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奸計~苦茶と錯誤と混乱と

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控え室の人々の視線が二人に注がれるなか、大石コーチが拓馬の横からすっと離れる。

そして…ポケットからペットボトルを出し、中身を空のグラスに注ぐ。

内容量がある割には、蓋が抵抗もなくあっさりと空いたところをみると、市販の空のボトルに別の中身を詰めたようだ。

ボトルのラベルには、見慣れないお茶の名が記されている。

マイナーなブランドだ。

口にしても味に覚えはないと思われるような…

顔を赤くした年長のOBが握手する若者二人の元にビール瓶片手に近づく。

「さぁ、二人とも、飲めっ、固めの杯だっ」

大石コーチは、さりげなく近づく。

「田中先輩、宮崎はまだ高校生です。御勘弁下さい」

田中と呼ばれたOBは残念そうな顔になり、今度は大輔の方を向く。

「昔と違って世の中もうるさくなった。君は、もう二十歳を越えているな、ささっ」

こともあろうに大瓶をそのまま差し出す。

注いだ後だから、満タンではないが、半分以上は残っている。

一瞬、大輔は迷う。

田中は、もうかなり酔っている。

彼の酒癖の悪さは有名だ。

下手に断ると騒ぎ出す。

競技前にアルコールは口にしたくない。

断ろうか…

だが、大石コーチは大輔の時には助け船を出さなかった。

ええい、これくらいっ!

競技までまだ間がある。

会場時間前まで、ウォーミングアップが出来る。

入念にストレッチをし、プールで泳げば、汗となり、小便となるだろう。

もとより、この程度で酔う大輔ではなかった。

大輔は心に決めた。

アルコールへの自信があった。

加えて目の前に拓馬が居ることも影響していた。

自覚はしていないが、年齢が下、そして、競技の上ではライバルである拓馬の前で、ヒヨったところは見せたくはなかったのだ。

「頂きます」

瓶を受け取り、口をつけラッパ飲みで、一気に飲み干す。

横で拓馬が、驚いた顔をしているのが、少し心地よかった。

大輔も、まだ若い。

後輩の若者に対する見栄があるのである。

勢いよく瓶をテーブルに置いた。

いい飲みっぷりだと、田中は喜んでいる。

大石が、茶色の液体が注がれたグラスを大輔に渡し、耳打ちをした。

「アルコール分解に良い茶だ、飲んでおけ」

そして、ペットボトルを大輔の前でちらつかせ、テーブルの上に置いた。

大輔は、そのお茶をぐっと飲む。

苦い。

だが、薬っぽいということは、効くということか…

ウコン茶のようなものだろうと大輔は考えた。

「ほう、最近はそんな便利な茶があるのか」

別のOBがボトルに手を伸ばしかけたのを、さりげなく遮る。

「まあまあ、飯塚さん…」

大石コーチが、OBに話し掛けるのを聞きつつ大輔は、ペットボトルの残りをグラスに注ぐ。

そこの方に沈殿していたらしいドロッとした部分がグラスに入るのも気にしない。

体躯会系の彼にとって、コーチの指示は絶対だ。

早目に飲んだほうがいい。

「飯塚さんのような酒豪に必要ないでしょう」

早くOBへの挨拶を切り上げ、準備を始めたかった。

水着に着替え、シャワーを浴び、汗を流したかった。

顔が微かに火照り出した。

調子に乗って一気にビールを飲みすぎた。

大輔はアルコールに効くと信じきっている茶色の液体をグッと飲み干す。

一杯目よりも苦さが増していた。

「さあ、飯塚さん、田中さん、そろそろ行かれませんと、席が埋まってしまいます」

えっ!?

大輔は自分の耳を疑った。

席が・・・埋まる…?

確かにそう言った。

だが、試合までは三時間、開場までは二時間あるはずだ。

が、OB達は、大石の言葉に控え室の扉に向かっている。

チャイムがなり、アナウンスが流れる。

…間もなく試合開始でございます。

ど、どういうことだっ

大輔の身が凍るようだった。

お、俺はこれから、準備して、ウォーミングアップをしなければならないのに…

それに、試合前のミーティングもっ!

