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第七章 大坂の陣
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大坂城・奥向・千姫の御殿 ───────
『戦が、始まる……』
生家と婚家の間に立たされた千姫は、不安の気持ちで一杯になった。千姫はあれから自室へ戻り、お千代保に駿府へ赴いた時の祖父の様子を訊ねた、お千代保は両手を付きながら報告した、
「大御所様は、豊臣家を滅ぼさんとする企みをお持ちの様にお見受け致しました。しきりに瞳を泳がせ、満面の笑みを大蔵殿に振る舞っておりましたが、すべて偽りであると察しましてございます」
傍らで聞いていた刑部卿局が信じ難いとでも言う様にお千代保に詰め寄った、
「なんと……それは真か?」
千姫は血気にはやり出す刑部卿局を諭した、
『お千代保の眼力は侮れぬぞ、刑部。──やはり……最初から戦を仕掛ける為に、片桐殿に異なる応えを持たせ、我々を混乱させる策だったのだな』
「私共は、どうなるのでございましょうか?」
刑部卿局は不安を隠せない様子で千姫の顔色を伺った。
刑部卿は徳川に恩がある。【刑部卿局】という名を与えられたのも、千姫の乳母になったのも、徳川家のおかげだ。それは千姫にも分かっていた。
秀頼に側室がいた事について、徳川家に密告する事を禁じた折、刑部卿はひどく落胆し、哀れに感じていた。千姫は前々から決心していた事を刑部卿とお千代保に告げた、
『不安ならば、そち達だけで城を出るが良い。今ならば城に入って参る兵達の間に紛れて抜け出せるであろう……』
「姫様は?」
刑部卿が聞くと千姫は、覚悟を決めた様な真剣な表情で応えた、
『私は秀頼様をお守りし、お支えするという役目を持って豊臣家に嫁いで参ったのじゃ。ここを出る訳には参らぬ』
刑部卿はしばらく考え込んだ後、両手を付いて同じく覚悟を決めた様な表情になった、
「姫様がお残りになるならば、私も覚悟を持って城に籠りまする!!」
『刑部卿……』
「私もにございます!! この身は、お千様と共に!!」
『お千代保……』
刑部卿とお千代保のみならず、詰所で控えていた他の侍女達も相違なく残る事を誓ってくれた。千姫は、侍女達が並々ならぬ覚悟を持ってくれている事を改めて知り、目頭が熱くなるのを感じた。
徳川派だった刑部卿局も、千姫の新たな覚悟に感銘し、初めて徳川家に歯向かう事を決心した。
『宜しく頼むぞ!』
「「は!!」」
千姫達の結束は強固たるものとなった。
───────────────────────
慶長十九年(1614)十月 ───────
大坂城・表・大広間 ───────
「治長、戦支度はどの様な状況じゃ?」
淀殿が上段之間から大野治長に訊ねた。
「は! 関ケ原の折、石田三成方に与して破れ、所領を失った家臣の多くが牢人となり、新たな仕官先を得られずにおりました。しかし、我らの召し出しに応じ、城に集結致しましてございます。その数、間もなく十万を遥かに超える次第にございます」
誇り高く報告した治長に秀頼は不安を吐露した、
「兵糧はどうしておる? 足りるか?」
「ご心配無きよう。兵糧の買い入れはすでに相整え、徳川家や敵方に付いた諸大名の屋敷の蔵から悉く、押収致しましてございます。武器の買い入れも問題なく、城の修理も櫓の建築も済みましてございまする」
「そうか……ご苦労であった」
淀が治長に言葉を掛けると、秀頼は力なく声を漏らした、
「されど、何故大名が集まらぬ。ただの烏合の衆を集めた所で、勝つ見込みも無いでは無いか」
「総大将であるそなたがその様に弱気で如何する。戦は数では無い、力じゃ」
淀殿が秀頼に諭したものの、底知れぬ不安こそあった。牢人達を率いて行く兵が居ないのでは、ただがむしゃらに突っ走ってしまい、追い詰められる危険が高い。
「じゃが、そなたの申す通り、牢人だけではいささか心もとない。関ヶ原で敗れた大名たちの中で、ただの一人も反旗を翻そうという気骨ある者がおらぬとは……情けない……」
「されど、御袋様、御心配には及びませぬ。この城は、城攻めの名人とされた亡き太閤殿下が築かれた、天下無双の城でございます。どれほどの徳川の兵が押し寄せようとビクとも致しませぬ」
治長が再び誇り高く言うと、淀殿の底知れぬ不安は解き放たれたように快闊の表情に落ち着いた。
