花魁吉野畢生

翔子

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※第二章 流れゆく 見知らぬ世界

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 【大見世】の女将・志乃の計らいで、よしは【切見世】・【流う楼】に預けられる事となった。
 切見世から再び【仲之町なかのちょう】に昇る事は極めて稀な事。しかし、志乃から励ましの言葉を受けたよしは、幼いながら望みを捨てず、いつか【太夫】になる夢を抱いて生きることを新たに決意したのだった。
 
 よしは月を見上げて静かに頷き、「流う楼」の敷居を跨いだ。
 
 障子を開けた瞬間、異臭がよしの鼻腔をくすぐった。煙草の臭いと烏賊のような生臭さ、そして線香の匂いが充満しており、一瞬頭がくらくらした。なんとか、耐えて辺りを見渡すと掃除も行き届いていない様子で、泥やら砂利やらが室内に入り込み、相当荒れ果てている。
 本当に営業しているのかと疑ってしまいそうになった。

「あ、志乃さん帰ったかい? 今、朝餉の支度してっから、そこで待ってな」

 よしが入って来たのが聞こえた「流う楼」の女将・花辺はなべがこちらを振り向きながら、気風良く言った。

 ところが、よしは心外に思った。【働かざる者食うべからず】という言葉があるように、何もせずに待つという事に堪えられなかったよしは『手伝いとおす』と花辺に願い出た。下働きを経験してきたよしなりの、気遣いの心だった。

「お、本当かい? じゃあ、火起こししてくれるかい? 火起こしぐらい向こうでした事あんだろ?」

『あい!』

 遊女屋の煮炊きについては【賄い方】という男衆と仲居がくりやに詰めて働いた。よしは料理こそした事は無かったが、女将や楼主の茶出しくらいはして来たので、茶釜の火起こしは得意であった。

 よしは、袖の袂を帯に差し入れ、作業に取り掛かった。パチパチと、音立てる小さな火種に古紙を入れて、その上に花辺から受け取った火打石を打ち込んだ。火が徐々に大きくなるのを確認すると、今度は薪をくべる。あとは火がよく燃える様に筒で息を吹き続ける。やがて竈門がだんだんと燃え上がり、赤く盛り出した。

 テキパキとやり遂げるよしを見た花辺は誉めそやした、

「あんた、手際が良いね!! もういいよ、後はあたしに任せておくんな」

 たとえ小さな事でも、ひと仕事をしたと思えば、心が軽くなるような気がした。
 竈門に火が成ると花辺は再び台所に立って手際良く野菜を切り、鍋に入れて行った。煮え切るその間に、米を洗うシャカシャカとした抑揚が部屋中に響き渡る。

 また手持ち無沙汰になり、仕方なく室内を見回すと、見世構えは案外広いのだと分かった。外が明るくなるにつれ、建物内の全容が明らかになって行った。
 入口から入ってすぐに板床と畳の間があり、立て屏風で囲われている。おおよそ、お客が呑み食い出来る空間であると判断出来た。
 よしは「流う楼」で働く女郎の姿を探したが、見当たらなかった。二階の部屋に行ってみても、屏風と布団が幾つか折り重なってあるだけで、誰もいなかった。一体何処にいるのだろう、そう思った。

「女たちは隣の建物だよ」

『え?!』

 階段を下りがけに声がし振り返ると、前掛けで両手を拭きながら花辺がニッと笑っている。考えを見透かされたような気がし、よしは肩をすぼませて小さくなった。それを見た花辺は、呵々と笑いながら板床の縁に腰掛けた、

「大方、女たちの居所を探してたんだろ? あたしみたいな年増がひとりで切り盛りしてるとは思ってなかったようだね」

『……どっかにいると思いんしたけんど、いびきが聞こえんす故、どこにいんすのかと』

 花辺は茶屋内を見回しながら後ろ髱を撫で付けると、自慢げに語り始めた、

「「流う楼」はね、あたしが作った女郎屋なんだ。「客が流れる様に辿り着く妓楼」って意味で、あたしが考えた。ここはお稲荷さんのお社の近くで【羅生門河岸】の中で最後に辿り着く見世だろ? それをもじったのさ」

