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 清々しい朝、洗濯物を終えたコハルに、熊のクウさんが謎の瓶を咥えてやって来た。なぜ瓶?何処から持って来た?幾つもの疑問を抱きながらその瓶を受け取り、いつも通り差し入れをくれたクウさんの頬に口付けをする。
瓶の中身はカラフルで可愛らしい飴玉のようだ。

 おおー久々の飴だ!・・・飴だよね?
 口にしていないから確かに飴だとは言えない。何故にクウさんはこれを?もしかして人様の物を勝手に持って来てしまったのか?

「クウさん、これどうしたの?誰かのを勝手に持ってきちゃったの?だとしたら貰えないから返してきて?」

 クウさんは顔を横に高速で振り否定した。では何処から持って来たのかと聞いても答えてくれない。喋れないからね。

 ・・・せっかくだし、神様からのお恵みだと思い有難く頂こう。イケメンズにも食べさせて共犯にしようかな。

 家の中に入り、瓶から飴を一つ取り出した。果たして本当に飴なのだろうか。賞味期限大丈夫かな?毒が入っていたりしないかな。

 ・・・・・・ガリッ、ボリッ

 恐かったので一つの飴玉を半分だけ歯で砕いて舐めた。

 美味しー。苺味がする。飴だ。間違いなく飴だ。

 コロコロ、コロコロ、口の中で美味しい飴を味わう。舐め終わると頭と腰が熱くなった。じんわりとじゃなく、急激に熱が上昇した様だ。

 やばい!もしかしたら毒だったかもしれない。

 吐き出そうと慌てて口に指を入れようとしたら、テーブルに置いていた飴瓶が何かにぶつかって落ちた。自分の手と足は触れていないのに、確かに自分のナニかが瓶に触れたのだ。振り返ると、着用している服がこんもりと膨らんでいた。

 急いで二階に上がり、姿鏡に映る自分を見て驚愕する。頭から黒い猫耳が生えていた。ピクッピクと動いている。服を脱ぐと、仙骨尾骨部あたりから尻尾が生えていた。これが服の膨らみの原因だ。

 ・・・にゃぜ!?

 混乱しているが、下着姿のままだと風邪をひくと思い、とりあえずボロボロの白いワンピースに一箇所穴を開けた。その服を着て、尻尾をその穴に通す。上手い具合に尻尾の位置に穴を開けることが出来たみたいだ。再び鏡を見ると、猫娘のコスプレをしたコハルが映る。実際に生えているのでコスプレと言えるかどうかは謎だ。

 コスプレはやってみたいとずっと思っていたけど、やる勇気がなかった。こうして見ると、中々な出来じゃないかと自画自賛。思わず猫のポーズをしてみたり。てへ。 

 もしかしてあの飴を丸々一つ舐めたら、まんま猫の姿になるのでは?

 リビングに戻り半分に噛み砕いた飴を探す。キッチンに置いたはずなのにどこだろう?

「こんにちはコハル、開けますよ?」

 ノックの音と共にウォルトの声が聞こえて全身で驚く。慌ててキッチンに掛けてある手拭き用のタオルを頭にかぶった。キッチンの中に居るため、あちら側からはコハルの下半身は見えない。つまり尻尾は見えないだろう。

「ウォルト君こ、こんにちは!」
「・・・・・・」

 いつものワンピースではなく露出用(?)の服を着て、タオルを頭に乗せて両手でそれを押さえている姿はさぞ怪しいだろう。何かあったか聞いてくださいとアピールしているかの様にも見える。ウォルトは疑念を抱いている目で見ているが。

 コハルは今日の監視役がウォルトで良かったと心から思った。彼は常に一定の距離を保つ為近づいて来ない。今日はこのまま会話だけすれば、人に見られるには恥ずかしいこの姿を見られることは無いだろう。

 コハルはウォルトに飲み物を伺い、要望のハーブティーを作る。その過程もキッチン内でしゃがみながら作っているので、ウォルトにはかなり怪しく見える。コハルは話題をふる作戦にでた。

「そ、そう言えばウォルト君は普段だと自分の事はなんて呼んでるの?俺?僕?」
「俺ですけど・・・」
「そうなんだ!皆俺なんだね」
「・・・・・・」

 ウォルトはコハルに気付かれないようキッチン内を覗いた。床で作業をしているコハルのお尻から黒くて長い尻尾を見つけ驚愕する。

「し、尻尾!?」

 ウォルトの声で体が反応し、ギギギッと錆びたネジを回す様にゆっくりと振り向く。するとタイミング悪く、頭に載せていたタオルも床に落ちてしまった。

「み、耳!?コハルは人間じゃなかったんですか!?」

 驚きのあまり普段だと絶対にありえない位の近距離にいるウォルト。コハルは「えへ」と首を傾げて笑って誤魔化そうとするが、無駄な足掻きだ。
 
 何があったか一から説明を追究された。「ちゃんと説明して下さい」と笑顔が笑顔じゃない彼を、初めて怖いと思った。

 例の瓶はテーブルに置かれ、椅子の横にウォルトとコハルは向かい合って立っている。ウォルトはまじまじと猫姿のコハルを見続ける。

「・・・あの、ウォルト君近くないですか?怖くない?」
「え?ああ、そういえば全く嫌悪感がありません!動物が好きなんで、それででしょうか。言われるまでこの距離でいる事に気づきませんでした」

