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佐伯京子の話
先生との共同実験
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今日も二人は仲睦まじく、一緒に登校し一緒にお昼を食べて一緒に下校している。当初のクラスのざわつきはなくなり、日常の一部となりきっていて、今更誰も気に留めない。強いて言えば、お熱い二人に嫉妬する独り身が出てきたくらいだろう。トールフェチと身長ナルシスト、変態的でイレギュラーなカップルも毎日見ていれば慣れてしまう。
私は今、一緒に下校する二人の後姿を眺めながら帰路についている。二人はおしゃべりに夢中で、私には気が付かない。二人が復縁して以来、私は一度も二人と話したことはないし、話しかけられたこともない。二人の世界から、私の存在は消えてしまったらしい。研究とはいえ、そのあまりのあっさりさに、また二人のあまりの仲の良さに、私はどこか寂しい気持ちになった。
「恋したいなあ」
・・・・・・私は咄嗟に口を押える。二人をぼんやり眺めていたら無意識に発せられたそれ、そんなものはご法度だ。私は恋のキューピッド。キューピッドは恋をしない。私は科学者、不幸の研究がしたいだけ。不器用な私は、何かを得るために何かを捨てないといけない。今は研究をしなくてはならない。将来、ある人を幸せにするためにも。だから恋はお預け。
「いじめを知りながら見て見ぬ振りした人も不幸な人です。後ろめたさを抱えながらも何もしなかった人。とことん無関心だった人。どちらも不幸です。自分勝手で卑怯な人です。そんな人はこの先どこかで、その卑怯さのせいで、大切なものを失っていくことでしょう」
ふと、先生の言葉を思い出した。いじめはなくせない、だから高校でも程度の差こそあれいじめはある。カップルへの陰口だって、いじめだろう。私はいじめの存在を知っておきながら、いじめる張本人に対しては何も行動を起こさなかった。それが、今の私なのだ。
私はそんな人になってしまったのかもしれない。研究というそれらしい理由を付けて、不器用という大義名分を得て、努力すらしなかった。そんな自分勝手な私はこの先その独りよがりのせいで一番大切なものを失ってしまうのかもしれない。
でも先生、私のような不器用な人間は、いったいどうすればよいのでしょうか。人づきあいと研究の両立なんて、不可能です。研究を諦めろというのでしょうか。しかし、私は自分の幸せのために研究しています。なら、何ために、私は両立を目指すのか分からなくなってしまいます。
カップルもいなくなり、私は家を目指して一人で歩いている。私はこれから何をすればよいのだろう。しばらくは、カップルの観察を続けるか。今の幸福も、もしかしたら一過性のものに過ぎないのかもしれないから。
向こうから、こちらに歩いてくる一人の男性。・・・・・・鼓動が早まる。星の数ほどいる男性の中でも、特別な人。私はそんなあなたに話しかける。
「久住礼二先生ですか?」
名前を呼ぶと、その人はゆっくりと振り返った。無精髭にぼさぼさ頭、やせた腕。教師時代とは全く異なるやつれた風貌。
「えー、いま私の名前を呼びましたか? 私はもう、先生ではありませんが」
先生の目が私をまっすぐ見据える。風貌が変わっても、彼の目は当時と同じ輝きを残していた。
「元6年2組の、佐伯京子と申します。X年卒です」
「ああ、佐伯さん・・・・・・覚えていますよ。なんだか、大きくなりましたね」
「はい。もう、高校生ですから」
「ああ、もう高校生」
鼓動が高まり、胸が熱くなる。なぜみんながそんなに恋を求めるのかがこの瞬間にわかった気がした。生命力を得るために、恋をするのではないかと。生命力・・・・・・それは逆境を乗り越える力だと、私は解釈していた。
「ちょっ! どうされました? 具合でも悪いんですか?」
私は先生に抱きつく。数年ぶりに間近で聞いた先生の声に、嗚咽が漏れた、涙が出てきた。ひねくれものの今の私を作ってくれた人。私を強くしてくれた人。私の憧れの人。そして、私の初恋の人。
「すみません言いにくいのですが、私最近忙しくて、まともに風呂とか入っていないので、余計に気分が悪くなるかとー」
詐欺師のような笑顔を張り付けてそれらしい理想論を熱血教師よりも、澄んだ目で遠くの真理を見つめるホームレスが好き。そんなひねくれものの私。イレギュラーになってしまった私。そんな私にできることは、ただ一つ。
「先生、好きです」
憎しみにも似た激しい感情を彼に抱いてきた。四六時中私はあなたのことを考えてきた。そして、あなたみたいな人になりたいと思っていた。私はどうして勉強を、研究を頑張ってきたのか。目的は一つ、賢くなりたかったから。賢くなって、この人で実験をしたかったから。私が彼を幸福にできるのか、それを知りたかったから。
顔を上げる。横目に同じ学校の制服を着た人がちらりと見えたけれど・・・・・・どうでもいい。イレギュラーになってしまった以上、私はイレギュラーで戦うしかないのだから。