『はぁ』

 よしは花辺の話に聞き入っていた。遊女屋が出来た経緯など、かつて居た見世では聞いた事が無かったので興味をそそられた。

「ここは、茶屋と揚屋を合わせた特別な造りにしててね、二階は、あんたも見たと思うが、布団があったろう? お客と女郎が睦み合う為の大部屋さ。もちろん、ここからも筒抜けさ」

 花辺がニヤリと笑ってくるので、よしは身体をビクッと震え上がらせた。話がひと段落終えたと思われる花辺によしは質問を投げかけた、

『切見世は、年老いたり、病になったりした姐さんたちが行き着く場所だと聞きんした。そういう訳ではありんせんすか?』

 しばらく考えて花辺が気さくに答えた、

「その通りだよ? 年季が明けて行く当ての無い女郎も、悪さをした太夫上がりもいる。【鳥屋とやに就いた】女郎もいれば、【間引き】をして体調崩した女郎だっているよ。みんな辛い思いをして、泣く泣くここにいる。毎日毎日、同じ事の繰り返し……って、それは仲之町でも一緒か」

 花辺は膝を叩きながら笑った。しかし、よしは笑う事は出来なかった。為す術も無く、切見世に追い込まれた女郎の気持ちを哀れに思った。花辺は、俯くよしを見て背中を軽く叩いて来た、

「大丈夫だよ!」

『え?』

「さっき、志乃さんに言われたんだろ? あたしも、あんたの顔見りゃ分かるさ! 応援してるからね! 顔の傷なんてすぐ消えるし、残ったとしても化粧でなんとかごまかせるさ」

 花辺はそう言いながら立ち上がり、台所へ向かったが突如として歩を止め踵を返した、

「あ、一応言っておくけど、あたしを怒らせたら怖いよ~? アッハハハ」

 笑いながら軽い足取りで鍋に向かう花辺の背中を見て、よしは軽く微笑んだ。志乃はすべてを花辺に話したのだと知った。いつかよしが太夫として立派な女郎になれるよう、色々と教えてあげてくれ、と。

 よしは花辺の心の内が少し見えて、強張っていた身体が徐々に緩まっていくのを感じた。

───────────────────────

吉原・夕風屋・現在 ───────

「うわぁ~、姐さん、切見世にいた事があるのでありんすか?」

『さいでありんすよ』

「それが今では天下の花魁! さっすが姐さんでありんす!」

 吉野の禿・しず葉と新造・ひめ野は色めきだってはしゃぎ出した。二人を見つめながら、吉野はクスッと笑った。そうこうしているうちに、朝餉の支度が整ったとの遣り手婆の声がした。

『さっ、話は一旦おしまいじゃ。取りに行っておくんなんしか』

「あい」

 しず葉とひめ野は一礼して、部屋を出て行った。吉野は他の新造に命じて着物を用意させ身支度を整えた。二度寝が出来ず大あくびをした。

───────────────────────

 女郎の生活は規則正しく進む。


────── 明け六ツ/卯の刻 (朝六時ごろ)

 日が昇ると同時にお客と起床。

 四半刻前(三十分前)に行為を終えたばかりだとしても、女郎は眠気を堪えながら【後朝の別れ】を交わしお客を帰さねばならない。女郎はお客に甘い言葉を耳打ちし、再びの登楼をねだる事を決して欠かしてはならない。
 お客を見送った後は、女郎は寝床に入り再び夢の中へ戻る。

 ────── 昼四ツ/巳の刻 (午前十時ごろ)

 二度寝から目覚めると、女郎は湯屋へ向かい身体を入念に洗う。髪を洗うことは稀で、月に一回程度だが、毎日身体を洗う事は出来る。
 妓楼ごとに【髪洗い日】が定められており、その日を迎えると、大勢の女郎たちが一斉に湯屋へ向かう為、大変な賑わいであった。

