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夕暮れ

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保健室に静けさが戻る。

ベッドで半身を起こした和彦と、その傍らに立つ竜之介。

和彦は少しホッとしたような表情になっている。

謝罪してきた生徒達。

全員が和彦に頭を下げた。

その素直な態度に胸を打たれたのだ。

だが、いつもの明るい表情には戻っていない。

ホームルームでの出来事でボロボロに傷つけられた心と生徒達の謝罪に癒される心とが分離してしまっている。

どうすればいいんだ、、、

俺は、これからも教師を続けられるのか、、、

彼らの前に普通に立てるのか、、、

“…杉山先生、自分が完璧だと思っている人はそれ以上、進歩しません。失格と思えば、合格を目指せばいいんですよ…”

先程の校長の言葉が脳裏に甦る。

そして、自分自身が口にした言葉…

“…お前達の気持ちは受け取った。今日のことは水に流そう。未熟な俺も悪かった。これからは、お互いに切磋琢磨していこう…”

和彦は自分自身の言葉に責任を持ちたかった。

もとより生徒達に嘘はつけない。

だが、教師を続けることに自信が持てない。

頭がゴチャゴチャして、ホームルームの出来事は細かく思い出せない。

だが、生徒の前で自分自身の手でエロビキニ一枚の裸になり、その小さな、和彦の矜持と言うにはあまりにも薄っぺらで小さなビキニパンツも引き剥がされた、、、

そして、全裸をさらした自分に襲いかかってきた生徒達、、、陰茎を弄られ、陰毛をむしり取られ、ケツにボールペンを突っ込まれ、、、

フラッシュバックのように自信の身に起こった残酷な光景が脳裏をよぎり、和彦は思い出した恥辱に歪んだ顔を手で覆う。

「先生、僕は先生を心から尊敬します」

不意に優しい声が聞こえた。

え?

和彦は、顔を上げ、その声の方向を見る。

「結城達は、先生に酷いことをしてしまった、決して許してくれないだろうと顔を青くしてました。集団心理でやっちゃいけないことをやってしまったと」

端正な顔立ちの生徒会長は、ジッと和彦の目を見ながら言った。

「杉山先生はきっと許してくれるよと彼らに言ったんですが、正直、先生が彼らを怒鳴り散らしても仕方がないと思っていました。彼らはそれだけのことをやったんですから。それなのに、先生は水に流そうと仰った。ちゃんと生徒のことを考えてくれている立派な先生だと思いました」