 腕を伸ばせば届いてしまう距離だ。ロイド達と比べるとやはり若いが、二人きりでこの距離だと、高身長で体つきのいい彼を男だと改めて認識してしまう。袖を捲っているため、そこから出ている太くて逞しい腕と、浮き出ている筋がかっこいい。

 理性を保つ為、コハルはゆっくりとウォルトから離れようと後ろに下がる。その動きにウォルトは眉を寄せた。

「・・・あの、その耳に触ってみてもいいですか?」
「え!?ウォルト君が?」

 女性恐怖症の彼が自ら触れてみたいと言うなんて信じられないと驚いた。
 本当に大丈夫か、無理はしてないかと声をかけながら元の位置に戻ったコハルを見て彼は笑顔になる。

「リハビリだと思って触らせてくれたら、その、嬉しいです」
「全然大丈夫ですよ!一歩前進だね」

 先生としてその成長を無下にするものかとコハルは自らを差し出す。ウォルトの成長が嬉しいのか、尻尾がピンと上を向いている。ウォルトは恐怖心からか、すごくゆっくりと自身の手をコハルの頭に乗せた。そのまま黒い猫耳をそっと撫でる。おずおずと触れていたが、触り心地が良かったのか今は両手で触っている。

 心地よくツボを押されている感覚に、コハルの顔は無自覚にうっとりと蕩ける。
 今なら猫が顔を撫でられて気持ちよさそうな顔をする気持ちが分かる。

「尻尾も触ってみていいですか?」
「はい。どうぞー」

 ッーー!?

 気持ち良さにうっとりしたまま尻尾を差し出した。ウォルトが尻尾に触った瞬間、言い様のない快楽が全身にはしり、声が出そうになった口を手で押さえた。

 自分で触った時は何ともなかったのにどうして!?

 例えるなら陰核を包む皮を上から優しく刺激される様な、甘く、痺れるような刺激が腰あたりから広がる。

「ねもとは結構硬いんですね。先にいくほど柔らかい」
「・ぁ・・んっ・・」

 まずい、これはまずい、ウォルト君に変態だと思われたくない!

 顔を赤らめながらもついには両手で口元を押さえ、声を殺す事に専念するが、体は時折ふるりと震えてしまう。

 やがて満足したウォルトは手を離し、礼を言う為コハルの顔を見て喉を鳴らす。快楽を堪えているこの表情を、ウォルトは知っていた。それは幼少期に与えられた、女性恐怖症となった原因だ。もしかしたら尻尾は性感帯だったのかもしれないと感ずく。

 なんという事だ、コハルはずっと我慢していたのか。さぞ嫌だっただろう。

 そう思いつつも、コハルの誘う様な表情に、あの頃の快楽を覚えている身体は下腹部に熱が集中してしまう。

「も、申し訳ありません!嫌がっていたのに気づかなくて」

 慌てて距離をとった。青ざめるウォルトにコハルは不安を無くすように笑ってみせる。

「ウォルト君に触られて嫌なことなんてないですよ。だから安心して下さい。それに触る事が出来たんだし快挙ですよ。よく頑張ったね」

 小さな拳を両手でつくり、顔の前でガッツポーズをする。先程の行為で浅い呼吸をしているコハル。それでも此方を気にかけてくれるコハル
を、大切にしたいと思った。

 コハルの手を自身の両手で包み込む。耳や尻尾といった動物的でない女の肌に触れた。コハルは驚いて手を離そうとするが、離れないようにしっかりと握る。感覚を確かめるようにゆっくりと指で彼女の手を撫で続けた。

 小さい手だ。すべすべで、でこぼこしていなくて、少し冷たい。こうして握っていたら温かくなるかな。

「う、ウォルト君!ちよっとこれは・・・恥ずかしいな」

 困り笑顔のコハルを見てウォルトは我に返り手を離した。慌てて謝罪をし、頭を下げる。気にしないでといつもの笑顔を向けるコハル。ウォルトは拒絶されていない事に安堵のため息を小さく吐いた。

「あ!耳と尻尾が消えてます」
「え?本当だ!」

 いつの間にか耳と尻尾が無くなっていた。時間が経てば戻るのか。戻らないかと心配していたから良かった。

「・・・この事は団長達に話すのですか?」
「んー多分言わないですね。恥ずかしいから人が来る日はやめておこうかな」

 また彼等が遠征に行った時にでも色々と試そう。

「だからこれは二人だけの秘密にして下さい」

 人差し指を立てて唇に運ぶ。ウォルトはきょとん顔で何度も「二人だけの秘密」と口ずさんでいた。彼が秘密を守る人だと信じたい。



***


 第一騎士団寮 食堂 夕食時

 ウォルト自身は気づいていないが、彼はずっとニコニコしている。配膳を受け取る時も、食べている時も。何かあったかと周りに言われても、何もないと言う。絶対何か良いことがあったとしか言えない顔をしているのに。

「・・・はぁ、猫耳姿のコハル可愛いかったなあ」
「猫耳姿とはどういう事だ」
「ーー!!?」

 本当にに小さく呟いてしまった言葉は、いつの間にか同じテーブルに座って食事をしていたロイドとルイスに聞かれていた。しまったと青ざめ、言いたくないと涙目で首を横に振るウォルト。だが上司に問い詰められれば言わざるを得ない。全てを話したウォルトはテーブルに額をつけて落胆している。

 二人だけの秘密だったのに・・・。

「明日午後からなら問題ないか?」
「巡視として短時間であれば大丈夫かと」

 結局翌日三人でコハルに会いに行くとこになった。
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