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町田先生と河村くん

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「マッチィ、これも食べて。松岡さんのところの豚で作ったトンカツ。栄養満点よ。」

「有り難うございます」

ニコッと笑顔を向け、町田はトンカツに箸を伸ばす。

最初の頃は、マッチィ先生と呼ばれていた。

それを、「先生と呼ばれるのは気恥ずかしいです。僕が色々教えて貰う立場なので。マッチィと呼んでください」と町田が言うと、「謙虚だわ~~」と、彼女達は喜んだ。

それ以来、この婦人会、地元ではうるさ型と煙たがられているこの婦人会は町田の親衛隊になった。

会合の仕切り、また、町田が公務で動けない時も積極的に町田の広報係を努めてくれる。

町田も、彼女達も地元を良くしたいという思いは一緒だ。

だから、良くもまぁと言いたくなるくらい、色々なところの出来事、それも揉め事中心に情報収集してくれる彼女達の存在は有り難い。

感情のもつれはどうしようもないが、例えばガードレール・道路標識の設置や、緑地帯・公園の整備、役所の手続きの簡略化など、政治の力で改善できることは次々に動く。

そして、彼女達の信頼も篤くなるのだ。

「マッチィ、お肉ばかりじゃなく野菜も食べてぇ。そう言えば、うちの姪が大学のミスコンとかで3位に入ったって浮かれちやってぇ」

チラッと伺うように町田を見る。

おそらくミスコン3位に入った姪に興味をもったか伺っているのだろう。

彼女達は、町田に嫁さんを紹介したいのだ。

「美味しそうなお野菜ですね」

姪のことにはふれず、町田は会話を続ける。

婦人は、明らかに残念そうだ。

正直、結婚話が、町田には鬱陶しい。

ほっておいてくれと思う。

しかし、顔には出さない。

昼の彼女達は、まだましだ。

面倒なのは、脂ぎった夜のオッサン達だ。

自分が経営する、あるいは懇意にする店に町田を強引に誘う。

そこで、訳知り顔で女の子を紹介してくるのだ。

「町田議員も、立場があるから大変でしょう。分かってます。この子なら大丈夫。口も固い」

一夜の遊びを町田に勧めてくるのだ。

立場上、思ったように夜遊びが出来ない町田のためを思ってという体を装っているが、町田がその子を抱いた瞬間から弱みを握ったと町田を自分の思い通りにしようという魂胆が見え透いている。

その訳知り顔のオッサン達が押し付けてくる女の子達もガツガツと迫ってくる。

町田はサラブレッドだ。

モノにすれば、セレブの仲間入りが出きるという下心だろう。

トイレにまで着いてきてお手伝いしましょうかと言われることなどザラだ。

町田は、それが面倒で仕方ない。

だが、地元の有力者達だから、邪険にも出来ない。

俺の容姿を見ろっ、お前達にあれこれ押し付けられなくても付き合う相手の一人や二人くらい、自力で見つけられるわっ!、、、と、言いたいのをこらえつつ、町田は爽やかな笑顔をキープする。

