聖域で狩られた教師 和彦の場合

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生徒の造反

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和彦は暗い顔をして校舎の廊下を歩いていた。

足が重い。

水曜日の放課後。

ホームルームの時間が間もなく始まる。

赴任当初の希望とやる気に満ちた頃からは考えられない表情。

先週の教員会議で、正担任への昇格を告げられた。

産休による補充なので、和彦の務めていた副担任は空席となっている。

だから、一人で生徒達に向き合わなければならない。

昇格を告げられ、和彦は指導要領などを必死で読み込んだ。

それこそ、寝る間もなく。

生徒のためだ。

少しでも立派な正担任になろうと。

週末も犠牲にした。

通常であれば、買い物・洗濯等の日常の雑用を週末にまとめてやるのだが、教師としての研鑽を優先させ、学内で資料を読み漁ったのだ。

教則本のみでなく、クラスの生徒一人一人の情報に目を通し直した。

そんな彼が、週明けに学年主任の白川から呼び出された。

どことなく喜んでいるような表情。

目は、サディスティックな光を浮かべオドオドと座る和彦を見る。

「杉山先生、、、私が恐れていたことが起こりましたよ、、、」

もったいぶった口調でゆっくりと言う。

和彦のなかで不安が膨らむ。

恐れていたこと?

「本当に困ったことだ。君を気に入っている校長先生のご英断だから、受け入れたけれど、やはり、杉山先生にクラスの正担当は早すぎましたかなぁ、、、やはり、反対すべきだった」

まだ具体的な話は始まってないのに、和彦の血の気が引き始める。

どう考えても、和彦にとって良い話ではない。

「実は、君が正担任になったクラスの学級委員が話があると言ってきたんですよ」

白川はそこで言葉を止めると、ジトッと和彦の目を見る。

そして、酷薄な笑みを浮かべると、再び口を開く。

「杉山先生に、心当りはありませんか?」

そう言い、緊張と不安で固くなっている和彦を、ナメるように見る。

和彦の不安は増していく。

思い当たると言えば、1つしかない。

やはり、校内で勃起してしまったのを見られたのか、、、

白川は、精神的に追い込まれ始め動揺している和彦の姿を明らかに喜んで見ている。

着任して早々に生徒達の人気を得た新米教師、校長のお気に入りの若者、爽やかな精神と、鍛えられた見事な肉体を持つ若きスポーツマン、白川の妬みの対象だった若者を、この手で追い込んでいる。

白川は、ゾクゾクした喜びを感じている。

「杉山先生、ご自身に思い当たることはありませんか」

あぁ、、、

和彦の顔が辛そうに歪み、目がギュット閉じられる。

やはり、見られていたのか。

「こ、、、この間の体育館での恥ずかしい姿を、生徒に見られてしまったんですね、、、?」

顔を伏せ、絞り出すように言う。

思い出したくもない出来事を口にする。

自分の言葉が、自分自身の心の傷をえぐっていく。

返答がない。

和彦は顔を上げ、白川を見る。

鋭く冷たい白川の視線に、和彦は直ぐに目を反らした。

「それは、杉山先生が学内で破廉恥なことを考えて、こともあろうに授業中に下半身を膨らませた件のことを言っているのですか、、、?」

白川が意地悪く言う。


顔を辛そうに歪めた青年教師が、小さく生んで大きく育てるの頷く。

「ふっ、、、そんなつまらないことではないですよ。まぁ、校内で股間を膨らませることもあってはならないことですがね、、、」

え?

あの件じゃない?

な、なんだ?

どんな話を学級委員はしてきたんだ?

「生徒、、、学級委員の結城くんが言うには、君のようなヤル気のない教師が正担任になるのは困るとクラスの意見が纏まったそうだ」

ガツンと脳天をぶん殴られたような衝撃。

思わず顔を上げ、白川を見る。

や、やる気がない教師、、、

和彦の顔がみるみるうちに青くなる。

ショックだった。

教職に必死になって取り組んできたつもりだった。

授業中だけでなく、それ以外の時間も全力で挑んでいた。

そして、追い討ちをかけたのが、それがクラス委員の結城の訴えだということだ。

“カズ先生っ!”

