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第二章

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 影の訓練終了直後、騎士達は疲れて地面に座り込んでいた。彼らはかなり成長し、その強さは影達と打ち合いが出来る程だ。タオルで汗を拭うリヒャルトの袖をちょんちょんと引っ張ったリリー。何だ?と首を傾げたリヒャルトが彼女と目を合わせた。

「明日のデートどんなの着てほしい?」

「え?リリーに似合ってればどんなのでもいいけど」

「わかった。また明日ね」

シュッと姿を消したリリー。
明日は以前約束したリヒャルトとリリーのデートの日だ。自分好みの服を着てくれようとしたのか聞いてくるなんてちょっと嬉しい。

「何あれ可愛くない?」

居なくなったリリーが居た場所を指さしながら仲間の騎士達を見たリヒャルト。彼らは無言でリヒャルトをジト目で見続けた。


ー翌日ー

 待ち合わせ場所に少し早く到着したリヒャルトは建物の壁に背を預け、腕組みをしながら悩んでいた。

デートプランを全く考えていなかったのだ。行き当たりばったりで楽しく一緒に過ごせればいいと思っていたが、リリーが完璧なデートプランを期待していたらどうしよう。

しかも自分なりにお洒落をしてしまった。今日の格好を見られて変に気合いが入ってると思われるのも恥ずかしい。今からでも普段通りの格好に着替えるか・・・いや今から着替えに戻ったら遅刻してしまう。

・・・もうっ何悩んでんだか!
相手はあのリリーなんだよ。向こうは好きな気持ちがあってデートするわけじゃないんだし友人として気楽に一緒に過ごすだけ!俺も特別好きなんじゃないし!農家のアランに盗られるのが嫌なだけ!そう、それだけだし・・・。

「リヒャルト」

声を掛けられた方向に顔を向けると、そこには可愛らしくも落ち着いたラッフルフリルワンピースを着たリリーが微笑みながら近づいて来た。

目を奪われてしまったリヒャルトは一瞬固まったが、咄嗟にリリーを抱きしめ周りを威嚇した。

「リヒャルトこの格好どう?」

昨晩帰宅したリリーはずっと今日のデートで着る服を悩んでいた。少しでも可愛いと思われたくて選んだのだがリヒャルトの好みに合うか心配だった。

「可愛いよ。でも可愛くなりすぎ」

近づいて来たリリーとすれ違う男達の視線がどれ程彼女に向けられていたか思い出しただけでもムッとしてしまう。

「よかった。昨日ずっと考えてたの。勝負下着も履いて来た」

ドヤ顔で見上げてくるリリーを見たリヒャルトは笑いを吹き出した。どうしてこうも恥ずかし気もなく言えてしまうのか、先程まで悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。

「デートって何するの?」

「したことないんだっけ?」

「うん。これ買ってみたの」

リリーがドヤ顔で鞄から取り出した一冊の本。そのタイトルは“トキメキュン初めてのデート”と書かれリヒャルトは声を出して笑った。

「なんて書いてあったの?」

「それが、よく分からない部分が多くて。理解出来たのだけ実践してみようと思うの」

「わかった。リリーは今日俺の恋人ね。楽しいデートにしようよ」

ニカッと笑ったリヒャルトはリリーに手の平を差し出した。首を傾げてそれを見るリリーに対し彼は彼女の手を取るとキュッと恋人繋ぎをした。

「恋人って言ったらやっぱこれっしょ」

こうして二人の楽しいデートが始まった。



 市場にやって来た二人は賑わう人々の中を通り屋台を見回し楽しんでいる。ふと帽子屋が目に止まった。その中からリヒャルトはキャスケット帽を手に取りリリーに被せてみた。

結構・・・いや、かなり可愛い。

リリーも同じデザインのキャスケット帽をリヒャルトに被せた。

「リヒャルト似合ってる」

同じ帽子を被って見上げてくるリリーが愛おしく感じ無意識に彼女の頬にキスをしたリヒャルト。キスをした後にハッとなり我に返る。

「ごめんっ可愛いくてつい」

こんな人前で何をやっているんだと戸惑うリヒャルトの頬にリリーは背伸びをしキスをした。

「お返し」

微笑むリリーにドキッとし顔を赤らめたリヒャルト。彼に吊られて周囲に居た人々も赤面し二人のやり取りを見とれていた。

「おふたりさんお熱いね~!それ二つ買ってくれたらオマケするよー!」

店主に唆されて購入したリヒャルト。まんまと口車に乗せられた気持ちになるがリリーとお揃いなのが嬉しい。チラっと彼女を見るとリリーは内緒話をする時のように口元に手を添えてリヒャルトの耳へ顔を近づけた。

