と遺されたメッセージ

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 安置室を出る時、佐藤晴彦が階段の前で急に立ち止まり、土倉と重崎の方を振り向いた、

「これ」

 土倉が手に取ると、それは錠前付きの小さな手帳だった。佐藤晴彦は「僕がもし殺されたら開けてくれ。鍵はクローゼットの壁に貼り付けてある。もちろん、誰にも分からないようにな。まっ、君なら見つけられるだろうさ」そう言って、我先にと駆け足で凍える部屋を出て行った。

 重崎と顔を見合わせ首を傾げたが、この手帳が何かしらの手掛かりになると信じ、そっと内ポケットにしまった。佐藤晴彦を信じてみることに重崎も同意してくれた。

 その後、土倉は急に眠気が襲って来、重崎に『館』内のパトロールを任せ、部屋で休むことにした。


一月二十八日(木) 

十二時 ───────

 昼食時、香川が土倉を起こしに来た。身支度を整えて大広間に下りると佐藤晴彦の姿だけがなかった。先に食事をしていた重崎に理由を尋ねると、

「部屋をノックしたんだが応答無えんだとよ。イヤホンでも付けて会議とかしてんじゃね?」

 急に胸騒ぎを覚えた土倉は食事中の重崎の首根っこを掴んで、香川に鍵を持って同行してもらうよう言った。

 螺旋階段を駆け上り、南向きの二番目の扉を勢いよく叩いた。しかし、応答はなかった。香川に開けるように言うと、香川は何も言わずに鍵を開けた。中に駆け込むと、衝撃的な光景に息を呑んだ。土倉の肩を引いて部屋を覗き込んだ重崎は驚いた拍子に声を上げた。

 椅子にもたれかかりながら、目を見開いた状態の佐藤晴彦がそこにいた。苦しさに抗うように首元を押さえ、絶命している。
 
────────────────────────────

 香川に事情を説明し、入らないよう諭した後、部屋を見回した。ひどく荒らされており、その理由を突き止めるべく、手袋を嵌めて現場検証を重崎と共に実行した。

 部屋は土倉たちのと大して違いはなかったが、荒らされたことで元の原型を留めておらず、完璧に同じなのかまでは分からなかった。
 ベッドシーツから掛け布団まで床に放り出されている。開けっ放しのクローゼットを見るかぎり、ピシッとアイロンが掛けられたワイシャツやスーツまでもが手当たり次第に、何かを物色していたことを物語っている。
 机も同様に荒らされている。引き出しに入っていたとみられる書類がばら撒かれ、鞄の中身まで出されていた。もはや足の踏み場に困るほどだった。

「ひどい有様だ……ここまで荒らされてるのを見るのは初めてだよ」

「おい、土倉! これ……」

 重崎に近寄ると、机の下から何か銀板のようなものを剥がして見せた。

「佐藤晴彦のパソコンだな。犯人はきっと、これを探すために荒らしていたんだろう」

 ここまで荒らさなければならない理由……それは、犯人の知られたくない何かがこのパソコンに残っているという事に他ならない。

 パソコンを起動すると、パスワードを要求する表示が出て来た。佐藤晴彦の名をアルファベットで打ってみても首を縦に振ってくれなかった。頭を掻きながらいろいろと打ち殴っても空振りだった。

「クソ!! なんなんだ……頭が固くて緩い官僚事務次官が考えることって……」

「あ! 土倉、あの手帳」

「あ……」

 重崎に言われ、佐藤晴彦から受け取ったあの手帳を思い出してポケットから取り出した。安置室を出る前に佐藤晴彦が言った最後の言葉が鮮明に思い出された、「クローゼットの壁に貼り付けてある」。すっくと立ち上がりその場に向かった。
 壁収納の中に金庫が入っていた。その頑丈な鉄壁な守りもこじ開けられていたが、その中にはパスポートや財布があるだけで鍵らしきものは入って無かった。ふと思いつき、金庫を手前に移動させると、金庫の後ろの白壁に同化するように白の粘着テープが貼られていた。それを剥がすと鍵がポトリと落ちて来た。

