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第三章

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「おめでとうございます。妊娠してますね」
「・・・・・・え?」

妊娠・・・にんしん・・・にんじん・・・?

「最近人参食べてません」

「いやいや妊娠だよ・・・もしかして予定外の妊娠なのかな?パートナーはいますか?」

妊娠。頭の中でその言葉がループされる。
固まったまま動かずリアクションをしなくなったリリーを見た医者は状況を察し彼女の手を優しく握った。

「突然の事でさぞ驚いただろう。落ち着いて呼吸をし、よく考えるんだ。私やここの助産師や看護師は君の味方だからね。診察の予定が無くとも話をしにやってくると良い。この近くに教会がある事は知っていますか?ここに来たくない時はそちらに行くといいですよ。でもこれだけは覚えていて下さい。貴女もお腹の子もとても大切な命です。かけがえの無い命です。私達は貴女の味方です。助けが必要ならいつでもいらして下さい」


***


 街に連なる屋根の上でボーッと空を泳ぐ雲を見つめているリリー。

妊娠した。妊娠した?妊娠した。

まさか自分が妊娠すると思わなかった。

・・・ウィルフレッドとの赤ちゃんだよね。

あ、アフターピル飲むの忘れてた・・・!

彼に報告するのは・・・やめておこう。

あの日は媚薬を盛られていた。治療行為でして貰ったのに報告したら養育費をせがむみたいで嫌だ。


赤ちゃん・・・赤ちゃん・・・赤ちゃん。
ナターシャ、どうしよう。赤ちゃん出来ちゃった。どう接していいのか、どう育てたらいいのかわからない。

急に心細くなり鼻の奥がツンと刺激される。

ふとナターシャが最後に残した手紙の言葉を思い出した。

“家族を作ってひとりにならないで下さい”

・・・ああ、そうか。
ナターシャが独りにならない為に授けてくれたんだ。

そう思うと先程まで気落ちしていた心が晴れてきた。

せっかく授かったんだから沢山の愛情を注いでひとりで育てよう。将来は子供と二人で立派なハンターとして生きるのも悪くない。でも子供には辛い思いをさせたくないから、やりたいことをやらせてあげたいな。

前向きに考える事が出来た頃には空が青空だったのに夕焼け色に変わっていた。お腹を擦り愛おしい存在に感謝する。

どうか元気で無事に産まれてきてほしい。

屋根から降りたリリーは再び医者の元へ訪れた。

「私、産みます」

決意したリリーの表情が明るかった事に安心した医者は優しく微笑んだ。

「次の検診は一ヶ月後だけど何か気になる事があったらいつでも来ていいからね」

「ありがとうございます」

すごくいい医者だ。
この街を選んで良かった。

医者の優しさにしみじみと感動したリリーは本屋へ寄った。妊娠中や出産、子育てに関する本を何冊か購入し帰宅すると直ぐにユリウス宛に手紙を書く。


“ごめんなさい
 貴方と過ごした日々は忘れません。
 これからも頑張って生きてください。
 お元気で。              リリー”


さすがに他人の子を身篭った女なんか嫌だろう。明日この手紙を出そう。

早速“初めての妊娠・出産”という本を広げた。
その本を読み終えたリリーは頭を抱え俯いた。

妊婦って制限が多すぎる・・・!

お酒もダメ。生肉もダメ。生魚もダメ。コーヒーも紅茶もダメ。塩分も糖質もとりすぎダメ。重たい物持っちゃダメ。激しい運動ダメ。

重たい物ってどの程度がダメなのか、激しい運動とはどこまでが激しいのか分からない。

せっかく最近美味しそうなワインを購入して、それに合うように生ハムやローストビーフを買ったのに食べられなくなってしまった。

・・・お腹が空いて気持ち悪い。
何か口にしてないと胸がムカムカして嘔吐く。
・・・これが悪阻か。

味が濃いのが食べたい。
血や魚の生臭い臭いが気持ち悪い。
トイレの洗剤の臭いが気持ち悪い。

酸味があるものが食べたい。
オレンジが食べたい。
オレンジジュースが飲みたい。

テーブル上に重ねた本に方頬をつけうんうんと唸る。


コンッ コンッ   ビクッ!?

突然玄関の扉がノックされて猫が不意打ちをくらった様に驚いた。今まで誰一人この家に尋ねて来た者はいない。警戒心MAXのリリーは先端の尖ったペンを背後に隠し、扉を開けた。

「・・・・・・リヒャルト?」
「ッーー・・・・・・」

扉の外にはフードを被りピンク髪を隠しているリヒャルトが立っていた。彼はリリーと目が合うなり瞠目し固まってる。どうしてここが分かったのだろうと首を傾げたリリーだったが新居に越してから初めての来客に興奮した。おもてなしをしなくてはと意気込む。

「入って?お茶淹れるね」

ハーブティーにしようか。いや、コーヒーの量が多いからコーヒーを飲んでもらおう。捨てるのは勿体ないからな。うんうんと頷きながらコーヒーを淹れる。チラッとリヒャルトを見ると彼は玄関から家中に入ったもののずっと立ち尽くしている。もしかして怪我でもしているのだろうかと彼に近付くとリヒャルトは懐から紙切れを一枚リリーに渡した。その紙には“一発殴っていいよ券”と書かれている。

・・・なんだこれは?

首を傾げながら見上げると彼は物凄く怒っている表情をしていた。

「それ団長から貰ったんだけど誰にとは書いてないから使わせて」

「え?・・え?・・・か、顔なら。お腹以外なら」

お腹は赤ちゃんがいるからダメだとお腹を両手で守るように抱えギュッと目を閉じて殴られるのを待つ。

ジョンめ。いったいリヒャルトに何したんだと恨めしく思い衝撃に耐えようと身構えているのに一向に殴られない。チラッと片目だけ開けてリヒャルトを見た。するとガバッと力強く抱き締められる。

「ッ・・・会いたかったッ!どんだけ探したと思ってんの!?」

探してた?なんで?

「手紙シルヴィに渡しといたんだけど」

「バカッこのバカッ!」

・・・話が噛み合わない。
どうして貶されるのか分からず戸惑うリリーだったが取り敢えず落ち着かせようと彼の頭を撫でた。リヒャルトはずっとバカと言いながらリリーを抱きしめる腕に力を込めて彼女の肩に顔を埋め体を離さない。トントンと落ち着かせるように背中を撫で続けた。


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