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校庭
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この時代に旧態の伝統を守る男子校R。
創設者Rの学舎は聖域であるべきという理念のもと、街とは少し離れた山沿いの広い敷地に施設が広がる。
全寮制だ。
一学年三クラスの少数精鋭。
小ぢんまりした校舎、広い校庭、ナイター施設を備えたグラウンド、プール、体育館。
学舎とはグラウンドを挟んだ先に立っているのは寄宿舎だ。
一年は四人、二年は二人、三年は一人部屋となる。
学業のみでなく、スポーツにも力を入れており、逞しい体格の生徒が多い。
そのR校の校庭の隅、鉄棒の回りにキラキラと目を輝かせた生徒達が集まっている。
その中心に、生徒と見間違えるキリッとした童顔の新任体育教師杉山和彦が立っている。
五月人形の若武者を彷彿とさせる容姿。
キリッとした太い眉、少年のようなあどけない顔。
首から下は鍛えられた筋肉を感じさせる。
短く刈り込んだ髪も爽やかさを増している。
体操競技の有望選手として名を成した杉山。
国際大会の候補者としても目されていたが、肩の故障で選手生命を断たれてしまった。
しかし、それは世界大会を狙うには難しいレベルの故障で、人並み以上の身体能力は備えている。
その証拠にスポーツシャツの下、上半身が鎧のように鍛えられているのが伺われる。
瘤のように盛り上がった両肩。
微かに手を動かすたびに盛り上がる二の腕の筋肉。
純白のシャツの生地の下、力強く盛り上がる両胸の筋肉。
彼が今立つのは、古びた鉄棒の下。
高さを変えて3つ並ぶ鉄棒の一番高いものの下だ。
軽く身体を動かすとスムーズに飛び上がりその鉄棒にぶら下がる。
おぉっ、、、
生徒達から嘆声が漏れる。
それは、重力を無視したかのような身軽な動作に対するものか、それとも鉄棒にぶら下がることにより緩めの半袖のシャツから垣間見えたふっさりと多い繁った腋下に大人の男を感じたものか、、、
少年のような顔に似合わず自己主張をする腋毛のアンバランス。
若い青年教師は、少年達の目の色に単なる憧憬とは別の光が宿ったことには気付かず、身体をくの字に曲げると勢い良く、身体を持ち上げ、回転を決め始める。
おおお~~っ
生徒達の歓声が上がる。
すげぇ、、、
さすがだ、、、
和彦の回転が勢いを増すごとに生徒達のテンションも上がる。
久々の鉄棒の試技の喜びと同時に、生徒達の声も感じ、和彦は教師になった選択が間違えなかったと感じる。
それを、2つの場所から見ている視線。
教員室。
“全く学生気分が抜けませんな、生徒と放課後に遊ぶなんて、、、”
“いいじゃありませんか、学年主任。生徒と親睦を図るのは立派なことです。目くじらを立てるもんじゃありません、、、”
“こ、校長、私はそんな意味で言ったのではありません。彼に自覚をもってもっと良い教師になって欲しいとの思いからの言葉です”
ころっと態度を変える自分の保身第一のセコイ男。
“着任早々なのに生徒の信頼を得て、わが校も良い人材を得ました”
校長は、学年主任の言葉には反応せず、満足げに校庭の様子を見ている。
学年主任は校長の顔を伺いつつ、憎々しげな歪んだ視線を校庭の和彦に向ける。
妬みに燃える目。
自分の地位を守ることしか興味がない典型的なセコイ男。
若い体育教師を見下ろしながら、彼は思った。
あの目障りな男をどうにかしないと・・・
放課後の音楽室。
窓から校庭を見下ろす視線。
“美味そうな身体をしてるぜ、まったく、一発やりてぇな”
ピロン
軽快な音。
スマホが取り出される。
幼馴染からメールが送られてきている。
普段は連絡無精の奴からの突然のメールを不思議に思う。
進学してからはコンタクトが途切れたが、とある神社裏で、ぱったり出会いそれからたまに連絡を取っている。
メールのタイトルは・・・「僕のペットです」
?
男くささを気取る幼馴染らしくないタイトルを怪訝に思いながら開く。
っ!
驚きで目が見開かれる。
何度も画像を見直した後、震える手でスマホを操作する。
「浜ッチか?」
「・・・・・」
「なんて呼ぼうといいだろ、幼馴染なんだから。それより、何だこの画像。合成か?