和彦は、長身の生徒を見上げた。

夕暮れ間近の西日が、その生徒の背後から差し込んでいる。

逆光の中、その生徒は整った顔立ちに優しい笑顔を浮かべている。

和彦の心にその優しい笑顔が沁みる。

「杉山先生の心の広さ、男らしさを僕は心から尊敬します」

そう言って、生徒会長は、和彦の手を取り、ギュッと握った。

生徒の温もりが和彦の掌から心に伝わってくるようだった。

和彦の頬を涙が伝った。

「先生、、、泣かないで下さいよ、もう、今日のことは水に流すと結城達と約束したでしょう。水に流して忘れてください」

和彦の口から嗚咽が漏れる。

生徒の前で泣いちゃいけないと口を真一文字に結んでいるが、感情が抑えられない。

「先生、、、」

そう一言だけ言うと、竜之介は和彦の身体に手を回し、優しく抱き締めた。

そして、和彦の短めの髪をゆっくりと撫でる。

教師は生徒の身体に顔を埋め、咽び泣いた。

そして、生徒はその教師の頭を、肩を、背中をゆっくりと優しく撫でた。

生徒の優しく暖かい掌に和彦は癒されていく。

その二人を夕日がゆったりと照らす。

どのくらい経っただろう。

徐々に和彦の気分が落ち着いてくる。

「す、すまない、、、藤崎くんには、みっともないところを見せてしまった」

和彦が顔を竜之介の身体から話しながら言った。

「先生、気にしないで下さいよ。先生が人間らしいところを見せてくれて、なんか、嬉しかったです」

「いや、申し訳ない。そして、藤崎くん、有り難う」

「お礼なんかいいですよ、杉山先生。えっと、、、もし良かったら、僕も皆みたいにカズ先生って呼ばせてもらっていいですか?」

竜之介がはにかんだように言う。

いつもの落ち着いた生徒会長とは違う少年らしい表情だ。

その表情を見て、なぜか和彦の胸が高鳴った。

「もちろんだ、藤崎くん。遠慮なく呼んでくれ」

「あと、もう一つお願いがあるんですけど、僕のことも藤崎くんじゃなく、竜之介って呼んでもらえますか?」

「あぁ、ふじ、、、いや、竜之介くん、これからも未熟な俺だがよろしく頼む」

和彦が片手を出す。

「僕の方もよろしくお願いします、カズ先生っ!」

竜之介もにこりと笑い、その手を握り返す。

二人はギュッと握手をする。

その時、コツコツと廊下を近づいてくる足音がした。

保健室の扉が開く。

入ってきたのは学年主任の白川と化学の教師、榎木だった。

「おや?藤崎くん、まだ寮に帰っていなかったのか。杉山先生、ちゃんと生徒は帰らせないと、、、」

…ぐっ、、、、

竜之介に癒されていた和彦だったが、白川の言葉に胃が縮まるような吐き気を覚える。

「保健の加藤先生が退勤時間がきたから、僕に先生の様子を見ていてくれと言ったんです。だから、杉山先生を責めるのはおかしいです」

竜之介が強い口調で言う。

白川が竜之介の迫力にたじろぐ。

「あぁ、そうだったのか。なら良ろしい」

そして、竜之介から目を離し、和彦を見る。

「この榎木先生から聞いたんだが、今日のホームルームの後の君のクラスの生徒達の様子がおかしかったようなんだ。ホームルームで何かありましたか?」

和彦はなにも言えず、学年主任と化学教師を見る。

「先生を怒らせた、どうしようとか、ボソボソ授業中に話していたんですよ」

榎木が言う。

化学の教師に似合わないがっしりとした体格の榎木。

学園でラグビー部の顧問をやっており、自身も高校時代に全国大会に出場したラガーマンだ。

「そのことなら、さっき結城達と先生が話してちゃんと和解しました」

竜之介がビシッと言う。

「ああ、そうなのか、なら良かった。何か揉めたのか心配になってな」

榎木が竜之介の迫力に押されたように口ごもる。

「生徒達の萎縮した様子が気になったものですから、、、」

そう言いながら、白川を見る。

「和解したと言うことは、何か、揉めたと言うことでしょう。そういう揉め事は起さないよう生徒と親睦をはかって欲しいですね、、、」

白川がネチコイ口調で和彦に言う。

「そうだ」

思いついたように榎木が言った。

「杉山先生、寮に泊り込むのはいかがですか?そうすれば、生徒と親睦を図ることが出来るでしょう。今週は僕の担当だけれど、代わってあげるから泊まってはどうですか?」

「それは、名案だ」

白川が言う。

生徒達は言うことを聞かない。

拘束される。

何より、問題が起きれば責任は自分だ。

そして、手当てが出ると言っても一泊700円だ。

寮への宿泊を内心嫌がっている教師がほとんどだ。

榎木も体よく和彦に泊り込みを押し付けようとしているのだろう。

正直、嫌だった。

今、生徒達と一緒に居るのが怖い。

さっき、謝罪を受けたものの、これからどんな態度を取られるか恐ろしい。

それが、生徒と密着して過ごす寮に泊まり続けるなんて。。。

キリキリと胃が痛み出す。

「そう言えば、杉山先生、生徒達と居るのが楽しくて、寮に住みたい位だって言っていましたね。ちょうどいいじゃないですか。生徒達と是非、親睦をはかってください」

白川が畳み込むように言う。

「カズ先生、寮に泊まってくれるんですか?うれしいなぁ。先生とはもっとゆっくり話したかったんですよ」

竜之介が嬉しそうに言い、和彦の肩に手を乗せて嬉しそうに揺する。

当の本人の意見は聞かれないまま、和彦の泊まり込みは既定路線となってしまった。



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