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しおりを挟む「美味しい?」
「ハイ」
「それはよかった。料理長にも伝えておくよ。変な勘違いさせたみたいでごめんね」
「そんな…!私が勝手に勘違いして…本当にお恥ずかしい限りです。殿下が私なんかをお茶の相手に選ぶ理由が分からず…別の用件があるのではと深読みし過ぎてしまいました」
ティナベルが赤くなった顔を隠して言うとアルフレッドは少し困ったように申し訳なさそうに「あー…うん…」と言う。
ティナベルのその推測はあながち間違いではなかった。
アルフレッドがティナベルを誘ったのはお茶を飲むためだけではなく、話を聞いてもらうためだったから。
「殿下…?」
「ごめんね、それは当たってるかも?」
「え?やっぱり何か…」
「あ、違う違う!当たってるってのはそうじゃなくて…用件というか…伝えたいことがあって呼んだってこと」
「伝えたいこと…ですか?」
「うん。と言ってもまだ上手く纏まっていないんだ。こういうことを自分の口から言うのは初めてだから。でもまた変な勘違いをさせたくないし…単刀直入に言おうかな?」
ティナベルが一人そわそわ次の言葉を待っていると、アルフレッドは覚悟を決めたように口を開く。
「私と結婚してくれないかな?」
「けっ…こん……ですか?」
「勿論すぐにというわけにはいかないから最初は婚約者という形になると思うけど」
驚きしかないティナベルと相対するようにリードヒルは随分と冷静でいつもと変わらない。
-リーったら…分かってたのね?それならそうと教えてくれればよかったのに!
-なんて…思ってんだろうな。
ティナベルはジッとリードヒルを見、リードヒルはそんなティナベルの心境を読んだ。
アルフレッドからすると何も言わないリードヒルが少し不気味だった。
夜会で間に入って来たことを考えるとリードヒルがティナベルに恋心を持っているは確かだったから。
ヘタをすると告白事態阻止されるのではとさえ思っていたから。
結婚を申し込んだアルフレッド、申し込まれたティナベル。二人の視線はなぜかリードヒルに向かうけれどリードヒルは何も反応を示さない。
-私の考えで返事をしろと言うことね?
そう解釈したティナベルはアルフレッドに視線を移した。
「父を通さず告げてくれたということは…」
「うん…断ってもいいよ。勿論断られたくはないけどね?」
少し眉尻を下げ困ったように最後を付け足したアルフレッド。
その表情は捨てられた子犬のようで大抵の女性は庇護欲を掻き立てられるだろう。
親同士の話し合いで決定される貴族の婚約。
本人たちの意思が反映されないことは勿論、縁談が決まったと事後報告されることも多い。
今回アルフレッドがアルフレッドの父である国王を通してティナベルの父に申し込みをしなかったのは王族からの依頼を断れる家などないことを考えてティナベルに逃げ道を作ってあげるため。
ティナベルは突然の求婚に驚いたものの、その優しさにきちんと気付いた。
アルフレッドがきちんと目を見て告白してくれたように、ティナベルもきちんと目を見て返事をする。
「…友達から始めさせては頂けませんか?」
ティナベルの返事にやっとリードヒルはピクリと反応を見せた。
「私の父と母は結婚式の日に初めて会ったみたいなんです。暮らしていく上でお互い深い愛情を持つようになったと言っていました。そういう形もあるんだと思います。むしろ、貴族同士の結婚ではそれが多いのかと。ですが…子供だと思われるかもしれませんが出来ることなら私は婚約や結婚をするときはお互いをきちんと知ってからがいいなと思ってまして…」
「子供だなんて思わないよ。それはとても真っ当な考えだと思うよ」
「…ありがとうございます」
やっぱり連れてこなければよかったな、とリードヒルは思った。
連れてきたのは色恋に疎いティナベルがよく知らない男からの好意にどんな反応をするか少し見たかったから。
あわよくばいつも身近にいる誰かを家族でも友達でも使用人でもない、一人の男だと認識してくれる機会になるかもと思ったから。
-ただ普通に断ればいいものを…
「では、友達から始めよう」
「…いいんですか?」
「友達の先に期待を持てるのなら喜んで友達から始めるよ」
チッ、とリードヒルは思った感情を口に出した。
-友達の先なんて…冗談じゃない。あってたまるか。
リードヒルの持つ不思議な力は無いものをあるように思わせることが出来ても、あるものを無いと思わせることは出来ない。
例えば六番目の息子を持っていなかったシュタットネス家の人間にリードヒルが六番目の子共だと思わせることは出来ても、アルフレッドがティナベルを好きだと思う気持ちを好きではないという気持ちに作り変えることは出来ない。
つまり、リードヒルが考えたくない事ではあるけれど、万が一ティナベルがアルフレッドに惚れてしまったとして、それからそれが勘違いだと思い込ませようとしてもその時は既に手遅れになってしまうということ。
-このまま掻っ攫ってやろうか。
ふとリードヒルは思う。
例えすぐ側に護衛がいようと、警備の強固な王宮内だろうとドラゴンである彼にとって人を一人連れ出すことくらい造作もないこと。
その際多少の死人は出ようとも王宮が壊れようともリードヒルにはどうでもいいこと。
そんな想像をしていると聞き慣れた「嬉しい…」とティナベルが喜ぶ声。
「私、友達がいないんです。屋敷の皆は友達というよりは家族みたいなものですし。あ、と言っても、それは私が一方的に思ってるだけで!皆んなにとっては私はきっと仕える家の娘でしかないんだと思うんですけど」
