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聖なる道場からの波動

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雄一は校内の廊下を歩いている。

シンとした静寂。

教師の声あるいは学級委員の声が教室から聞こえてくるだけ。

窓から見える生徒はピシッとそれぞれの席で姿勢を正している。

真面目な生徒達だな。

雄一は微笑ましく思う。

学級崩壊とかニュースで聞いていたが、ここの生徒達は大丈夫だな。

教室のある校舎の先、広くなった出入り口がある。

基本、生徒達はこの玄関を使って校舎に出入りする。

右に行けば山肌に沿って造られたグラウンドやプール、コートなど屋外の運動施設に続く下りの坂道だ。

屋外プールの横に見える屋根は、温水設備を備えた屋内プールのもの。

まっすぐ進むと右側が武道関係の道場が置かれている建物、左側にはバスケットボール・バレーボール等の屋内球技のコートが置かれた建物。

突き当たりは広い体育館だ。

左は寄宿舎へ登る坂道。

そこでは、雄一をはじめとする教師、そして生徒達が暮らす。

どこに行くでもなかったが、空手家としての本能からか、雄一は真っ直ぐ進んだ先にある空手道場を目指す。

空気を入れ替えるためか、道場の扉は開いていた。

道場の中、午前の光が差し込み、木の床に模様をえがいている。

雄一は、きちんと一礼し、場内に入る。

下足場で革靴を脱ぎ、靴下もおろす。

裸足になり、木の板が貼られた道場に上がる。

足裏がひんやりと心地よい。

シンっとした聖域ならでの静謐な緊張感が雄一を包む。

初日に黒川から案内された時を含め、この場所を訪れたのは三度目だ。

コンパクトであるが、必要なものは揃っている見事な道場。

道場内を見回す。

立派な木を使って作られたようだ。

足裏に床が馴染む。

道場の床から清らかな闘気が足裏から身体の芯を伝って昇ってくるようだ。

シンとした静謐な空気が雄一に空手に勤しんでいた頃のなつかし感覚を呼び起こす。

雄一の中に沸々と身体を動かしたい衝動が起こってくる。

久々に感じる、そして何度味わっても新鮮な衝動。

選手生命を絶たれいじけていた頃には道場に近付くことも嫌だったこともある。

しかし、この学園で若者達を指導するという使命を抱いた今、いじけた過去の自分とは決別したと感じる。

ネガティブな過去は捨て去る!

身体を動かしたい!

新しい日々が始まる!

