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代講

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翌朝、、、

和彦は早朝に目を覚ました。

はぁ、、、

爽やかな朝に似合わぬため息。

眠りが浅かったのか、身体が重い。

また一日が始まる。

学園に行き、また、生徒達の前に立たなくてはいけないのか。。。

憂鬱だ。

ふとデスクの上に置いてあるビニール袋に目を止める。

“竜之介特製のお握りだよ”

大人びている雰囲気なのに、無邪気な表情を浮かべて差し出した竜之介の姿。

思いだし、少しだけ胸が暖かくなる。

彼のような生徒も居るんだ、頑張ろう。

自分に言い聞かせる。

そう言えば、昨日の晩飯を食べていない。

身体は重かったが、腹は減っている。

竜之介が差し入れてくれたお握りに食らい付く。

美味しい。

胃袋から身体に染みるようだ。

竜之介、、、

屈託なく俺に接してくれる生徒。

胸が暖かくなる。

その暖かさがどう言うものなのか、うぶな和彦はまだ分かっていなかった。

まだ早いが、和彦は登校の準備を始めた。

寮の生徒達に会うのが怖い。

朝御飯の支度を始めている寮夫さんに朝食はいらない旨を伝えて、寮を出る。

広いグラウンド。

そして左前方に本校舎がそびえ、隣が理系の実験室や図書室のある文化棟、続いてイベント時にしか使われない講堂が少し奥まったところにあり、その隣が体育館。

体育館の一番端に体育教官室がある。

だから体育教官室は校舎郡の一番端に位置することになる。

和彦が今日予定している授業はグラウンドと体育館のみ。

4時限目と6時限目は空いており、比較的負担の少ない日だ。

そして、今週始まったばかりのプールや、柔道・剣道などの専用のユニフォーム・用具を使用する授業もない。

そして、本校舎での会議、打ち合わせも予定はない。

だから、早めに登校し、教員室で打刻をし、デスクの上に何か連絡資料があるかどうか確認した後、ノートパソコンをピックアップすれば、あとは打刻の時間まで体育教官室で過ごすことが出きる。

生徒と顔を会わせる機会が多い本校舎にはなるべく居たくなかった。

早い時間のグラウンドにはまだ、人は居ない。

なんでここのグラウンドはこんなに広いんだ。。。

グラウンドの隅を歩く和彦は精神的に過敏になっている。

背後の寮から生徒が冷たい視線を投げてきている気がしてビクビクしている。

しかし、グラウンドを走って本校舎へ行くのは、生徒達から逃げるようで、男としてみっともなくて出来ない。

かつて、このグラウンドを初めて見た時には、その広さに目を輝かせ、ここで働く日が少しでも早く来ることを願ったはずなのに、、、

和彦の心が、その時を思いだし、重く締め付けられる。

考えるな、、、

ネガティブになるな、、、

和彦は自分自身に言い聞かせる。

本校舎までようやく半分程度まで来た。

                           *
一限目は、一年生の授業だった。

夕べの談話室に居た生徒も居る。

和彦はどうしても構えてしまい、いつもの快活な授業が出来ない。

一年生も、そんな和彦の微妙な態度を感じてか、それとも、先輩達と教師のイザコザを知ってか、今までのような無邪気な態度で飛び込んでこない。

ぎこちない空気を漂わせたまま一限の授業は終わった。

疲れた、、、

まだ一限が終わっただけなのに、和彦は、もう精神的な疲労を憶えた。

そして、体育教官室に戻る。

「どうなさったんですか?」

中の光景に和彦は思わず大声になる。

年配の体育科主任が足首に包帯を巻いている。

傍らには保健の先生。

「いやぁ、柔道の試技で張りきったら足首を捻ってしまった。俺もモウロクした」

「先生、無駄口を叩かないで、代打の授業を早く頼んでください。病院で医師を待たせているんですから」

「まぁ、そう急がせるな。こんなの唾でも付けておけば治る」

「そんな、非科学的な。治療を遅らせると大事になるかもしれないんですから。あとは、杉山先生にお願いするだけでしょう?」

俺に?

お願い?

和彦は戸惑った。

「わかった、わかった。それで杉山君、今日の4時限目は空いていただろう、、、」

確かに空いている。

「授業を代行して貰えないだろうか、、、」

え?

体育科主任が担当しているのは、、、

和彦の顔が少しずつ青ざめる。

壁に張られた教員のスケジュール表を見る。

体育科主任の担当クラスは、、、

やはり、思った通り、ラグビー部主将を始め夕べ和彦に詰めよった3年の殆どが居るクラスだった。

竜之介のクラスでもある。

また、何か、責められるんじゃないか、、、

和彦の腹に重苦しい感覚が広がる。

「チャチャッと診察を受けて戻ってきたら間に合うと言うのに、この人が、許してくれなくてな、、、」

保険医を差し淡々と話す体育科主任。

まさか和彦が引き受けたくないと考えているなど想像もしていない。

これまで、急に体育科の講師が来校できなくなったときなど、率先して、代講を引き受けていた和彦だ。

断るとは思っていない。

「プールの授業なんで、自習にすると文句が来そうで。急だから用意してないかと思って、水着とタオルを購買部から届けさせた。まぁ、適当に泳がせておけば良いんで、よろしく頼むな」