大広間には、大蔵卿局と常高院の二人も同席していた。下段之間で兵士らが通り過ぎるのを見ながら、ガチガチに身体を強張らせていた。
常高院は人生で三度の戦を経験して来た。三つの歳に【小谷城の戦い】・十三の歳に【賤ケ岳の戦い】・三十の歳に【大津城の戦い】。此度は四度目となる戦に常高院は不安に駆られていた。
淀殿にとっても、妹と同じく小谷城と賤ケ岳の戦いを経験し、そこで母と二人の父を亡くした。愛する人たちを悉く失って来た淀殿にとって、この戦は不安の種でしか無かった。
だが──。秀頼が徳川の上に立つ……そのたった一抹の希望を持つ事で、淀殿の心は平静を保たせていた。
それからしばらくすると、続々と牢人衆が登城したとの報せが舞い込んで来た。
その中に、二度にも渡る【信州上田城の戦い】において、徳川軍を敗走へと追い込んだ猛将・真田幸村が、紀州高野山の麓・九度山から馳せ参じた。
大坂城に集まった牢人の数は、治長が言った通り、十万人。
いずれも【関ヶ原の戦い】の後に御家取り潰しを受けた者達ばかりで、徳川家に対して恨みの念を抱いていた。復讐心を携え、大坂城に登城した牢人衆は豊臣家の再起を願いながら、討ち死にを覚悟で入城した。
牢人衆の中でも、真田幸村・後藤又兵衛・毛利勝永・明石全登・長宗我部盛親の五人が全軍の大将として指揮し、徳川方を迎撃する策を講じた。
幸村は、敵方を足止めさせて、迎え撃つ策を主張した。豊臣家の威光を見せしめ、豊臣恩顧であった大名達を寝返らせる。その見込みが無かった場合には籠城を行う、という二段構えの作戦を呈した。
一方、保守派である大野治長や木村重成ら家臣方は、断固として迎撃を認めず、籠城戦を主張した。二重の堀で囲われ、更には巨大な防御設備で固められた難攻不落の大坂城に立て籠もり、徳川軍を疲弊させて有利な講和を引き出そうという方針だった。
治長の必死な説得を受けた総大将・秀頼は、籠城策を支持した。秀頼の取り決めに従わざるを得なかった【五人衆】らは、警戒・連絡線を確保するため、周辺に砦を築き、敵陣が攻めるであろう南側に向けて迎え撃つ、籠城作戦に撃って出る事となった。
───────────────────────
籠城戦を行うという報せを受けた千姫一行は、防御態勢に入った。
難攻不落の城であると聞かされてはいても、もしもの事があってはならぬと、刑部卿局、お千代保や多数の侍女達は鉢巻きにカルサンを身に纏い、正座を控え、膝立ちになりながら、障子の前で身構えた。
そこへ常高院が訪ねて来た。突然の訪問に、千姫は驚いていた。よく見ると、伯母の表情はどこか不安げで肩身狭く感じている様子だった、
「千、突然邪魔して済まぬのう」
『如何なされたのでございますか?』
「姉上をお支えしようとお部屋へ参ったのじゃが、なにぶん、気が張って居られる故、私の事を見向きもしてくださらなかったのじゃ。さりとて何処も居場所も無く、心許なくての」
『伯母上様がお傍にいてくだされば、私も心強うございます。どうぞ、気軽にお寛ぎくださりませ』
千姫は笑みを見せながら、常高院を暖かく迎えた。お千代保が差し出す褥に腰を下ろすと、徐に刑部卿局の方に向き直って口を開いた、
「お近、こちらへ参れ」
常高院が呼びかけると、刑部卿局、本名・お近は申し訳なさそうに千姫の傍に座った。
「久しぶりじゃのう」
「久方ぶりでございまする、お初様」
刑部卿局は両手を付いて挨拶を述べた。二人は同じ午年の生まれであった。その縁もあり、小谷城にいた頃は、遊び相手として共に過ごしていた。
常高院は刑部卿を見つめながら、単刀直入に訊ねた、
「姉上の事じゃが……なんとか気持ちをお留めする事は出来まいか」
刑部卿は頭を垂れながら重々しい口を開いた、
「恐れながら……私は、一度もあのお方と口を利いてはおりませぬ」
「それは何故じゃ?」
常高院はすがる様に刑部卿に近付いた。刑部卿は依然顔を上げず、畳につけた手の甲を見つめた、
「私は浅井長政の娘なれど、妾腹です。身分は天と地ほどの差がございますうえに大坂城では主と下女に等しい間柄……軽々しく話しかけるなど以ての外。──それに、あれ程誇り高きお方を止められるのは、ただ一人しかおりませぬ」
「誰じゃ……?」
「大御所様でございます」
「………」
