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お転婆姫、冒険者になる

トリエステ王国のお転婆姫

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 ある晴れた日、あたし「ステラ・ムーン・トリエステ」は春の日差しが差し込む自室のベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を眺め呟いた。

「暇だなぁ……」

 別に何かをしていて、その休憩中と言うわけではなく、ただ単に暇なのだ。

 なぜ暇なのかと言うと、やることがないから。

 あたしはこのトリエステ王国の第三王女にして、四人兄妹の末っ子として産まれた。
 
 だからと言う理由ではないけど、あたしには関係ないと言わんばかりに、堅苦しいテーブルマナーやダンスなど、面倒くさい習い事は全てサボり、十歳を過ぎた頃から騎士や兵士達に混じって剣の訓練ばかりしていた。

 そしていつしか付いた通り名が「トリエステのお転婆姫」。

 両親や兄や姉達もそれらの習い事をさせる事に諦めたのか、いつしかテーブルマナーやダンスの事は言わなくなり、二人の姉のように政略結婚に出される訳でもなく、跡取りも兄がいるため、生まれてからこの18年、訓練の時以外は主に城内にある自分の部屋や中庭に出たり、城内を散歩したりと自由気ままに生活を謳歌してた。

 そのため、変に面倒なことはしなくて済む反面、剣の訓練が終わると暇なのだ。

 勿論、姫として友好国からの来客や国賓が来ればそのお相手としてダンスパーティーや食事会に出席をしなければと思はなくもないのだけど、両親や兄はろくに踊れずテーブルマナーもなっていないあたしをそのような場に出す気も無いようで、その時も部屋や訓練場で過ごしていた。

 勿論ダンスやテーブルマナーをきちんと学べばそのような場に出席を求められるとは思うけど、わざわざ自分からそのような面倒なことを覚えようとは思わない。

 そもそも、覚える気があるのなら最初からサボらずに習得しているというものだ。

 もっとも、下手にそのようなものを覚え、変な王子の下へと政略結婚のために嫁がされても困るのでこれはこれでいいような気がする。

 が、その反面物凄く暇だ。
 
 この部屋もそうだけど、あたしが住んでいるこのお城自体、あたしにとっては退屈でつまらない場所。

「何か面白い事ないかなぁ……」

 今日も日課となっている騎士団や兵士達との剣の訓練を終え、ベッドに寝転がりなから誰に対してでもなく問うも、この部屋にはあたししかいない為その答えを返してくれる人は誰もいない。

 あたしは退屈しのぎのためにベッドから起き上がって窓の外を見渡すと、城下街である「トリスタの街」が眼下に広がっていた。

 そこには、多くの人々が行き来し、中には冒険者と思われる人の姿もいくつか見える。

 彼らは何を話しているのかここからでは分からないけど、仲間同士で楽しく話をしたりして街を歩いていた。

「楽しそうだなぁ……。冒険者の人達はあたしみたいに退屈なんかじゃなくて、きっと毎日が充実して楽しいんだろうなぁ……」

 窓枠に頬杖を付いて見ていると、思わずため息がもれる。

「……そうだ、あたしも冒険者になればいいんだ!」

 名案だ!
 あたしはそう思った!

 しかし、いくら何でも仮にもこの国の第三王女が冒険者になるのは流石にマズイかもしれない……。

 ならどうする……?

「そうだ……!変装をしようっ!」

 あたしのこの銀色のロングヘアーの髪型を変え、剣の練習に着ている服でも着て変装すればきっとバレないはず。

「そうと決まれば早速、実行よ!」

 あたしは急いでドレッサーへと向かうと、そこからからハサミを取り出し、ロングヘアを躊躇うこと無く切ってショートヘアへと髪型を変えた。

 次に首の辺りにある三日月と小さな星を組み合わせたようなの痣をチョーカーで隠す。

 最後に、服装もドレスを脱ぎ捨てて剣の練習に着ている厚手の服へと着替えると姿見の前に立った。

「うん、これなら一目であたしステラだとは分からないわね」

 そこに映っているのは今までのステラ・ムーン・トリエステではなく、一人のショートヘアーの冒険者風の女の子。

 名前はどうしよう……流石に今の名前を使うわけには行かないわね……。

 何か偽名を考えないと……。

(う~ん……)

 その場で腕組みをして考えること十数分……。

「よし!思いついたっ!今日からあたしは『ルーナ・ランカスター』よっ!」

「何が『思いついた!』ですか、ステラ様……」

 突然後ろから聞き覚えのある人物から声をかけられ、あたしは恐る恐る後ろを振り向いた。

「く……クロト……?いつからそこにいたの……?」

 すると、開かれたドアの前に青い鎧に身を包んだ黒髪の青年の姿があった。

「そうですね、ステラ様が姿見の前でうんうんと頭を悩ませている時からでしょうか?」

 ぜ……全然気が付かなかった……。

「ちょっと!ノックくらいしなさいよっ!曲がりなりにもあたしはトリエステの第三王女でレディなのよっ!?」

「ご自分で"曲がりなり"と仰いますか……。コホン……、ドアは何度もノック致しました。ドアの前でお声もお掛けしました。ですが、ステラ様のお返事がありませんでしたので、何かあったのではと思い、ご無礼は承知で入らせていただきました」