和彦に親しげに呼び掛ける結城の姿が脳裏に浮かぶ。

和彦が副担任ということもあり、結城とそのクラスメート達は、早くに和彦と打ち解け、休み時間や放課後も和彦を慕うように集まっていた。

その結城が和彦を否定してきた、そして、それがクラスの総意だと白川が言っている。

嘘だ、、、嘘であってくれ、、、和彦は頭をかきむしりたかった。

が、白川がわざわざそんな嘘を言うわけがない。

「杉山先生は、教師と言う立場を忘れ、生徒達と遊んでばかりでしたからなぁ。教師として頼りないと思われても仕方ないでしょう。それに、ヤル気がないと生徒に言われるのは困りますなぁ。わたしも、もっときちんと君を指導していれば良かった、、、」

白川のネチネチした説教が続いている。

頭のなかがグルグル回っている和彦は上の空になっている。

ヤル気がない?

あんなに必死に取り組んでいたのに、、、

俺のどこがいけなかったんだろう。

直さなきゃ、、、

どう生徒と接すれば良かったのだろう。

きっと、俺の生徒への接し方が悪かったんだ。

だから、ヤル気がないと誤解されたんだ。

だが、どう接すれば正解だったんだろう。。。

相談室の中、和彦の混乱は増した。

そして、その翌日。

和彦が担任する結城達のクラスの授業。

いつもだったら“カズ先生っ!”と手を振ってきていたのが、皆、黙って整列していた。

まるで、和彦を拒絶するようだ。

俺が正担任になるのがそんなに不満なのか、、、

和彦の折れかけた心がさらにしなる。

出来るだけ快活に、、、出来るだけコミュニケーションを、、、その思いが生徒達の素っ気ない素振りに、どんどん空回りしていく。

授業が終わる頃には、和彦の心はボロボロになっていた。

その心を奮い立たせ授業が終わりそそくさとグラウンドを後にしようとする結城に声をかけた。

胡散臭そうに和彦を見る結城の視線。

胸を突き刺されたような痛みを和彦は感じる。

「ゆ、結城、、、結城くん、、、少し話さないか?」

「何ですか?」

明らかに面倒臭そうなつれない返事。

「正担任のことだ。君達に不満はあるかもしれないが、なる以上は精一杯に務めたいと思っている。だから、僕のどこが不満なのか、頼りないのか言ってくれ。自分の悪いところは改める、、、」

「は?」

「言いにくいことでもいい、不満ははっきりと言ってくれ、お願いだ。腹を割ってお互いに正直に話そう、頼むッ、言ってくれ・・・」

和彦の真摯な言葉。

本心からだった。

だが、結城は面倒そうに和彦に向かって冷たく言い放った。

「そんなこと、正担任の教師なんだから、生徒に聞かず、自分の胸に聞いてみればいいでしょう。大人なんだから」

そして、くるりと和彦に背を向け歩き出す。

和彦は呆然と立ち尽くす。

その耳に“どうした?説教か?”、“ウザイ話し。正担任になったとたん偉そうに、鬱陶しいったらない”という会話が聞こえてくる。

和彦は、身体の力が抜け、ヘタリ込みそうになるのを堪えるのがやっとだった。


そして、今、和彦は正担任としての始めてのホームルームに出ようと廊下を歩いている。

気が重い。

ついこの間まであんなに良い関係を築けていたのに、、、

なんで、こんな関係になってしまったんだ、、、

新米として、必死に取り組んできたつもりだったのに。

和彦は、中学、高校、大学と最上級生の時には必ず部長をやった。

統率力には定評があった。

常に集団を上手くまとめてきた。

その自負もあった。

それなのに、、、

どこがだ、俺のどこがいけないんだっ・・・

教師になって浮かれていたのか。

自分のどこがまずかったのか必死に思いめぐらせたが、思い当たらない。

疑心暗鬼にさいなまされるだけ。

同僚に相談したが、そんなことを気にしてたら身が持ちませんよと軽く答えられるだけ。

そして、彼を否定した担当クラスの生徒達と直面するホームルームが間もなく始まる。

和彦は、心を奮い立たせようとしている。

ホームルームでは、正担任になった豊富を伝え、そして、自分のどこかまずかったのか、どうなって欲しいか忌憚なく話してくれるよう言うつもりだった。

腹を割らなければ、始まらない。

嫌な言葉も、良薬と考えて受け止め、自分が変わらないと始まらない。

和彦は、クラスの生徒達と真摯に向き合うつもりだった。

教室が近づいてくる。

他の教室はガヤガヤしているのに、担当のクラスの教室からは音が伝わってこない。

教室のドアの前に立つ。

シンとしている。

その静けさが怖い。

だが、向き合わなければ始まらない。

話し合わなければ、前に進まない。

そう自分に言い聞かせて、ドアに手を掛ける。

そして、教室のドアを開けた瞬間、和彦の顔が強張る。

クラス中の生徒が机と椅子の向きを反対にし、教卓に背を向けていた。












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