悪戯にしては性質悪いぜ」
「・・・・」
「え?本物?だって、ここに素っ裸でアへ顔晒して写ってるのお前の学校で体育教師をしてるアイツだろあの、大学までサッカーの選手だった・・・」
「・・・・」
「俺、小学生の頃から憧れてたんだよ。それが、お、大股広げて、しかもおっ立てて。後ろに写ってんのお前だろ。まさか、お前一発やったのか」
「・・・・」
「そんなものじゃないだと?」
「・・・・」
「なんだって?落とした記念に撮った写真?
まじかよ、だって、こいつ、お前の学校の教師なんだろ?大体、このペットってタイトルはなんだよ。ま、まさか」
「・・・」
「お前の犬?忠犬セン公だとっ!あのイかした男がか?げっ。アイツ、男くさい顔してんのにマゾ野郎だったのか・・・?」
「・・・・」
「違うって、どういうことだ?」
「・・・・」
「ち、調教って・・・まじかよ、教師をペットに調教中だと?」
「・・・・」
「そりゃ、最初からマゾの男を苛めても、ただ喜ぶだけだからつまんないけどよ」
「・・・・」
「分かった。すぐ送ってくれ」
いったん携帯をきる。
すぐにメールが届く。
今度は動画のようだ。
カッと目が見開かれる。
素っ裸の美しい均整の取れた体。
かつて写真で何度も見、憧れたロシア人の血が混じった男らしい顔が苦しげに歪んでいる。
四つん這いだ。
しかも鎖のついた首輪をしている。
柔道場か?
鎖を引っ張られ畳の上を四つん這いのまま進んでいる。
多少ぶれながら画面は前から横、後へと移動する。
口がぽかんと開く。
尻には鞭の柄が突っ込まれ、垂れた鞭が尻尾のようだ。
再びスマホが鳴る。
急いで出る。
「・・・・」
「なんじゃこりゃ」
「・・・・・」
「けど、こんないい男を調教するなんて、しかも教師だろっ!いったいどうやったんだよ」
「・・・・」
「企業秘密だあ?ふざけんな。いいから教えろよ」
「・・・・・・・・・・」
携帯を通して語られる幼馴染の自慢話を聞きながらふと、目が試技を終え、着地した和彦に止まる。
きらきらと汗が輝いている。
厚く鍛えられているがしなやかでもある筋肉。
キリッとした眉の少年さを残す爽やかな男らしい顔。
本当にいい男だ。
「悔しかったら自分でもやってみろって?ああ、やってやるよ。こっちにもいい獲物がいるんだ。俺流にやってやるよ」
「・・・・」
「負けるつもりはねぇぜ。幼稚園の時のパン食い競争以来、俺はお前に負けたくないんだ。パンを食ったのは俺が早かったのに、ゴール前でこけなきゃ」
「・・・・」
「ああ、いいともさ。勝負だぜ、浜ッチ」
相手が嫌がる呼び方をわざとし、スマホを切る。
そして、音楽室からジッと、和彦のことを見つめる。
狩人が獲物をどう捕らえるか、作戦を練る目。
上物を確実に狩るために失敗は許されない、、、、
校庭。
試技を終えた和彦は生徒達と他愛のない会話をしている。
自分もやると鉄棒に飛び付いた生徒にコツを教えつつ、回りの生徒達とその生徒の試技を見守る。
教師になってよかった。
和彦は幸せだ。
肩の故障で選手生命を諦めなければならなくなった時、彼は生まれて始めて絶望を感じた。
自暴自棄になった。
その彼に、先輩がある人を紹介してくれた。
その人は、プロに進む道と教師に進む道で悩み、結果、教師になり、今は遣り甲斐に溢れているとキラキラした表情で語ってくれた。
そして、和彦は、教師になる道を選んだ。
その人には、感謝をしてもしたりない。
この間のメールには返事が無かった。
律儀な彼にしては珍しいことだ。
あとで、教師になって良かった、今は充実してると感謝のメールを送ろうと彼は思う。
こころから尊敬する爽やかで気さくでキラキラしたオーラをまとっていた先輩青年教師の来生純一に。
新米体育教師の顔に曇りはない。
もたろん、教員室、音楽室から二つの影が自分を見下ろしていること、そして、それぞれが彼の凛々しい容姿、人に好かれる爽やかな性格、鍛えられた見事な体躯のせいで、彼に対し歪んだ執念を持ち始めたことを知る由も無かった。