背伸びでは届かない。私は自分の低身長を呪った。いや、呪ってはいけない、受け入れなくてはならない、そして問題の本質を理解しなくてはならない。そこを目掛けて、私は軽くジャンプをする。ちょうどよく、2つのそれが重なり合った。
これから新しい実験が始められそうだ。
私は今、一緒に下校する二人の後姿を眺めながら帰路についている。二人はおしゃべりに夢中で、私には気が付かない。二人が復縁して以来、私は一度も二人と話したことはないし、話しかけられたこともない。二人の世界から、私の存在は消えてしまったらしい。研究とはいえ、そのあまりのあっさりさに、また二人のあまりの仲の良さに、私はどこか寂しい気持ちになった。
「恋したいなあ」
・・・・・・私は咄嗟に口を押える。二人をぼんやり眺めていたら無意識に発せられたそれ、そんなものはご法度だ。私は恋のキューピッド。キューピッドは恋をしない。私は科学者、不幸の研究がしたいだけ。不器用な私は、何かを得るために何かを捨てないといけない。今は研究をしなくてはならない。将来、ある人を幸せにするためにも。だから恋はお預け。
「いじめを知りながら見て見ぬ振りした人も不幸な人です。後ろめたさを抱えながらも何もしなかった人。とことん無関心だった人。どちらも不幸です。自分勝手で卑怯な人です。そんな人はこの先どこかで、その卑怯さのせいで、大切なものを失っていくことでしょう」
ふと、先生の言葉を思い出した。いじめはなくせない、だから高校でも程度の差こそあれいじめはある。カップルへの陰口だって、いじめだろう。私はいじめの存在を知っておきながら、いじめる張本人に対しては何も行動を起こさなかった。それが、今の私なのだ。
私はそんな人になってしまったのかもしれない。研究というそれらしい理由を付けて、不器用という大義名分を得て、努力すらしなかった。そんな自分勝手な私はこの先その独りよがりのせいで一番大切なものを失ってしまうのかもしれない。
でも先生、私のような不器用な人間は、いったいどうすればよいのでしょうか。人づきあいと研究の両立なんて、不可能です。研究を諦めろというのでしょうか。しかし、私は自分の幸せのために研究しています。なら、何ために、私は両立を目指すのか分からなくなってしまいます。
カップルもいなくなり、私は家を目指して一人で歩いている。私はこれから何をすればよいのだろう。しばらくは、カップルの観察を続けるか。今の幸福も、もしかしたら一過性のものに過ぎないのかもしれないから。
向こうから、こちらに歩いてくる一人の男性。・・・・・・鼓動が早まる。星の数ほどいる男性の中でも、特別な人。私はそんなあなたに話しかける。
「久住礼二先生ですか?」
名前を呼ぶと、その人はゆっくりと振り返った。無精髭にぼさぼさ頭、やせた腕。教師時代とは全く異なるやつれた風貌。
「えー、いま私の名前を呼びましたか? 私はもう、先生ではありませんが」
先生の目が私をまっすぐ見据える。風貌が変わっても、彼の目は当時と同じ輝きを残していた。
「元6年2組の、佐伯京子と申します。X年卒です」
「ああ、佐伯さん・・・・・・覚えていますよ。なんだか、大きくなりましたね」
「はい。もう、高校生ですから」
「ああ、もう高校生」
鼓動が高まり、胸が熱くなる。なぜみんながそんなに恋を求めるのかがこの瞬間にわかった気がした。生命力を得るために、恋をするのではないかと。生命力・・・・・・それは逆境を乗り越える力だと、私は解釈していた。
「ちょっ! どうされました? 具合でも悪いんですか?」
私は先生に抱きつく。数年ぶりに間近で聞いた先生の声に、嗚咽が漏れた、涙が出てきた。ひねくれものの今の私を作ってくれた人。私を強くしてくれた人。私の憧れの人。そして、私の初恋の人。
「すみません言いにくいのですが、私最近忙しくて、まともに風呂とか入っていないので、余計に気分が悪くなるかとー」
詐欺師のような笑顔を張り付けてそれらしい理想論を熱血教師よりも、澄んだ目で遠くの真理を見つめるホームレスが好き。そんなひねくれものの私。イレギュラーになってしまった私。そんな私にできることは、ただ一つ。
「先生、好きです」
憎しみにも似た激しい感情を彼に抱いてきた。四六時中私はあなたのことを考えてきた。そして、あなたみたいな人になりたいと思っていた。私はどうして勉強を、研究を頑張ってきたのか。目的は一つ、賢くなりたかったから。賢くなって、この人で実験をしたかったから。私が彼を幸福にできるのか、それを知りたかったから。
顔を上げる。横目に同じ学校の制服を着た人がちらりと見えたけれど・・・・・・どうでもいい。イレギュラーになってしまった以上、私はイレギュラーで戦うしかないのだから。
背伸びでは届かない。私は自分の低身長を呪った。いや、呪ってはいけない、受け入れなくてはならない、そして問題の本質を理解しなくてはならない。そこを目掛けて、私は軽くジャンプをする。ちょうどよく、2つのそれが重なり合った。
これから新しい実験が始められそうだ。
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