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 王宮第一騎士団副団長ルイス・シャガルの回想


***

 コハルと初めて会った日。彼女の第一印象は、身元不明の怪しい警戒すべき女性だった。神獣と共に過ごしていることから、人間ですら疑った。

 ロイド様とウォルトは彼女をあまり警戒していない様だ。万が一を考え自分だけは緊急時に備える為、常に鞘に手を近づけている。だがそれも、直ぐに解除することとなる。

 コハルの自宅にて、背の低い彼女は高い位置にある棚から物を取ろうとしたのだろうが、その取り方が猿の様に野生じみていた。彼女は頼るという事を知らないのだろうか。

 今まで近づいて来た女性は、ほんの些細な事で話しかけてきて、物事をお願いされてきた。女性が態とらしく目の前でハンカチを落とし、拾い渡すとその口実に少し時間を取られてしまう事も多々ある。騎士として紳士に振る舞おうとそのお願い事をこなしてきたが、正直疲れる事が殆どだった。

 目の前にいる女性はなぜ、高い位置の物を取る事に自身より身長のある男に頼らないのだろう。身体を持ち上げたコハルの背後にはシンク等色々と物があり、不意に落ちてしまったら怪我をしてしまう。

 危ないので下ろそうと彼女の腰に手を当て抱えると、予想以上に軽くて、柔らかくて驚いた。

 このご時世に彼女は独りで生活をしていると言った。見た目は十代後半から二十代前半位に見えるが、年頃の女性が一人の夫も居ないなんて有り得ないはずだ。

 何を隠しているんだ。彼女の事が気になる。

 王都へ帰る間も彼女の事が頭から離れなかった。特に、ロイド様の手当をしている最中に見てしまった、顔を傾げ団長を見る彼女の姿が。


***


 翌日から神獣とコハルの監視が始まった。再び三人で行く事となり、準備をする。昨日の彼女
の姿を思い出した。まさかとは思うが今日もあの様に露出した格好をしているのではないだろうか。

 そんな事はないと思ったが、備えは必要だ。自分のシャツを畳み、鞄に入れる。ズボンに手をかけたが、これは必要無いだろう。彼女の腰は細すぎる。穿かせたところで、ずり落ちてしまう場面が目に浮かぶ。



 案の定のコハルの格好にため息が出る。女性としてどうなのだ。腕も出ているため、昨日よりも肌を露出している。

 彼女の下着姿を見てしまった。目を逸らさなくてはと思っているのに、自分とは全く違う体つき、曲線美にくぎ付けになってしまう。

 我に返り、鞄に入れていたシャツを渡した。自分のシャツを着たコハルの姿に高揚感が高まる。まるで彼女が、俺の女になった気がした。

 追い打ちをかけるように「いい匂い」と言われ、顔に熱が集中しそうになるのを必死で抑える。何事にも動揺せず、相手を優位に立たせない為に。彼女は謎が多いから、まだ警戒しなくては。


***

 あれから数日コハルと共に過し、警戒すべき対象ではないと判断した。怪しい行動は一切なく、家とその周辺だけで生活をしているのは些かに窮屈だと思う。

 彼女の食生活が異常な事に気がついた。普段の食生活を問うと、木の実や果物しか食べていないと言うので心配になる。

 差し入れをし始めたら、遠慮されるものの、最終的に美味しそうに食事をするコハルが微笑ましい。彼女が淹れる珈琲は絶品だ。喜ぶ顔が嬉しくて、毎回監視の日には何を持って行こうか、彼女が喜びそうな物を選ぶ事が楽しくなっている。

 監視時間は、当初は長くて二時間程度と受諾したが、今では居心地が良くて書類仕事等を持ち込んで彼女の家で仕事をさせてもらっている。長居は迷惑かと不安に思い、問うたが問題ないと言って貰えてほっとした。どうやらロイド様とウォルトは数日前から半日も一緒に過ごしていると言う。杞憂だったようだ。もっと早く言っておけばよかった。

