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到着、そして湯殿へ

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古びた石の高い塀と頑丈な門の内側には緑の芝生が広がっていた。

芝の向こうにはこれもまた石造りの堅牢な洋館がどっしりと建っている。

車寄せに着くと2人の揃いの制服を着た若者が駆け寄ってきて車のドアを開ける。

雄一が降り、トランクから荷物を取ろうとすると、既に若者の1人が取り出したあとだった。

「有り難うございます」

礼と共に雄一がボストンバックを受け取ろうと手を伸ばしたが、若者は鞄を握ったままだ。

「君、高尾先生のお部屋に運んでおきなさい」

運転を終えた初老の男、藤堂が言った。

「いえ、そんな重いものではないので、自分で運びますよ、、、」

断ろうとする雄一の言葉を藤堂は遮る。

「それが、彼ら修習生の役割なのです。任せておきましょう。高尾先生は教師というお立場、彼ら修習生は学園のために働く立場、先生のお役に立つのも彼らの仕事のうちなのです。彼らに委せてください」

若者達はすっと玄関脇の小さな扉から中に入る。

その使用人向けとおぼしき扉、そして主たる扉には見事な彫刻がなされている。

そして、扉だけではなく、エントランスを支える太い柱にも、石造りの壁、屋根にもリアルなガーゴイルが至るところに掘りこまれ、設置されている。

いずれも等身大でリアルな筋肉を浮き立てた異形の悪魔達。

鳥、虫、獣、鬼、悪魔、、、異形のもの達。

それぞれの風貌、ポーズで地獄の責め苦に耐えるように身体を捻っている。

雄一は思わずその見事な造形のガーゴイル達に目を巡らす。

「この建物は西洋にあったものを移築したものでして。これらの彫刻も古びた年代物です。さぁ、お入り下さい」

雄一はこれからかれの職場となる学園の建物に足を踏み入れた。

静謐な空間。

時代を感じさせる落ち着いた広い玄関ホールを雄一と藤堂は進む。

薄暗い建物をしばらく歩くと渡り廊下に出た。

ホォッ、、、

思わずため息が漏れる。

渡り廊下からは、樹の繁る山の中とは思えない広いグラウンド、競泳用、水球用のプール、弓道場か柔道場とおぼしき和式の建物が広がっているのを見下ろすことが出来た。

先ほど玄関にいた2人と同じ制服を着た若者達がそれぞれに雑用をこなしているのも見える。

「彼らは修習生は、言わば教師の見習いのようなものです。それぞれ大学、実業団に籍を置いるアスリート達です。この学園の選任者もいます。この学園でトレーニングに励んだ方が己の精進になると、ここで過ごすことが多い。それぞれが認められてこの学園の教師になることをめざしています。修習生として心身ともに鍛練し、この学園の教師として求められる資質まで己を高めようとしているのです」

え?

今、雄一と藤堂に一礼して廊下を進んでいったのは確か、、、

「お気づきですかD***に所属するバレーボールの木下くんです。彼も修習生としてこの学園の教師を目指しています」

「ま、まさか、名選手じゃないですか」

伸びのあるジャンプ力と強いスパイク力で有名な選手だ。

その名選手が修習生。

雄一は急に不安になる。

自分は彼を飛び越えて教師になったということになる。

そんな資格が自分にあるだろうか。

その逡巡を見抜いたように藤堂が言う。

「高尾先生、自信をお持ちください。あなたは心身ともに高潔でこの学園の教師にふさわしいものとして認められています」

誉められて悪い気はしない。

雄一は照れを隠す。

それをごまかすように思わず疑問を口にした。

「そう言えば、女性の姿が見当たりませんね」

その瞬間、藤堂の顔が険しくなった。

「高尾先生っ、神聖な職場に着くなり異性を探すなどいかがなものですかっ。静かに過ごしたいと先程仰っていたにも関わらず、もう異性の話ですか?破廉恥なっ!高潔な方だと思っていたのに、そんな不純な方だとは、、、」

雄一は、始めてみる藤堂の剣幕に焦る。

「ご、誤解しないで下さい。私は、男性ばかりなのでふと不思議になって、、、考えもなく口にしてしまいました。決して不純な気持ちでの質問ではありません」

雄一としては、珍しく言い訳のように口にする。

確かに、女性のスポーツも盛んになり、男性と女性が一緒にトレーニングに励むのも珍しいことではなくなった現代で男性のみというのは、不思議に思える。

「あぁ、私の早とちりのようですね。これは失礼しました。以前、教師の立場を忘れ、寮を抜け出し、下で不純な行為に溺れたものがおりまして、それで過敏になってしまいました」