常高院は衝撃を受けた。淀殿を止められるのは、他ならぬ徳川家康の手しかなかった。秀頼さえも止められない淀殿は、抑え付ける事の出来ぬ、暴れ馬同然なのだ。
しかし、常高院にとって実の姉にその様な惨い事はしたくない。常高院は今度は、千姫にすがりついた、
「千……。家康殿と秀忠殿に、文を書いてくれぬか? そなたがお二方に申してくれれば、姉上は戦を止めてくれるやもしれぬ!」
常高院の必死の訴えに、千姫は首を縦に振らなかった。千姫には強固とした決意があった。
『私はもはや、豊臣の人間にございます。徳川は生家ではありますが、長く住み慣れたこの城を、この命尽き果てるまで守って参りたいと念じております』
姪の言葉を聞いた常高院は一瞬項垂れるも、すぐに居直り、微笑んだ、
「そうか……そなたのその固い決意は母同様、変わらなそうじゃのう」
『母上……』千姫はそう呟き、掌をまじまじと見つめた。母から強く握られたような感覚がする。しかしそれはもう十年前のことだ。もはやこの体は、豊臣の水で出来ている。たとえ伯母の頼みであれど、私はもう一人の伯母と共にこの場に残ることを決めたのだ。
ふと常高院の顔を見ると、前に会った時より痩せたように思えた。大坂の姉と江戸の妹──二人の間の板挟みに苦しまれ、心が痛む思いだった。
『伯母上様もお辛いお立場に立たされ、お労しゅうございます』
常高院の婚家は京極家。此度の戦では徳川方に付いている。本来ならば、ここ大坂城にはいてはならない人間であった。姉妹での板挟みと同様の、苦しみの種であった。
「豊臣の家臣どもから後ろ指を差されようと、私は構わぬ。辛いのは辛いが、私は姉を支えるため、大坂城におるのじゃ。されど今は、姉上は私のことなど見向きもしてくれぬようになってしまった。当然じゃな。──もはや、私の味方はここにおる乳母と千、お近、そなた達だけじゃ……」
『私を味方だと思ってくださるのでございますか?』
「当たり前じゃ。家族ではないか」
千姫は常高院の手を握り、互いに笑い合った。常高院の側にいる乳母と刑部卿は恭しく頭を下げた。
それからの後、千姫と常高院の二人は、大坂城を去るその時まで、共に留まる事を決めたのだった。
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徳川方の軍勢は、大坂城の周囲を取り囲むように陣を置いた。その数、二十万にも上り、豊臣方を追い込む作戦に打って出た。
徳川に加勢した者の中に、豊臣恩顧の大名衆の顔ぶれは無かった。代わりにその大名の子息が参陣し、親である大名衆達は家康の命によって江戸に留め置かれていた。
太閤殿下・豊臣秀吉に忠誠を誓い、その忠誠を忘れずにいる彼らが参陣すれば、戦の最中に寝返る恐れがあると踏んでの処分だった。
やがて、十一月十五日、家康は京・二条城を出発し、大和国(現在の奈良県)を経由して大坂の茶臼山に本陣を敷いた。
「父上、どうか千に怖い思いをせぬように、お願い致します!」
千姫の身を案じていた徳川秀忠は、茶臼山を訪れて、家康との軍議の最中、娘の救出を懇願した。ところが、家康に聞き入れて貰えず、肩透かしを食らった。
一時は攻防戦を実行する徳川勢であったが、大坂城に真田幸村が入城した事を知った家康は、全軍に一斉包囲網を固めさせ、人命を問わずに戦う様に命じた。
上田攻めで真田に撃退された恨みを、ここで晴らす目論見だった。
一方、秀忠は聞く耳も持たぬ家康に失望し、自信の陣営に戻った後、高台から見える大坂城の天守を見つめ、娘の無事を祈った。
慶長十九年(1614)十一月十九日 ───────
【木津川口砦の戦い】を皮切りに、大坂冬の陣が始まった。
圧倒的な徳川勢に対し、豊臣軍は成す術も無く、防壁として築き上げていた数々の砦を自壊放棄し、大坂城へと撤収して行った。
敵に背中を見せる形となってしまったものの、翌十二月、赤備えの甲冑に身を包んだ真田幸村が大坂城最大の弱点と言われる南側を護る為、平野口に出城・【真田丸】を完成させた。
真田軍は、徳川の軍勢を誘い出し、挑発を仕掛ける作戦に出た。
南には、前田利光(後の利常)軍一万二千・松平忠直軍一万・井伊直孝軍四千、その他数千の軍が布陣していた。
一方、真田丸には、幸村率いる真田勢が五千。木村重成、後藤又兵衛、長宗我部盛親などの軍がそれぞれ八丁目口・谷町口に陣取り、総勢一万二千以上が来たる徳川軍との戦いに備えていた。