 あのウォルトが女性と二人きりで半日も共に過ごすなんて、余程神獣が好きなのか。それとも・・・。

 突然の遠征があり、二日程監視が出来なくなった。彼女の生活が気になる。ちゃんとご飯を食べているのだろうか。肌を露出させ、身体を冷やしていないだろうか。連絡も無しに出てしまったが、コハルも自分達を気にしたりするのだろうか。


***


 遠征が終わりコハルのもとへ向かうと、こちらの姿を見て笑顔で手を振っている。待ち焦がれていたと錯覚させられる。

 あの様に帰りを待ってくれる人が居るのは、嬉しいな。

 突然、雨が降り出した。ずぶ濡れになり着衣が身体にへばりついて気持ちが悪い。この姿のまま家の中へ入って良いのか、玄関の外で考えているとタオルを持ったコハルが出迎えてくれた。背伸びをして頭を拭いてくれる行為が嬉しくて、少し照れくさい。
 
 湯浴みの提案をされ、着替えが無いのにどうした事かと悩んだが、以前渡したシャツがあると言われたのでコハルお勧めのロテンブロに入る。早く身体をさっぱりさせたいのもあった。ロテンブロは普段の湯浴みとは格別に極上だった。体の疲れが取れ、芯から温まるようだ。ただ、雨の音が煩い。激しい雨で地面が強く打たれている。泥が湯の中に入らないか心配になった。

 タオルは二枚用意されていた。一枚は身体を拭くのに使い、シャツを羽織り、もう一枚は見せてはいけない下腹部に巻いた。自分の姿を見て、手で顔を覆い隠し落胆する。なんという無様な姿だ。シャツがあるから大丈夫だと思った数分前の自分を叱責したい。コハルが男用のズボン等を持っている筈がないのに。・・・持っていたら持っていたで不快だが。

 俺を見てコハルが笑いを堪えている。笑わないでほしいのと、恥じらいと、少しの悔しさから彼女の頬を軽く抓む。もちもちしていて、肌触りが気持ちいい。

 コハルが珈琲を淹れてくれた。香りが良い。コクと深みを味わう。沈黙は気まづくはない。だが、来なかった二日間の事をいつ聞かれのるかそわそわしている自分がいる。

 我慢出来ずに聞いてしまった。

「・・・聞いたところで、ねえ?」

 心臓が握り締められる感覚に襲われる。『関係ないでしょ』と言われた気がした。そんな言葉が欲しかったわけじゃない。関心が無いのか・・・。

 湯浴みからあがったコハルに泊まることを告げた。俺に興味がないのなら、距離を埋める為に少しでも長い間、傍にいようと決めた。でも断られると思っていた。未婚の女性が男を泊めていいはずがない。だけど、いつもコハルは予想の斜め上をいく。襲わないからベッドで共に寝ようと言われた。普通なら俺が襲う側では?面白かった。

 くずした話し方で良いと言われた。二人きりの時はそうしよう。・・・なんだか、話し方一つで距離が縮んだ気がする。

 ベッドへ入ると壁側へ押しやられてしまった。コハルが寝たら移動しようと思っていたのに、お見通しのようだ。彼女との距離が近くて、妙な気を起こさないよう顔を逸らす。

 そういえば以前、ウォルトがコハルに婚約者がいた事を言ってしまったと、報告されたことがある。それを聞いて彼女はどう思ったのだろう。自分が犯してしまった誤ちを知ったら、拒絶するだろうか。そんな男かと罵るだろうか。誰にも言えなかった気持ちを、コハルになら聞いてほしい。受け入れられようが、られまいが、どちらに転んでもいいと思い全てを話した。


 〝忘れなくていい〟 〝思い出として〟

 コハルの言葉一つ一つが、繰り返し頭に響く。すとん、と欠けた想いがはめ込まれたみたいに気分が楽になった。自分とは違う、そういう考えもあるのだな。彼女を見ると、真っ直ぐこちらを見る瞳は優しかった。見られて心地良いだなんて初めてだ。