リードヒルはその言葉を聞いてティナベルを掻っ攫う想像を完全に消した。
友達がいない…
その原因はリードヒルには心当たりがありすぎるくらいあった。
ティナベルに友達がいないのはティナベルに近付く人間全てを牽制し遠ざけてきたせい。
誰が?もちろんリードヒルが。
-でも…
ティナだって別に友達が欲しそうにはしてなかった。リードヒルは途中でそう思うのをやめた。
ティナベルには昔から欲しいものを欲しいと言わない癖があったから。
正確には聞かれない限り欲しいと答えない癖。
-大好きなケーキでさえ食べるかどうか聞かないと食べたいと言わない奴だもんな。きっと友達だって普通に欲しかったんだ。
ティナが欲しいものを欲しいと言った時にはそれが何だろうと与えてやろうと思ってた。そう決めてたからには…仕方ない。
新しい人間との交流を求めているティナを攫うのは…俺の望みでもない。
だけど…よりにもよってコイツかよ…
リードヒルはため息を吐いて覚悟を決めた。
「…期限をつけたらどうだ?」
その言葉はティナベルに言っているようでアルフレッドへの最大限の譲歩だと牽制しているようだった。
「期限?」
「殿下はあくまで結婚を求めてんだ。友達の先に進むのか、友達で終わるのか、期限も決めずにいつまでも返事を待たされちゃ殿下も次に行きたくても行けないだろ」
「確かに」
「気を使ってくれてありがとう。でもフラれたからってすぐ次を見つけようなんて切り替えれるほど軽い気持ちじゃないから気にしないでいいよ」
牽制のお返しと言わんばかりにアルフレッドはリードヒルに向かって言う。
小さな火花が二人の間に出来ていた。
リードヒルの期限を付けるという案はティナベルも賛成だった。
-殿下がいくらいいと言ったって、きっと国王も国民も皆んなが時期王がいつまでも独り身でいることを良しとは思わないはず。
「やっぱりリーの言う通り期限を決めさせて下さい」
「…分かったよ。じゃあ一年でどうかな?一年友達をして、一年後、婚約者になってもいいかどうかの返事をもらう」
「半年だ」
「彼女に聞いてるんだけどなぁ?」
アルフレッドは笑顔でリードヒルに言う。
リードヒルはその瞳の奥の感情に気付いていながら知らん顔。
最早火花どころか大きな花火が打ち上がっていた。
「えと…半年で大丈夫です」
「……そう」
毎日会える訳ではない半年は短すぎる。
けれどここで変なことを言って三ヶ月だ、一ヶ月だとさらに短くされては困るとアルフレッドはそれ以上攻めなかった。
二人の花火対決はアルフレッドの花火が打ち上げ未遂で終了した。
「じゃあこれからよろしくね?でも友達と言っても私はあなたのことが好きな訳だから」
「すっ…!!」
「…………えっ?!」
アルフレッドはティナベルの驚きように驚いた。
-思い返してみればあんなにシミレーションしたのに、結婚してくれないかと聞いただけで好きだと口に出したのは今が初めてだった。
でも…だからって…気持ちが伝わってないとか…あるのかなぁ?!ついさっき軽い気持ちではないとも言ったのに…
裁かれるために呼ばれたと勘違いしてたくらいだからありそうといえばありそうだな…とアルフレッドは思った。
一番最悪なのは結婚してくれるなら誰でもいいと思われること。
「もしかしてまだ伝わってなかったかな…?私はあなたが好きだから結婚してくれとお願いしたんだけど…」
「あ、いえ!ハイ!違うんです!あの、お気持ちは…ハイ」
ちゃんと分かってます、と小さな声で言ったティナベル。
あぁ、きちんとした言葉にされ恥ずかしがっていただけか、とアルフレッドは胸を撫で下ろした。
「えっと…うん。あれ、何を言おうとしてたんだっけ?あ、そうそう。友達から始めはするけれど、私はあくまであなたと結婚したいと思ってる訳で」
「…ハ、イ……」
一々照れるティナベルが愛らしいと感じているのはティナベルに惚れたアルフレッドだけではない。
周りのメイドや騎士たちもほんわかとティナベルを見守っていた。
「あなたにも好きになってもらえるようそれなりにアプローチをしたいんだけれど、それは許してくれるかな?」
「お、お手柔らかにお願いします…」
緊張気味に答えたティナベルだったけれど、アルフレッドのこの質問はどちらかというとリードヒルに向けられていた。
勿論、リードヒルはそれに気付いる。
イラッとした感情は隠して笑顔で応戦を始めた。
「殿下に一つだけご忠告をしておきます」
「何かな?」
「旦那サマと屋敷の使用人たちにはお気を付け下さい?相手がどんな身分だろうとあの人たちはティナの嫌がることをする奴を容赦しないでしょうから。自分たちの命を顧みず罰を与えに来るやもしれません」
「ハハ、それは怖いな。その忠告はきちんと受け取っておくよ。因みにその時の先陣は君かな?」
「さぁ…どうでしょう。生憎俺は主犯だけに罰を与えて気が済むような出来た人間じゃないので」
「それは…私の周りの者にも被害が及ぶということかな?」
「冗談。最低でも国一つは被害に遭ってもらわないと。っと、忠告は一つと言ったのに二つしてしまいましたね」
ハハハハ、と笑い合う二人の男たち。
開始戦、中盤戦とは違い流石に今回はきちんと聞いていたティナベルだったけれど、聞いていたところで不敬な発言を続けるリードヒルに「何怖いこと言ってんの?」とハラハラすることしか出来なかった。
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