聖域で狩られた教師 和彦の場合

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監獄

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寮の部屋に着き、荷物を置く。

ガランとした簡素な部屋。

ベッドとクローゼット、簡易なデスクだけ。

無味乾燥な内装。

これからしばらくここに泊まり込まなくてはいけない。

和彦は、暗澹たる気持ちになった。

赴任した当時は泊まり込みが楽しくて仕方がなかった。

荷物をクローゼットに放り込むと直ぐに生徒達の溜まる談話室や食堂に向かい、部屋に居るのは消灯時間になり寝るときだけ。

だから、この部屋がこんなに狭く、圧迫感があるとは思ってもいなかった。

監獄、、、

まるで囚われた囚人のように自分を感じてしまう。

ダメだ、、、

考え込んじゃダメだ。

動き出さなきゃ、、、

何か、行動しなきゃ、、、

和彦は心を鼓舞する。

和彦はボストンバッグをベッドの傍らに置くと、部屋を出た。

ビクビクしていてはだめだ。

生徒と真正面から向き合えば、きっとうまく行くはずだ。

そう自分に言い聞かせながら廊下を歩き、生徒達の声がもれる談話室へと行く。

引戸を開けると、ピタッと会話が止み、生徒の視線が和彦に突き刺さった。

その視線に和彦はたじろぐ。

“おい、行こうぜ、、、”

さっと席を立ち、談話室の別の入り口から何人かの生徒達が出ていった。

その内の一人は、ホームルームで和彦にタックルをしてきた梶山だった。

ラグビー部員達の集まりだ。

彼らが囲んでいたテーブルには、ラグビー部の主将だけが残っている。

主将は和彦を睨み付けながら、立ち上がり近付いてきた。

「先生、何があったか知らないが、ウチの梶山に酷いことをしてくれたみたいだな、、、」

え?

主将は続ける。

「今日の練習中、様子がおかしいんで聞いたら、何があったか言えないって青い顔で口をつぐんで、、、あんたが寮に泊まり込むときいた瞬間、あんたに退学にさせられる、、、頭を下げて謝ったのに、、、暴力を止めただけなのに、、、僕を見張りに来たって震えだしたんだ」

「ま、待て、、、違うんだ、、、聞いてくれ、、、」

青ざめている和彦の言葉を止めるように主将は掌を和彦に向かって出す。

「あんたの一方的な言葉を聞く気はない。それに、ホームルームで何かあったらしいが、それはもうなかったことにする約束になってるんだろ。誰にも言わない約束になってるんだろ。それをあんたは、ペラペラしゃべろうと言うのか?生徒との約束を破って、、、」

