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第三章

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 影の訓練場から飛び出したリヒャルトは直ぐにジョンの元へ向かった。リリーが仕事を辞める事を知っていたジョンに腹が立ったリヒャルトは彼の静止も聞かずに騎士団を飛び出した。そしてその日から今日までずっとリリーを探し続けていたのだ。

情報は王都から離れた街という事だけ。
道行く人にピンクアメジストの髪と瞳を持った女性を探していると様々な人に声を掛けた。途中詐欺に遭いそうになり苦難も続いたが、やっとこの街で見かけたという情報を手に入れやって来たのだ。

リリーの家かもしれない建物を見つけ緊張しながら扉をノックする。扉が開くと中から探し求めていた人が居て心臓が刺されるくらい痛くなった。

会いたかった。会いたかったッ
やっと会えた。


 落ち着きを取り戻したリヒャルトはリリーがコーヒーを淹れる姿を眺めながら家中を見回した。ナチュラルな色合いで統一された平民らしく落ち着いた家具が揃えられている。何だか実家を思い出すほど心穏やかになれるインテリアだ。ふとテーブルの上に置かれた本を見たリヒャルト。相変わらず本が好きなんだなと微笑ましくなるが本のタイトル達を見て血の気が引くのを感じた。

“初めての妊娠・出産” “初めての子育て”
“妊婦に良い料理本” “独りで子育てできるもん”

ワナワナと震えながら本を指さしリリーを見た。

「・・・リリー・・・もしかして・・・」

あ、気付いちゃった?
リリーは照れ隠しに困り笑顔を浮かべた。

「妊娠した」
「・・・・・・まじかあッ!」

その場にしゃがみ込んだリヒャルトはガシガシと頭をかきじゃくり顔を両手で押さえた。

「・・・誰との子?」
「ウィルフレッド」
「え?じゃああの時の?」

顔を上げたリヒャルトはリリーが頷くのを確認すると再び俯いた。やっぱりあの時状況がちょっとでも変わっていればお腹の子は俺の子だったのかもしれないと後悔している。

「・・・ウィルには言わないの?」

「言わない。あの時は薬盛られてて治療行為だったから。責任とる必要はない。ピル飲み忘れてたのは私だし」

「じゃあなに?独りで育てる気だったの?」

うん。と頷いたリリーの肩を掴み顔を近付けて詰め寄る。

「ワンオペはめちゃくちゃ大変なんだよ!?俺も経験した事がないから分からないけど相当!それも死に物狂い!それにウィルにも言ってあげないと可哀想じゃん。本当に誰にも言わず独りで育てる気なの?」

表情を変えずに頷いたリリー。それを見たリヒャルトはグッと眉間に皺を寄せ天井を見上げた後深く息を吐き出すと彼女を優しく抱き締めた。

「・・・ごめん。リリーも独りで抱えてたんだよな」

頭を撫でられたリリーは悲しくないはずなのに鼻の奥がツンと痛み涙が出そうになった。リヒャルトの優しさが嬉しい。誰かとこんな風に触れ合うのも久しぶりだ。だからだろうか、もっと彼に触れたいと思ってしまった。