十二月二日、前田の軍勢が家康の命により、仕寄と呼ばれる塹壕を築いていた。真田丸の高台から眺めていた幸村は、それを阻止する為、出城の前にそびえる丘・篠山から狙撃し作業を妨害するよう兵たちに命じた。
妨害されて苛立った前田勢は、夜陰に乗じて篠山に進軍し追撃するも、もぬけの殻だった。真田勢はすでに真田丸へ引き返していたが、出城の前で大旗を振るい前田軍を挑発した。
挑発に乗った軍勢は悉く真田丸へと進軍した。しかし、この思い誤った行動が、徳川勢に大きな痛手を負う事となる。
上から岩落としや弓矢を食らい、出城に近付くすべての者の侵入を許さなかった。前田勢の攻撃を知った井伊軍や松平軍も様子を見ていた体勢から一斉に八丁目口・谷町口へと進撃した。ところが、二重の柵と空堀で立ち往生を受け、木村重成・後藤又兵衛・長宗我部盛親らが続々と身動きの取れない兵たちを皆殺しして行った。
真田勢の勢いは凄まじく、火縄銃で横から八丁目口を襲う徳川軍目掛けて射撃して行った。出城に一時侵入を許すも、刀で自兵戦が加わり、真田勢の勝利となった。
幸村の策に引っ掛かり、数々の仕掛けと攻撃を受けた前田軍・井伊軍・松平軍の兵たちは次々と倒れて行った。血気盛んに燃える前田軍・松平軍・井伊軍の追撃は、待機を命じた総大将・家康を無視した無断の行動であり、家康を激怒させた。
真田勢の勢いは留まる所を知らず、夕刻近くになるまで戦いは終わらなかった。劣勢だった豊臣勢は、戦況を有利にする事に成功したのだった。
大坂城・表・大広間 ───────
豊臣軍優勢という朗報を受けた豊臣秀頼と淀殿は歓喜に震えた、
「真田の戦いぶりにはあっぱれなものじゃ」
「は!! まさに【日本一の兵】と言わしめる戦いぶり!! これで、豊臣が優勢である事、すぐさま天下に知れ渡りましょうぞ!」
大野治長は気持ち高らかに熱く論ずると、秀頼は頷きながら、幸村の働きぶりに勝ち誇る様な気持ちになった。治長は言葉を続けた、
「この報せが達すれば、九州の島津、西国の毛利ら大名が直ちに援軍を出し、更には、福島正則ら江戸に留め置かれし豊臣恩顧の者達が、馳せ参じるに相違ありませぬ!」
高ぶる心に拍車をかけた秀頼は、立ち上がって大広間に座していた皆々に宣言し出した、
「ならば、わしが陣に立ち、今こそ采配を振るう時じゃ!! 治長、鎧を持て!!」
控える治長や木村重成は歓声を上げようとしたが、淀殿は手で制し、声を張り上げた、
「総大将が軽々しく出てどうする?」
秀頼はあっけに取られ、淀と目線を合わせながら訴えた、
「されど、母上!! 私ばかりが、ここでのうのうとしていては、皆の士気が下がりまする! せめて激励するだけでも───」
「ならば、私が参る」
「は!?」
「御袋様!?」
突然の淀殿の発言に、秀頼と治長は動揺した。その決意は固い様に見受け、聞く耳も持たぬまま治長に命令した。
「治長、鎧の支度をせよ!!」
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夜が更け始めた時刻、豊臣軍の勝ち戦を言祝いで、多くの兵たちに食事や酒が振る舞われていた。彼らは大坂城内の詰所や台所近辺を占拠し、ガヤガヤと騒ぎ立て、大いに喜びを分かち合っていた。
「一同控えあれ!! 豊臣秀頼公御生母・淀の御方様の御成りであるぞ!」
治長が現れ、一同に呼び掛けた後、その勇ましい鎧姿が兵たちの前に現れた。彼らは淀殿のその姿を一目見るなり、唖然としていた。
鉢巻を締め、長い髪を短く絡げさせ、鎧の上に陣羽織を着込んだ淀殿が、牢人衆の前に歩み出ではっきりとした声で口を開いた、
「皆々!! 此度は大儀であった!」
てんでばらばらに勝ち酒を飲んでいた兵たちは両手を付いて素早く頭を下げた。淀殿は続けて勇気付けた、
「知っての通り、徳川勢は隙間なく城を囲み、その数は二十万に達しておる。されど、案ずるには及ばぬ! この城は、亡き太閤殿下が築かれし、天下一の名城! 城が落ちる事はおろか、敵方の兵が石垣に触れる事すら許さぬであろう!」
兵たちは淀殿の言葉に励まされ、喊声を上げた。
「もう一息じゃ、ここを持ち堪えれば、再び豊臣の天下がもたらされようぞ!!」
秀頼の代わりに女人の身でありながら兵たちの前に立ち、淀殿は激励の言葉を贈った。兵たちは豊臣軍の総大将たる秀頼が来ない事に疑問を呈することなく、淀殿の言葉に大きく鬨の声を上げた。それを見た淀殿は、満足そうに笑った。