 入浴後は遅めの朝食を摂る。花魁などの高級遊女にでもなれば自身の室まで食事を運ばせる事も出来るが、下級遊女たちや禿たちは、妓楼の一階で食べた。魚や煮物などのおかずは無く、白米、味噌汁、漬物という質素な食事を摂った。

 朝食後は【昼見世】が始まるまでの間、身支度を整える。馴染みの髪結い達が女郎たちの部屋を訪れ、髪の結い直しが行われる。その後は、朋輩たちと談笑をしながら、漢詩や草紙を読んだり、琴や三味線の修練など、それぞれ比較的自由な時間を過ごす。

────── 昼九ツ/午の刻 (正午過ぎ)

 昼見世の営業が開始。
 
 遊女たちは仲之町に面した座敷に座り、格子の間からお客に姿を見せる【張見世】を行い、お客を誘い込む。しかし、夜見世と違って昼見世のお客はごくわずかでが多かったのもあり、女たちで談笑したり暇を持て余した。

 中には三味線を持ち出して曲を奏でたりする者、読書をする者、歌留多に興じる者などもいた。

 もちろん、彼女たちの仕事はお客の欲求を満たす事。指名されれば二階へ上がり、昼間の熱い情事に臨む。

────── 夕七ツ/申の刻 (午後四時ごろ)

 昼見世の営業が終了。

 ここからは夜見世が始まるまで、再びの自由時間を過ごした。化粧直しをしたり、お客に登楼を促す文などを書いた。

 女郎と遊ぶお客の中には大名や武士もいる。そんな殿方と話を合わせる為にも、政の世情や漢詩、和歌の器量も必要とされる。芸を磨く事も大事だが、大客を掴む為にも様々な事を学ばねばならなかった。

 遅めの昼食もこの時間帯に摂った。【夕風屋】は【中見世】なので、夕食分も摂るが、大見世などでは夕食を摂らない事も多かった。遊郭の勝負は夜、のんびりと食べてる暇は無い。

────── 暮れ六ツ/酉の刻 (午後六時ごろ)

 妓楼に灯りが燈り、吉原は俄かに活気づく。各妓楼では三味線によるお囃子が弾き鳴らされ、これを合図に【夜見世】が始まる。

────── 夜四ツ/亥の刻 (午後十時ごろ)

 夜も深くなり、吉原唯一の出入り口・【大門】が閉じられ、表向きの営業が終了した。この後は大門の隣の潜り戸が使用され、お客の往来は尚も続く。夜見世の営業は無論、継続。女郎たちは張見世を続けた。

────── 夜九ツ/子の刻 (午前零時ごろ)

 茶屋や揚屋は店仕舞いされ、張見世に出ていた女郎たちも格子内から退いた。これを【引け四つ】と称し、営業は真の終了を迎えた。残っているお客はその後も楼内において、女郎たちとの激しい夜を過ごす。

────── 夜八ツ/丑の刻 (午前二時ごろ)