 暫く時間が過ぎ、コハルを横目で見ると眠っていた。俺は・・・眠れそうにない。瞼は閉じるが、このまま朝を迎えるだろうな。

 コハルが動く気配がしたが、寝たふりをする自分の前髪に彼女が触れ、幸せになってほしいと言ってくれた。俺も、彼女には幸せになってほしい。

 離れていくコハル。水でも飲んで直ぐに戻って来るのかと思っていたが、玄関の扉が開く音が聞こえ起き上がる。こんな夜更けに何処へ行くつもりだ。窓から外を見ると、身体に光を纏わせた神獣と共にいた。その姿はまるで妖精の様で、神秘的だ。先程まで傍に居たのに、すごく遠い存在のようだ。


~♪~♪♪~~


  瞠目して身体の動きが止まる。前回とは全く違う音色だが、例の音楽が聴こえた。そして、歌っているのは彼女だった。おかしい。楽器等は何も無いのに多種の音で奏でられている様に聴こえる。コハルは本当に人間ではなく、妖精なのかもしれないと本気で思い始めた。

 いなくなってしまった恋人を想う切ない言葉が胸にささる。聴き入ってしまった。良い声で、良い曲だ。

 コハルが家の中へ入ろうとしているので、慌ててベッドへ戻り、再び寝たふりをした。何事も無かったかの様にコハルが隣で横になる。暫く時間が過ぎ、彼女を見ると、こちらに背を向けて寝ている様だ。そこにコハルがいて安心する。妖精だったら、いつか突然消えてしまうのかもしれない。


***


 「ッーー!?」

 いつの間にか寝てしまったようで、起きて驚いた。背を向けて寝ているコハルを抱き締めていたらしい。壁側で寝ていた筈なのに、コハルが落ちそうな程ギリギリまで詰め寄り、抱き締めている。どうしてこんな事を、騎士として、人としてやってはいけない事だ。

 起こさないようにゆっくりと身体を離し、ため息を吐く。シャツがシワシワだ。前を留めていなかったせいで皺が多く、着ていてもあまり意味がないと思い、脱いで畳み、ヘッドボードへ置いた。

 あと少しだけ寝よう。中途半端に寝たせいで寝不足だ。極限まで壁側に寄り瞼を閉じる。

 すると、コハルが寝惚けて近づいて来た。あろう事か密着して来て、頬擦りされ、鎖骨付近に口付けられた。言い知れぬ羞恥の情に駆られる。態とやっているのではないかと鼻を摘んでみた。苦しそうにしているが、その仕草はどうやら本当に寝ている様だ。鼻を解放すると、口元が緩み、再び頬擦りされる。更にコハルの素足が自分の素足に絡んできた。すべすべしていて、とても柔らかい。勘弁してくれ。自分のモノを落ち着かせる為、別の事を考える。やっとモノが落ち着いた時には朝日が眩しく、もうすっかり起きるべき時間となっていた。

 コハルを起こすと、状況を把握したのかみるみると顔が赤くなっていく。ベッドの上で土下座をしている姿が必死で、苛めたいと思ってしまった。積極的だと伝えると泣きそうな顔をする。うん、可愛い。他の人にはしてほしくない。それも伝えて家を出る時に「行ってきます」と言ったら「行ってらっしゃい」と言ってくれた。

 なんだか、夫婦みたいで擽ったいな。


 朝帰りをしてしまったので、昨日業務報告が出来なかった。朝一番にロイド様の執務室へ行くと、ロイド様とウォルトが居た。何故朝帰りになったのか説明させられ、濡れてでも帰って来いと怒られた。何事もなかったかと追及される。朝方のアレは絶対に言わない。謎の音楽の正体を告げると、そちらに集中してくれた。


 早く次の監視日が来ないか、楽しみだ。
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