パーフェクト・ドリーム

星野ステラ

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ひとりじゃない

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 夕方の国道八号線は混みあっていた。
 平日の朝や夕方なら、通勤ラッシュに巻き込まれるのも分かる。しかし、今日は土曜だというのにやたらと混んでいる。
 足繁く通っているゲームセンターに、二人で行った帰りのことだ。お互いの休日が合う日は、車を一台に乗り合わせて、遊びに行くことも多い。
「なんか今日、進むの遅いな」
 運転席の高松に声をかけた。
「この近くでお祭りやってるんですよ。花火大会もあるんで、夕方くらいに混み始めるのかも」
「全然知らんかった……」
 そういえば、朝に空砲が鳴っていた気がするなあ。
 それにしても、渋滞は思ったより酷い。先程から自転車と変わらないスピードで走っている。
 自分が運転しているわけでもないのに、ストレスを感じて、ポケットに入れていたタバコを取り出した。
「もうちょい進んだら裏から抜けるか。このままじゃ、帰りがいつになるか分からん」
 少しだけ窓を開けると、エアコンの効いた車内に生ぬるい風が入ってくる。押し返すように煙を吐いて、中央のドリンクホルダーに設置した、灰皿に灰を落とす。
「夏祭りか……」
「気になりますか?」
 最後に行ったのは、十年ほど前だろうか。
「よし。せっかくだから、行ってみるか!」
「おっ、良いですね」
 一人なら興味のないことでも、高松と一緒ならきっと楽しいのだと、そう思う自分に驚いていた。
「花火は何時から?」
「たしか二十時だったと思うんですよね」
 行くと決まれば俄然乗り気になる。タバコ片手にスマホでホームページを開いて、花火の打ち上げ開始時間と駐車場の場所を確認する。
 花火の打ち上げは確かに二十時からで、二時間ほどの余裕がある。
 もう裏道には出られるほど車も進んだし、ここから十分も走れば着く距離だろう。
「じゃあ、それまで腹ごしらえするか!」
 昼は軽いものしか食べなかったから、腹が減っている。
 焼きそばが食べたい。屋台だったら焼き鳥で一杯引っ掛けるのも……。いや、高松に運転させておいて、流石にそれはないだろう。
「俺もお腹空いてきちゃった。早く行きましょ!」
 思うように進まない国道を抜け出して裏道に入ると、今までの混雑が嘘のようにスイスイ進めた。土地勘があると、こういう時に楽が出来る。
「結局屋台ですよね」
「祭りなんて食いもんがメインだろ」
「尾上さんって、花より団子って言葉似合いますよね」
「今バカにしただろ。お前だってたいして変わらないのに」
 俺も浮かれているのか、声を上げて二人で笑いあった。




 川沿いに屋台が立ち並んでいる。
 時刻は十九時に近づき、そろそろ日も落ちる頃だというのに、屋台の光で辺りはまだまだ明るい。
 祭り囃子と人の声、お面をつけた子供に浴衣を着たカップル。華やかな祭りの雰囲気に一瞬で飲み込まれた。
「人すごいですね」
 見渡す限り人だらけだ。
「もうすぐ花火始まるからな。俺たちもさっさと腹ごしらえするか。お前も焼きそば食べる?」
「俺も食べたいです!」
 高松も浮かれているのか、屋台の『焼きそば』の文字に向かって、足早に歩き出した。
 白いシャツの高松を追いかける。人混みに紛れないよう、軽く手を握った。高松は少し驚いてこちらを確認していた。俺だと分かって嬉しかったのか、優しく微笑んで、繋いだ手を握り返してくれた。
 夏祭りで手を繋いで歩くなんて、人前でイチャつくカップルみたいだと思い、恥ずかしくなる。
 きっと雰囲気に飲まれているからなんだろう。目立たないし、誰も見ていないから、少しくらいは良いだろうと自分に言い聞かせた。
  焼きそばの屋台に着いても、高松は手を離そうとしない。財布を取り出す直前まで手を引かれ続けた。
 温もりが離れていくのは寂しい。人目も気にせずもっと繋いでいたかったなんて、きっと気の迷いだ。祭りの熱気にあてられているだけだ。
「これだけじゃ足りないから、もう一個何か買ってから食うかな……」
 焼きそば片手に辺りを見回してみる。
「アレなんてどうですか」
 高松が指を指した『アレ』とは、チョコバナナのことだった。確かに祭りでもないと食べないものだろう。普段はあまり甘いものを食べないけれど、せっかくの機会だ。
「いいな。じゃあ、俺買ってくるわ。焼きそば持ってて」
「はーい」
 屋台の前方に並べられた大量のチョコバナナ。茶色のものと白いものを一本ずつ選んだ。
 ポケットに手を突っ込む。ゲームセンターで両替した百円玉の残りがそれなりにあった。その中から代金を支払って、すぐに高松の元に駆け寄る。

