物好き少女の引力相互作用

床間四郎

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伊藤真の話

似た者同士、イレギュラー

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 それから色々なことを彼女に伝えた。そして、彼女に尋ねた。僕の性癖に引いたわけではない、そう言われて少し安心した。
 そして、ついに僕の気持ちを全て伝え終わった。結果待ちの緊張感と同時に、清々しい思いがした。今まで隠してきたことを全て、信用できる人に打ち明けた。それゆえの、爽快感。
 川越さんの方は相変わらず、淡々とした反応だった。それでも、僕は伝えきった。後悔はしていない。
「これからも、よろしくお願いします」
 最後に僕は改まった調子で川越さんに頭を下げる。彼女は曖昧な表情でどこかを見つめていた。この状況をどう思っているのか、よくわからない表情だった。でも、少なくとも嫌がってはいない。僕はそう思った。そう、期待した。
「うん、よろしく。私も伊藤君に言いたいことがあるんだけど、いいかな?」
「うん、もちろん。むしろ、うれしい」
 心臓がバクバクと激しく運動を始める。審判の時が来た。これから何を言われるのか、その時僕はどうなってしまうのか。今後人から性癖を理解されることを諦め、世間の『普通』に迎合し、猫を被って生きていくことになってしまうのか。
 僕は次の彼女の言葉に全神経を集中させる。
 川越さんはベンチから立ち上がり、こちらを見下ろす・・・・・・ああ、とても背が高い。体が熱くなってきた。この人との関係が1日でも長続きすることを願わずにはいられない。
 思い出した、彼女は女神じゃないか。彼女がいなければ、僕は生きていられない。やっぱり僕は、彼女と付き合わなくてはならない。でも、もう取り返しはつかない・・・・・・
 僕のこの赤裸々で誠実な行動が吉と出ますようにと、僕は生まれて初めて神に祈った。
 川越さんはしばらくじっと僕を見据えてから、口を開いた。
「私もね、自分のこの体が好きなの」



 心の底から好いていても、他者からは否定的にしか見られないもの。アブノーマル、イレギュラー、異端、ニッチ。人に知られれば変態呼ばわりさせること必至の性癖。
 そんなものを、愛する人に告白する羽目になった当時の気持ちは今でもすらすらと思い出すことができる。
 佐伯に対するいら立ち、そして恐怖、関わってしまったことへの後悔。そして運命への恨み。長年追い求めてようやく手に入れた魅惑の果実を持ち帰り、目の前でつぶされる、そんな気分。
 しかし、一時の喜びが人生の幸福を約束するわけではないように、一時の後悔も、それが直ちに僕の人生の破滅を意味するわけでもない。
 ――幸福というのは、こういうものなのかもしれない。災い転じて福となす、というように。雨降って地固まる、というように。
 一つの不幸が僕のその後を今まで以上にきらびやかなものにしていく、そんな運命の力。それを幸福というのかもしれない。
 僕は今、彼女とともに手をつないで歩いている。彼女の手は僕のよりも一回りほど大きい。また身長差のために歩幅が合わないが、川越さんは僕のためにゆっくり歩いてくれる。
 手をつないだまま駅に到着、少し恥ずかしいけれど、まだ離したくはない。
 そうだ、肝心なことを忘れていた。デートの約束をしないと。そのために過去の僕は、勇気を振り絞ったのだから。
「ねえ、夏休みに水族館に行かない?」
「うん! 行きたい」
 川越さんが、満面の笑みでそう言ってくれる。そんな彼女を見ていたら、なんだか僕の方まで、嬉しくなってしまった。
「何日が空いているかな? 僕、夏期講習があるから」
「うーん、8月4日はどう?」
 4日、翌日から夏期講習が始まるが、早めに予習をすれば問題ないだろう。
「あー、その日は僕も都合いい」
 僕はスマホの予定表に記録する。8月4日、僕らのデートの日。絶対に忘れてはいけない、アラームもつけてやった。
「あー! 京子ちゃん!」川越さんが急に声を上げる。そちらを見ると、スマホを持った佐伯がこちらに向かって歩いてきた。
 邪魔者、僕は正直そう思った。
「ねえねえ川越さん、待ち合わせ時間は10時かなー」佐伯を押しのけるように、僕は川越さんに尋ねる。
「なに、デートの予定?」想定外の事態、佐伯が割り込んできた。普段は独りぼっちの癖に、どうしてこういう時だけ。もう、お前は首を突っ込むな。
「うん、2人で水族館に行くの」と、川越さん。こちらも乗り気らしい。姦し、というやつか。そう思った。
 佐伯はそれから目を瞑る。何かを考えているようだった・・・・・・嫌な予感がした。
「ねえ、そのデート私も後ろからついて行っていいかな?」
 嫌な予感、的中。川越さんも少々戸惑っているのが救いだ。
「デートってどんな感じなのかなーって。ちょっと参考にしたくて」
「あー、京子ちゃんもしかして。好きな人できたのー?」川越さんが佐伯の顔を覗き込みながら尋ねる。
 佐伯の顔が、ぽっと赤くなった。
「まあ、ちょっと興味が・・・・・・」
「うわー! いいよね伊藤君。別に一緒に回るわけじゃないんだからさ」
「そうそう! ただ、参考に観察したいだけだから」佐伯がにこにこしながら僕に訴える。初めて見る、佐伯の笑顔。こいつ、笑うのか。
 当然、僕に断ることもできず、ただ頷くしかできなかった。
「じゃ、私はこれで。今度は水族館でね!」
「うん、バイバーイ!」
 佐伯が去っていく。川越さんは見えなくなるまで手を振り、やがて手を下ろした。
「じゃ、私たちも帰ろうか」
「うん」僕は笑顔でそう答えた。