「あんた……政府より警視庁にいた方が向いてるんじゃないか?」

 何も語らぬ遺体に向かって話しかけながら、手に入れた鍵を手帳の錠前に差す。ロックが外され、中が露わになった。丁寧な字で様々な記録が記されている。彼の口調や性格からは想像もつかないほどの几帳面さが微妙に腹が立ったがそれを無視して念入りに目を走らせてページをめくった。すると、律儀に【パソコンのパスワード】と濃い筆跡で書かれた見開きを発見した。
 急いでパソコンに十文字のパスワードを入力するとホーム画面が顔を出した。重崎と思わず声を上げガッツポーズをした。

 土倉はファイルを手あたり次第に開いて行った。

「政府の事ばかりだ……これ、部外者が見ちゃダメな奴じゃねえか?」

「情報漏洩に当たるな。だが、今は緊急だ。警部に事情話せば見逃してくれるだろ」

「まあ、あの警部ならな」

 にやりと笑いながら、土倉はファイルを閉じて行った。
 残った最後のファイルの一つに意味不明な名前のファイルがあった。それをダブルクリックすると、黒田財閥と押田財閥の間で交わされた契約書と証明書のデータが入っている。どれも二枚ずつ保存されている。保存記録は古く、一九九六年と記されている。
 多分、騙すために偽りのもう一枚の契約書と転写出来るように用意していた……いや、佐藤晴彦の面目のために訂正するが、『用意させられた』と言った方がいいだろう。

「これは、黒田のじいさんが押田社長を騙したという決定的な証拠になる。しかし、肝心な事が分からない……」

「なんだ?」

 重崎が腕を組みながら聞いた。

「社長の一人娘の名前だよ。主犯である彼女の記録がまだ見つかっていない。もう少し調べてみよう」

 土倉は続いて、契約書のファイルにある他の保存データをしらみつぶしに調べて行った。そしてとうとう、押田家と黒田家の戸籍情報が見つかった。個人情報ダダ漏れのファイルをクリックしていくと、押田財閥の社長の名とその妻、そして……一人娘の名前が明らかになった。

「これは!?」

「……は?」

 土倉たちは信じられない人物が押田家の最後の血筋だという事を知った……。そして、黒田家にも知られざる真実が隠されていることも。さらにもう一つのファイルには、押田家に雇われていたと思われる使用人たちの名も記されていた。

 土倉はゆっくりとパソコンを閉じた。

「そうか……そういう事か……」

───────────────────────
 
 佐藤晴彦の部屋を出る前に、土倉はふと遺体の足許に転がっていた注射器を見つけた。それを取り上げ、中を振ってみると容器の中には、少量だが、残っていた。

「こいつの死因……なんだと思う? 土倉」

 先ほどの衝撃的な事実を知って訥々と話す重崎に共感しながら、土倉は応えた、

「首元に手を押さえながら死んでいる所を見ると、恐らく毒だな」

「毒?! まさか?」

「サソリの毒。宮下薫以外の二人はオリオン座に関わる死に方をしているから、それしか考えられない」
 
 顎の硬直が著しいところを見ると、死後三時間。土倉たちと別れてからすぐに殺されたのだと推定される。重崎と協力し、ベッドに佐藤晴彦を寝かせた。検視を試みると、首の後ろに小さな注射の痕が発見された。

 部屋を出ると憔悴しきった重崎に、大広間にいる招待客たちを退出させず、その場に留まるよう頼んだ。重崎の寂しい背中を見送った後、自身の部屋へ一度戻り、考えのまとめと証拠品の回収をした。


 『オリオンの館』の主、そしてこの事件を起こした犯人が分かった。しかし土倉は悩んだ。この真相を明らかにして良いものだろうかと。解決しなくても、土倉たちと他に残された招待客は殺されずに『ここ』を出られる。

 犯人の目的は果たされたのだ。切なくも、悲しい復讐を。


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