新主将として皆を鼓舞するという大事な役目があるのにっ

大輔は目の前の光景が信じられなかった。

「余裕だよな、試合直前にビール一気するなんて…ま、試合まで少しは間があるけど、その間、新主将はプールサイドに控えてなくちゃ、いけないんだろ?驚きだぜ、俺でも真似出来ねぇ。
さすがJ大のヒーローとか言われる人はやることが違うね」

そう不遜に言い捨て拓馬も控え室を後にした。

どういうことなんだっ

一体何が起こってるんだっ

大輔は、ガクカクと膝が震え出すのを感じた。

控え室の扉を開け、大石コーチが顔を出す。

「早くっ!入場が始まるっ!さっさとユニフォーム姿になれっ!」

大輔は頭が真っ白になりそうだった。

「今日は…試合は…六時からでは…」

「ば、馬鹿やろうっ…三時からだ」

大輔の中で、パニックが度合いを増す。

「えっ?えぇっ!?」

今日は六時からだと聞いていた。

そう信じていた。

試合会場への集合は三時間前で、それまでは珍しくオフにすると…

オフのときに後輩を誘うのも悪い。

だから、俺は、近くのスポーツジムのプールで一人で軽く泳いできたのに…

大輔は、そこに巧みに仕組まれた罠が存在することなど思いもしなかった。

「とにかく、ここですぐに着替えてプールサイドへ行けっ、その姿で入場する気じゃないだろう?荷物はどうした?」

大石コーチは、大輔が一回生に荷物を預けたことを知っていて言う。

「に…荷物は控室に・・・・」

「馬鹿野郎っ、競パンくらいは穿いてるんだろうな・・・・まさか穿いてないのかっ」

こくこくと首を縦に動かす。

「何考えているんだ。新主将になったからといってたるんでるぞっ!」

大石コーチが叱責を始める。

大輔は、青ざめた顔で、直立不動である。

時間がないのだから、すぐに大輔は準備を始めるべきなのだ。

が、大石は叱責を続ける。

ここで、大輔の精神状態にさらに混乱の拍車を加掛け、その後に仕掛けられたトラップにかかり易くする為だ。

実は、この日までにも、大輔を追い落とすための罠は何度も仕掛けられていた。

が、目の前の若く俊敏な獲物は、その度に自分でも自覚しないうちにその罠をかいくぐっていた。

そして、今日に至ったのだ。

大石は、獲物を追い詰める狩人の心境だった。

今回仕掛けた罠は、自分でも酷過ぎると思う。

が、自分を辱め、かつ代々のしきたりを変えようとしている大輔をどうにかしてやりたい大石と、新主将の座に執着する高城の思惑が一致した。

高城には、新主将として大輔が紹介される前になんとしてでも、決着をつけ、大輔をヒーローの座から失墜させる必要があった。

その為に、今日の姦計を思いついたのだった。

「貴様は、今日の伝統の一戦に泥を塗ろうというのかっ!」

「も、申し訳ありませんっ」

大輔の血の気はなくなり、足が震え始めているのが分かる。

ガチャッ

扉が開いた。

高城が飛び込んできた。

邪魔者は上手く追い払った合図だ。

「藤原っ、貴様、何こんなとこでチンたらしてんだっ!お前以外、皆、入場口に整列してるぞっ!先輩たちは怒っている。相手校にも失礼だろっ」

大輔の動揺に拍車がかかる。

「俺と高城でどうにかごまかすから、お前はさっさと支度をしろっ」

大石が恩着せがましく言う。

一人で控室に向かわせるためだ。

「う…ウッス」

大輔は、焦ってOB控え室を飛び出す。

OB控え室は、客席に近い二階、選手控え室は、シャワー室や風呂の配置の関係から、地下二階…それも通常よりも深い位置にある。

焦った大輔は飛ぶように階段を駆け降りる。

そして、降りきった大輔は愕然とする。

控え室に通じるはずの廊下には、工事で使われる黄色に黒の縞がついた柵が置かれ、立ち入り禁止の張り紙がしてある。

な…な、なんでっ…

なんで、こんなものがっ

柵の向こうの廊下は、明かりが消えガランとしている。

使われている様子はない。

ど、どうしようっ…控え室の場所はっ…

大輔は、その追い詰められた状況に、叫び声を上げたくなった。

俺は、どうすればいいんだ…

頭の毛がパニックで逆立つような気分だった。

股間がキュッと上がり、小便をチビリそうな感覚が襲う。

責任感が強く、一本気な大輔には、ここで諦めることなど思いつきもしなかった。

ここで悩んでも仕方ない。

降りてきたばかりの階段を上がり始める。

地下一階の廊下の壁に剥がれかけた張り紙があることに気付いた。

そこには、矢印と共にJ大控え室とある。

あった…矢印の方に行けばいいんだ…

矢印の方を向く。

奥に男子便所の表示がある。

それを見た瞬間、股間を襲っている尿意が増した気がした。

が、今はそんな場合ではない。

控え室を探さなければ…

大輔は焦った。

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