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2巻
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しおりを挟む第00話 序章――この世界についてと第1部のあらすじ
ここは夢を見始めると来ることができる見慣れた場所で、四方八方が真っ白い霧で覆われている世界だ。僕の視線の先には床に座っている3つのシルエットがある。
目を凝らしていくと霧が晴れていき、シルエットが明確になっていく。どうやら床ではなくコタツに座っているようで、その上にはノートPC、酒、半紙、みかんが置かれていた。3つのシルエットはそれぞれの作業に没頭しているようだ。
「しかし、狂瀾怒濤な4ヶ月だったなぁ」
「狂瀾怒濤とは、ちと大袈裟ではないかのぅ?」
「何はともあれ、無事で済んだのは僥倖でした」
はじめに、2本の角を生やした、上半身裸で筋肉質の男が呟く。
それから、飛び出した口先の下に立派な顎髭を蓄え、鹿のような角を生やした、まるで東方の龍のような容姿を持つ者が、静穏な口調で続く。
最後に言葉を口にしたのは、神経質そうな顔つきをした、眼鏡をかけた痩せぎすな男だ。僕は彼らのことを筋肉さん、龍爺さん、眼鏡さんと呼んでいる。
「そもそも本来私たち魂魄は、1人に1つしか入らない制約があるはずなのに、何の手違いか1人に3つも入って、アルカード・ヴァルトシュタイン少年は、よく無事でいられるものです」
「そうじゃな、お主の言う通り、周りの話を聞いてみると、そもそも魂魄との意思疎通もできないようじゃしな。こうして3人が宿主である坊どころか、3人同士が意思疎通できるなぞ、恐らく例外中の例外じゃな」
「魔法もあるし、竜も住んでるし、龍爺さんの住んでいた世界に似てる世界だよな、ここは」
魂魄とは前世の魂だと言われていて、それにより人々は様々な戦闘武術や魔法、技能や潜在能力を得られる。その魂魄により、本人の進むべき方向が決まり、就ける職業が絞られていくのが一般的な考え方だ。
そして眼鏡さんが口にしたアルカード・ヴァルトシュタイン少年とは僕のことだ。何故か分からないけど、僕の中には魂魄が3つも入り込んでしまい、夢を見ると来ることのできる、真っ白い霧に包まれたこの世界にその3人が存在している。
この世界を通じて僕は3人から直接教えを請うことができる。また、眼鏡さんの開発した算術魔法式の〈パッシブ コミュニケーション ソウル〉によって、自分自身の世界にいながら3人の声を聴くこともできるようになったんだ。
「しかしこの世界には科学がないのが残念でなりません。恐らく、魔法の力で利便性の高い現象を引き起こせるから科学が発展しなかったのだろうと思われます。ですがこの魔法というものは存外に楽しくて、私のプログラミングの知識を生かして算術魔法式を生み出せたのは良かったです」
「あっという間に儂の持っている魔法知識を応用したのは流石じゃな。坊も、儂が教えるこの世界でも適用できる魔法と、他の誰にも使うことができないお主の算術魔法式で、様々な困難を解決したのぅ」
「俺の武術の知識も役立ったようで何よりだ。俺の鬼闘法と龍爺さんの魔力運用を合わせて、とんでもない技を使えるようになったしな」
眼鏡さんは、いつもの癖なのか眼鏡のブリッジをクイッと上げて、口元に笑みを浮かべる。3人が揃って嬉しそうにしているのは珍しい。
「少年が通っている学園は、このアインルウム同盟国の地方都市アインツにあるアインツ総合学園でしたよね」
「そうじゃな、入学には試験が必要だったのじゃが、その試験の1つで儂たち3つの魂魄の力を融合した技を放ったら、校舎と竜の住む山の一部を消し飛ばしてしまってのぅ」