そう言いながら、藤堂は渡り廊下の奥の立派な柱に目をやった。

雄一も思わずその方向を見る。

柱には股間に三叉の槍を突き立てられた見事な筋肉の悪魔が苦痛に身悶えしている様を彫った像が浮き上がっていた。

「この学園は創業以来、生徒は不浄なことは遠ざけ、文武に励むことを第一としています。古いと言われるかもしれませんが、邪念に邪魔されず、学生の本分に励むことは間違いはないと考えています。そして、彼らを教え導く教師にも、生徒の範たるべき高潔さを持っていただきたいのです」

雄一は見も引き締まる想いで聞いた。

「軽率な発言でした。申し訳ありません」

「こちらこそきつい言い方で申し訳ありません。先生には期待しているのです。先生は、今まで先生が過ごされていたような自然のままで良い。先ほど、修習生に鞄を持たせるよう私は言った。しかし、もしあなたが最初から当然のように鞄を持たせるような方だったら、私達はあなたに教師の職をお願いしなかったでしょう。矛盾しているようですが、あなたには自分でも気付いていない高潔なものがおありだ。自然体でそれを大事にしていただきたい」

藤堂はじっと雄一を見た。

「期待に応えられるよう精進いたします」

雄一の答えに、藤堂は満足げに頷いた。

「学園の中を案内する前に何か聞いておきたいことはありますかな」

雄一は先ほどから心に引っ掛かっていることを聞くことにした。

「出来れば一度部屋に帰って着替えをしたいのですが。皆さん、しっかりした格好をなさっていて、自分のだらけた服装が恥ずかしい」

心底恥ずかしそうに言う雄一の言葉に藤堂は愉快そうに笑った。

今日は日曜日、しかも春休みの最中。

就職前の打ち合わせは月曜日からで、駅から遠い関係上、出来れば前日に寮へ入って欲しいとの連絡だった。

なので移動だけと思い、雄一はスニーカーにジーンズ、素肌にブルーのオープンシャツというラフな格好で来てしまったのだ。

肩幅、胸筋が発達しているために、ボタンをキチンと締めるとはち切れそうになるので、胸元は開けたまま、形良い肩甲骨、胸筋が垣間見える。

バスで学園まで行こうと思って駅に降り立つと、そこにまさかの藤堂が立っていた。

車で雄一を迎えに来たと言う。

その車も見るからに高級なものだ。

藤堂はキチッとした格好だ。

それに比べて雄一は、、、

車に乗り込む時に、雄一は己のラフな格好に恐縮し、非礼を詫びまくっていたのだ。

もちろん藤堂は、そんなことを気にするような感じではなかった。

元々、学園に着いたらすぐに着替えようと思っていたが言い出すタイミングがなく、藤堂だけではなく、着くなり迎えに出てきた修習生を始めとして、行き交う生徒達もきちんとした格好をしていて居心地が悪かったのだ。

「気にすることはありませんよ。高尾先生は下界から着たばかりだから、そのような格好でもおかしくはないと皆、気にしてません」

下界というのはおそらく本校のある駅の辺りを指す学校独自の表現だろうと雄一は面白く思った。

藤堂は続ける。

「そうですね。まずは湯浴みをしていただくのが良い。先生は着替えにお部屋に戻るまでもありません。先日、私どもの業者が先生の採寸をさせていただいたものが出来上がっております。学園の正装だけでなく、普段の部屋着用も数着。まずは湯浴みをなさって、それに着替えてください」

湯浴み?

聞きなれない言葉に一瞬、雄一は戸惑い、入浴のことかと気付いた。

だが、そうすると、、、

「ご心配はいりません。ここはこのような山奥。要りようなものがあっても気軽に買いに行くことも出来ません。なので、不便のないよう先生方が身に付けられる清潔な未使用の下着が常に湯殿に置いてあります。そちらをお使いください。学園内をご案内するのは、湯殿で御体を浄めてからにいたしましょう」

そして、パンパンと2度手を叩く。

キリッとした顔立ちの長身の修習生がスッと現れる。

「黒川くん、高尾先生を湯殿に案内してください。用意はできてますか?」

「はい。ご指定通りに和の湯殿を清めて用意しております」

低めの落ち着いた声で答える。

「よろしい。湯浴みの間に、先生の普段着も脱衣の間にご用意しておきなさい。粗相のないように」

黒川と呼ばれた修習生は一礼すると、雄一にこちらですと言い、案内を始めた。







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