「うぐ……」

 クロトの返答にあたしは言葉を詰まらせる。

 彼の名は「クロト・ローランド」

 あたしの幼馴染にしてお目付け役である我が国の勇敢なる騎士の一人。

 幼馴染と言っても正確にはあたしの兄上で、次期国王の「エルト・ソル・トリエステ」の幼馴染であって、どちらかと言うとあたしは兄上のオマケとしてクロトとその妹、アリアと一緒に幼い頃よく遊び回っていた。

 そんな彼は従騎士となった頃から同期の人たちとは頭一つ飛び出しており、正式に騎士とった今では、トリエステ王国騎士団の有望株にして将来は騎士団長の最有力候補だったりする。

 剣の腕もかなり立ち、あたしが練習で何度挑もうとも決して勝てなかった。

 クロトの同期には勝てるのに……。

 そんな事は置いておいて、クロトはあたしの父上であるトリエステ国王に自らあたしのお目付け役を名乗り出たらしく、父上はそれを承認。

 しかも幼馴染なのをいいことに、アレはダメコレはダメ、ああしろだの、こうしろだの、かなり口うるさい。

 周りからの評価も人気も高いようだけど、あたしから言わせればただの口うるさい幼馴染だ。

 しかも、あたしよりも少し年上で力も強く、あたしの両親や兄上とも仲が良いため、尚更たちが悪い。

「それで、ステラ様は髪を切ってそのような格好までされてどうするおつもりですか?」

「クロト、あたしは冒険者になるわっ!」

 クロトの問にあたしは逆に開き直って高らかに宣言した!

 すると、クロトはため息をつきながら首を横に振っていた。

「あのなステラ……、冗談は休み休みにしてもらおうか……」

 クロトはドアを閉めてこちらへと歩いて来る。
 そして、ため息を付きつつあたしのささやかな胸を指さすと敬語から一転、タメ口であたしに話しかけてきた。

 彼は他の人がいる時には敬語だけど、あたしと二人きりのときは大体タメ口で話かけてくれる。

 コレはあたしから頼んだことで、幼馴染に他人行儀みたいに敬語を使われるのはなんか寂しいと言うと、他に誰もいない時にこうしてタメ口で話してくれる。

 それはいいのだけど……。

「どうしてあたしの胸を指さすのかしら……っ!?」

 あたしはクロトを睨みつけると、彼は腕組みをしてあからさまに胸から視線を逸らした。

「気のせいだ。それよりステラ、冒険者になるとはどう言うことだ。仮にもお前はこの国の第三王女様なんだぞ?騎士団の訓練だけならまだしも、冒険者になったとあっては流石に国王様も王妃様も黙ってはいないぞ……」

「冒険者のほうが楽しそうだからよ!」

「……ステラに何かあったら俺は騎士団長からは勿論、トリエステ王や王妃様、さらにエルトにまで責任を追及されるんだぞ?」

「あら、そんなに心配ならクロトもあたしに付いてくればいいでしょ?それならクロトはあたしをすぐ近くで見張れるし余計な心配もしなくて済む。あたしはこの退屈なお城から飛び出して冒険者になれる。まさにウィン・ウィンじゃない!」

「あのな……、俺は騎士団としての仕事もあるんだぞ?そんな暇があると思うか?」

「ならクロトも冒険者になればいいじゃない」

 あたしはそう言うと、クロトは額に手を当てて再びため息をついた。

「はぁ……。ステラ、お前は俺の話を聞いていたのか……?」

「聞いていたわよ?でも、あたしのお目付け役も大事な仕事なんでしょ?自分から名乗り出たくらいなんだから、さぞかし大事な役割なんでしょうねぇ~。だけど、クロトが来ないというのならそれならそれでいいわ。そうしたらあたしは羽を広げて伸び伸びと冒険者生活を謳歌してみせるわ」

 あたしは目を閉じると、その場でくるくると回転してみせる。

 そう、お目付け役という枷を外されたあたしは自由になるのよ。

「はぁ……分かったよ。ステラに付き合うよ。世間知らずなお姫様を放っておいたらどんなトラブルに巻き込まれるか分かったものじゃないからな……」

「それ、どういう意味よ……っ!」

 クロトはあたしの我が儘に遂に折れ、首を縦に振るも、あたしは彼に食ってかかる。

「そのままの意味だ」

「……まあいいわ。クロトが来てくれるというのならあたしも安心だわ。一人じゃ内心心細かったけど、あなたが来てくれるのなら心強いわ」

「その代わり、俺が危険だと判断したらいくらステラでも全力で止めるからな」

「ええ、わかったわ。それと、冒険者をしている間はあたしはステラじゃないわ。ルーナ・ランカスターよ!」

「はいはい、好きにしてくれ……」

「それじゃあ、クロト!さっそく街に出発よっ!」

 あたしはクロトの手を取ると部屋を飛び出したのだった。
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