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『仮面』の戯れ
しおりを挟む一月二十五日(月)
二十時三十五分 ───────
大広間 **
正体を明かすや否や、周りの眦はまるで殺人鬼のそれと似通っていた。憎念を帯びる悲しく冷たい瞳。土倉は招待客の顔を順々に見ていると『仮面』が奇声を上げ出した、
「いっけませんねーー! 探偵と刑事がこの『宴』に立ち入ってはーー!! 誰が同伴者としてあなた方を選んだかは明白ですが、争いが起こりそうなので伏せておきましょーーー!」
スクリーンに映る『仮面』が画面外を行ったり来たり、寄ったり遠ざかったりを繰り返しながら飄々と語尾を伸ばして言った。すかさず中年の男が『仮面』に向かって声を荒らげた、
「ま、まずこの探偵と刑事を殺ればいいんだな?! な、なぁ、そ、そうなんだろう!?」
土倉と重崎はすかさず身構えた。もしここで『仮面』が許可でもしたら一巻の終わりだ。ところが、『仮面』は思わぬ反応を見せた、
「いーーけませーーん! 殺す人物は私が定めまーーす!」
「そんなの殺し合いって言わねぇえ! お前騙しやがったな?」
猫背の男がスクリーンに向かって野次を飛ばした。
「殺し合いはして頂きますよぉぉお? やられる隙は与えさせませーーん。お互い平等ーーにね!」
『仮面』の言葉を受けて、男は舌打ちをし大理石の床に唾を吐いた。『仮面』は続けた、
「さらに付け加えますとぉぉお!! 無断でどなたかを殺そうとしたり! 逃げ出そうとするなど勝手な行動をする者はぁあ!【オリオンの裁き】を受けていただきまぁぁすっ!」
「(【オリオンの裁き】?)」
土倉は思わず『仮面』に近付き、何のことかと尋ねようとしたが、『仮面』は遮るように続けざまに言葉を述べた、
「今宵、みなさまに集まってもらったのはーー!! 他でも無く、『オリオンの宴』をご存分に楽しんで頂くためーーでございまーーす! ただただ、人殺しをするだけで無く、楽しんでくださーい!!」
「人殺しが目的じゃねぇのかよ!! 結局は騙されたんだ! 」
猫背の男が再び叫んだが、『仮面』は無視した、
「ニンゲンを殺すのは、月・水・金のみでお願いしまーーすねぇっ!!」
「(月水金……やはりな……かなり徹底している)」
「では、みなさまーー!! 突然ですがーー! ケータイをすべてお預かりさせていただきむぁーーす!」
招待客の全員がざわついた。携帯電話を奪われるということは、外との連絡手段を失う事になる。しかし、一部は違っていた、
「それは困るわ! ネット通販が出来ないじゃないの!」
和服を着た夫人が懇願するように訴えた。人が一人死んでるというのに、よくもまあそんな事が言えたものだ、と土倉は目を細めた。しかし、その次に出てきた細縁メガネの男の発言が土倉に更なるショックを与えた、
「仕事で部下と連絡しなければならないんだ。スマホは取り上げないでくれ」
「(仕事……こんな状況で仕事か。さぞやいい身分なんだろうな)」
「なりません」
「何?」
一瞬響いた低い声に土倉がスクリーンに向かって睨み付けると、突然爆発音が鳴り響いた。衝撃に体勢を崩した猫背男が俊敏に立ち上がり大広間の扉を蹴破って出て行くと、すぐに叫び声があがった。
「は、橋が!! 橋のところが燃えてるぞ!!」
土倉と重崎が男の恐怖に満ちた声のする方に向かうと、数時間前に入ってきた大きな扉の横にある摺りガラスの窓に赤い何かの明かりが揺らめいていた。
「これで分かりましたかねぇえ? 俗世間の事を忘れ去り、優雅にお過ごし頂くためにケータイをお預かりするのでーーす!!! あぁ、ご安心くださーーい! 退屈しないよーーう!! 当ーー館には、図書館も、温泉施設も、パソコンルームもございまーーす!!」
