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地下練習場

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ぎゅっと帯を結び、雄一はレスリング部がトレーニングを行っている体育館に向かう。

体育館は地上3階地下2階の山中とは思えない施設となっている。

地下にレスリング部が使っている格闘技用の施設が設けられている。

 地下の施設に雄一が足を踏み入れるのは、学園に訪れたばかりの時に案内されて以来だ。

この学園の施設は山腹に建てられたとは思えないほど整備され、古い建物もあるものの十分にメンテナンスされている。

確かに、その地下も清潔に機能的にメンテナンスされている。

が、何故か、地下一階に降りた雄一は嫌な気配を感じる。

その嫌な気配、あるいは空気は、指定された一番奥の屋内練習場に近付くに連れ、増していく。

それは、ザワッとするような嫌悪感を皮膚に生じさせ、体表から精気を吸いとられるような嫌な感触だった。

なにを俺はブルってるんだ、、、

雄一は自身を鼓舞する。

明らかに雄一を面白く思っていない大石と対峙することから、自身がそんな嫌な空気を感じていると考えたからである。

雄一は極めて現実的な考え方の持ち主である。

嫌な空気、気配は己の心の弱みから生じるものと考えるタイプだ。

気合いをいれようと深く息をしながら、地下の廊下を進む。

レスリング部の練習場には、揃いのジャージを着た生徒が整列していた。

皆、ジッパーをきっちりと喉元まで上げている。

無言。

無表情。

見事に同じ姿勢。

雄一は、一瞬、気圧される。

整列しているとはいえ、普通の学生達ならば、それぞれの気配というものが醸し出されるものである。

しかし、レスリング部の部員達からは個の気配は感じられず、同じ雰囲気、同じ空気て佇んでいる。

その纏まった空気感に圧されたのだ。

部員達の前には大石が立っていた。

「高尾先生が来たので、練習を始めるか」

大石が言う。

すると、後ろの列の端に立っていた二人がさっと入り口の方へ行き、両開きの扉を閉めた。

ガシャン

扉の締まる音が場内に響く。

雄一は、軽い圧迫感を感じていた。

閉所恐怖症ではないが、閉ざされた練習場内で、なにか落ち着かず、息苦しくなってくるような感覚。

再び、深く息を吸い、落ち着こうとする。

「まぁ、基礎トレーニングだから、世界の名選手にはダルくて付き合いきれないかもしれないが、そこは教師の立場で我慢してくれ」

大石の言葉に、雄一はカチンときたが、気にしないようにした。

「基礎トレーニングは、何事に置いても疎かにしてはならないものなので、きちんと付き合わせてもらいますよ。よろしく頼むっ!」

最後の言葉は、生徒達に向けたものだ。

だが、雄一の言葉は場内の空気に消えてしまったように生徒達は反応のない目で雄一を見ていた。

「たしか、高尾先生は、初めてのスポーツでは新入部員として臨みたいというのが希望だったそうだな」

大石が大仰に言う。

「ええ、新米としてトレーニングに臨むつもりです」

「それは、素晴らしい考え方だ」

大石は茶化したような口調で言う。

「基礎トレーニングは、部長の江田の指導に合わせて行ってもらうことになる、江田の動きを順に部内の序列順に次々に合わせて行って行く。高尾先生には、しんがりを勤めてもらいましょう。では、江田部長、トレーニングを」

整列が解かれ、生徒達が壁の方に向かう。

部長の江田が一番端に立つ。

そして、壁に沿い、部員達が一列に並ぶ。

恐らく、序列の順番だろう。

大石もまた壁沿い、江田の横に並ぶ。

ほぉ、大石先生も一緒にトレーニングをするのか、、、

雄一は少し、大石を見直す。

「基礎トレ、用意っ!」

江田が大きな声で言い、ジャージに手を掛ける。

ジッパーを開けてジャージの上を脱ぐ。

っ!

