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第三章

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 「今日から家族だね」

???

エレンの謎発言に混乱するリヒャルトとリリー。エレンはそんな二人の反応にお構い無しに家中に入ると、リヒャルトとリリーの結婚証明証の隣に額縁を飾った。ジャジャンッと手の平を広げそれを二人に見せる彼の表情はとてもにこやかだ。

“ 結婚証明証  夫:エレン・オルレアン 妻:リリー ”

「「ーー!?ー!?ー!?」」

リリーとリヒャルトは瞠目し口を開け驚いた。

「これも見せておくね」

穏やかな笑顔を浮かべ見せて来た紙にはこう書かれていた。

“重婚証明書 夫:エレン・オルレアン 夫:リヒャルト 妻:リリー”

「え!?ちょっと待ってよ!これ何?」

「何って・・・結婚証明証と重婚証明書だよ」

「そりゃ見りゃわかるけどさ、サインした覚えないんだけど」

眉間に皺を寄せ睨むリヒャルト。エレンは何事もないかのように微笑みを続けている。だがリヒャルトの言う通り婚姻届にサインした覚えがないリリーは首を傾げた。リヒャルトの時みたいに騙されて書いたこともないだろう。

「リヒャルトは前に契約したでしょ?」

「あれはッ・・・!」

契約?何の事だ?

リリーには分からないが、以前ユリウスの提案で同盟を結んだ時に書類にサインをしたリヒャルトはその事を後悔した。

「リリーは・・・寝起きだったから覚えてないのかも」

「・・・覚えてない」

それもそのはず。実は昨日エレンは寝ているリリーに筆を持たせ婚姻届にサインをさせた。これを知るのはエレンのみ。

「冗談じゃないッ俺とリリーの邪魔すんなよ!」

「・・・邪魔なんてしないよ。僕もまざるだけ」

「それが邪魔だって言ってんの!」

リヒャルトが怒ってエレンの胸倉を掴んだ。エレンはされるがまま力を抜いている。

「リリーもサインなんかするなよ!」

サインをした覚えは無いがリヒャルトの言う通りエレンだったから気を抜いて寝てしまった。それが悪かったのだろうと怒鳴られてしゅんとしてしまう。

自分が過去に同盟のサインをしてしまった後悔から嫌気が差し、愛する人に八つ当たりをしてしまったリヒャルトは眉間に皺を寄せエレンを離した。

「・・・クソッ」

そのまま玄関から出て行こうとするリヒャルトの手をリリーが掴むが、振りほどかれてしまった。

「ッーー」
「リヒャルトッ・・・」

リリーは振り離されたことに驚き傷つくが、自分よりももっと傷ついた顔をしているリヒャルトを見てしまった。

残されたリリーはエレンを見た。目が合うと彼は困ったように笑う。

「ごめん・・・本当に、ごめんね」

なぜだろう。彼を怒る気にはなれなかった。
結婚も重婚も凄く驚いたのに目の前の苦しそうな表情をしているエレンも、傷ついた顔をしたリヒャルトも放っておけない。

「ここにいて」

リリーはエレンにそう告げると急いでリヒャルトのあとを追った。

早歩きで進むリヒャルトを駆け足で近付き手を掴む。だが再び振りほどかれてしまった。

「来ないでよ」

ハッキリと拒絶されたリリーはガーンッとショックを受け、立ち止まってしまった。どんどん距離が空き初めての感情に戸惑う。リリーは今、リヒャルトに嫌われたくないと焦っていた。