しかし、これは一時の瞬きでしかなかったのであった。
『戦が、始まる……』
生家と婚家の間に立たされた千姫は、不安の気持ちで一杯になった。千姫はあれから自室へ戻り、お千代保に駿府へ赴いた時の祖父の様子を訊ねた、お千代保は両手を付きながら報告した、
「大御所様は、豊臣家を滅ぼさんとする企みをお持ちの様にお見受け致しました。しきりに瞳を泳がせ、満面の笑みを大蔵殿に振る舞っておりましたが、すべて偽りであると察しましてございます」
傍らで聞いていた刑部卿局が信じ難いとでも言う様にお千代保に詰め寄った、
「なんと……それは真か?」
千姫は血気にはやり出す刑部卿局を諭した、
『お千代保の眼力は侮れぬぞ、刑部。──やはり……最初から戦を仕掛ける為に、片桐殿に異なる応えを持たせ、我々を混乱させる策だったのだな』
「私共は、どうなるのでございましょうか?」
刑部卿局は不安を隠せない様子で千姫の顔色を伺った。
刑部卿は徳川に恩がある。【刑部卿局】という名を与えられたのも、千姫の乳母になったのも、徳川家のおかげだ。それは千姫にも分かっていた。
秀頼に側室がいた事について、徳川家に密告する事を禁じた折、刑部卿はひどく落胆し、哀れに感じていた。千姫は前々から決心していた事を刑部卿とお千代保に告げた、
『不安ならば、そち達だけで城を出るが良い。今ならば城に入って参る兵達の間に紛れて抜け出せるであろう……』
「姫様は?」
刑部卿が聞くと千姫は、覚悟を決めた様な真剣な表情で応えた、
『私は秀頼様をお守りし、お支えするという役目を持って豊臣家に嫁いで参ったのじゃ。ここを出る訳には参らぬ』
刑部卿はしばらく考え込んだ後、両手を付いて同じく覚悟を決めた様な表情になった、
「姫様がお残りになるならば、私も覚悟を持って城に籠りまする!!」
『刑部卿……』
「私もにございます!! この身は、お千様と共に!!」
『お千代保……』
刑部卿とお千代保のみならず、詰所で控えていた他の侍女達も相違なく残る事を誓ってくれた。千姫は、侍女達が並々ならぬ覚悟を持ってくれている事を改めて知り、目頭が熱くなるのを感じた。
徳川派だった刑部卿局も、千姫の新たな覚悟に感銘し、初めて徳川家に歯向かう事を決心した。
『宜しく頼むぞ!』
「「は!!」」
千姫達の結束は強固たるものとなった。
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慶長十九年(1614)十月 ───────
大坂城・表・大広間 ───────
「治長、戦支度はどの様な状況じゃ?」
淀殿が上段之間から大野治長に訊ねた。
「は! 関ケ原の折、石田三成方に与して破れ、所領を失った家臣の多くが牢人となり、新たな仕官先を得られずにおりました。しかし、我らの召し出しに応じ、城に集結致しましてございます。その数、間もなく十万を遥かに超える次第にございます」
誇り高く報告した治長に秀頼は不安を吐露した、
「兵糧はどうしておる? 足りるか?」
「ご心配無きよう。兵糧の買い入れはすでに相整え、徳川家や敵方に付いた諸大名の屋敷の蔵から悉く、押収致しましてございます。武器の買い入れも問題なく、城の修理も櫓の建築も済みましてございまする」
「そうか……ご苦労であった」
淀が治長に言葉を掛けると、秀頼は力なく声を漏らした、
「されど、何故大名が集まらぬ。ただの烏合の衆を集めた所で、勝つ見込みも無いでは無いか」
「総大将であるそなたがその様に弱気で如何する。戦は数では無い、力じゃ」
淀殿が秀頼に諭したものの、底知れぬ不安こそあった。牢人達を率いて行く兵が居ないのでは、ただがむしゃらに突っ走ってしまい、追い詰められる危険が高い。
「じゃが、そなたの申す通り、牢人だけではいささか心もとない。関ヶ原で敗れた大名たちの中で、ただの一人も反旗を翻そうという気骨ある者がおらぬとは……情けない……」
「されど、御袋様、御心配には及びませぬ。この城は、城攻めの名人とされた亡き太閤殿下が築かれた、天下無双の城でございます。どれほどの徳川の兵が押し寄せようとビクとも致しませぬ」
治長が再び誇り高く言うと、淀殿の底知れぬ不安は解き放たれたように快闊の表情に落ち着いた。
大広間には、大蔵卿局と常高院の二人も同席していた。下段之間で兵士らが通り過ぎるのを見ながら、ガチガチに身体を強張らせていた。