「お揃いってちょっと恥ずかしいけど本当に恋人みたいでいいね」

微笑むリリーに今すぐキスをしたいという気持ちを抑え、握った手に力を入れたリヒャルト。顔に熱が集中するのが分かる。心臓がうるさい。帽子ひとつでここまで嬉しくなるなんて思わなかった。


 屋台の串焼き屋に並ぶ二人。一本ずつ違う種類の串を頼んだ。人集りが多いので路地裏へ移動した二人は熱々の串に向かってフーフーと息を吹きかける。

「こっちも食べてみる?」

リヒャルトは自分の持っている串を自分の唇に当てた。「あつっ!」と驚いた彼は再び息を吹きまたちょんちょんと唇で温度を確認する。もう大丈夫だとそれをリリーの口元に運んだ。そんな彼を見たリリーはクスクスと笑う。

「お兄ちゃんみたい」

パクッと口に入れ咀嚼したリリー。美味しいと口ずさんだ。リヒャルトを見上げると彼はなぜかムッとしている。

「俺はお兄ちゃんじゃなくて恋人がいい」

ふくれっ面をしてしまった彼の頬をつんと指で突き、自分の串を差し出した。

「はい。優しい恋人さん?」

リリーの言葉に優しく笑ったリヒャルト。

「俺達ラブラブだね」

口を開けて串焼きを食べようとしたリヒャルトの“ラブラブ”のワードに反応したリリーは彼の口元に運んでいた串を戻すと肉をひとつかじりそれをそのままリヒャルトの口の中へ入れた。

まさか口移しをされると思わなかったリヒャルトは瞠目しリリーの触れた唇を見ながら肉を咀嚼した。

「美味しい?」

正直驚きすぎて味が分からなかった。

「・・・美味い。でももうしないで」

「なんで?」

「この場で襲われたくないでしょ」

グリグリとリリーの額を指で押すリヒャルト。
その後二人は笑い合いながら串焼きを美味しく完食した。


口の中が塩っぱくなり飲み物を買いに行ってくると言われその場に残ったリリー。そんな彼女に若い三人の男達が話しかけて来た。

「お嬢ちゃん可愛いね~」
「今一人?俺らと遊ぼーよ」

無視を決めたリリー。
確か飲み物の屋台はすぐ近くにあったから、もうすぐリヒャルトが戻ってくるだろう。喉乾いたな。

「ねぇ、独りじゃ寂しくない?」

ニヤニヤした男達を尻目にリリーはツンとした態度を取った。

「恋人がいるの。もうすぐ戻って来る」

「ええ~こんなとこに独り残してく恋人なんておかしくない?どうしようもない男なんでしょ。恋人を大切にしない優しくない男なんかほっといて俺らと遊ぼうよ」

「そんな事はない。リヒャルトは優しくて面倒見がよくてかっこいい。それに凄く心配性だから居なくなったらずっと探しちゃう」

「またまた~それはそれで面白そうじゃん。ずっと探させとこーよ」

ニヤニヤと嫌な笑顔を向けた一人の男がリリーの腕を掴もうとしたその時、ゾクッと物凄い殺気が男三人を襲った。驚いて振り返ると相手を凍らせる程の冷気を放った怖い顔をしたリヒャルトが両手に飲み物が入ったカップを持って現れた。

「お兄さん達俺の女になんの用?」

ビクッと震えた男達。その内の一人が頬を引きつらせながらリリーに耳打ちをした。

「お嬢ちゃんの恋人ってこの人?凄くチャラそうだけど遊ばれてるんじゃない?」

怯えながら喋る男の言葉はしっかりとリヒャルトに届いていた。

「そんな事ないよ。彼は人の事を想いやれる人だから一途だと思う。けっこう誠実な人なの」

しっかりと聞こえているのにコソコソ話す男とリリーを見たリヒャルトは首筋に血管を浮かせ怒りを表した。

「ねぇ、二人とも距離近過ぎない?俺の女から離れて今すぐ消えろ」

ひぃいっ 男三人はリヒャルトの恐ろしさに逃げ去った。リヒャルトはリリーに飲み物を渡した後、あいた手で彼女の頬を軽く抓った。いひゃいと訴えるリリー。

「浮気しないでよ」

「浮気してないよ。話しかけられただけ」

「それも浮気だから。話しかけられるくらい可愛いのが悪い」

「・・・怒ってるの?」

「怒ってるかも」

「どうしたら機嫌直る?」

「・・・好きって言って手繋いで」

リヒャルトは怒っているのにそんな彼を可愛いと思ってしまった。リリーは彼に恋人繋ぎをし瞳を真っ直ぐ見つめふわっと笑った。

「すき」

「・・・ん。」

俺も好き。

小さく呟いたリヒャルトの声はリリーに届かなかった。


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