 予め目星を付けておいた場所に移動し、芝生に腰を下ろした。
 オーソドックスな茶色のチョコバナナを高松に渡す。
「なあ、お前こういうの好きなんだろ?」
 高松は不思議そうにこちらを見つめてくる。その視線を引きつけるように、軽く舌を出し、白いチョコバナナを根元から舐め上げ、先端に口付けた。
「……なんだよ。フランクフルトの方が良かったか?」
「あのさあ……そういうの、大好きだけどさあ」
「ふふ。結局好きなんだな」
 目を見開いて驚く高松の顔は傑作だった。こんなにくだらないことでも分かりやすく反応してくれるから、ついついからかってしまう。
「もしかして、そのためにわざわざ白いの買ったんですか?」
「そうだけど?」
「……無駄に手が込んでる」
 空腹で鳴り続けていた胃袋に焼きそばとチョコバナナが収まった。チョコバナナは意外とボリュームがあり、思ったより腹は膨れた。それでも、せっかくの祭りをこれだけで終わらせてしまうのは惜しい。
 よし、第二陣行くか。



 ベビーカステラ、じゃがバター、今食べるには重いものばかりだ。今はきゅうりの一本漬けくらいの軽いものがいい。いや、焼き鳥も捨てがたい。やっぱり一杯引っ掛けたくなってしまう。
 ふらふら歩いていると、ある一角に子供が集まっている。横目で見ると、金魚すくいの屋台だった。
 懐かしいなあ。
 子供の頃は金魚すくいなんてさせてもらえなかった。今みたいに、遠巻きに見ているだけだった。
「金魚もだけど、俺生き物飼ったことないんですよね」
 高松も金魚すくいが気になったようだ。
「なんか、動物に好かれそうなのにな」
「自分のことだけど、そのイメージ分かる気がします」
 そう言って高松は笑った。
「俺は猫飼ってたんだよ。ちゃんと世話もしてたぞ」
 ふと、昔のことを思い出してしまった。
 子供の頃に飼っていた猫。俺が拾ってきた雑種の子猫のことだ。世話をする、大切に育てるからと両親を説得し、最期のその時まで家族として一緒にいた。
「猫好きなんですか? 俺はアレルギーとかもないし、尾上さんが迎えたいなら……」
「もう、何も飼う気はないよ。……俺より先にいなくなるんだから」
 その時の喪失感を、俺はもう二度と味わいたくない。お別れなんて、したくないに決まっている。
「……そっか」
「なんか、しんみりさせちゃって、ごめんな」
 しけた雰囲気にしたかったわけではない。ちょっとだけ場に似合わないことを思い出してしまっただけだ。
「……よし! 食べよう!」
 せっかくの祭りなんだから、パーッといかなければ楽しくない。
 さっきすれ違ったおっちゃんの右手に、プラカップに入ったビールを見てしまった。
 ……飲みたい。
 キンキンに冷えた中ジョッキの方が美味しいはずなのに、やたら美味そうに見えるのは何故だろう。
「せっかくだしビール飲む? それなら、俺が運転するけど……」
「今日はいいですよ。飲むなら一緒に飲みたいし。今はこういう甘いものの方が食べたいかな。ほらこれ! ……綺麗ですね」
 高松の視線の先に、きらきらと光る飴細工。
 りんご飴の屋台のようだが、俺のよく知るオーソドックスなものばかりが並んでいるわけではない。
「へえ……今はりんご飴でも色んなのあるんだな。青とか紫も。これは、みかん飴?」
 チョコレートや抹茶をまぶしたものもあれば、そもそもりんごじゃないものまである。こういうのをまとめてフルーツ飴というらしい。
「買いませんか? 小さいのなら食べきれるんじゃないかな」
「じゃあ、買ってみるか」
 ポケットから小銭を取り出した。
「すいません。オレンジと紫の小さいやつ一つずつ!」
 百円玉を六枚渡して、小ぶりのりんご飴を二つ受け取った。飴細工がつやつやと光って綺麗だった。
「あ……もうこんな時間。花火見ながら食べましょうか。俺、穴場知ってるんですよ」