「お疲れさまでした」

昼食会が終わり、車に乗り込むと河村がペットボトルの水と胃薬を差し出す。

「いつも、すまない」

市民会議室で行われる婦人会は、彼女達の手作り(おそらくその中には懇意の料理人や使用人に作らせたものも混じっているが)の料理が持ち寄られていた。

勧められると断るわけにはいかない。

なので、いつも、満腹状態の上にさらに食べ物を勧められるまま詰め込むこととなる。

胃薬で少しでも満腹感を押さえるしかない。

河村は、細かいことに良く気付く。

逆を返せば、大局的な視点には欠けているということだが、町田は満足している。

河村は、出世欲が皆無なのだ。

河村は、町田の大学の後輩だった。

彼もまた、名家の出身。

卒業後、親のコネで大手メガバンクに就職。

だが、細かい数値との闘いについていけず、一年半で脱落。

そして、これまた親のコネで転職したのは、大手の証券会社。

生き馬の目を抜く世界だ。

課されるノルマと社内での競争に嫌気がさし、さらに凡ミスも連発し上司も呆れさせた上で、半年で退社。

父親は怒り、母親は嘆く家庭内修羅場。

そこに、声をかけたのが町田だった。

名門の三代目の議員に声をかけられ両親は喜び、河村は実家を出ることに喜んだ。 

坊っちゃん育ちの彼は、前にしゃしゃり出るタイプではない。

しかし、人の世話ということに関しては、細かいことには良く気付く。

町田にとっては、有り難い。

町田を差し置いて自分が前に出るということがないのだ。

常に町田を立てる。

土日もなく政務活動をする町田に嫌な顔ひとつせず使えてくれる。

河村の趣味はプラモデルを使ったジオラマ作り。

町田はそれを知っている。

だから、河村のお気に入りのシリーズの発売日やコンテストの前の数日は、彼の仕事をいれない。

その間は、町田自身で雑務もこなす。

それが河村にとっても嬉しい。

二人の関係は良好だ。

町田の好きなエピソードがある。

彼を子供の頃から可愛がってくれている市の有力者から聞いた話だ。

己の利権のために、必死で町田に食い込もうとしてきた事業主がいた。

隙有らば賄賂を渡そうとし、女の子をあてがおうとする。

町田は気付かぬ振りでぬらりくらりとかわしていた。

業を煮やした事業主は、秘書の河村から攻略することを考えた。

町田の代わりに会合に出席した河村を無理矢理食事に誘ったようだ。

断る河村に、「年上の誘いを断るのはひどくないですか?わたしとそんなに食事をしたくないのでしょうか。それならば仕方ありません」と、泣き落としを仕掛けたらしい。

河村も体育会剣道部出身なので、年長者を敬う性格であり、断りきれなくなったようだ。

「なんでも、食べたいものを言ってください。わたしは、日頃、町田先生の片腕として頑張ってらっしゃる河村さんを慰労したいんですよ」

そう言われ、河村の顔がパッと明るくなったらしい。

そして、彼が向かったのは、市内でも指折りの高級フレンチ店の隣にあるラーメン屋だった。

歩いている方向から、てっきりフレンチに入ると信じていた事業主と、それに同行していた有力者が止める間もなく、河村はラーメン屋に入った。

そこの特上肉盛りチャーシュー麺が食べたかったらしい。

しぶしぶ事業主もその汚い店に入る。

有力者は、この成り行きを楽しんでいたそうだ。

事業主としては、いいものを食べさせて、河村を懐柔したかったところだが、特上肉盛りチャーシュー麺が値段としてはもっとも高く、それ以外に頼むものと言えば餃子くらいしかない。

事業主が餃子を三人前頼むと、河村はとてつもなく嬉しそうな顔になったそうだ。

そして、食後、女の子のいる店に誘う事業主に向かい、河村は「酒は飲めません」とキッパリ言いはなったらしい。

それではと、事業主は上着のポケットから、封筒を出した。

いわゆる賄賂、裏金である。

「ほんの気持ちです。お受け取りください」

そう言って、封筒を河村に渡す。

怪訝な顔をして受け取った河村は、封筒の中身を見て、廻りに他の客や従業員がいるというのに大声で言ったらしい。

「これ、お金じゃないですか。なんで、なんで、僕がお金を貰わなきゃいけないんですか」

事業主は慌てて「気持ちですよ。気持ち。お納めください」と言った。

「気持ちって、お金とは違うものですよね。ダメですよ、これ。これはダメ。賄賂になっちゃいますよ」
と、さらに大声で言ったらしい。

「まぁ、まぁ」

と有力者は割って入る。

「賄賂なんかじゃなく、頑張って町田先生を支えている河村くんを応援したい気持ちでしょう」

そして、事業主に封筒を引っ込めさせたそうだ。

その有力者は、笑いながら、良い秘書を見つけましたねと、町田に言った。

ちなみに、拉麺と餃子代は、その有力者が払ったようだ。

詫びる町田に、「この時代に、真っ直ぐな青年の姿をみせて貰って嬉しかった」と、有力者は言った。

確かに、町田も良い秘書が来てくれたと思う。

町田が清廉潔白を通そうとしても、秘書がやらかしたら終わりだ。

町田にも賄賂の話はある。

しかし、町田は受け取る気はない。

町田の家は資産家だ。

金はある。

だいたい、金で政治を動かそうという考えが気にくわない。

町田は子供の頃から、一流の政治家になるよう帝王学を学んできた。

それと同時に、父、祖父の負の側面も見てきた。

金権政治には、嫌悪感しか抱かず、また2人とも艶福家として有名だったが、それにも嫌悪感を抱いた。

艶福家と言えば聞こえは良いが、早い話が下半身がだらしないだけである。

腹違いの兄弟、叔父・叔母、その子供の従兄弟、、、、祖父と父がそれぞれ家庭外で作った子供による血縁者達。

従兄弟も腹違いと呼ぶのかどうかは知らないが、町田が知っているだけで何人もいる。

と言うことは、東京その他を含めたら、どれだけいるか。

考えると、頭を抱えたくなる。

だから、本家の総領として生まれた自分はしっかりしなくてはと思う。

二人を尊敬しつつも、それらの点を受け継ぐ気はない。

「河村、次のスケジュールはちびっ子合唱コンクールか?」

「その前に、Kホテルでの藤代家と関口家の披露宴でのスピーチがあります。原稿はモニターに映すよう手配してあります」

「了解だ。。。。。ところで浜田くんは、、、、?」

「知りません。気が向けば連絡が来るでしょ」

「冷たいな。そろそろK高に教育現場の視察にいくか、、、」

「またですか。いい加減、教育委員会から私立のK高だけ贔屓してると言われますよ」

「しょうがないだろっ」

むくれたように町田が言う。

「恋だから、、、ですか?相手、未成年っすよ、しかも高校生」

町田は黙り込む。

「仕方ないですね。Kホテルから公会堂まで一人で移動されるなら、家まで様子を見に行ってきますよ」

町田の顔がパッと明るくなったのを見て、河村はヤレヤレという表情になる。

車がホテルのエントランスに到着する。









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