 歩いて数分、改札口前、いつもならここで彼女とは別れる。しかし今日は、彼女についていくことにする。僕は川越さんについて、自動改札機にタッチした、
「あれ、伊藤君向こうじゃ?」
「いや、送っていくよ」勇気を出して、この一言。
 夕方17時30分。夏のこの時刻は十分明るいが、僕は彼女を送っていくことにした。彼氏として、そうしてかったから。
「・・・・・・ありがとう」
 一瞬、間をおいてから彼女は答えた。まずい、いきなり攻めすぎたか? それとも、こんな小さい男に送られるのは恥ずかしかったか? 
 だが考えても仕方がない。とりあえず、そこまで嫌がってはいないようで安心した。むしろ、喜んでもらえたらしい。僕は照れ臭くなった。
 僕らは一緒にホームに向かい、しばらくおしゃべりをして時間をつぶしてから、やってきた電車に乗り込む。
 ・・・・・・これが見たかったんだ。予想通り、川越さんは頭を下げて電車に乗り込む。これで、彼女の身長が180㎝超であることは確実だ。
「やっぱり、ドアよりも背が高いね」
「へ?」
「ねえ、川越さん179㎝って言ったけど、多分もう少し高いと思う。電車の入口って、180㎝から185㎝が相場だっていうから」これくらいなら許されるだろうと思いながら、僕は彼女に尋ねた。180台か否かというのは、僕にとってはとても重要なのだ。。
 駅まで僕らは身長の話で盛り上がり、春の身長が179㎝というのをさっき聞いた。しかし電車のドアの高さと比較するに、もっと高そうだ。教室で測った時も、180㎝はありそうな感じだった。
 しかもこの電車のドアは高めでおそらく185㎝。そしてドアと彼女の間に、隙間はほとんどなかった。むしろ、川越さんの方が、たぶん高い。
「あー・・・・・・うん、ばれちゃった。春の身長、本当は183・7㎝あったの」
 体の底から、何か熱いものがこみあげてくるのを感じた。汗が出てきた。
 今、僕はとても気持ちの悪い笑みを浮かべていると思う。でも、抑えることができない。ローファーの高さは2㎝くらいか? つまり、今の彼女は185㎝。
 すばらしい、あまりにもすばらしい。
「あの、そんなに見られると・・・・・・」
 恥ずかしそうに、手で僕の視線を遮ろうとする川越さん。ハッ、あまりにも露骨だったか。
「あ、ごめんなさい」慌てて謝罪する。せっかく仲直りできたのに。再び彼女の近くでいられるようになったというのに、フェティストの悪いところを出して、また遠くなってしまう。これでは本末転倒ではないか。
「うん、でも・・・・・・ありがとう」
 川越さんは顔を赤くした。僕の方まで赤くなってしまった。こんな変態的なことをしても、そこまで不快に思わない彼女。
 ああ、本当に、僕はこの人と付き合えてよかった、幸せだ。
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