雄一の中、衝動が強まる。

雄一は、スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを外し、道場の脇に丁寧に畳んで置く。

そして、神棚の元に行き、構えて礼をする。

首に近いシャツのボタンを外し、道場の真ん中に進む。

雄一を包んだ静謐な空気は厚くなり、雄一の中で起こった衝動は熱い震えに近く身体を駆け巡り、周囲の空気とハレーションを起す。

中央で足を広げ、腕をスウッと動かし、ゆっくりと型を取る。

腰をしっかりとおろし、気合いに満ちた姿勢で両手を力強く構える。

身体にしっかりとフィットした白のワイシャツにスーツのパンツ。

長身の体躯のシルエットを、フィットした正装が浮き上がらせる。

道着とは全く違う凛々しくシャープな男っぷりだ。

フォーマルと研ぎ澄まされた荒々しさが同居する。

フウウウウーーーーー

細く口から息を吹き出す。

糸のように静かに雄一の口から吐き出される息は周囲に広がり、雄一の上半身は絞まっていく。


フウウウウウウーーーーー

今度は大きく息を吸い込み始める。

雄一の上半身がビリビリと振動しながら膨らむ。

気合いが滲み、周囲の空気がミシミシと振動し、掻き回され始める。

雄一の甘く優しい顔は、気合いにより鋭く雄々しい表情となり、見えない相手を、周囲を圧倒しているようだ。

キエエエエエエーーーーーッ

腹の底からの太く力に満ちた気合いと共に、足が床を滑り拳を固めた腕が空気を切り裂くように動く。

セエアッ

気合いが空気を振動させる。

眼光には強い意思の力輝いている。

腕がゆっくりと宙を掻き回すように動き、再び正拳が付き出される。

ハッ

セアッ

無駄の無い、力強い動き。

雄一は、集中している。

雄一が激しく身体を動かし、気合いの声を上げる度に、空気が震動する。

タァッ

セオッ

ハッ

激しく動きつつ、雄一の顔には無我の表情が浮かぶ。

雄一の周囲の空気は振動し続ける。

雄一は気付いてないが、その振動した波動は道場を中心に学園に広がる。

ヴゥゥゥーーーーーン

ヴゥゥゥーーーーーン

多くの人は気付かない。

だが、何人かは気付く。

                              ※
教頭室。

豪華な部屋。

藤堂が革貼りの椅子で顔を上げる。

ーほぉ、、、、

震動を感じる。

目を見開き、キョロキョロと宙を見回す。

顔に狂気という表現が似合う笑顔が浮んでくる。

ーすごい、、、すごい、、、ヤツか?、、、まさか、これほどとは。。。。

ー不快だ、、、不快な波動だが、見事、、、

ー見事な逸材だ、見事な、、、

藤堂は立ち上がり忙しなく部屋の中をうろつき出す。

両手を広げ、指が宙に浮かぶ無数の鍵盤を奏でるように激しく動く。

ーいい、、、いい、、、見込みは正しかった。

―今度の“ニエ”候補、見事な依り代に育ちそうだ。江並、デかしたッ、、、

教頭室の中、藤堂の落ち着かない動きは増す。

                              ※
校内の外れの建物。

“デク”と呼ばれた者達が頭の上に繋がった糸で引っ張られるように直立している。

ーこ、これは、、、

銀縁メガネに白衣の責任者は、辺りを見回す。

ー何が起こった?

ハッとしたように、近くに立つ白い浴衣のような服を纏う“デク”と呼ばれた患者らしき者の一人の前に行く。

患者の纏った浴衣の前で結ばれたヒモを解いて素早く脱がす。

意思のないぼおっとしたしまりのない顔とは裏腹の鍛えられた筋肉で覆われた身体が露になる。

ヴゥゥゥーーーーーン

ヴゥゥゥーーーーーン

震動は続く。

“デク”の筋肉がその度にピクピクと動く。

銀縁メガネの責任者は、その手を“デク”の上半身に当て、なにかを探るように動かす。

ヴゥゥゥーーーーーン

ヴゥゥゥーーーーーン

ピクッ

ピクッ

ー筋肉が何かに鳴動している?

訝しげに“デク”を見る。

手は筋肉に当てたままだ。

他の者に“デク”の浴衣を剥ぐよう伝える。

ヴゥゥゥーーーーーン

ピクッ

ヴゥゥゥーーーーーン

ピクッ

責任者の目が見開き、悦びの表情が浮かぶ。

自分が手を当てている“デク”、そして、他の“デク”達の筋肉も同じタイミングで反応している。

ー何か、、、何か分からないが、、、筋肉が何かに反応して鳴動しているのは間違えない。面白い、興味深い、調べなければ、調べなければ、、、

フハハハハ、、、、

いきなり笑いだした責任者、刈谷を、回りの者は気味の悪いもののように見た。

                                ※
教頭室のドアが勢いよく開く。

ーなんだ、これはなんだ?

「何を慌ててらっしゃる。あなたはこの時間、教室にいるはず」

ー何を悠長なことを言っているんだ。これは、ヤツ、ヤツなのか?

「はい、おそらく高尾雄一が放っているのでしょう」

ースゴいパワーのバイブレーションじゃないか。ビンビン伝わってくる。やはりヤツこそ“ニエ”にふさわしい男という証しか?

「恐らく。私もここまでの波動は初めてです。強く、そして、不快な波動」

ーおぉっ!ゾクゾクしてきたっ!、、、この波動を俺流に染めていくのか、、、楽しみだッ、楽しみだッ、、、

                            ※

ある者は教室内で、ある者は廊下で、調理室、準備室で、、、

波動に反応し、顔を動かしたもの達がいる。

いずれも不安げな、闘争心に満ちた表情となる。

正体の見えない敵が、学園にまた一人現れたことに気付く。

恐らく、強敵。

いずれも闘争心が人一倍強い連中だ。

不安げな表情は消えていき、瞳は、闘争心に満ちていく。

彼らが、その叩き潰したいと舌舐りを始めた未知の相手が雄一ということに気付くのは程なくしてからの事である。

                             ※

道場内では雄一が型を次々と繰り出している。

自身が学園内で引き起こしたハレーションなど知るよしもない。

下半身はスーツのパンツを付けているので、足を大きく振り上げる型は行わないが、心の赴くままに型を決めていく。

膝を直角にしての蹴り、力強い正拳。。。

ヴゥゥゥーーーーーン

型に集中する雄一は、己の気合いの型が産み出す波動には気付いていない。

まぁ、雄一が気合いと共に型を決める度に空気が切り裂かれ、あるいは震動するのは、いつもの事なのだ。

雄一としては、現役の頂点の頃の爽快な力強い感覚を思い出して、爽快感をあじわっているだけだ。

ふと気付くと道場の入り口に髭面の体格の良い男が掃除用具を片手に立っている。

嫉妬、憎悪に燃える目を雄一に向けている。

着ているのは修習生のモノ。

雄一は、型を終え、一礼すると、その男に声を掛ける。

「塩谷さん、塩谷先輩じゃありませんか?お久しぶりです」


      


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