常高院は人生で三度の戦を経験して来た。三つの歳に【小谷城の戦い】・十三の歳に【賤ケ岳の戦い】・三十の歳に【大津城の戦い】。此度は四度目となる戦に常高院は不安に駆られていた。
淀殿にとっても、妹と同じく小谷城と賤ケ岳の戦いを経験し、そこで母と二人の父を亡くした。愛する人たちを悉く失って来た淀殿にとって、この戦は不安の種でしか無かった。
だが──。秀頼が徳川の上に立つ……そのたった一抹の希望を持つ事で、淀殿の心は平静を保たせていた。
それからしばらくすると、続々と牢人衆が登城したとの報せが舞い込んで来た。
その中に、二度にも渡る【信州上田城の戦い】において、徳川軍を敗走へと追い込んだ猛将・真田幸村が、紀州高野山の麓・九度山から馳せ参じた。
大坂城に集まった牢人の数は、治長が言った通り、十万人。
いずれも【関ヶ原の戦い】の後に御家取り潰しを受けた者達ばかりで、徳川家に対して恨みの念を抱いていた。復讐心を携え、大坂城に登城した牢人衆は豊臣家の再起を願いながら、討ち死にを覚悟で入城した。
牢人衆の中でも、真田幸村・後藤又兵衛・毛利勝永・明石全登・長宗我部盛親の五人が全軍の大将として指揮し、徳川方を迎撃する策を講じた。
幸村は、敵方を足止めさせて、迎え撃つ策を主張した。豊臣家の威光を見せしめ、豊臣恩顧であった大名達を寝返らせる。その見込みが無かった場合には籠城を行う、という二段構えの作戦を呈した。
一方、保守派である大野治長や木村重成ら家臣方は、断固として迎撃を認めず、籠城戦を主張した。二重の堀で囲われ、更には巨大な防御設備で固められた難攻不落の大坂城に立て籠もり、徳川軍を疲弊させて有利な講和を引き出そうという方針だった。
治長の必死な説得を受けた総大将・秀頼は、籠城策を支持した。秀頼の取り決めに従わざるを得なかった【五人衆】らは、警戒・連絡線を確保するため、周辺に砦を築き、敵陣が攻めるであろう南側に向けて迎え撃つ、籠城作戦に撃って出る事となった。
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籠城戦を行うという報せを受けた千姫一行は、防御態勢に入った。
難攻不落の城であると聞かされてはいても、もしもの事があってはならぬと、刑部卿局、お千代保や多数の侍女達は鉢巻きにカルサンを身に纏い、正座を控え、膝立ちになりながら、障子の前で身構えた。
そこへ常高院が訪ねて来た。突然の訪問に、千姫は驚いていた。よく見ると、伯母の表情はどこか不安げで肩身狭く感じている様子だった、
「千、突然邪魔して済まぬのう」
『如何なされたのでございますか?』
「姉上をお支えしようとお部屋へ参ったのじゃが、なにぶん、気が張って居られる故、私の事を見向きもしてくださらなかったのじゃ。さりとて何処も居場所も無く、心許なくての」
『伯母上様がお傍にいてくだされば、私も心強うございます。どうぞ、気軽にお寛ぎくださりませ』
千姫は笑みを見せながら、常高院を暖かく迎えた。お千代保が差し出す褥に腰を下ろすと、徐に刑部卿局の方に向き直って口を開いた、
「お近、こちらへ参れ」
常高院が呼びかけると、刑部卿局、本名・お近は申し訳なさそうに千姫の傍に座った。
「久しぶりじゃのう」
「久方ぶりでございまする、お初様」
刑部卿局は両手を付いて挨拶を述べた。二人は同じ午年の生まれであった。その縁もあり、小谷城にいた頃は、遊び相手として共に過ごしていた。
常高院は刑部卿を見つめながら、単刀直入に訊ねた、
「姉上の事じゃが……なんとか気持ちをお留めする事は出来まいか」
刑部卿は頭を垂れながら重々しい口を開いた、
「恐れながら……私は、一度もあのお方と口を利いてはおりませぬ」
「それは何故じゃ?」
常高院はすがる様に刑部卿に近付いた。刑部卿は依然顔を上げず、畳につけた手の甲を見つめた、
「私は浅井長政の娘なれど、妾腹です。身分は天と地ほどの差がございますうえに大坂城では主と下女に等しい間柄……軽々しく話しかけるなど以ての外。──それに、あれ程誇り高きお方を止められるのは、ただ一人しかおりませぬ」
「誰じゃ……?」
「大御所様でございます」
「………」
常高院は衝撃を受けた。淀殿を止められるのは、他ならぬ徳川家康の手しかなかった。秀頼さえも止められない淀殿は、抑え付ける事の出来ぬ、暴れ馬同然なのだ。