確かに、ホームルームでの出来事は水に流すことにした。

だが、ラグビー部の主将達は完全に誤解している。

和彦は梶山が消えた扉の方へ歩き出そうとした。

梶山と直ぐに会って誤解を解きたかった。

見張りに来たのではない、信頼を築くために来たんだ。

それを分かって欲しかった。

「おいっ、まさか梶山を脅しに行く訳じゃないんだろうなっ!」

和彦の行く手を塞ぐように大柄の主将が立つ。

「ヤツは本当に傷ついている。その傷をあんたは抉ろうっていうのか?」

「ご、誤解だ。誤解を解きたいんだっ!」

和彦が必死で言う。

そして、ギョッと目を見開く。

主将の後ろに、談話室にいた3年生達が助太刀をするように立ち、和彦を睨み付ける。

「あんた、生徒に蹴りを入れたらしいな、、、」

一人が言う。

「なんだって?」

「それ、暴力じゃないか、、、」

「マジか?」

口々に三年生が言う。

「山下が脇腹に痣が出来ていたから聞いたら、杉山に足蹴にされたと言っていた。せんせい、あんた、本当に蹴りをいれたのか?」

3年生達が和彦を凝視する。

残った1、2年の生徒達は遠巻きに様子を見ている。

蹴りをいれた、、、

和彦の脳裏にその瞬間がフラッシュバックする。

全裸に剥かれ、椅子で床に押さえ込まれ、チンポコを、キンタマを弄られ、恥毛をむしられ、ケツの穴まで見られた。

どんな状況下であれ、やりすぎだ。

その状態を脱しようと全力で抵抗した。

必死の抵抗。

手足を、胴体を全力で動かし、群がる生徒達を押し退けた。

無我夢中でその時のことはよく覚えていない。

その時に、生徒に蹴りが入っていたとしてもおかしくない。

「何も言えないってことは、蹴りをいれた事実は認めるんだな、、、」

和彦は足がガクガクしてきた。

貧血を起こしたように頭が冷たくなる。

フルフルと首を横に振ることしか出来ない。

「この暴力教師っ!」

「見損なったぜっ!」

「誤解だ、、、誤解なんだ、、、」

「は?誤解も何も、お前、生徒に蹴りをいれたんだろっ?!」

その事実は否定できないが、それには理由があるのだ。

が、ホームルームで全裸を晒した上に屈辱的な仕打ちを受けたということは、言えない。

和彦にとっては思い出したくもない出来事で口にするのは恥ずかしくて出来ない。

さらに、あの出来事を公にすることで、もし、生徒が処罰されたら、保健室での約束を破ったことになってしまう。

そして、どんな理由であれ、蹴りをいれてしまったと言う事実は重く伸しかかる。

和彦は追い込まれた。

「先生、何があったか知らない。けれど暴力はあってはならない。それは、分かってますかっ?」

主将が詰問口調で言う。

教えを受けるべき生徒が、教えるべき教師に向かって、、、

主将は和彦よりも背が高く、見下ろしながら言う。

「わ、わかっている、、、」

「もし、あなたが、生徒に対し暴力をふるったというのなら、どんな理由があろうとあなたは教師として、いや、教師の前に人として失格だっ!あなたの与えた傷は浅いのかもしれないが、心に負った傷は深い」

主将は和彦に人差し指を向けて言い放った。

和彦は生徒達に完全に呑まれている。

「ここは、生徒達の歓談の場です。先生は部屋に帰って反省してくださいっ!」

ガツンと脳天に衝撃が走った気がする。

和彦は、言い返す言葉も浮かび上がらず、しばらく呆然と立ちすくんだ後、生徒達に背を向けて、トボトボと談話室を後にした。

「よく平然と談話室に来れたな」

「平然と教師ヅラしてたぜ」

「偉そうに、、、」

「筋肉しか取り柄がないからって暴力はねぇよな」

「脳ミソも筋肉で出来てるんだろ」

ギャハハハハ、、、

そんな心ない言葉と嘲笑を背に受けながら。

足がガクガクする。

身体に力が入らない。

崩れ落ちそうな身体を堂にか気力で支え、一人きりで廊下を歩く。

何が、、、

俺の何がいけないんだ、、、

俺は、何を間違えてしまったんだ、、、

混乱、、、

失望、、、、

教員用の部屋に戻る。

もう何もする気が起きない。

床に体育座りをし、自分の何がいけないか考える。

答えは出ない。

呆然と膝を抱えたまま時が過ぎる。

落ち込んだときは筋トレで気を晴らしていたが、動く気がおきない。

筋肉しか取り柄のない、、、

暴力教師、、、

よく平然と、、、

生徒の心無い言葉の数々が脳裏をよぎり、心を裂く。

ガランとした部屋。

監獄に閉じ込められた囚人のような気がする。

一人きりで体育座りをして、ジクジクと自分の何が悪いのか、どうすればいいのかと答えがでない問いを自らに問いかけ、答えをだけない自分自身を責める負のループに入り込む。

生徒達の就寝時間になろうとする頃、扉がノックされた。

寮夫さんか?

ノロノロと重い身体を動かし、和彦は、扉に向かう。

扉の向こうに居たのは、竜之介だった。

驚いた。

彼は、清涼飲料水のペットボトル二本と紙袋を持っている。

「カズ先生、暇してると思って。差し入れ持ってきました。入っていいですよね?」

和彦の返事を待たず、部屋に入ってくる。

無礼と言えば無礼だ。

だが、和彦は嬉しかった。

「カズ先生、飯食ってないでしょ」

あっ、、、

談話室での出来事のショックで食堂に行く気も出なかった。

俺の分も用意されていたのか?

「寮夫さんが連絡が欲しいとブツブツ言ってた。おかずは1年が食べちゃったけど、ご飯とお新香でお握りむすんで持ってきた。竜之介特製お握りだよ」

そう言って、袋からラップで包んだお握りを二個取り出す。

「お茶とオレンジジュース、どっちが良い?」

屈託のない笑顔を浮かべて言う。

背は高いが、まだ少年だと思わせる。

「どっちでもいいよ」

「ダメ。選んでくれなきゃ」

「じゃぁ、遠慮なくもらうよ」

か細い声で言う。

和彦はお茶を受けとる。

「本当はビールとかの方がいいのかもしれないけど、さすがにまずいだろ」

暗く沈んでいた和彦の顔に、まだ力はないがようやく笑顔が浮かぶ。

竜之介の親愛の態度。

「笑ってくれた。カズ先生に暗い顔は似合わないよ。昼間のことはさっさと忘れてさ。消灯時間だから部屋に帰れなんてことは言わないでよ。消灯時間なんてあってないようなものだから。今夜は、ゆっくり話そうよ」

