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貴公子議員の朝

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キェェェェェェェェッ!

バシッ!バシッ!

甲高い気合いの声、竹刀が打ち合わせる音が響く。

道場の中では剣道の早朝練習が行われている。

素振り、摺り足での踏みこみの後、二手に分かれての打ち合いが始まっている。

一際、長身で動きも鋭い剣士がいる。

面を取って控えに座る少年達の憧れの目が、その長身に注がれる。

この道場の持主であり、この土地の若き指導者として期待を集める市議会議員、町田勇人の姿に。

師範の礼の掛け声のもと、お疲れさまでしたっと声が上がる。

日曜日の早朝に行われる恒例の剣道の朝練。

町田が主催し、町田の自宅の一角に建てられた剣道場で行っている。

最初は少人数しか集まらなかったが、最近では希望者には欠員待ちをして貰っている。

青少年の育成を目的として始めたものであるため、高校生から二十代後半までの若者が多い。

参加者はささっと片付けをして、師範と町田に礼をして剣道場を去っていく。

この後、すぐに小学生、中学生を対象にした稽古が始まるのだ。

参加者を見送り、この後も指導する師範に頭を下げ、若い議員は稽古場の奥にあるシャワー室に行く。

すぐに浴び終わらないと、朝食の間に陳述を聞くことになっている。

籠手、胴、垂と手際よく取る。

そして、道着、袴。

褌一丁となり、脱いだ道着と袴を手際よく畳み、防具と共に纏めて置く。

そして、褌を取るとシャワールームに入る。

お湯が出る。

頭から浴びる。

軽くウェーブのかかった短めの髪、睫の長い切れ長の目、スッと通った鼻筋と水が濡らしていく。

そして、肩から胸、腹、下半身へと水は流れ落ちる。

鍛えられた身体だ。

だが、ゴツゴツした感じではなく、優美な曲線の筋肉だ。

長身の身体に付きすぎず、だか見るものが見ればしっかりと鍛えているのが分かる。

まさにサラブレッドの筋肉美。

代々続いた地元の名家の長男。

祖父は大臣も勤めた大物、父は現役の国会議員だ。

町田は父の秘書を勤めた後、地元の市議会議員となっている。

地元では早く国政に、、、という声も多いが、父親がまだ、退く気はない。

顔も育ちの良さが現れている。

プリンス、貴公子と呼ばれ、マッチィという愛称で親しまれている。

元々、剣道をやっており、地元のスポーツ振興、特に子供達の健康活動に力を注いでおり、信望が篤い。

ボディソープを手に取り、さっさっと身体に塗り泡立てる。

優雅で優美な美しい男のリラックス出来る一時。

だが、束の間だ。

シャワーを浴びると、手早く体を拭き、髪を乾かしセットする。

そして、朝食前だというのに、パリッとしたシャツとベスト、パンツ、ジャケットを身に付ける。

母屋に戻ると秘書の河村が待っている。

「本日は、駅南の再開発の陳情です。M不動産の高沢さん、K百貨店の久保田さんがお越しです。K電鉄の岡野様の紹介です」

そう言ってフアイルを渡す。

「承知した」

町田はファイルを受け取り、目を通す。

問題点、関連法規、反対する人たちの一覧が記載されている。

何時もながら、ポイントを得た資料だ。

「いつも、ご苦労」

ネクタイを正し、格式高そうな思い扉を開ける。

テーブルの向こうには、町田の親、いや、祖父といってもいい年頃の二人が恐縮して立っている。

「お待たせしました。町田です」

満面の笑みで言う。

これから朝食を取りながら、二人の駅南の再開発計画の陳述を聞くのだ。

地方議員としての仕事。

恐らく、この二人は、町田の父か、祖父に会いたかったのだろう。

だが、まだ、そこまでは行かず、まずは3代目のお坊っちゃまに話を通さなきゃいけない。

二人がそう思っていることを、町田は知っている。

地元のためと言いながら、二人の利権、旨味を手放さず、さらに大きくするという利己的な考えであることも知っている。

だが、町田は笑顔を絶やさず、朝食を口に運びながら聞き続ける。

駅南の開発には、他の大手デベロッパーも手を伸ばしたがっており、それで二人が焦っていることも、知っている。

なんなら、その他の大手デベロッパーとは、一昨日の夜に町田は会食している。

だか、そんなことはおくびにも出さず、丁寧な態度を町田は取る。

朝食が終わると、市の講堂での文化イベントの開会挨拶、そして、子供達の運動大会の視察と、分刻みでスケジュールが組まれている。

婦人会との会合が昼食に当てられている。

移動の車の中で弁当を掻き込むよりましか、、、と町田は思う。

車に乗り込む。

シートベルトを締めながら聞く。

「河村、浜田くんからの連絡はあったか?」

河村は目を反らして、いいえと答える。

チッ!

今朝、初めて町田にイラッとした表情が浮かぶ。

自分のスマホにも浜田からの連絡はない。

「定期的に浜田くんには連絡を入れるように」

「はい、しかし、入れすぎても逆効果では?」

「そんなことは、分かってるっ!けど、もう二ヶ月も無いんだっ!いい加減、浜田くんを呼び出してくれっ!」

「承知しました。」

河村は車を出した。



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