「その山に住んでいる若い竜が報復にやってきたのだが、一撃で即気絶させたなぁ。それが翠嬢ちゃんで、その保護者になるなんて予想できない展開だよな」
確かに成り行きだけど、翠を一撃で撃沈させたのは申し訳なかったな……
「その壊してしまった住処を修復しようと、竜の住処に行き、素材が足りないからといって静止軌道上にある隕石を落として素材にしようとは……私も想像が及ばなかったスキルの使い方で吃驚してしまいました。そして、その隕石の素材を使って一夜にして竜の城を築いた才能には驚愕を覚えるばかりですよ」
「……あれはお前が算術魔法式の実験をしたかっただけじゃねぇか」
「んむ。儂も記憶の中から城の設計図を抜き出されたのじゃ」
筋肉さんと龍爺さんが冷たい目で睨むが、眼鏡さんはそ知らぬ顔で話し続ける。
「無事、入学が決まった後も多くのトラブルに見舞われました。貴族の男に絡まれたり、因縁をつけられたり、妨害されたりして、その決着をと1学期の期末総合実技試験で戦うことになりましたね。そこでも卑劣な妨害を受けましたが、私たち3人の力を使い見事切り抜けたのは痛快でしたよ」
3人の力がなければ僕は大変な目に遭っていたと思うけど、何とか貴族の同級生に勝つことができたんだ。
その後、クラスメイトを含めて僕たちは力不足を感じたので、自主的に武術や魔法の特訓を始めた。この後も何があるか分からないからね。
「さてと、振り返りはこんなところですか?」
「そうじゃな。この先も大変なことが起こりそうな予感がするのぅ」
「そのためには、坊主を更に鍛えて、何が起きても対応できるようにしないとな!」
「まぁ、少年には元気でいてもらわないと、私の算術魔法式が試せませんからね」
「「実験台にするんじゃない!」」
自分勝手なことを言う眼鏡さんに、2人が突っ込む。僕は笑いそうになりながら、深い眠りに落ちていくのだった。
第01話 夏休みの予定
夏休みが近付き、何故か妙にそわそわした空気を感じ始めた頃のこと。
「みんな夏休みの予定は決まってる?」
教室の中では3人の女の子が、これから訪れる夏休みについて話の花を咲かせようとしていた。
他の2人に話しかけた女の子はエストリア・フォン・ヒルデガルド。アインルウム同盟国を治める五州家の一つ、ヒルデガルド家の令嬢で、長い金色の髪をツーサイドアップに纏め上げ、その意志の強そうな瞳は青玉石色だ。その立ち居振る舞いには、貴族らしい品の良さが表れている。
「ウチはオトンと一緒に行商に行く予定や」
独特のイントネーションで答えたのは、イーリス・ウェスト。アインツ総合学園がある地方都市アインツに店を構える交易商の娘だ。赤茶色の髪を肩口で三つ編みにして、琥珀色の好奇心旺盛そうな大きな瞳が特徴の女の子だ。
「わ、私も家の手伝いをしながら、魔法の練習……かな」
少し遅れてから答えたのが、キーナ・ストラバーグ。アインルウム同盟国の報道面で大きな影響力を持つストラバーグ出版社の娘なのだが、薄茶色の髪を目元まで伸ばして、自信なさげに両目を隠している。顔を俯かせながら、時折2人の顔色をうかがうように上げる視線の奥には、少し垂れた大きめの青色黄玉色の瞳が見える。
「そっか、イーリスもキーナも予定入っているわよね……」
2人の予定を聞いたエストリアは、少し落胆した口調になる。
「どうしたん?」
「えっと、お父様がクラスのみんなを家に招待したいって」
「ホンマに? 行く行く、そんなん行くって。リアはんの家ゆうたら、避暑地の豪勢な家やんか。そら行かへん理由は在らへんなぁ」
「え? でもお父さんと行商って」
「時期をずらせばえぇやん。ちなみにいつ予定しとるん?」