リヒャルトは好きだと言ってくれた。
だからその言葉に甘えて隣に居てくれるのが当たり前で、嫌われることなんて無いと思い込んでいた。

焦ったリリーは走り出しリヒャルトの手を両手で掴んだ。しかし意地になってしまったリヒャルトは再び手を離し今度は強い口調で話す。

「あっち行ってよ!」
「やだ!」

初めて子供みたいに声をあげてしまった。
そんなリリーに驚いたリヒャルトはやっと振り返り彼女を見た。

ポロポロと涙を流すリリーを見たリヒャルトは身動きが取れなくなってしまう。

「リヒャルトがそばにいてくれないとやだ!」
「・・・・・・。」

素直に自分の感情をぶつけてしまった。
めんどくさい女だと思われたかもしれない。
好きじゃなくなっちゃったのかもしれない。

そばにいてくれないと嫌だと伝えたが、何も喋らない彼に対し、急に怖くなって逃げたくなった。

めんどくさい女だって思われたくない。そばにいて欲しい。でも、嫌われるのはもっと嫌だ。

リリーはリヒャルトの瞳を見た。
同じ系統の色を持った瞳。
でも彼は、何も言わない。

リリーは胸に強い痛みを感じ、リヒャルトに背を向けた。家に向かって歩く。リヒャルトが追いかけてくる気配はない。

この国での結婚は簡単に出来るが、離婚は生と死がわかつまで出来ない。とんでもない契約だと鼻で笑い今後のことを考えた。

やっぱりお腹の子は独りで育てよう。
まずはエレンに説教だ。
勝手に結婚して、重婚して!後先のことを考えないなんてどうかしてる。

玄関の扉を開けようとしたその時、背後からリヒャルトに抱き締められた。

「ごめんッ八つ当たりした。本当にごめん」


ッーーよかった。嫌われたかと思った。
先程とは違う別の意味の涙が溢れた。
振り返りリヒャルトを見上げ抱きしめる。

「・・・俺だけのリリーだったのにそうじゃなくなったのが悔しくて・・・ごめん」

リヒャルトの発言に不謹慎だけど嬉しくなった。これって嫉妬だろうか?リヒャルトが嫉妬してくれたってことだろうか。

キュッと手を握り、今度は振り払われないことに安心する。家中に戻るとエレンがソファに座っていた。

「お帰り」

ニコッと辛そうに笑うエレンに対し笑顔を向けることもなく隣に座ったリリー。今から説教をするつもりだ。

「何を考えてるの?」

まずはエレンの考えを聞こう。

「その前に言いたいことがあるんだ」

エレンが真っ直ぐ見つめて来た。その表情は柔らかい笑顔ではなく、真剣な眼差しを向けている。

「・・・なに?」

「どうして何も言わずいなくなったの?」

「会いに行ったけど会えなかった」

事実リリーは体調の回復後、騎士団を訪れた。だが彼らは遠征に向かった後で会うことが出来なかった。その事を伝えてもエレンは表情を崩さない。

「一年前から決まっていたって聞いたよ。伝える機会は幾らでもあったんじゃないかな」

「・・・・・・。」

確かにエレンの言う通り彼らと出会う前から決まっていた話だった。だが当初の彼らは自分が辞めようが関係ない様子だったから言う必要を感じなかったのだ。その事を伝えるか悩んでいるとエレンは目を伏せた。

「・・・ずっと探してたんだよ。何ヶ月もずっと・・・やっと会えたと思ったら結婚してるし。こっちの気も知らないで呑気に暮らしてるなんてムカつくなあ。ウィルフレッドの子を孕んでリヒャルトと結婚するなんて僕に対しての当てつけだよね?」

「・・・え?」

なぜ責められているのか分からずリリーは混乱した。言いがかりでしかない内容に呆気にとられる。

「立派な浮気だと思わない?」

「え?え?私達は付き合ってないでしょ?」

当時私が付き合ってたのはユリウスだ。エレンとは仲のいい師弟関係だったはず。どうして浮気したことになるんだ?それってそもそも・・・。

「エレンは私のこと好きなの?」
「違うよ」

ち、違うのか・・・!

食い気味に否定され恥ずかしくなる。
取り消せるのなら先程の言葉を取り消したい。
自惚れだと思われるだろうか。

エレンは顔をあげ真っ直ぐリリーの瞳を見つめた。

「愛してる」

「・・・・・・・・・え?」

“愛してる”

ナターシャ以外に言われた初めての言葉。

「好きよりも、大好きよりもずっと重いよ。プロポーズよりも先に黙って入籍することに対して罪悪感がない程に・・・断れない状況に追い込むのが悪いと思えない程に・・・僕はリリーを愛してるんだ」

“愛してる”

リヒャルトにも言われていない言葉。

愛してるの言葉が頭の中でループする。
何も喋らないリリーに不安になるエレンだったが、みるみる顔を茹でダコのように真っ赤に染まっていくリリーを見て瞠目した。

「・・・リリー、その反応どう捉えていいのかな?」

受け入れてくれるのかな?

エレンは恐る恐るゆっくりと顔を近付けリリーの唇に自分の唇を重ねた。瞳を閉じる気はないのかおどおどしながらもキスを拒否しないリリーをいいことに、エレンは味わいたかった唇を愛おしく思い優しく喰む。

ベリッとリヒャルトがエレンの肩を掴み二人を引き離した。

「リリー!何で真っ赤になってるの?」

「あ、愛してるって言われたことない。ナターシャしかなかったら・・・愛してるって好きよりも重いんでしょ?考えたら恥ずかしくて・・・胸がきゅうってなる。なにこれ・・・」

「「・・・・・・。」」

真っ赤な顔で目を泳がせながらそわそわしているリリーは初恋を抱いた少女のようで初々しい。エレンは嬉しくなった。リリーがこんな可愛らしい反応を見せてくれると思わなかったから。まだ自分にも愛される可能性があるのではと期待する。

リヒャルトは複雑だった。

「俺も言えばよかった・・・リリー!愛してる。この言葉が好きなら何回でも言う。愛してるよ」

リヒャルトからも言われたリリーはこれ以上茹でても色は変わらない程真っ赤だ。もうエレンを怒る気になれず、ただただ恥ずかしくて嬉しい。

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