 【大引け】の拍子木が鳴り響くと、床入りの時間となる。客がいる女郎や花魁は朝まで行為に及ぶ事もあるが、お客がいない女郎や新造、禿たちは眠りについた。

 そしてまた明け六つが訪れ、吉原の日々は繰り返される。

 女郎たちは一歩も吉原の外へ出る事は出来ない。単調で耐え難い日々を過ごした。真の休みは正月と盆のたった二日のみで、年季が明けるまで、吉原の掟に縛り付けられる。

 借金や避妊、梅毒などの苦難を潜り抜けながら、女郎は身請けされる儚い夢を抱いて遊郭で生き続けるのである。


吉原・羅生門河岸・流う楼 ───────

 朝餉が出来るまでの間、よしは箒を手にし掃除をし始めた。下働きをして来て、手持ち無沙汰がどうしても性に合わず、花辺から掃除道具を借りたのだ。

 外に出てみると、他の見世の女郎たちもぞろぞろと起き出し、羅生門河岸は昼見世の支度で賑わいを見せた。

 掃き掃除を終えると今度は雑巾で板床の拭き掃除を始めた。しぶとくこびり付いた汚れを根気強く擦っていると、二人組の遊女が笑い合いながら障子を開けて入って来た、

「おはよう、おっかさん!」

「おっかさん、おはようざんす。あら、見ないお顔だいねぇ!」

 花辺が茶碗に料理をよそいながら、二人を見つめた、

「おはよう! あ、この子、新顔だよ!」

 よしは慌てて、雑巾を傍らに置き二人に向かって両手を付いて挨拶した、

『お初にお目にかかりんす、よしと申しんす』

 よしが丁寧に頭を下げると、二人は俄かに笑い出した。何か間違った事をし出かしたのかと、よしはぽかんとしてクスクスと笑う二人を見つめた。

「そんなかったい挨拶は止しておくれよ~。わっちらは客じゃないんだから」

「あっしは、くれっていうんだ。よろしく」

うきふねだよ。まぁまぁ、お気張りなんし」

 くれ葉と浮ふねという女郎は、すらっとしており、綺麗な顔立ちをしていた。薄汚れ、醜い容姿を想像していたよしにとって、遥かに凌駕する程の佳人かじんぶりに、二人はどういう経緯で切見世に落ちぶれたのか、知りたくなった。
 先輩女郎である二人に笑われ、よしははにかみながら『よろしくお願い致しんす』と言い、再び雑巾がけに戻った。

 くれ葉と浮ふねが花辺から料理が載せられた懸盤かけばんを受け取ると、予想外な言葉をよしに向けた、

「ほら、よし? そろそろ切り上げて、こっちにおいで食べり」

『え!? よ、よろしいのでありんすか?』

 よしは吃驚びっくりして声を上げた。まだ禿になる前の下働きの時代、姐女郎と食事を囲う事なぞありえず、夢のまた夢であった。

「はははっ! だってさ!」

 よしの反応を見た浮ふねは笑いながらくれ葉の腕を叩いた。

「懐かしいねぇ! 使ってたの随分昔の事だけどな。ほら、よし? おっかさんからおまんま貰っといで」

 くれ葉がよしから雑巾を奪い入口付近に放り投げ、花辺の方へ背中を押した。
 花辺の方を見ると優しく微笑みながら懸盤を渡してくれた。心を躍らせながら、よしは姐女郎たちの傍に寄り、朝餉を口にした。

 白飯と味噌汁に漬物という、侘しい食事だった大見世と比べ、花辺が作ってくれた朝食は豪華だった。ふきとうに魚の煮付けも付いていた。ワクワクしながら一口運ぶと、思わず笑みがこぼれて来る。

「うまいかい? 今日は特別さんだよ? お客に米問屋の下男がいるんだけどさ、その人からお米を分けてもらってんだ。他の見世にバレないよう、煮込んで炊いてる。それでもうまいもんだろ?」

「おっかさんが料理上手だからねえ~! 本当何度お礼言っても足りねえぐれえだ」

「なんだい、お礼なんて一言も貰った覚えないよ」

 よしは、久方ぶりのちゃんとした食事に有り付き、食べるのに夢中で三人の会話には入らず、頷くのに精いっぱいだった。くれ葉はその様を笑いながら自分の袖で口元を拭いてくれた。礼を言いながらよしは再び箸を動かした。

 しばらくすると、茶屋の障子が開き、同い歳くらいのおかっぱ頭が入って来た。一体誰なのだろうと、よしは首を傾げた。

「あ! 嬢香じょうか!? ま~た寝坊かい?」

「あんた置屋の掃除を怠ったね? おかげで口に砂利が入ったよ。あっしらより早く寝るくせにお偉いさんだこった」

 浮きふねとくれ葉がご飯粒を飛ばしながら嬢香というわらべに向かって怒鳴り散らした。

「うるせえ!! 薪割りの準備はちゃんとしたよ! 寝ても寝てもこっちゃ疲れが取れねえんだ!」

 よしは驚きの余り、口をあんぐり開けた。『(姐さんに対してなんという口の利き方!)』よしはそう思った。

 同い年の童がなぜここで食事しているんだと言いたそうにこちらを睨み、「誰だこいつ?」と吐き捨てる様に言った。するとくれ葉は、「あんたと入れ替えっこする新米だよ!」とうそぶき、浮きふねは笑った。