しかし、常高院にとって実の姉にその様な惨い事はしたくない。常高院は今度は、千姫にすがりついた、
「千……。家康殿と秀忠殿に、文を書いてくれぬか? そなたがお二方に申してくれれば、姉上は戦を止めてくれるやもしれぬ!」
常高院の必死の訴えに、千姫は首を縦に振らなかった。千姫には強固とした決意があった。
『私はもはや、豊臣の人間にございます。徳川は生家ではありますが、長く住み慣れたこの城を、この命尽き果てるまで守って参りたいと念じております』
姪の言葉を聞いた常高院は一瞬項垂れるも、すぐに居直り、微笑んだ、
「そうか……そなたのその固い決意は母同様、変わらなそうじゃのう」
『母上……』千姫はそう呟き、掌をまじまじと見つめた。母から強く握られたような感覚がする。しかしそれはもう十年前のことだ。もはやこの体は、豊臣の水で出来ている。たとえ伯母の頼みであれど、私はもう一人の伯母と共にこの場に残ることを決めたのだ。
ふと常高院の顔を見ると、前に会った時より痩せたように思えた。大坂の姉と江戸の妹──二人の間の板挟みに苦しまれ、心が痛む思いだった。
『伯母上様もお辛いお立場に立たされ、お労しゅうございます』
常高院の婚家は京極家。此度の戦では徳川方に付いている。本来ならば、ここ大坂城にはいてはならない人間であった。姉妹での板挟みと同様の、苦しみの種であった。
「豊臣の家臣どもから後ろ指を差されようと、私は構わぬ。辛いのは辛いが、私は姉を支えるため、大坂城におるのじゃ。されど今は、姉上は私のことなど見向きもしてくれぬようになってしまった。当然じゃな。──もはや、私の味方はここにおる乳母と千、お近、そなた達だけじゃ……」
『私を味方だと思ってくださるのでございますか?』
「当たり前じゃ。家族ではないか」
千姫は常高院の手を握り、互いに笑い合った。常高院の側にいる乳母と刑部卿は恭しく頭を下げた。
それからの後、千姫と常高院の二人は、大坂城を去るその時まで、共に留まる事を決めたのだった。
───────────────────────
徳川方の軍勢は、大坂城の周囲を取り囲むように陣を置いた。その数、二十万にも上り、豊臣方を追い込む作戦に打って出た。
徳川に加勢した者の中に、豊臣恩顧の大名衆の顔ぶれは無かった。代わりにその大名の子息が参陣し、親である大名衆達は家康の命によって江戸に留め置かれていた。
太閤殿下・豊臣秀吉に忠誠を誓い、その忠誠を忘れずにいる彼らが参陣すれば、戦の最中に寝返る恐れがあると踏んでの処分だった。
やがて、十一月十五日、家康は京・二条城を出発し、大和国(現在の奈良県)を経由して大坂の茶臼山に本陣を敷いた。
「父上、どうか千に怖い思いをせぬように、お願い致します!」
千姫の身を案じていた徳川秀忠は、茶臼山を訪れて、家康との軍議の最中、娘の救出を懇願した。ところが、家康に聞き入れて貰えず、肩透かしを食らった。
一時は攻防戦を実行する徳川勢であったが、大坂城に真田幸村が入城した事を知った家康は、全軍に一斉包囲網を固めさせ、人命を問わずに戦う様に命じた。
上田攻めで真田に撃退された恨みを、ここで晴らす目論見だった。
一方、秀忠は聞く耳も持たぬ家康に失望し、自信の陣営に戻った後、高台から見える大坂城の天守を見つめ、娘の無事を祈った。
慶長十九年(1614)十一月十九日 ───────
【木津川口砦の戦い】を皮切りに、大坂冬の陣が始まった。
圧倒的な徳川勢に対し、豊臣軍は成す術も無く、防壁として築き上げていた数々の砦を自壊放棄し、大坂城へと撤収して行った。
敵に背中を見せる形となってしまったものの、翌十二月、赤備えの甲冑に身を包んだ真田幸村が大坂城最大の弱点と言われる南側を護る為、平野口に出城・【真田丸】を完成させた。
真田軍は、徳川の軍勢を誘い出し、挑発を仕掛ける作戦に出た。
南には、前田利光(後の利常)軍一万二千・松平忠直軍一万・井伊直孝軍四千、その他数千の軍が布陣していた。
一方、真田丸には、幸村率いる真田勢が五千。木村重成、後藤又兵衛、長宗我部盛親などの軍がそれぞれ八丁目口・谷町口に陣取り、総勢一万二千以上が来たる徳川軍との戦いに備えていた。
十二月二日、前田の軍勢が家康の命により、仕寄と呼ばれる塹壕を築いていた。真田丸の高台から眺めていた幸村は、それを阻止する為、出城の前にそびえる丘・篠山から狙撃し作業を妨害するよう兵たちに命じた。
