トリエステ王国の第三王女によるお転婆物語

ノン・タロー

文字の大きさ
上 下
2 / 123
お転婆姫、冒険者になる

城下街、トリスタ

しおりを挟む
 自分の部屋を出たあたしは、お城のエントランスホールの辺りで一人佇んでいた。

 別にクロトを置いてきたと言う訳じゃなく、クロトが鎧を置いていくから待っていてくれと言われここにいる。

 確かに鎧姿のクロトが街を歩こうものならかなり目立つし、彼があたし第三王女のお目付け役というのは周知の事実。
 クロトが目立って歩こうものなら、あたしがステラ・ムーン・トリエステだと周囲に言いふらしているようなものだ。

 これでは冒険者になるどころか、他の騎士や兵士達にもれなく保護され、父上や兄上に大目玉を食らうことは間違いない。

 クロトも何かしらお咎めがあるかも知れないけど、彼のことだから「ステラ様の我儘に付き合わされ、仕方なく護衛として同行した」と言い訳しそうだ……。

 ちょっと待って……、そうなると尚更あたしの立場が悪くなるのでは……?

「は……謀ったわねクロト……っ!」

「……お前は何を言っているんだ?」

 声のする方へと振り向くと、そこには訝しげな表情であたしを見ているクロトがいた。

 鎧を脱いだ彼は軽装な格好に腰には剣を差し、右手にも別の剣を持っていた。

「な……何でもないわよ……!それより、クロトは剣を2本も持ってどうする気なのよ?」

「これはお前のだ。丸腰で冒険者になる気か?俺が昔使っていたお下がりだが、これで十分だろ」

「あ……ありがと……」

 あたしはクロトが持っていた剣を受け取り、少し抜いてみると刃こぼれ一つしていない刃だった。

 クロトがお下がりだと言っていたけど、手入れが行き届いていたのだろう、大切に使われていたことが伺える。

「ねぇ……この剣って、本当に貰っていいの……?」

「構わん。どうせ俺にはもう必要ないものだ」

 素っ気なく答えるクロトと共にお城を出ようとすると突然後ろから声をかけられた。

「そこにいるのはクロトじゃないか、どうしたんだい?こんなところで」

 あたし達は聞き覚えの声にギクリとしながら恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはあたしの兄「エルト・ソル・トリエステ」の姿があった。

 兄上は整った身なりに金髪のショートヘアー、さらに首の辺りにはまるで太陽のような痣があった。

 実はこの痣はなぜかトリエステ家の者にだけ現れるもので、父は命を表すハートヴィータ、兄は太陽ソル、あたしは月と星ムーンとステラ、上の姉が十字架クロスで下の姉が水滴アクアとなっている。

 一方の母は他所の国から嫁いで来たためこのような痣は現れてはいない。

 あたしのファーストネームが星を表す「ステラ」でミドルネームが月を表す「ムーン」なのはこのため。

 ちなみに、兄上のミドルネームの「ソル」も痣の太陽から来ているのだけど、なぜトリエステ家だけにこれが現れるのかは未だ謎となっている。

 それはいいんだけど、なぜここに兄上が……っ!?

 あたしの冒険者になると言う計画は早くも頓挫寸前へと陥りかけていた!

 もしここであたしがステラだとバレれば即座に兄上に連行され、お説教が待っているに違いない。

 さらに言えば、兄上にバレなくてもクロトが「あたしの我儘に付き合わされた」と言われれば同じ結果になる。

 あたしは冷や汗を流しながらクロトを見つめていた。

「これはエルト王子。遠縁の従妹が訪ねて来ましたので、これから街の案内をしろとせがまれまして」

 遠縁の従妹……?

 クロトにそんな従妹がいるなんて話聞いたことがない。

 兄上もそう思っているのか、じっとあたしの顔を見つめてくる。

(や……ヤバイ……)

 そんなにじっと見つめられたら流石にあたしステラだってバレてしまう。

「そうか、クロトの従妹が……。君の名を教えてもらってもいいかな?」

「え……?あ、はい……。あ……じゃなくて私はス……ルーナ・ランカスターと申しますっ!」

「ルーナ嬢かいい名だね。あまりお兄さんクロトに迷惑をかけないようにね」

 兄上はそれだけを言うとこの場から去っていった。

(ふう……、危なかった……)

 あたしは冷や汗を拭いなからクロトと共に街へと向かった。


 ◆◆◆


 トリスタの街へとやって来たあたしは、目を輝かせながら辺りを見渡していた。

 街には様々な多くの人々が行き交い、活気に満ちている。
 ずっとお城の中にいたあたしは街にはほとんど来たことがなく、何もかもが新鮮に見える。

「それにしても、さっきは危なかったわね。てっきり兄上にバレたかと思ったけど、あたしの変装も中々なものだったってことよね」

「いや、アレは多分バレてると思うぞ。エルトは中々の切れ者だからな。それに、そんな髪を切ったくらいの変装で自分の妹の顔も分からんようなマヌケでも無いだろうからな」

「な……っ!じゃあ兄上はあたしだと知ってて見逃してたって事っ!?」

「まぁ、そう言う事だな。それより冒険者になるのなら、まずは冒険者ギルドに行くぞ」

「そうね!それじゃあクロト!早く冒険者登録をしましょうよっ!」

「分かったから落ち着け」

 クロトはそう言うと、はしゃぎまわるあたしをなだめながら、冒険者ギルドへと向かう。


 冒険者ギルドへと到着したあたしはその建物に驚いた。

「ここが冒険者ギルドか……。思ったよりも小さいのね……」

 その建物の大きさにあたしは拍子抜けした。

 確かに周りの家などの建物に比べれば大きいけど、お城に比べれば遥かに小さい。
 ここに多くの冒険者達がいると聞いていたから、どれほど大きな建物なのかと思っていたけど、大した事はないようだ。