「えっと、夏休みの後半2週間の旅程を考えているんだけど」
「OK、OK。じゃあオトンには前半だけにしてもらうよう言うとくわ」
少し肩を落としたエストリアだったが、その内容にイーリスが食い付き、話が進んでいく。ちなみにリアというのは、エストリアの愛称のようだ。
「キーナはんも来れるん?」
「は、はい。家の手伝いは、ひ、必須ではないので」
「じゃあ決まりやね。美味しい食べもんを用意すれば翠はんも絶対参加するやろうから、女子は全員参加やね」
「あ、ありがとう。イーリス」
エストリアは肩の荷が下りたのか、少しほっとした表情を浮かべながらお礼を言う。
「問題は男子の方よね……」
「普通に誘えばええだけやろ?」
「その普通にが難しいのっ‼」
「あー、貴族の女子が家に異性を呼ぶのはちょっとアレやもんなぁ」
「う、うぅ……」
少し涙目になるエストリア。
「ちゅーか、そもそも男子まで何でお呼ばれしとん?」
「入学試験の日に、私の弟のヘンリーをアルカード君が救ってくれてたんだけど、それを恩にも着せないし偉ぶりもしないもんだから、お父様が凄く気に入ってしまって……」
「それ、言い出せへんだけやったんとちゃう?」
「うん。そうかもしれないんだけど、それだけじゃなくて、外出した時にお店でギリアムと問題起こしたじゃない?」
「あぁ、あったなぁ。アルはんはすぐトラブル起こしよって……」
「もともとあの店の雰囲気は良いし、質の良い料理を安価で出していることもあって、人気店だったの。そこに目を付けたヨルムガルドの貴族たちがツケで食事して、支払いを踏み倒していたり、店の中で問題を起こしたりして、他のお客様の足が遠くなって、経営が厳しかったみたい。だけど、あの一件以来貴族が立ち寄らなくなって……」
「普通のお客さんで連日賑わって、商売繁盛っちゅう訳やな」
「そうなのよ。その店にお父様が出資していて、そろそろ赤字が込みすぎて閉店を考えていたところ、一気に黒字化……お父様がアルカード君を更に気に入っちゃった訳」
アルカードたちが外出した時に、昼食を摂るために入った店で、ヨルムガルド家の分家にあたるヨルムガリア家のギリアムが絡んできた一件があった。
あろうことか町中で中級火属性魔法の豪炎の魔法を使おうとして、たまたま町に来ていたエレン学園長に止められ、その場は穏便に済ませたのだが、2人の拗れた関係はどんどん悪化し、1学期末実技試験にて決闘のような形を取るまでに発展したのだ。
ちなみにヒルデガルド家とヨルムガルド家は共に五州家の一つだが、政治的な問題で対立している。
「そら、感謝の1つも言いたくなる訳やね」
「で、ですね……」
「ということで、男子に話を切り出す時は助けてね」
エストリアがそう締め括ると、3人は鞄を手に取り教室を後にするのだった。
†
1学期も残すところあと数日。そんなある日の帰り際、授業が終わり、僕を含むみんなが教室から出ようとすると、エストリアさんが、意を決したようにクラスみんなに声を掛ける。
「あ、あのっ! な、夏休みなんだけど、わ、私の家に遊びに来ないかしらっ⁉」
「……」
突然の声掛けに、クラスメイト8人の反応が固まる。
「こ、高原だから涼しいしっ! 湖とか森もあるから楽しめると思うわっ!」
シンとした空気に耐え切れず続けて発言するエストリアさん。
「えぇやん! 高原の避暑地でバカンスやなんて、お貴族様みたいやな」
「で、ですね……」
イーリスさんがそれに乗っかり、小さな声だけどキーナさんもそれに同意する。
「確かに、ヒルデガルド州は高原地帯にあるし、夏には最適な避暑地として知られているな」
「そ、そう。だから、クラスのみんなとこれを機にもっと親睦を深めたい……かな?」