妨害されて苛立った前田勢は、夜陰に乗じて篠山に進軍し追撃するも、もぬけの殻だった。真田勢はすでに真田丸へ引き返していたが、出城の前で大旗を振るい前田軍を挑発した。
挑発に乗った軍勢は悉く真田丸へと進軍した。しかし、この思い誤った行動が、徳川勢に大きな痛手を負う事となる。
上から岩落としや弓矢を食らい、出城に近付くすべての者の侵入を許さなかった。前田勢の攻撃を知った井伊軍や松平軍も様子を見ていた体勢から一斉に八丁目口・谷町口へと進撃した。ところが、二重の柵と空堀で立ち往生を受け、木村重成・後藤又兵衛・長宗我部盛親らが続々と身動きの取れない兵たちを皆殺しして行った。
真田勢の勢いは凄まじく、火縄銃で横から八丁目口を襲う徳川軍目掛けて射撃して行った。出城に一時侵入を許すも、刀で自兵戦が加わり、真田勢の勝利となった。
幸村の策に引っ掛かり、数々の仕掛けと攻撃を受けた前田軍・井伊軍・松平軍の兵たちは次々と倒れて行った。血気盛んに燃える前田軍・松平軍・井伊軍の追撃は、待機を命じた総大将・家康を無視した無断の行動であり、家康を激怒させた。
真田勢の勢いは留まる所を知らず、夕刻近くになるまで戦いは終わらなかった。劣勢だった豊臣勢は、戦況を有利にする事に成功したのだった。
大坂城・表・大広間 ───────
豊臣軍優勢という朗報を受けた豊臣秀頼と淀殿は歓喜に震えた、
「真田の戦いぶりにはあっぱれなものじゃ」
「は!! まさに【日本一の兵】と言わしめる戦いぶり!! これで、豊臣が優勢である事、すぐさま天下に知れ渡りましょうぞ!」
大野治長は気持ち高らかに熱く論ずると、秀頼は頷きながら、幸村の働きぶりに勝ち誇る様な気持ちになった。治長は言葉を続けた、
「この報せが達すれば、九州の島津、西国の毛利ら大名が直ちに援軍を出し、更には、福島正則ら江戸に留め置かれし豊臣恩顧の者達が、馳せ参じるに相違ありませぬ!」
高ぶる心に拍車をかけた秀頼は、立ち上がって大広間に座していた皆々に宣言し出した、
「ならば、わしが陣に立ち、今こそ采配を振るう時じゃ!! 治長、鎧を持て!!」
控える治長や木村重成は歓声を上げようとしたが、淀殿は手で制し、声を張り上げた、
「総大将が軽々しく出てどうする?」
秀頼はあっけに取られ、淀と目線を合わせながら訴えた、
「されど、母上!! 私ばかりが、ここでのうのうとしていては、皆の士気が下がりまする! せめて激励するだけでも───」
「ならば、私が参る」
「は!?」
「御袋様!?」
突然の淀殿の発言に、秀頼と治長は動揺した。その決意は固い様に見受け、聞く耳も持たぬまま治長に命令した。
「治長、鎧の支度をせよ!!」
───────────────────────
夜が更け始めた時刻、豊臣軍の勝ち戦を言祝いで、多くの兵たちに食事や酒が振る舞われていた。彼らは大坂城内の詰所や台所近辺を占拠し、ガヤガヤと騒ぎ立て、大いに喜びを分かち合っていた。
「一同控えあれ!! 豊臣秀頼公御生母・淀の御方様の御成りであるぞ!」
治長が現れ、一同に呼び掛けた後、その勇ましい鎧姿が兵たちの前に現れた。彼らは淀殿のその姿を一目見るなり、唖然としていた。
鉢巻を締め、長い髪を短く絡げさせ、鎧の上に陣羽織を着込んだ淀殿が、牢人衆の前に歩み出ではっきりとした声で口を開いた、
「皆々!! 此度は大儀であった!」
てんでばらばらに勝ち酒を飲んでいた兵たちは両手を付いて素早く頭を下げた。淀殿は続けて勇気付けた、
「知っての通り、徳川勢は隙間なく城を囲み、その数は二十万に達しておる。されど、案ずるには及ばぬ! この城は、亡き太閤殿下が築かれし、天下一の名城! 城が落ちる事はおろか、敵方の兵が石垣に触れる事すら許さぬであろう!」
兵たちは淀殿の言葉に励まされ、喊声を上げた。
「もう一息じゃ、ここを持ち堪えれば、再び豊臣の天下がもたらされようぞ!!」
秀頼の代わりに女人の身でありながら兵たちの前に立ち、淀殿は激励の言葉を贈った。兵たちは豊臣軍の総大将たる秀頼が来ない事に疑問を呈することなく、淀殿の言葉に大きく鬨の声を上げた。それを見た淀殿は、満足そうに笑った。
しかし、これは一時の瞬きでしかなかったのであった。
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