この時から、彼の受難の日々が始る。
創設者Rの学舎は聖域であるべきという理念のもと、街とは少し離れた山沿いの広い敷地に施設が広がる。
全寮制だ。
一学年三クラスの少数精鋭。
小ぢんまりした校舎、広い校庭、ナイター施設を備えたグラウンド、プール、体育館。
学舎とはグラウンドを挟んだ先に立っているのは寄宿舎だ。
一年は四人、二年は二人、三年は一人部屋となる。
学業のみでなく、スポーツにも力を入れており、逞しい体格の生徒が多い。
そのR校の校庭の隅、鉄棒の回りにキラキラと目を輝かせた生徒達が集まっている。
その中心に、生徒と見間違えるキリッとした童顔の新任体育教師杉山和彦が立っている。
五月人形の若武者を彷彿とさせる容姿。
キリッとした太い眉、少年のようなあどけない顔。
首から下は鍛えられた筋肉を感じさせる。
短く刈り込んだ髪も爽やかさを増している。
体操競技の有望選手として名を成した杉山。
国際大会の候補者としても目されていたが、肩の故障で選手生命を断たれてしまった。
しかし、それは世界大会を狙うには難しいレベルの故障で、人並み以上の身体能力は備えている。
その証拠にスポーツシャツの下、上半身が鎧のように鍛えられているのが伺われる。
瘤のように盛り上がった両肩。
微かに手を動かすたびに盛り上がる二の腕の筋肉。
純白のシャツの生地の下、力強く盛り上がる両胸の筋肉。
彼が今立つのは、古びた鉄棒の下。
高さを変えて3つ並ぶ鉄棒の一番高いものの下だ。
軽く身体を動かすとスムーズに飛び上がりその鉄棒にぶら下がる。
おぉっ、、、
生徒達から嘆声が漏れる。
それは、重力を無視したかのような身軽な動作に対するものか、それとも鉄棒にぶら下がることにより緩めの半袖のシャツから垣間見えたふっさりと多い繁った腋下に大人の男を感じたものか、、、
少年のような顔に似合わず自己主張をする腋毛のアンバランス。
若い青年教師は、少年達の目の色に単なる憧憬とは別の光が宿ったことには気付かず、身体をくの字に曲げると勢い良く、身体を持ち上げ、回転を決め始める。
おおお~~っ
生徒達の歓声が上がる。
すげぇ、、、
さすがだ、、、
和彦の回転が勢いを増すごとに生徒達のテンションも上がる。
久々の鉄棒の試技の喜びと同時に、生徒達の声も感じ、和彦は教師になった選択が間違えなかったと感じる。
それを、2つの場所から見ている視線。
教員室。
“全く学生気分が抜けませんな、生徒と放課後に遊ぶなんて、、、”
“いいじゃありませんか、学年主任。生徒と親睦を図るのは立派なことです。目くじらを立てるもんじゃありません、、、”
“こ、校長、私はそんな意味で言ったのではありません。彼に自覚をもってもっと良い教師になって欲しいとの思いからの言葉です”
ころっと態度を変える自分の保身第一のセコイ男。
“着任早々なのに生徒の信頼を得て、わが校も良い人材を得ました”
校長は、学年主任の言葉には反応せず、満足げに校庭の様子を見ている。
学年主任は校長の顔を伺いつつ、憎々しげな歪んだ視線を校庭の和彦に向ける。
妬みに燃える目。
自分の地位を守ることしか興味がない典型的なセコイ男。
若い体育教師を見下ろしながら、彼は思った。
あの目障りな男をどうにかしないと・・・
放課後の音楽室。
窓から校庭を見下ろす視線。
“美味そうな身体をしてるぜ、まったく、一発やりてぇな”
ピロン
軽快な音。
スマホが取り出される。
幼馴染からメールが送られてきている。
普段は連絡無精の奴からの突然のメールを不思議に思う。
進学してからはコンタクトが途切れたが、とある神社裏で、ぱったり出会いそれからたまに連絡を取っている。
メールのタイトルは・・・「僕のペットです」
?
男くささを気取る幼馴染らしくないタイトルを怪訝に思いながら開く。
っ!
驚きで目が見開かれる。
何度も画像を見直した後、震える手でスマホを操作する。
「浜ッチか?」
「・・・・・」
「なんて呼ぼうといいだろ、幼馴染なんだから。それより、何だこの画像。合成か?