裸の上半身が露になる。

挑戦的な鋭い顔に似合い、がっしりと鍛えられた上半身だ。

そして、ジャージの下に手を掛ける

横で大石がジッパーを下げ始める。

江田は、サポーター一枚しか付けていない。

頑丈そうな長い脚が小さい布切れのような白いサポーターで強調される。

そして、ジャージの上を脱ぎ捨てた大石もまた、毛深い裸の上半身をさらしている。

大石がジャージの下に手を掛けると、隣がジッパーを引き下げ始めるというように、動きが横に移っていく。

雄一の隣の一年らしき生徒がジッパーに手を掛けた時、、、

「高尾さん、お客さんのあなたはそのままで良い。新米として頑張る、、、なんてのは言葉だけってのは分かってますから」

大石が嫌みったらしく言った。

雄一は隣の生徒が上半身裸になり、下に手を掛けたタイミングに合わせて、衝動的に帯を手解き、道着の上を脱ぎ捨て、そして、下もまた潔く脱ぎ捨て、丈の浅いボクサーブリーフ一枚の姿になった。

江田達生徒が脱ぎ始めたときには、驚き、脱ぐことへの躊躇があったが、大石の嫌みったらしい言葉に、吹っ切れたのだ。

雄一は、筋肉に覆われ、締まった身体にボクサーブリーフ一枚で仁王立ちで大石を見た。

サポーターとボクサーブリーフでは、サポーターの方が面積は小さかったが、厚さの面ではボクサーブリーフの方が薄かった。

機能が違うから仕方がない。

雄一は、恥ずかしさもあったが、それよりも、ナメられずにトレーニングをやりきってやるという気概の方が圧倒的に大きかった。

その気概が、雄一に、ボクサーブリーフ一枚のあられもない姿で、堂々と背筋を伸ばしてトレーニングに臨む姿勢を取らせたのである。

大石が、やられたというような表情をしている。

江田が片手を上げ先制するように言う。

「ウォーミングアップ、開始っ!」

江田は両足を開き、腰を落とすと、低い体勢のまま両足で素早く小股で足踏みを始め前に進み出した。

上半身は軽く前傾させ、両腕を構えて左右の肩をゆっくり前後させる。

しばらくすると大石が全く同じ動きで続く。

江田は練習場の中央のリングをぐるっと回るように一周し、雄一が腰を下げて両足踏みを始める頃には雄一の直ぐ後ろに来て、ぐるっとウォーミングアップをするアスリートの円が連なった。

                              ※
「藤堂さん、この書に水妖の巻と書かれているということは他の巻もあると言うことですね、見せてくださいっ!」

「刈谷さん、恐いですよ。老人を苛めるものではありません」

「はぐらかさないで下さい。この水妖の巻に描かれた水の神達、先日の化体と同じ様相を示している」

机の上に広げた古文書、あるいは巻物を撮したと思われる資料の中、様々な半分魚と化した人間達が描かれたものを指で叩きながら刈谷が言う。


「ここに書かれている“陽なる波”という文言、、、、単純に、文字通りの意味で陽が当たっている波の動きと解釈するのか、それとも他の何らかの比喩なのか、、、この絵と文字だけでは分からない」

刈谷は顔を上げて藤堂を見る。

藤堂はとぼけたように横を向いている。

「そして、このページのこの記載は、陽とは対局の“陰なる波”の存在を匂わせている、、、おそらく、それを記載した部分もあるはず。それもあなた方が所有しているのでしょう、、、見せていただきたいっ!」

「ほぉ、そんなものもあるのですか、何しろ古い書物は乱雑に積んであって、全く整理出来ていない状態でしてな」

「それは、私達が整理するといって知るでしょうっ」

刈谷が机を叩いた。

「水の眷族やら、土の眷族などは何らかの比喩なんて断定している近世の研究書ではなく、元の文献、原典に直接あたらせてください。現に化体は比喩などではなく、実際に起こってるんですよっ、、、わたしは、この目で見たんです、、、ですから、、、」

その時、刈谷の白衣のポケットから電子音が響いた。

「刈谷さん、連絡のようです。私を気にせずお出になってください」

刈谷は舌打ちをするとスマホを取り出し、応答した。

「私だ、なんだ?」

不機嫌そうに応答した刈谷の顔が変わる。

「“キ”の“デク”が荒ぶり出しただと?いつものことじゃ、、、え?、、、他の“デク”が?、、、ちゃんと撮影しているか?、、、麻酔は最後だ、、、出来るだけ観察してくれ、、、すぐ、行くっ」

刈谷が通話を切る。

「“キ”に何かが?」

「ええ、いつもの発作と違う荒ぶり方をし始めたと、そして、他の“デク”にも影響があると、、、“キ”、あなた方の言う地這いの眷族、、、」

「地這い、、、私も、一緒に参りましょう」

藤堂は立ち上がりながら言った。








 
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