青みを帯びた銀色の波打つ長めの髪を首の後ろで括り、深い紫水晶色で理知的な瞳のカイゼルが即座に答える。
そして、それに乗っかって、僕に視線を送ってくるエストリアさん。
僕と翠の夏休みの予定といったら、翠のご両親への報告と、実家に少し寄るくらいしかないから、翠が行くのは大丈夫だと思うんだけど、迷惑になるんじゃないかなぁ……
「湖の魚とか森や山の幸もあるし……」
「魚! 肉もあるのかっ⁉」
「えぇ、鹿とか兎とか豊富にいるわ」
「アル! 肉! 肉を食べに行くのだっ‼」
翠が綺麗な翠色のサイドポニーテールを弾ませつつ、薄い翠色の瞳をキラキラさせながら僕を見る。別に肉だけならどこでも食べられる気がするんだけど……
「翠ちゃんが来てくれるならいっぱい用意しないとね」
「いっぱい……肉がいっぱい……アル‼ リアの家に行くのだっ‼」
口の端から涎を垂らしながら、翠が僕のブレザーをグイグイと引っ張る。
「でも、翠。両親へ報告に行かなきゃダメでしょ?」
「うぅむ……父様と母様……ちゃんと報告しないと怖いのだ……」
「私も準備とか色々あるから、2週間後くらいの出発だと都合が良いのだけど、それまでに学園に戻ってきてくれれば間に合うと思うわ」
「……(ジー)」
エストリアさんの提案を受けて、翠が上目使いに僕を見上げる。
「はぁ、分かったよ。2週間もあれば報告できると思う」
「ホントか⁉ アル! ありがとうなのだっ‼」
「でも翠をずっと任せる訳にもいかないんだけどなぁ……」
「え、えっと……アルカード君も一緒に」
「僕? 僕も行っていいの?」
「も、もちろん! クラスのみんなに来てもらえたら嬉しいわ」
どうやら、翠とかの女の子だけが対象ではなかったらしい。
「ということは、私たちもお邪魔しても良いということかな?」
「えぇ、カイゼル。お父様からは『学校でお世話になっているクラスメイトを連れてくるように』って言われているのよ。カイゼルたちにも色々お世話になっているし、是非来てもらいたいわ」
「なるほど、分かった。2週間後なら……大丈夫だな。ウォルト共々お邪魔させてもらおう」
「俺のことを勝手にお前が決めるな……まぁ、2週間後であれば断る理由はないが」
カイゼルがエストリアさんに確認すると、全員来ても大丈夫とのこと。そして短く刈り込んだ明るい灰色の髪に、鋭い黒瑪瑙の瞳を持つウォルトが、予定を勝手に決めるカイゼルに釘を刺す。
「オレもいいのか? 実家にいても手伝いさせられるばっかりだからさ」
「勿論よ、オスロー! キーナとイーリスもね」
「は、はい! 是非」
「ウチも前半は実家の手伝いをせなあかんけど、後半ならええで」
続けて学園でできた最初の友達かつ、寮でも相部屋のオスローが、逆毛にした茶褐色の頭を掻きながら確認する。
ちょっと時間が空いてしまうけど、夏休みの後半ならみんな参加できるみたいだ。
「ホント⁉ 良かったぁー。じゃあお父様に連絡して、宿や移動手段はこちらで用意しておくわね。学園に集合して、行きが5日、滞在3日、帰り5日の13日間になるかな」
エストリアさんは安堵の溜息を吐きながら、予定している行程を教えてくれる。
「2週間ほどの行程か。私は問題ない……皆も問題ないようだね」
カイゼルが同意しながら、みんなを見渡して、問題ないかを確認する。
ちなみに寮は夏休みも閉鎖されることはないので、滞在していれば食事も用意される。ただし予め予定を告げておく必要があるけど。
「夏といっても涼しいから、上に羽織るものと、森に行くなら長ズボンも必要よ。あと湖がとても綺麗で水遊びに適しているから、水着も用意した方がいいわね」
「水遊びするのか? 楽しみなのだ‼ あ、でも翠は水着っていうの持ってないのだ……」