悪戯にしては性質悪いぜ」
「・・・・」
「え?本物?だって、ここに素っ裸でアへ顔晒して写ってるのお前の学校で体育教師をしてるアイツだろあの、大学までサッカーの選手だった・・・」
「・・・・」
「俺、小学生の頃から憧れてたんだよ。それが、お、大股広げて、しかもおっ立てて。後ろに写ってんのお前だろ。まさか、お前一発やったのか」
「・・・・」
「そんなものじゃないだと?」
「・・・・」
「なんだって?落とした記念に撮った写真?
まじかよ、だって、こいつ、お前の学校の教師なんだろ?大体、このペットってタイトルはなんだよ。ま、まさか」
「・・・」
「お前の犬?忠犬セン公だとっ!あのイかした男がか?げっ。アイツ、男くさい顔してんのにマゾ野郎だったのか・・・?」
「・・・・」
「違うって、どういうことだ?」
「・・・・」
「ち、調教って・・・まじかよ、教師をペットに調教中だと?」
「・・・・」
「そりゃ、最初からマゾの男を苛めても、ただ喜ぶだけだからつまんないけどよ」
「・・・・」
「分かった。すぐ送ってくれ」
いったん携帯をきる。
すぐにメールが届く。
今度は動画のようだ。
カッと目が見開かれる。
素っ裸の美しい均整の取れた体。
かつて写真で何度も見、憧れたロシア人の血が混じった男らしい顔が苦しげに歪んでいる。
四つん這いだ。
しかも鎖のついた首輪をしている。
柔道場か?
鎖を引っ張られ畳の上を四つん這いのまま進んでいる。
多少ぶれながら画面は前から横、後へと移動する。
口がぽかんと開く。
尻には鞭の柄が突っ込まれ、垂れた鞭が尻尾のようだ。
再びスマホが鳴る。
急いで出る。
「・・・・」
「なんじゃこりゃ」
「・・・・・」
「けど、こんないい男を調教するなんて、しかも教師だろっ!いったいどうやったんだよ」
「・・・・」
「企業秘密だあ?ふざけんな。いいから教えろよ」
「・・・・・・・・・・」
携帯を通して語られる幼馴染の自慢話を聞きながらふと、目が試技を終え、着地した和彦に止まる。
きらきらと汗が輝いている。
厚く鍛えられているがしなやかでもある筋肉。
キリッとした眉の少年さを残す爽やかな男らしい顔。
本当にいい男だ。
「悔しかったら自分でもやってみろって?ああ、やってやるよ。こっちにもいい獲物がいるんだ。俺流にやってやるよ」
「・・・・」
「負けるつもりはねぇぜ。幼稚園の時のパン食い競争以来、俺はお前に負けたくないんだ。パンを食ったのは俺が早かったのに、ゴール前でこけなきゃ」
「・・・・」
「ああ、いいともさ。勝負だぜ、浜ッチ」
相手が嫌がる呼び方をわざとし、スマホを切る。
そして、音楽室からジッと、和彦のことを見つめる。
狩人が獲物をどう捕らえるか、作戦を練る目。
上物を確実に狩るために失敗は許されない、、、、
校庭。
試技を終えた和彦は生徒達と他愛のない会話をしている。
自分もやると鉄棒に飛び付いた生徒にコツを教えつつ、回りの生徒達とその生徒の試技を見守る。
教師になってよかった。
和彦は幸せだ。
肩の故障で選手生命を諦めなければならなくなった時、彼は生まれて始めて絶望を感じた。
自暴自棄になった。
その彼に、先輩がある人を紹介してくれた。
その人は、プロに進む道と教師に進む道で悩み、結果、教師になり、今は遣り甲斐に溢れているとキラキラした表情で語ってくれた。
そして、和彦は、教師になる道を選んだ。
その人には、感謝をしてもしたりない。
この間のメールには返事が無かった。
律儀な彼にしては珍しいことだ。
あとで、教師になって良かった、今は充実してると感謝のメールを送ろうと彼は思う。
こころから尊敬する爽やかで気さくでキラキラしたオーラをまとっていた先輩青年教師の来生純一に。
新米体育教師の顔に曇りはない。
もたろん、教員室、音楽室から二つの影が自分を見下ろしていること、そして、それぞれが彼の凛々しい容姿、人に好かれる爽やかな性格、鍛えられた見事な体躯のせいで、彼に対し歪んだ執念を持ち始めたことを知る由も無かった。
この時から、彼の受難の日々が始る。
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