和彦のデスクの上に水泳用の道具が置いてある。

購買部で売っているスクール水着のデザインは、丈の浅いビキニに近い競パン。

和彦がいつも水泳で使っているのは膝上まで布地で隠れるスパッツ型。

授業で使うために用意してきたその水着は、寮に置いてあるボストンバックに仕舞われている。

寮の鍵はスーツと一緒に、離れた本校舎のに置いてある。

授業の準備、休み時間の長さを考えると、本校舎の端にあり体育教官室とは真反対に位置する教員室に鍵を取りに行き、そして、広いグラウンドを挟んだ寮まで往復する時間を考えると次の授業に遅刻する可能性がある。

失われ掛けている、いや、もう失われてしまったかもしれない生徒からの信頼を取り戻したい和彦は、遅刻する可能性は極力避けたかった。

この競パンを履くしかないか、、、

和彦は、意を決した。

「あの、ひとつお願いがあるんですが・・・」

「何だ」

和彦は顔を赤くしていった。

「剃刀があったら、貸してもらえませんか?」

「剃刀?持っているが、そんなもの、一体なんで・・・あっ、、、、」

一瞬の後、豪放磊落な体育教師は、大声で笑い出した。

和彦の顔がゆでダコのように赤くなる。

「そっか、そうか。君のは剛毛だったな。この水着じゃ毛が納まらんか。うはははは。若いのにチン毛の手入れはしとらんのか」

「じ、自分は、いつもスパッツ型の水着を使っているので・・・、必要がないので・・」

しどろもどろだ。

「そんな、小じゃれた物穿いてるから、いざと言うときに困る。ほら、使いなさい。お得用六個入り、二枚刃だ。君の剛毛を処理するにはこれくらいの本数が必要だろ。うははは。返さんでいいぞ。君の剛毛を剃った後じゃ刃こぼれしているだろ。さっさと剃ってきなさい。臍毛なら許せるが、競パンの脚の付け根からボーボーとチン毛がはみ出ているのはいただけないな。汚い。ボーボーはいかん」

デリカシーの無さでは定評のある教師の声を背に、和彦はそそくさと剃刀のパックと鋏を持って、体育教官室付属のシャワー室の脱衣場に入る。

「あっ、そういや、昨日お前のとこの学年主任が来て、教官室が整理されとらんとかなんとかほざいていった。これ以上言われるのもうるさいから、お前も自分の机の回りは整頓しておけ。わしは、あいつは、ネチっこくて苦手だ」

自分もです・・・・

そう心の中で呟きながら、全裸になった和彦は、シャワー室に入り、蛇口の前のタイルに直に座る。

覆い茂った自分の剛毛を見てため息をつく。

四限目までに整えないと。

体育教官室は古い建物だ。

シャワー室はお湯も出るようになっているが古い給湯機に繋がっているので温度調節が難しい。

調整するが、最初は水しか出ない。

そのまま水を出しっぱなしにし、右太股の付け根に生えた陰毛に鋏を入れる。

短く刈ってからの方が剃りやすい。

熱ぃっ!

水が急に熱湯に変わる。

急いで水の量を増やし、調整する。

古い施設ゆえの不便さ。

ボディソープを泡立て、刈りこんだ部分に塗る。

二限目が始まるまでにざっと剃り、三限目が終わったら剃り残しを確かめ、プールに向かえば良い。

和彦は、剃刀を股間の右側にあてる。

どうしてもこの無駄毛を処理するという作業は好きになれない。

情けない気分になるのだ。

ただでさえ和彦の陰毛は濃い上に剛毛だ。

ハサミで短く刈り込んでも、剃りにくいことこの上ない。

軽くカミソリを当てただけでは剃りきない。

チョボチョボと残る剃り残しのために何度もカミソリを洗い、股間に這わせる。

別に生えていてもいいじゃないかと開き直りぎみに思う。

だが、やっぱり、ボーボーと剛毛を海パンの股の部分からはみ出させ、生徒の前に出るのはまずいか、、、

呑気に考えながら、毛を剃っていく。

ほんの数日後の夜、同じこの場所で、今と同じ素っ裸の自分が惨めな悲鳴をあげ身悶えることになるなど全く思いもせずに。

そして、四限目。

かすかな緊張。

夕べ和彦のことを睨み付けてきた生徒達、そして、唯一和彦に親しみをみせた竜之介。

落ち着いて指導しよう。

いつも通りにすれば良いんだ。

緊張して変な態度を取ってはダメだ。

自分に言い聞かせる。

だが、徐々に嫌な予感が芽生えてきた。

体育館の裏にあるプールへと続く渡り廊下。

壁で様子は窺えず、突き当たりの扉を開けなければ、プールサイドは見えない。

静か過ぎる。

声が全く聞こえない。

人の気配が感じられない。

胃がギュッと掴まれる感覚。

あのホームルーム。

生徒によって脱がされ、いたぶられたホームルーム。

あの悪夢のような時間が始まる前も静かだった。

プールへ通じる鉄の扉を開ける。

予感は、当った。

整列した生徒が居るはずのプールサイドには、誰も居ない。

和彦は、脱力感を覚えた。

ボイコット、、、

まさか、俺に対する抗議か?

俺の何がいけないんだっ・・・

この数日、何度も繰り返した自問。

そして、答えることは出来ない。

立ちすくむ青年教師。

その時、物陰から声が聞こえた。


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