「リヒャルト、少しの間だけ我慢してほしい」
「ん?何我慢すればいいの?」

リリーは背伸びをしてリヒャルトの左右の頬にキスをした。そして唇に優しくキスをし、ふわっと笑顔を浮かべギューッと抱きしめた。

「ありがとう」
「あー、もうっ」

抱き締め返したリヒャルトの耳が赤く染まる。
リリーのこういう所が愛おしくて堪らないと腕に力を込めた。



 椅子に座ったリヒャルトは膝上にリリーを座らせコーヒーを飲みながらリリーと一緒に“初めての妊娠・出産”の本を見ている。リリーにしたら復習だ。

「うわ。妊婦さんてエグいね。めちゃくちゃ大変じゃん。悪阻とか大丈夫?」

「味覚も変わったし臭いもダメなもの増えたよ。あと胸が少し大きくなった気がする。ほら、ね?」

リリーはリヒャルトの片手を掴み自分の胸を揉ませた。平然と胸を揉んで確認するリヒャルト。

「んー、違いがわかんない。これから大きくなるんかな?」

「たぶんスイカサイズになるんだと思う」

ドヤ顔で話すリリーにプハッと笑ったリヒャルトはそうだと何かを思いついたようで、紙とペンはどこだとリリーに問うた。

「リリーの綴り字知りたいんだけどここに書いてみてよ」

名前を書くだけでいいのか?
リリーはスラスラと言われた通り自分の名前を紙に書いた。

「へぇーこうやって書くんだ。目瞑ってても書ける?」

そんなの余裕だ。
目を瞑りスラスラと書いていく。

「いいね。もっといっぱい書いてよ」

なんで沢山名前を書かなくちゃいけないんだ?疑問を抱きながらも沢山書いた。

「よし!ありがとう。俺明日街に用事があるんだけどリリーの体調が良ければ一緒に行こ?案内してよ」

「うん。今日泊まってく?」

「まじ?ありがとう」

「ベッド一つしかないから使って?私はソファで寝るから」

「何言ってるの。妊婦さんをソファで寝かせるわけないでしょ。一緒に寝ようよ」

「わかった。お風呂入れてくるね」

「俺がやるから動かなくていいよ・・・あ、でも場所だけ教えてくんない?」

その後リリーとリヒャルトは夕飯を共にし一緒にお風呂に入り同じベッドで寝た。



 翌朝目覚めたリヒャルトは隣で眠るリリーの姿を確認すると安堵のため息を吐いた。

よかった。ここに居る。

そっと彼女の顔にかかる髪を横に流し頬に軽くキスをする。そのキスで目が覚めたリリーはいたずらっ子のように彼の頬にキスをし返すと未だ眠いのか彼の胸板に頬擦りし再び寝に入った。

リヒャルトはその行動に瞠目したあと、とても嬉しそうに微笑んだ。



 体調が良いリリーはリヒャルトと共に街にある役所に着いた。リヒャルトは受付で何やら手続きを行っている。少し離れた待機椅子に座っているリリーは彼がなんの手続きをしているのか、なんの話をしているのか分からない。時々受付の人がこちらを確認し笑顔で手を振ってきたり頷いたりするのを見ているだけだ。

「体調どう?」
「今日は調子いいみたい」
「辛くなったらすぐ言ってね。抱っこしよっか?」
「大丈夫」

役所の手続きを済ませたリヒャルトはリリーに恋人繋ぎをし、彼女の歩幅に合わせゆっくりと街ブラをした。途中郵便局に寄りユリウス宛の手紙を郵送したリリー。その後日用品や雑貨店で買い物をするリヒャルトの楽しそうな姿を見て、見ている側も楽しくなるとリリーも微笑みながら必要な生活品を買っていく。それにリヒャルトは紳士だ。妊婦であるからだろうか度々体調を気にしてくれる。荷物も全部持ってくれる。何だか大事にされてるみたいで擽ったい。

最後に彼が寄った店は意外にも本屋だった。
何を買ったのかはプライバシーだから見なかったが彼も本を読むのかと意外に思う。寧ろ彼はリリーが本を読んで学ぼうとしているのを面白がっていたタイプだったからだ。

紙袋いっぱいに買った荷物を片手で抱え、反対の手はリリーと繋ぎ帰宅した二人。リリーは自分の荷物の整理を始めた。予備の歯磨き粉や妊婦に必要なビタミン剤などをしまっていく。

「リリーコレここでいい?」

呼ばれて顔を出すとリヒャルトが額縁を持って窓の横の壁に飾ろうとしていた。何かの絵だろうかと中身を見ようと近付くが、それは絵ではなく文字だった。なんて書いてあるのかと顔を近付け中身を確認すると驚愕し空いた口が塞がらない。そこにはなんと・・・


“ 結婚証明証  夫:リヒャルト 妻:リリー ”

そう書かれていた。

「!? !? !? !?」


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