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教育意見交換会
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K学園の若き体育教師来生純一は緊張していた。
市の主催による教育意見交換会に出席しなければならないのだ。
その教育意見交換会には、通常、市の教育局のお偉方、PTA会長、各学校からは校長・教頭等の重鎮が出席する。
そこで使用する手元資料に関しても、学年主任、あるいは教育課主任といった校内の上席者が作成することになっており、来生は、教師になって3年目の自分が関わることになるなどとは思ってもいなかった。
それが、主催の市教育課からの指名が急遽、来たらしい。
市の教育現場の視察の際に、来生の受け答えがしっかりしていので、改めてキチンと聞きたいと言う。
校長は、でかしたと喜ぶ。
教育課に受けが良いのは大事であるし、若き教師への直々の出席指名要請は、その会に出席する教育関係者に対しK学園のアピールとなる。
この数日、校長、教頭による、模擬諮問、打ち合わせをこなし、今日を迎えたのだ。
土曜日の午後遅く、来生は緊張の面持ちで、市内の高級ホテルの会場に向かう。
校長は、会議前に他の出席者と打ち合わせをするとかで会場で落ち合うことになっている。
会場に着いたものの来生は、居場所に困っている。
高級ホテルの会議室。
表には大きく教育意見交換会という案内が置かれ、ビシッとした征服のホテルマンが数人立っている。
会場内のテーブルには早めに来た参加者が座っているが、皆、年長で顔と名前、肩書きは知っているが、離したことの無い面々だ。
その年配者の中に、1人場違いな若者が入っていくのも緊張する。
なので、一階下の広い廊下に置かれていた椅子に座り、時間を潰すことにした。
すると近付いてくる人影があった。
顔を上げると、にこやかな笑顔の青年が立っていた。
来生は慌てて立ち上がる。
「ご無沙汰しております」
姿勢を正して挨拶をする。
「やぁ、来生先生、お久しぶりです」
市政の若きホープと言われる町田議員だった。
「横に座らせていただいても良いですか?」
「もちろん、どうぞ」
気さくな笑顔で町田が椅子に座り、来生にも座るように促す。
「いやぁ、今日は来生先生も出席なさるんですよね。若い人が1人居てくれると気が楽だ。いつも先輩方に囲まれて小さくなっているんでね」
来生は町田が自分を覚えていてくれたことに驚いている。
教育現場の視察の際の一員であり、それ以外でも秘書を連れて何度かK学園を訪れていて、何度か言葉を交わしていた。
教育環境の向上に熱心で、事実、彼の尽力で市の教育環境が改善された例は1つや2つではない。
来生は率直に町田を尊敬しており、自身も役に立てたらと思っている。
なので、町田と話せることは、素直に嬉しい。
剣道に打ち込んでいるようで、すっきりとした長身で立ち居振舞いが美しい。
さらに、気さくな性格だ。
通りかかったホテルの客が、ならんで座り歓談する2人の姿に目を止める。
2人とも長身で鍛えられたイケメンだ。
顔は町田の方が甘く、来生はキリッと男らしい。
髪は来生の方が若者らしいカットで、町田の髪は丁寧に撫で付けられている。
二人ともスーツ姿だが、町田はしっくり着こなしている。
体育教師ゆえに動きやすいジャージ姿が多い来生は、スーツに着られているというような初々しい姿。
絵になる二人に、往き来する人が目を止めるのも納得だ。
「来生先生のように、生徒達に慕われる立派な先生ばかりだと良いですね」
「いや、そんなことはないです。私は、そんな立派な教師ではないです」
来生の顔がふと曇る。
その曇りを町田は見逃さない。
「どうなさったんですか?来生先生。何か悩みでも?私でよければ相談に乗りますよ」
町田の優しい声と笑顔。
ふと、来生の顔が歪む。
何か、心の中の重いものをそっと軽くされたように、すがるような表情になる。
町田は、そっと来生の手に自分の手を重ねた。
「1人で悩むと負のループに陥ります。人に話すだけでも、自分の中の悩みを吐き出し、話す過程で自分の考えをまとめることも出来ますよ」
そう優しく言い、重ねた来生の手をギュッと握る。
その手の暖かさ、声の優しさに来生の心が乱れる。
来生は、人に言えない悩みを抱えていた。
誰にも相談できず、己を責め、事態を好転させようとしてもズブズブと沼にはまるように抜け出せなくなっている悩みが。
町田の優しさが、手に感じる町田の手の温もりが、来生の心の闇を癒してくれそうな気がする。
だが、人に相談できるようなことではない。
自分の問題は自分で解決しないと。
そう思い、それを町田に伝えようとした時である。
「先生、そろそろお時間です」
二人に声がかけられた。
顔を上げると、町田の秘書の河村が声をかけてきた。
来生も何度か話したことがある。
「もうそんな時間か。来生先生、行きましょう。あと、河村くん、会議が終わったら来生先生と少し二人で話すので、場をセッティングしてくれ」
「承知しました」
え?