「せやったら、買い出しも行こか? どうせやったら女性陣は新調しといたら、どないや?」
イーリスさんの提案に、キーナさん、エストリアさんが頷く。
「は、はい……」
「いいわね。新作も出てるかもしれないし、翠ちゃんのを選ぶついでに見てみましょう」
「いいのか? やったのだっ‼」
翠がしょんぼりしたのを見て、女の子たちで改めて水着を買い出しに行く流れになる。みんなと買い出しに行くことになり、翠のテンションが上がる。
「森かぁ……狩りとかしてみてぇな。せっかく色々訓練したんだし」
「いいんじゃないか? 狩猟は色々なスキルや経験が必要だからいい訓練になる」
何気ないオスローの呟きに、ウォルトが同意する。
「じゃあ、弓と矢の準備が必要だね。あと危険があるかもしれないから革鎧なんかも必要かもしれないね」
「あー、エストリア。森って危険な獣が出るのか?」
僕が武具の用意を提案すると、オスローがエストリアさんに問いかける。
「あまり聞かないけど、たまに熊とか狼とかが出ることもあるらしいわ」
「なるほど。じゃあ、アルの提案通りに革鎧くらいは必要そうだな。学校の防具はともかく武器は刃引きされてるし持っていけないから、別途用意する必要があるか。武器って高いんだよな……」
確かに武器を揃えるとなるとかなりのお金が必要になりそうだ。というか、今気付いたけどオスローはエストリアさんのことを呼び捨てなんだね。
『素材は豊富に埋まっているから自分で作れば良いのでは?』
『んだな。武具の作り方なら教えられるな』
『魔法を活用すれば、手早く作ることも可能じゃろうて』
お金の工面のことを考えていたら、魂魄の3人が自作することを提案してくる。翠や僕の両親への報告は、1週間以内に済ませられると思うから、残り1週間あれば用意できるのかな?
『普通だったら難しいな。採掘、精錬、鍛錬、造込み、素延べ、打ち出し、火造り、焼き入れ、鍛冶押、茎仕立て、柄造り、鞘造りとやっていかなきゃいけないからな』
『まだ時間もあるので、筋肉バカと龍爺に聞きながら、簡素化する方法を考えますよ』
『おい、こら! 筋肉バカって誰のことだ?』
相変わらず眼鏡さんと筋肉さんがやり合っているのを、頭の隅っこに押しやりながらも、多分何とかしてくれるんだろうと楽観する。
「武器を購入する件はちょっと待っててくれるかな。何とかできないか考えてみる」
「何とかできないかって……アルカード君、貴方また……?」
「え、いや、その……」
「まぁいいわ。私なんかは家から持ってきたものがあるから良いけど、問題はアルカード君とオスローとイーリスくらいじゃないの?」
「そうだな。俺とカイゼルの武器は、身を守るために既に持ってきてあるから不要だ」
エストリアさんとカイゼル、ウォルトは手持ちの武器があるので不要らしい。キーナさんは肉弾戦をするタイプではないし、狩りにも同行しないだろうから不要だろう。
「そうすると必要なのは、僕の小剣、オスローの斧槍、イーリスさんの弩の矢、あと狩猟するなら狩猟弓が必要ってことだね」
「だな。何とかしてくれるなら頼む」
「ウチもいるかどうか分からへんけど、できるんやったら念のためによろしゅう」
僕が確認すると、オスローとイーリスさんが答える。
「武器を買っても、微調整する必要があるから、1週間は余裕を見た方がいいわよ」
「となると、実家に帰りながら考えて、ダメだったらアインツに戻り次第購入かな」
「まぁ、最悪は木の棒かなんかで」
「そんなので戦える訳ないでしょ!」
オスローの軽口を、ピシャリとシャットアウトするエストリアさん。
「では2週間の間に、各自の用事を済ませながら、バカンスの準備を整えていく感じになるようだね。ウォルト、私たちの用事も早急に終わらせないとだね」