「ほうら、馬鹿なこと言ってないで食べちゃいな! 風呂屋が閉まっちまうよ~!」

 花辺がパンパンと両手を叩き、大声で捲し立てると、二人は大慌てで白飯に味噌汁をぶっかけてかっ喰らい、そそくさと盤を花辺に渡してどこかへ走って行った。

「さっ、嬢香もお食べ!」

 花辺が言うと、嬢香は重い足取りでよしの近くに座った。さっきの姐女郎に対しての口走った言葉の衝撃で、よしはもう食事どころでは無くなった。

『よ、よろしく……』

 もごもごとしながらよしが挨拶をすると、嬢香はプイっとそっぽを向いた。どうも、くれ葉の冗談が効いたようだ。

───────────────────────

 切見世の昼営業が始まった。仲之町の見世とは違い、お歯黒どぶ沿いの店々は通りが狭いという事もあり、ごった返していた。

 切見世の相場は二朱から百文。(現代の約一万二千五百円~約二千円)

 大見世の一両から三分(現代の約十万円~約五万円) の【揚げ代】と比べると信じられない程の安さだ。安くても、性欲が満たせれば良いと考えている男も中にはおり、が多い仲之町と比べて、切見世の昼営業は大変な賑わいを見せた。

 切見世の女郎は数が勝負。

 たった数十分で満足させる事を旨とし、多くのお客を取って稼ぐ。よって、己が感じない様にする力は、上級の見世よりも深く持ち合わせていた。

 一帳羅を着こみ、髪型を整えた浮ふねとくれ葉は、見世の前に立って必死の大声でお客の呼び込みを行った。二人からは、他の見世に負けじと多くのお客を誘い込もうとする信念や心意気が感じられた。さっきまで一緒に食事をしていた時の声とは違う、男が好みそうなの声を出して次々とお客の袖を引いて行った。

 未だ成熟していないよしの身体では、お客を取る事は不可能だ。彼女に任された仕事は、お客が登楼した際の座布団出しにお茶出し、同衾の折に線香を焚く役、そしてお客が帰った後の茶屋の清掃整理だ。
 無論、嬢香も同様の役目を任されていて、慣れた手付きをしていた。負けず嫌いな性格のよしは、必死に追いつこうとがむしゃらに務めた。

 切見世は、揚げ代とは別に【線香代】をお客から貰った。

 一本【一切ひときり(約十分)】と称し、その間に情事を成す。

 時延べは【お直し】と言い、よしは睦み合うくれ葉たちと客の声を聞きながら線香を注視し、求めに応じて新たな一本を足し、それを記録した。

 よしは男を極端に恐れる様になった。「だんだん慣れるよ」と花辺から励ましの言葉を貰ったが、それでも不安は消えなかった。
 しかし幸いにも、切見世を訪れるお客はよしと嬢香の様な子供には見向きもしなかった。そのおかげで、よしの恐怖心は和らいで行き、役目に没頭する事が出来た。