来生は驚き、辞退する暇もなかった。
町田はもう一階上の会場に向かい始めている。
忙しい町田の時間を自分に使わせるには申し訳ないし、相談するにも自分の悩みは人に出来ない悩み、自分が聖職である教師としての道を踏み外した最低の人間であるという悩みなのだから、話せるわけがない。
ど、どうしよう、、、来生は困惑しながら、町田の跡を追う。
どうにか断らないと。
「よお、来生くん」
階段で校長とばったり会う。
横にいるのは市の教育局の局長だ。
邪険にするわけにはいかない。
町田との距離はあいていく。
局長と校長が親しげに来生に話しかけてくる。
来生は内心の焦りを隠し、笑顔で対応する。
それをちょっと離れたところから、秘書の河村が、やれやれというように眺めている。
市の主催による教育意見交換会に出席しなければならないのだ。
その教育意見交換会には、通常、市の教育局のお偉方、PTA会長、各学校からは校長・教頭等の重鎮が出席する。
そこで使用する手元資料に関しても、学年主任、あるいは教育課主任といった校内の上席者が作成することになっており、来生は、教師になって3年目の自分が関わることになるなどとは思ってもいなかった。
それが、主催の市教育課からの指名が急遽、来たらしい。
市の教育現場の視察の際に、来生の受け答えがしっかりしていので、改めてキチンと聞きたいと言う。
校長は、でかしたと喜ぶ。
教育課に受けが良いのは大事であるし、若き教師への直々の出席指名要請は、その会に出席する教育関係者に対しK学園のアピールとなる。
この数日、校長、教頭による、模擬諮問、打ち合わせをこなし、今日を迎えたのだ。
土曜日の午後遅く、来生は緊張の面持ちで、市内の高級ホテルの会場に向かう。
校長は、会議前に他の出席者と打ち合わせをするとかで会場で落ち合うことになっている。
会場に着いたものの来生は、居場所に困っている。
高級ホテルの会議室。
表には大きく教育意見交換会という案内が置かれ、ビシッとした征服のホテルマンが数人立っている。
会場内のテーブルには早めに来た参加者が座っているが、皆、年長で顔と名前、肩書きは知っているが、離したことの無い面々だ。
その年配者の中に、1人場違いな若者が入っていくのも緊張する。
なので、一階下の広い廊下に置かれていた椅子に座り、時間を潰すことにした。
すると近付いてくる人影があった。
顔を上げると、にこやかな笑顔の青年が立っていた。
来生は慌てて立ち上がる。
「ご無沙汰しております」
姿勢を正して挨拶をする。
「やぁ、来生先生、お久しぶりです」
市政の若きホープと言われる町田議員だった。
「横に座らせていただいても良いですか?」
「もちろん、どうぞ」
気さくな笑顔で町田が椅子に座り、来生にも座るように促す。
「いやぁ、今日は来生先生も出席なさるんですよね。若い人が1人居てくれると気が楽だ。いつも先輩方に囲まれて小さくなっているんでね」
来生は町田が自分を覚えていてくれたことに驚いている。
教育現場の視察の際の一員であり、それ以外でも秘書を連れて何度かK学園を訪れていて、何度か言葉を交わしていた。
教育環境の向上に熱心で、事実、彼の尽力で市の教育環境が改善された例は1つや2つではない。
来生は率直に町田を尊敬しており、自身も役に立てたらと思っている。
なので、町田と話せることは、素直に嬉しい。
剣道に打ち込んでいるようで、すっきりとした長身で立ち居振舞いが美しい。
さらに、気さくな性格だ。
通りかかったホテルの客が、ならんで座り歓談する2人の姿に目を止める。
2人とも長身で鍛えられたイケメンだ。
顔は町田の方が甘く、来生はキリッと男らしい。
髪は来生の方が若者らしいカットで、町田の髪は丁寧に撫で付けられている。
二人ともスーツ姿だが、町田はしっくり着こなしている。
体育教師ゆえに動きやすいジャージ姿が多い来生は、スーツに着られているというような初々しい姿。
絵になる二人に、往き来する人が目を止めるのも納得だ。
「来生先生のように、生徒達に慕われる立派な先生ばかりだと良いですね」
「いや、そんなことはないです。私は、そんな立派な教師ではないです」
来生の顔がふと曇る。
その曇りを町田は見逃さない。
「どうなさったんですか?来生先生。何か悩みでも?私でよければ相談に乗りますよ」
町田の優しい声と笑顔。
ふと、来生の顔が歪む。
何か、心の中の重いものをそっと軽くされたように、すがるような表情になる。
町田は、そっと来生の手に自分の手を重ねた。
「1人で悩むと負のループに陥ります。人に話すだけでも、自分の中の悩みを吐き出し、話す過程で自分の考えをまとめることも出来ますよ」
そう優しく言い、重ねた来生の手をギュッと握る。
その手の暖かさ、声の優しさに来生の心が乱れる。
来生は、人に言えない悩みを抱えていた。
誰にも相談できず、己を責め、事態を好転させようとしてもズブズブと沼にはまるように抜け出せなくなっている悩みが。
町田の優しさが、手に感じる町田の手の温もりが、来生の心の闇を癒してくれそうな気がする。
だが、人に相談できるようなことではない。
自分の問題は自分で解決しないと。
そう思い、それを町田に伝えようとした時である。
「先生、そろそろお時間です」
二人に声がかけられた。
顔を上げると、町田の秘書の河村が声をかけてきた。
来生も何度か話したことがある。
「もうそんな時間か。来生先生、行きましょう。あと、河村くん、会議が終わったら来生先生と少し二人で話すので、場をセッティングしてくれ」
「承知しました」
え?
来生は驚き、辞退する暇もなかった。
町田はもう一階上の会場に向かい始めている。
忙しい町田の時間を自分に使わせるには申し訳ないし、相談するにも自分の悩みは人に出来ない悩み、自分が聖職である教師としての道を踏み外した最低の人間であるという悩みなのだから、話せるわけがない。
ど、どうしよう、、、来生は困惑しながら、町田の跡を追う。
どうにか断らないと。
「よお、来生くん」
階段で校長とばったり会う。
横にいるのは市の教育局の局長だ。
邪険にするわけにはいかない。
町田との距離はあいていく。
局長と校長が親しげに来生に話しかけてくる。
来生は内心の焦りを隠し、笑顔で対応する。
それをちょっと離れたところから、秘書の河村が、やれやれというように眺めている。
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