物好き少女の引力相互作用

床間四郎

文字の大きさ
上 下
16 / 18
佐伯京子の話

先生との共同実験

しおりを挟む
 今日も二人は仲睦まじく、一緒に登校し一緒にお昼を食べて一緒に下校している。当初のクラスのざわつきはなくなり、日常の一部となりきっていて、今更誰も気に留めない。強いて言えば、お熱い二人に嫉妬する独り身が出てきたくらいだろう。トールフェチと身長ナルシスト、変態的でイレギュラーなカップルも毎日見ていれば慣れてしまう。
 私は今、一緒に下校する二人の後姿を眺めながら帰路についている。二人はおしゃべりに夢中で、私には気が付かない。二人が復縁して以来、私は一度も二人と話したことはないし、話しかけられたこともない。二人の世界から、私の存在は消えてしまったらしい。研究とはいえ、そのあまりのあっさりさに、また二人のあまりの仲の良さに、私はどこか寂しい気持ちになった。
「恋したいなあ」
 ・・・・・・私は咄嗟に口を押える。二人をぼんやり眺めていたら無意識に発せられたそれ、そんなものはご法度だ。私は恋のキューピッド。キューピッドは恋をしない。私は科学者、不幸の研究がしたいだけ。不器用な私は、何かを得るために何かを捨てないといけない。今は研究をしなくてはならない。将来、ある人を幸せにするためにも。だから恋はお預け。
「いじめを知りながら見て見ぬ振りした人も不幸な人です。後ろめたさを抱えながらも何もしなかった人。とことん無関心だった人。どちらも不幸です。自分勝手で卑怯な人です。そんな人はこの先どこかで、その卑怯さのせいで、大切なものを失っていくことでしょう」
 ふと、先生の言葉を思い出した。いじめはなくせない、だから高校でも程度の差こそあれいじめはある。カップルへの陰口だって、いじめだろう。私はいじめの存在を知っておきながら、いじめる張本人に対しては何も行動を起こさなかった。それが、今の私なのだ。
 私はそんな人になってしまったのかもしれない。研究というそれらしい理由を付けて、不器用という大義名分を得て、努力すらしなかった。そんな自分勝手な私はこの先その独りよがりのせいで一番大切なものを失ってしまうのかもしれない。
 でも先生、私のような不器用な人間は、いったいどうすればよいのでしょうか。人づきあいと研究の両立なんて、不可能です。研究を諦めろというのでしょうか。しかし、私は自分の幸せのために研究しています。なら、何ために、私は両立を目指すのか分からなくなってしまいます。

 カップルもいなくなり、私は家を目指して一人で歩いている。私はこれから何をすればよいのだろう。しばらくは、カップルの観察を続けるか。今の幸福も、もしかしたら一過性のものに過ぎないのかもしれないから。
 向こうから、こちらに歩いてくる一人の男性。・・・・・・鼓動が早まる。星の数ほどいる男性の中でも、特別な人。私はそんなあなたに話しかける。
「久住礼二先生ですか?」
 名前を呼ぶと、その人はゆっくりと振り返った。無精髭にぼさぼさ頭、やせた腕。教師時代とは全く異なるやつれた風貌。
「えー、いま私の名前を呼びましたか? 私はもう、先生ではありませんが」
 先生の目が私をまっすぐ見据える。風貌が変わっても、彼の目は当時と同じ輝きを残していた。
「元6年2組の、佐伯京子と申します。X年卒です」
「ああ、佐伯さん・・・・・・覚えていますよ。なんだか、大きくなりましたね」
「はい。もう、高校生ですから」
「ああ、もう高校生」
 鼓動が高まり、胸が熱くなる。なぜみんながそんなに恋を求めるのかがこの瞬間にわかった気がした。生命力を得るために、恋をするのではないかと。生命力・・・・・・それは逆境を乗り越える力だと、私は解釈していた。
「ちょっ! どうされました? 具合でも悪いんですか?」
 私は先生に抱きつく。数年ぶりに間近で聞いた先生の声に、嗚咽が漏れた、涙が出てきた。ひねくれものの今の私を作ってくれた人。私を強くしてくれた人。私の憧れの人。そして、私の初恋の人。
「すみません言いにくいのですが、私最近忙しくて、まともに風呂とか入っていないので、余計に気分が悪くなるかとー」
 詐欺師のような笑顔を張り付けてそれらしい理想論を熱血教師よりも、澄んだ目で遠くの真理を見つめるホームレスが好き。そんなひねくれものの私。イレギュラーになってしまった私。そんな私にできることは、ただ一つ。
「先生、好きです」
 憎しみにも似た激しい感情を彼に抱いてきた。四六時中私はあなたのことを考えてきた。そして、あなたみたいな人になりたいと思っていた。私はどうして勉強を、研究を頑張ってきたのか。目的は一つ、賢くなりたかったから。賢くなって、この人で実験をしたかったから。私が彼を幸福にできるのか、それを知りたかったから。
 顔を上げる。横目に同じ学校の制服を着た人がちらりと見えたけれど・・・・・・どうでもいい。イレギュラーになってしまった以上、私はイレギュラーで戦うしかないのだから。
 背伸びでは届かない。私は自分の低身長を呪った。いや、呪ってはいけない、受け入れなくてはならない、そして問題の本質を理解しなくてはならない。そこを目掛けて、私は軽くジャンプをする。ちょうどよく、2つのそれが重なり合った。
 これから新しい実験が始められそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

3度目の初恋

床間四郎
恋愛
見た目は物理で変えられる、中身は薬で変えられる。人間とはそんな不安定なものなのに、外見やら内面やらに惹かれて人は人に恋をする。恋とは何か、恋愛感情はどうして沸き上がるのか? 3年ぶりに再会した初恋の女性を前にした主人公は、変わってしまった彼女を見てひたすらに苦悩する。そんな中、恋愛に一切興味のなかった友人が女の先輩に一目ぼれする。恋愛感情とは何か? どうして人は人を好きになれるのか? 誰もが1度は考える問題に、高校生の主人公が最後に導き出した結論とは――

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...