『仮面』が奇妙にスクリーンの中を動き回りながら奇声を上げた。
三人が大広間に戻ると、香川がスクリーンの『仮面』と同じ紋章が描かれた空箱を手に携帯を回収して回った。様々なことが次々に起こり、記憶を掘り起こす暇もなかった。どうしてもつい最近まであの紋章をどこかで見た覚えがある。一体どこで……。
───────────────────────
土倉たちが玄関ホールに行っている間に、宮下薫の遺体が運び出されていた。まるで最初から遺体などが無かったかのように大理石の床が艶めいている。
執事の香川が和服の夫人の前に立つと、急に胸を押さえて後退りした、
「や、やっぱり嫌よ! 携帯が無きゃニュースも読めないじゃないの!」
「 冴子、堪えてくれ……、今度またあの爆発が起こらんとも限らんではないか……。ほら、わしも預けるから」
冴子という和服姿の夫人に大柄な夫は宥めるように言った後、箱に自身のスマホを入れた。夫人は年齢にそぐわず、唇を尖らせながら、懐に入れていたスマホを箱に入れた。
香川は依然不愛想な表情のまま、細縁メガネの長身男、土倉、重崎、松岡美幸、堤冷花(実際は松岡美幸が代わりに携帯電話を小さい鞄から取り出してあげた)、そして、最後に猫背の男の前に立ち塞がった。
ポケットに手を入れながら、男はボソッと言った、
「俺は持ってねぇよ!」
「嘘をおっしゃい! 私たちはちゃんと差し出したわよ!」
「嘘じゃねえよ!! なんならあのデカとか怪しいんじゃねえか? ピッチとかスペア持ってんじゃねえのかよ!」
猫背男が重崎に指をさしながら吼えた。重崎は苛立ちを抑えながら男に突っかかった、
「持ってないし今時ピッチなんて使わねえよ、おっさん」
「あんだって! やんのかゴラァ!」
重崎に掴みかかりそうになる猫背男に向かって、香川が「お静まりください」と厳しく諭すと猫背男は舌打ちをしながら執事に睨み付けた。
「終わりました、ご主人様」
「(ご主人様? え、あれが?)」
まさかとは思ったが、この『仮面』の正体はこの『オリオンの館』の主だということが明らかとなった。それは他の招待客も同様にざわつかせた。
香川が携帯電話を回収し終えると、『仮面』が再び奇声を上げた、
「さぁーーみなさまーー!! 二十一時でぇーーす! 就寝の時間でーーす! 香川、みなさまを客室へご案内して差し上げてーー!! では、みなさまーー!! おーーやすみなさーーい!」
左右に揺れながら『仮面』がそう叫んだ後、スクリーンが真っ暗になった。自分が『館』の主だということは一切触れていないことを見ると、実際に土倉たちに語っているわけではなく録音または録画なのだろう。それにしても、一体何が目的なのだろうか。そして、あの爆発音は大丈夫なのだろうか。『館』にまで火が及ぶことはないのだろうか。
「急に就寝時間ですっつー言われてもな……眠れねえよ」
顎に手を置きながら考えを巡らせていると、重崎のぼやきで土倉は我に返った、
「あぁ、確かにな。しかもお前のせいで素性がバレちまったじゃねえかよ!」
「すまんすまん……」
『仮面』が言っていたように、月・水・金に殺し合いが行われるのなら危険だ。今日がその月曜日。日にちが変わる前に次の犠牲者が出ないとも限らない。土倉の言った通り、刑事と探偵とバレてしまった以上、二人の命が危ぶまれた。
「それにしてもなんで月水金なんだ? なぁ、なんか分かるか?」
「オリオン座が最も光り輝く曜日が月・水・金なんだよ。もちろん、例外もあるが、どうもあの『仮面』は、この『館』の冠する名に沿って事を起こしたいんだろうな」