 夜見世も、昼見世と変わらずお客の往来は引きも切らなかった。

 よしは額に汗を浮かべながら、お酒や料理を運んだりもした。

 お酒や料理を注文すると売り上げにも繋がる為、夜になれば、くれ葉と浮ふねの二人も協力して、登楼するお客に注文をする様促した。

 「流う楼」では、花辺の他に仲居を数人程雇っており、出来るだけ出前は取らない様に心掛けた。「流う楼」の料理も切見世での評判を呼んでいた。

 営業終了後、店仕舞いと片付けを終えたよしは、隣の置屋の二階に上り、倒れる様に眠りについた。
 
 初めて切見世に来て、「大生屋」よりも遥かに忙しかった日々を送ったが、やり甲斐を感じたのだった。


────── 四年後 ──────

 よしは十四歳になった。

 頬の傷も大して目立たなくなり、成熟した女の身体になったよしに【水揚げ】の場が設けられた。水揚げとは、女郎が初めてお客と寝る事を儀式で、これを経ると一人前の女郎として認められ、お客を取れるようになる。切見世では、女郎の水揚げを行うことは無いのだが、花辺はよしの為に盛大に水揚げの式を開いてくれたのだ。
 その水揚げの相手に、浮ふねの【間夫】が協力してくれた。浮ふねの間夫・藤島健治ふじしま けんじは、下級武士の出であるが、通人として「流う楼」に通い詰め、贔屓客として申し分ない人物。花辺は浮ふねに了承を貰い、健治を水揚げの相手として引き立てた。

 健治は、よしとは顔見知りでいつも線香を立ててくれる幼い少女という印象を受けていた。健治は成長したよしをいじらしく感じ、優しく抱き寄せた。接吻から始まり、身体中に口吸いをした。その瞬間、よしは過去に受けた強姦事件を思い出し、恐怖に顔を歪ませ、身体中を震わせた。健治はよしの背中をなだめる様に摩り、気の利いた言葉を耳打ちする、

「大丈夫だ……怖い事はせぬ。落ち着いて……」

 健治は着物を脱ぎ、ゆっくりとよしの帯を解いてあげた。褌の間から自身の【摩羅】を抜き出し、よしの頭を優しく包んでそれを咥えさせた。初めはその独特な臭いに戸惑ったが、姐女郎たちがして来た事を、見よう見まねで口に含んだ。

 初めてとは思えないほど上手だと健治は思った。萎えている竿を舌で転がされ、ムクムクと勃ち始める。どんどん口の中で巨大になり、亀の頭が顔を出した所を集中的に舐めてみると、健治は頬を染めながら恍惚な表情になって行った。
 右往左往に舌で絡め、裏筋を舐め回した。少し苦い液体が舌の上を踊っても口淫を止めなかった自分に驚く。男の頬が染まって行く様を、よしは面白く感じ、夢中になって行った。

 今にも果てそうだった健治は口淫を止めさせ、押し倒して足を持ち上げた。肩で息をしながら健治はゆっくりと、しかし慣れた手付きで女陰を摩った。

 愛液で溢れた女陰は、健治の指を受け入れ、抜き差しが繰り返された。想像もしていなかった感覚によしは身体をくねらせ声を上げた。よしは決して嫌がらなかった。「大生屋」での 坂垣さかがきの一件と違うのは、優しく愛撫してくれた事、それだけが救いだった。

 袖で口許を覆いながら、快感に酔い痴れた。頭の中がフワフワする感覚が走り、声を漏らし続けた。今度は口で、襞や蜜つぼを舐め回して来た。男の口は生温かく、荒くなる息で女陰がビクつき何度もイってしまった。
 健治は、びしょ濡れになった女陰を確認した後、膝立ちになり、とうとう一つになった。よしの女陰は快く、健治の大きくそそり立った男根を受け入れた。

 口淫された時と同じような表情になり、初めて健治は声を上げた。余りの気持ち良さに腰振りを止めることは出来なかった。程よく締められるこの感覚、十代に経験した以来だった健治は、よしの身体を力強く抱き締め、汗だくになりながら熱い情事が繰り広げられた。健治はとうとう我慢の限界に達し、中で果てた。

 肩で息をするお互いの息はへや中を包み込んだ。痛みは無かったものの、血で真っ赤に染まった布団が気にならない程に、線香三本分の濡れ事に興じた。

 男の身体を知ったよしは、ようやく女郎とお客が燃え上がる気持ちを知った。嫌悪感を感じていた禿時代とは違い、あの酔い痴れる感覚が余りにも素晴らしいので、姐女郎たちが日々こういう事をして金を貰っているのかと、恨めしくさえ思った。

 決して声をあげてはならない。

 決して感じてはならない。

 廓の鉄の掟に背きたいという思いを抱きながら、女郎の務めを果たして行こうと誓った。

 よしはようやく、見知らぬ世界に足を踏み入れたのだった。

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