「お前が、いつものようにグダグダしなければ余裕で終わる想定だ」
「おぉっと、こいつは手厳しいね!」
カイゼルが纏めてくれたが、その軽口にウォルトが突っ込む。
2人のやり取りを見て、みんなが笑いながら、夏休みの予定が決まっていくのだった。
第02話 竜の城への帰省
1週間後には学園に帰ってくるが、僕と翠はお互いの実家に帰省するので、荷物を纏め始める。
すると、眼鏡さんが話しかけてきた。
『そうだ少年。出かけるなら保管庫の〈有効化〉をしておいた方が良いですよ』
「保管庫? 〈有効化〉?」
『えぇ、荷物を置いておくところを明確にして〈有効化〉することで、容易に物質の取り出しが可能になるんです』
「へぇ……便利そうだね」
『ですね。術式としては、指定した空間と自分の空間を繋いで物を出し入れするだけなので、消費魔力が少なくて便利な魔法です』
「なるほど」
『とりあえずは訓練施設の武具置き場と倉庫に〈魔法陣付与〉し〈有効化〉しましょう』
〈魔法陣付与〉は学園の防御結界の核となる水晶球を作る時に使った魔法で、僕の頭の中でイメージした魔法陣を物質に付与する算術魔法式だ。
〈有効化〉は、作られた魔法陣に魔力を注ぎ込み、自分用に魔法陣を作動させる算術魔法式のようだ。
眼鏡さんの提案通りに、僕はさっそく訓練施設に行き、男子と女子の更衣室と、何も置いていない広めの倉庫に〈魔法陣付与〉で魔法陣を埋め込み、〈有効化〉で自分が使用できるようにする。
その後自室に戻ってから、男子更衣室にある僕の小剣を使って、〈物質転送〉と〈物質転受〉ができることを確認した。
1学期が終わり夏休み初日になると、カイゼル、ウォルト、イーリスさんは、事前に用意を済ませておいたらしく、朝一で寮を出て行った。最後までグダグダしているのはオスローで、できるだけ実家に帰るのを先延ばしにしているようだ。
「戸締まりよろしくね」
「あー、はいはい。やっとくやっとく」
翠と約束していた時刻が近付いてきたので、僕はオスローに声を掛けて部屋を出ようとすると、投げやりな対応をされた。
「帰りたくないからって、そういう態度は良くないんじゃないかなぁ」
「だってさぁ……帰ったら早起きしてずっと家の手伝いだぜ。そんなんだったら学園で基礎訓練してた方がよっぽどいいぜ」
「僕も実家で手伝いをしてたから似たようなものだけどさ、パンを焼く技術がどこかで役に立つこともあると思うよ」
「あるかぁ? そんなの」
「覚えておいて損をするってことはないと思うけどな」
「そんなもんかねぇ……まぁ、確かにいい態度ではなかったな。悪かったな、アル」
納得はしていなかったが、僕に謝るとニッといつもの笑みを浮かべる。
「アルー! 早く行くのだー」
僕がもたもたしていると1階から翠の声が響く。扉を開けているとはいえ、こっちの部屋は2階にあるのによく通る声だ。僕が荷袋を持ち上げて右肩に掛けると、空いている左肩に従魔の跳びネズミ、グランが乗ってくる。
1階のロビーに降りていくと、翠とエストリアさんが待っていた。寮の扉付近には寮母のグレイスさんも待機していて、帰省する僕たちを見送ってくれるようだ。
「この時間から帰るの?」
「あ、うん。翠のお父さんが迎えに来る予定で、町外れで待ち合わせしているから」
「ふーん、そう……」
エストリアさんが、夜になってから出て行く僕たちに、疑問を投げかけてきたので、咄嗟に理由を作って誤魔化す。エストリアさんは、ちょっと訝し気な顔をしたが納得してくれたらしい。
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