 はぐれないようにと高松に手を引かれ、人混みを抜ける。屋台の列から少し離れた、河川敷の階段に二人で座った。
 辺りにちらちらと蛍光色の光が飛び交っている。おそらく蛍の光だろう。
「このオレンジ色のりんご飴、なんかお前っぽいよな。こういうのアレ……なんて言うの、イメージカラー?」
 明るくて、自然と周りに人が集まる、太陽みたいな高松にピッタリの色だ。
「じゃあ尾上さんは紫ですかね? 品のある感じ。いや、どっちかというとグレーのような気もするけど」
「そんなもんなのか。自分じゃわかんないもんだなあ」
 自分のイメージカラーなんて考えたこともなかった。自分なんか黒だろうと思うから、意外な答えだ。
 他人から見た自分と、自分が思う自分では差があるのかもしれない。
「お前から見て、俺はどんな奴なんだ?」
 ずっと気になっていた。高松から俺はどう見えているんだろうと。
「素直で優しい人ですよ。尾上さんは人と壁作っちゃうから、みんな知らないかもしれないけど。……勿体ないですね、こんなに素敵な人なのに」
 買い被りすぎだ。
 暗くて人付き合いも悪く、何かに打ち込む情熱もない。長い間、自分をダメな人間だと思っていたのに。
「なあ、高松。俺と一緒にいて楽しいか」
 高松はきっと、楽しいと言ってくれる。欲しい答えをくれる。それなのに、答えを聞くのが怖いんだ。
 冷たいアスファルトの上で、高松の手を握る。何かを訴えるように右手を重ねてしまう俺は、ずるい。
「楽しいですよ。急にどうしたんですか」
「……俺さ、高松のこと本当に好きなんだなって思うことがあるんだ。他人事みたいだけど」
 高松と一緒にいると楽しい。高松は明るくて面白くて、そもそも良い奴なんだけど、それだけじゃない。優しくて、俺のことを一番に考えてくれる。高松と一緒にいると、幸せだ。
 果たして、俺のこの気持ちは伝わっているのだろうか。
「作ってくれた夕飯を食べる時、隣で一緒に映画を見てる時、デートしてる時も。何回も何回も、お前のこと好きだなって思ってるんだぞ」
 もちろん良い事だけじゃない。煩わしいこともあれば、嫌な部分が見えることだってある。それでも、その何倍も高松を愛しいと思っている。
 他人に歩み寄ること、そして誠実であること。閉じていた俺の心を開いて、俺の世界を広げてくれたのは、紛れもない高松、お前なんだよ。
「……ありがとな」
「俺こそ、感謝してるんですよ。俺も尾上さんと生活してて楽しいことが多すぎて、あんまりにも幸せだから」
 暗くてよく見えないけれど、高松はこういう時……きっと笑っているんだ。




 二十時を迎えしばらく待っていると、気の抜けるような音がした。
 すぐに色とりどりの火花が咲いて、遅れて音がする。
「花火、綺麗ですね」
 こんなに綺麗なのに、すぐ散ってしまうんだからもったいない。儚いから綺麗なものもあるんだと人は言うけれど、俺はずっと見ていたくなってしまった。
 不健康で不摂生だからいつかポックリ逝くだろう、そう長くも生きられないだろうと思っていたのに。
 ずっと高松の隣にいたい。最近はそんなことばかり考えている。
「……綺麗だな」
 横目で高松を盗み見る。
 この世で一番綺麗な横顔だった。闇のように暗く、黒い瞳に色とりどりの花が咲いて、彼の目を輝かせていた。
 思わず息を呑む。
 ああ。こんなに綺麗な君を、俺は知らなかったんだ。
 重ねた指先に力がこもる。この手を離したくない。きっと、高松はどこにも行かないと信じているけれど、根拠なんてない。
「高松。なあ……ずっと一緒にいてくれないか」
 ──言ってしまった。
 高松は俺の元に繋ぎ止めておくにはもったいない男だ。だから、高松の気が変わるのも仕方がないし、別れを切り出されても引き止めないつもりでいた。
 でも、我慢なんて出来なくなってしまった。高松と釣り合わないと思うのなら、俺自身が変わるしかない。高松が俺から離れたくないと思うような、そんな人間になるしかない。誰からも認められる人間にはなれないけれど、理想に近づくための努力なら、きっと出来る気がする。
 俺はこんな歳になっても、今からでも、変われるのだろうか。
「どこにも行かないですよ。俺は尾上さんと一緒にいます」
 そう言って、高松は微笑む。彼の笑う顔が好きで、今だってこんなにも胸が高鳴っている。
 考えるより先に体が動いていた。身を寄せて、ゆっくり優しく口付けた。唇を触れ合わせるだけのキスを何度か繰り返した。 
「好きだ」
 いくら花火の音が大きくとも、高松には聞こえているだろう。いや、たとえ聞こえていなかったとしても、何回でも、聞こえるまで言ってやる。
「好きなんだ……」
 声が震える。胸の奥底から気持ちを吐き出しているみたいだ。喉の奥が詰まったようで、どうしてこんなに苦しいんだ。
「うん……俺も、尾上さんのこと好きだよ」
 抱きしめられて、優しく頭を撫でられている。
 俺は子供じゃない。守られるような人間じゃない。
「たかまつ」
 高松を抱きしめる腕に力が入る。肩口に顔を埋め、思い切り息を吸い込んだ。iQOS特有の匂い、焼きそばのソースの匂い、俺と同じ柔軟剤の匂い、そして甘い彼の匂い。

 ああ、死にたくねえなあ。死にたくねえよ。
 長生きしたいよ。俺もタバコ、iQOSにしようかなあ。


 空が暗く、星の光が見えるようになっても、しばらくそのままでいた。遠くからは、騒がしい祭りの音が聞こえる。
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