「あ、ああ」

「カズ先生って、部屋にいるときもスーツなの?くつろげないでしょ」

竜之介はTシャツにジャージのズボン姿だ。

それに対して自分は自宅で着替えて出た時のままのスーツ姿だ。

着替える気力もなかった、、、いや、着替えることにすら頭が回らなかったのだ。

「スーツ姿だと、堅苦しいよ。緊張して嫌だな。カズ先生も楽な格好に着替えてよ」

いつの間にか竜之介の口調が砕けて、タメ口に近くなっている。

「そうだな、、、じゃあ、着替えさせてもらうか」

クローゼットを開けるとスーツを脱ぎ、ハンガーにかける。

白のYシャツだけを纏った姿だ。

鍛えられた太い脚が清潔な純白の布地から伸びる。

そして、Yシャツも脱ぐ。

下は白のタンクトップ、そして、平凡な紺のボクサーブリーフ。

広い肩幅、、、

鍛えられ盛り上がった肩。

そこから伸びる太く筋肉の張る腕。

Yシャツをハンガーにかける何気ない動作だが、肩甲骨が動き、筋肉が美しく伸縮する。

それを眺める竜之介。

ニヤッと笑みを浮かべてナメるように見ている。

「カズ先生、普通のパンツも履くんだね。いつもエロいビキニパンツを履いてるのかと思ってた」

「ば、バカなことを言わないでくれよ。今日は事情があったんだよ」

和彦がパッと振り返り言う。

頬が赤く紅潮しているのは、パンツのことを言われた恥ずかしさのためだろう。

竜之介は屈託のない表情に戻っている。

「いつもは普通のパンツを履いているよ」

「なんだ。いつもエロい下着を履いてるのかと思ってた。筋肉を鍛えている人はエロパンを履くんだなと楽しみにしてたんだけど、、、」

「今日は洗濯をし忘れてて、仕方なくあれを履いたんだよ、、、」

「しわくちゃなのは洗ったのをそのまま履いたの?」

「あぁ、干す暇がなくて仕方なくな」

「独身男性のあるあるだね」

二人は目を見合わせて笑った。

体育会出身の和彦は、着替え中に下着姿で人と話すことにさほどためらいはない。

だからクローゼットを背にして屈託なく竜之介と話している。

生徒が少しでも長く教師の下着姿を堪能したくて話を長引かせようとしていることに気付かない。

和彦は、ベットの傍らに置いたボストンバッグを開け、スウェットを取り出す。

そのボストンバッグを覗きこみ、竜之介が言う。

「ほんとだ。普通のパンツしか入ってない」

手を伸ばし、しまわれているボクサーブリーフを次々摘まむ。

「コラコラ、俺の下着を見ても面白くないだろ」

和彦は、スウェットを履こうとする手を止めて、竜之介に言う。

「皆、シワクチャ。僕が伸ばしてあげようか」

「そんなこと、生徒にさせるわけにはいかないよ」

そう言いながら、和彦は、スウェットを履く。

竜之介は教師用のベットに腰掛けると、和彦も横に座るよう促した。

和彦は、スウェットの上も羽織ろうとしたが、生徒に促されるままタンクトップ姿でベッドに座る。

ホームルームのことだけではなく、談話室での出来事も心に辛く圧し掛かっていたが、和彦には屈託のない竜之介の態度が嬉しかった。

「カズ先生、ホントに鍛えた身体だよな。カッコいいよ」

その言葉に和彦は、ビクンと反応する。

顔がまた暗くなる。

「お、俺は筋肉しか取り柄がないから、、、」

顔を伏せて言う。

談話室で言われた言葉が心に突き刺さっている。

「あっ、カズ先生、らしくないよ。また、暗い顔になって。すごく鍛えられた筋肉じゃないか。自信を持たなきゃ筋肉に失礼だよ」

竜之介は馴れ馴れしく和彦の肩に手を回し、グイッと引き寄せる。

和彦は肩に回された生徒の腕の力強さ、そして、近付いた顔に不思議な安心感を感じる。

「カズ先生はカズ先生らしく明るい顔をしてなきゃ」

ジッと見つめてくる竜之介の瞳に吸い込まれそうだった。

「しかし、カズ先生、近くで見るとスゴく太い腕だな。さわって良い?」

「あ、あぁ」

「やった!いつも2年のヤツらが先生の腕とか筋肉を触ってるのをみて、僕も触りたかったんだ」

和彦は、腕を曲げ力瘤を作る。

「うわっ、カッチカチだ。スゲェよ、カズ先生っ。ね、ビルダーみたいにポージングしてみてよ」

「こうか?」

「カズ先生、フィジークとかの大会出たら優勝するんじゃない?」

「そこまでじゃないよ、俺はまだまだだ」

そんな他愛もない会話が深夜まで続いた。


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