「はあ……、これだから世間知らずのお姫様は……」

 クロトはあたしの言葉に呆れたのか、ヤレヤレと言わんばかりにため息を付きながら首を横に振っていた。

「ちょっと……!お姫様って言わないでよ……!今のあたしはルーナ・ランカスターなのよっ!」

「はいはい、分かりましたよ、世間知らずなルーナ嬢」

「むぅ……。なんかその言い方もイヤだわ……」

「とにかく、さっさと中に入るぞ」

「あ……!待ってよ……っ!」

 クロトはそのままの勢いで冒険者ギルドの中へと入って行くと、あたしも慌ててその後を追った。

 ギルドの中に入ったあたしは周りを見渡して驚いた。

 そこには男女問わず多くの冒険者達がおり、それぞれが仲間と共に依頼書が貼ってある掲示板を見ていたり、テーブルで談笑している姿があった。

「ここが冒険者ギルド……。凄く人がたくさんいるのね……」

「まぁな。このギルドはこの国の首都に建っているからな。この辺りでは最大級の規模だ。依頼の数も、冒険者の数も他の街のギルドとは比べ物にならないくらいに多いぞ」

「へぇ……」

 あたしはクロトの説明を聞きながら物珍しげに辺りを見渡す。

「まあ、とりあえず登録を済ませようぜ」

 クロトはそう言うと受付へと向かうと、あたしもその後を付いていき、受付にいた女性に声を掛けた。

「あの……すいません……。冒険者の登録をしたいのですが……」

「……はい?ああ!新規登録の方ですね!かしこまりました!」

 女性はあたしを見て笑顔でそう言った。

 どうやらあたしがこの国の第三王女、「ステラ・ムーン・トリエステ」だとは気がついていないようだ。

「それではこちらの紙に記入をお願いします」

 女性はそう言い、カウンター越しにあたしとクロトの前にそれぞれ一枚の紙と羽根ペンを差し出してきた。

 あたしは渡された紙に目を通すと、そこには名前と年齢を書く欄と、冒険者としての注意書きみたいなものが書かれていた。

 なるほど、この欄に名前を書けばいいのね。

 え~と、名前は「ステラ・ムーン・トリエステ」っと……。

「おい、間違っても自分の本名を書くなよ?」

 クロトは小声であたしはクロトの忠告に慌てて自分の本名を書きそうになった手を止める。

「い……言われなくても分かってるわよっ!」

「どうだかな……」

 クロトは疑いの目であたしを見てくるが、そのお陰で正体がバレずに済んだ。

 危ない危ない……気をつけないといけないわね……。

 名前は「ルーナ・ランカスター」、年齢は18歳っと……。

 よし、できたっ!

「あの……、書き終わりました」

「はい、かしこまりました!ルーナ・ランカスターさんと、クロト・ランカスターさんですね。お二人は兄妹か何かですか?」

「いや、従兄妹同士だ」

「そうでしたか。それでは登録を致しますので、手数料としてお一人に付き1,000ドルツェづついただきます」

 受付の女性、はクロトの返答に納得すると、手数料を求めてきた。

 え……?1,000ドルツェ……?

 ど……どうしよう……、お財布部屋に置いてきちゃった……!

「クロト、どうしよう……、あたしお財布忘れてきちゃった……」

 「はぁ……、分かったよ、ここは俺が出してやるよ……」

「ごめんねクロト……、お金は後で必ず返すから……」

「気にするな」

 クロトは自分の懐から財布を取り出すと、2,000ドルツェを受付の女性へと渡した。

「確かに頂戴致しました。ではこちらの水晶板に手を触れていただけますか?」

 女性はそう言うとカウンターの下から一枚の大きな水晶板を取り出してきた。
 その水晶板は透明で美しく輝いており、表面には名前の欄と冒険者ランクの欄が表示されていた。

 受付の女性の話では、これに込められた魔力によって、触れた者の名前や年齢などの紙に書いた個人情報や顔を冒険者カードへと書き込む魔道具らしい。

 なるほど、便利なものがあるものね。
 あたしは感心しながら水晶板に触れると、あたしの顔と、「ルーナ・ランカスター」という名前や年齢、さらに冒険者ランクと思われる「F」の文字が表示された。

「はい!ルーナ・ランカスターさん登録が完了しました!」

 女性はそう言うと、カウンターの下から冒険者カードを取り出してきた。

「これがあなたの冒険者カードになります。このカードは身分証明証にもなりますので大切に保管してくださいね。」

「あ……ありがとうございます……!」

 これがあたしの冒険者カード……!

「では次にクロト・ランカスターさんもルーナさんと同様にお願いします」

「分かった」

 あたしが目を輝かせながら手にした自分の冒険者カードを眺めていると、その横でクロトもあたしと同様に水晶板へと触れ、「クロト・ランカスター」という名前と年齢26歳、そして、あたしと同じくFという冒険者ランクが表情されていた。

「はい!これでクロト・ランカスターさんの登録も完了しました!そしてこちらがあなたの冒険者カードになります。身分証明証にもなりますから大切に保管してくださいね。最後に、私はこの冒険者ギルドの受付の『フィオ・アンダーソン』と申します。以後お見知りおきを」

「分かった、ありがとう」

 こうしてあたしはクロトと共に念願の冒険者へとなったのだった!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ

犬社護
ファンタジー
交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。 僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。 僕の夢……どこいった?

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

処理中です...