香川の先導で、ぞろぞろと大広間を出て行く招待客を見送りながら、重崎と窓辺で話していると、恐怖で震えている松岡美幸が堤冷花を伴って、近づいて来た、
「土倉さん、私、冷花さんに付き添って部屋に上がります。多分この状態だと、一緒に居てあげた方がいいかもしれません」
確かに、堤冷花の表情は心ここにあらずの様相で、虚ろな目で 宙を見つめている。
「はい、お願いします。あ、ちゃんと戸締りしてくださいね。いつ何が起きるか分かりませんから」
「土倉さんたちこそ気を付けてくださいね……ここにいる皆さん、目が血走っていました……」
松岡美幸は腕に回した片方の手を擦りながら今にも泣きそうな目で見つめてきた。土倉は胸を張って松岡美幸を元気づけるように言った、
「事務所でお話ししたじゃないですか。探偵とは命が脅かされるものだと。私たちの事など気にせず、くれぐれもご自分のお命を大事にしてください」
土倉の言葉に松岡美幸は微笑み、堤冷花の腕を優しく引きながら、大広間の出口へ歩き出した。華やかなドレスを見にまといながら、飛んだ災難に巻き込んでしまったことを土倉は申し訳なく思った。
松岡美幸がもし土倉に依頼して来なかったら一体どんな事になっていたのだろうと考えると、全身が震えだした。
念のため、重崎を部屋まで送らせることになった。他の招待客ももちろん怪しいが、あの執事の香川も十分に警戒しなければならないと考えたからだ。松岡美幸は首を振って断りを入れたが、土倉が強く説得するとなんとか聞き届けてくれた。このような危険な状況に遠慮や気遣いは無用だ。
三人を大広間の扉の前で見送った後、もぬけの殻となった広いホールに何か手掛かりはないかと歩き回った。料理と飲み物が並んでいたテーブルはそのままになっており、砕け散った皿やグラスが革靴の踏む音を高鳴らせた。
電気が消えた瞬間、土倉の周りには、目の前にいた宮下薫と堤冷花の二人以外、誰もいなかったはずだ。話を聞こうと集中していたので後ろを見る暇も無く、誰がどこにいたのかは見当もつかない。
しかし、土倉の周りで憎悪に満ちた声がしたのは確かだ。女性か男性かはまでは分からない。皆、突如として襲ってきた暗闇に恐れおののいていたから誰の声かは判断しかねる。
土倉はある事に引っ掛かった。二人が土倉の眼前にいた場所から二メートルも離れた窓際に移動したという事。ここに入ってきた時から窓の位置は把握していた。もし何者かが二人を窓際まで押したとしても停電になる前は誰も傍にいなかったと記憶している。押されたはずみで出る声が無かったと考えると、いきなり二人が暗闇の中を手探りで歩き、二メートルも先の窓際まで移動したというのだろうか?
土倉は宮下薫が絶命していた場所まで向かうとすると、急にあの時の記憶が鮮明に蘇ってきた、
「(あの瞬間だ、あの瞬間……あの事を訪ねようとしたときに───)」
考えを巡らせていると、誰かの呼び止める声がした。
「何をしておいでですか」
執事の香川だった。ビシッと背筋を正す髭を蓄えた不愛想な紳士が土倉にスタスタと近づいて来た、
「我が主が就寝と仰せになられたのなら、お部屋におられなければなりません。すぐに二階へお越しください」
「香川さん、少しお尋ねしてもよろしいですか?」
土倉は香川の進言を無視し、この『館』の事について尋ねようとしたが一度も表情を崩さずに早口で論破された。
「なりません。ご質問なら、明日の朝お伺い致しましょう。でなければ、我が主から叱られてしまいます」
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