パーフェクト・ドリーム

星野ステラ

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これが恋だと知らないフリをした

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 人気者というのは大変なんだろう。俺にはよく分からないが、高松を見ているとそう思う。
 高松がチョロチョロと動くから、視界の端に入ってしまってどうしても気になってしまう。ゲースタに入って来るなり、カウンターで店員と話しこんでいたと思えば、他の常連と並んでパチンコを打っていたりする。常連の爺さんに肩を叩かれてデカイ声で笑っていたり、常連の女の子にお土産のお菓子をあげたり。とにかく、いつ見ても誰かと一緒にいる。こいつ何しに来てるんだと思わなくもないが、彼はお喋りが好きだから、ゲームは二の次なんだろう。
 明るくて楽しい、みんなの高松。そんな彼の視線が自分に向けられた時、心が踊ってしまう。俺は『みんな』の中の一人でしかないと気づいていても、気持ちまでは変えられない。知らないフリをするしかない。あまりにも不毛で、ただただ苦しい。


 これはきっと、格好いい友人へのあこがれだ。
 その日はゲースタの喫煙所で、最近できたラーメン屋の話をしていた。
 俺がよくラーメンを食べに行くと言えば、高松はオススメのラーメン屋を教えてくれる。実際に行ってみて本当に美味しかったからそれを報告して、またオススメを教えてもらう。そんなことを繰り返してはや三回目。彼はミーハーを自称していて、新しく出来た店にもとりあえず入ってみるのだという。本当に行動力の塊のような男だ。
「店が推してるのは塩なんで、せっかくだから塩ラーメン食べました。美味かったんで、是非!」
 すると丁度よく腹の虫が鳴ってしまった。高松にも聞こえていたようで、目線を合わせると楽しそうに笑う。腕時計を確認すると時刻は二十時。仕方ないだろう、一日仕事をした後で腹も減る頃だ。
「腹減ったな……」
「そうだ。尾上さん、この後時間あります?」
「なんも予定はないけど」
「これから行きませんか?」
「え……行きたい」
 思わず即答してしまった。断る理由もないのだが、高松から食事に誘われると変に緊張してしまう。俺で良いのか、俺といてお前は楽しいのかと聞きたくなってしまう。
「こっから近いんで、俺の車乗ってきますか?」
 高松はズボンのポケットから車の鍵を取り出した。
「じゃあ、乗ろうかな」
 たった数分でも、高松が運転するところを隣で見られる。ただでさえ助手席なんて緊張するのに。きっと様になっているんだろうな、彼はかっこいい奴だから。

 これはきっと人気者の友人に頼られることへの優越感だ。
「尾上さん! 確変中の台あるんですけど、打ちませんか?」
 その日は珍しく、シューティングの古いアーケードゲームに熱を上げていた。高松が話しかけてきたのは、ちょうど自機が爆発したタイミングだった。相変わらずのデカい声にビックリしてしまったのだ。
「今からちょっと出なきゃいけなくて、確変消化できないんですよ」
 どこかソワソワしていると思ったが、そういうことか。パチンコを打っている途中に電話がかかってきて、すぐに会社に戻らなければならないという。平日の昼間だし、そういうことはよくある。しかし今はまさに大当たり中。ゲームセンターは換金出来ないが、せっかくの大当たりをもったいないと思う気持ちは分かる。
「俺がもらっていいのか?」
「もちろんです」
 他に仲の良い常連もいるだろうに、俺を選んでくれたのだと思うと嬉しくなってしまう。そんなのはきっと彼の気まぐれでしかないのに、我ながらチョロくて嫌になる。
「今度どれだけ出たか教えてくださいね!」
 そう言って高松は去っていく。
 高松と話す口実が増えてしまった。俺はきっと、その度にまた苦しむのに。

 これはきっと人気者の友人に対する独占欲だ。
 その日はいつものように仕事をサボって、ゲースタでメダルゲームをしていた。
「痛い」
 キリキリと胃が痛む。一昔前に身体を壊した時よりはマシだが、胃腸が弱くなったのを感じる。俯いてゲーム画面を見ていると、胃酸が上がってくるのか少し気持ちが悪い。朝食を抜いただけでこんなに不快な思いをするものなのか。
「あ、尾上さんいた」
 背後から高松の声がする。ああ、次は俺の番か。
 あちらこちらで話しこんでいた高松が、缶コーヒーを片手に近づいてきた。
「間違えて微糖買っちゃったんですけど、飲みませんか?」
「あ? 俺が貰っていいのか?」
 差し出された微糖の缶コーヒーを受け取る。少し熱い。
「貰ってください。微糖飲む人っていったら尾上さんかな~って思って」
 微糖のコーヒーを飲む奴なんて他にもいるだろうに、わざわざ俺にくれるのか。チョロいもので、嬉しくなってニヤけそうになる顔をグッと引き締める。
「でもお前、微糖飲めるんじゃなかったか?」
 たまにだが微糖を飲んでいるのも見かけるし、苦手じゃないなら自分で飲めばいいのに。
「今はブラックが飲みたかったから」
 高松の左手には真っ黒なコーヒー缶が握られている。薬指が視界に入りそうで、慌てて目線を逸らした。 
 高松は空いている隣の椅子に座って、足を組んで俺の方に向き直った。
「尾上さん聞いてくださいよ」
 そこから泣きつくように始まった彼の愚痴。ブラックコーヒーを飲みながら、たわいもない、よくある話をオーバーに伝えてくる。話の中身はそれほど重要じゃなく、面白おかしく俺と話そうとしてくれているのが分かって嬉しい。よく喋るのに会話が一方通行ではないから、上手く喋らせるし、聞くのも上手だ。
「それでね。尾上さん、このゲーム今度一緒にしませんか? 長くするわけじゃないんで、ダメですか……?」
 高松に言われたら、素直にイエスと言ってしまう。それはたぶん俺じゃなくてもそうなんだろう。みんないつの間にか彼の魅力に惹かれている。だから、彼の周りには人が集まるのだ。
「いいよ。お前といると楽しいし」
 高松と一緒にいるのは楽しい。元々知り合いでもない、初めて話してからそれほど時間も経っていない相手にそう思うのだから、彼は本当に対人関係の才があるのだろう。
「ホントですか! 楽しみです」
 ニコニコと人懐っこく笑っているから、本当に嬉しいのかなと思わせられる。たとえ高松がみんなの思うほど良い奴じゃなかったとしても、きっとコイツは最後まで騙してくれるんだろう。
「捨ててきますね」
 缶コーヒーを飲み干した高松は、空になった俺の缶まで持っていってしまった。貰ったうえに捨てさせてしまって申し訳ない。
 とにかく良い奴なんだよな、あいつ。
 他の奴の所に行かないでくれなんて、女々しい言葉が頭に浮かんでは消えていく。……左手の薬指が気になってしまう自分が嫌だ。誰にでも優しいだけだと分かっているのに、特別な感情を抱いてしまう自分は醜いと思う。なんでもないことに絆されて、チョロいと言われればそれまでだが、好感度なんて積み重ねで出来ている。彼の面白さや優しさが自然と垣間見えるから、こいつは良い奴なんだと思ってしまうのかもしれない。
 キリキリとした胃の痛みはより一層強くなる。高松から貰ったものだからって、コーヒーなんて飲まなければ良かった。
「馬鹿みてえ……」
 ふいに呟いた言葉は誰にも届かないまま消えた。
 
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