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未練と決別

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藍川夢が岬診療所を退職した翌日から新しい看護師が来る事になっていた。


新任看護師の経歴に付いては謎も多いが、紹介者の黒崎ミチコは、

  
「歳は若いが看護師としてのキャリアは申し分ない」と、
太鼓判を押す。

釣りに出た先生の代わりに面接した藍川夢も、ミチコと同じく

  
「先生の仕事をそつなくフォロー出来る人材だと思います」

と、合格点を出した。

(雲母(きらら)遥…ふざけた名前だな…先祖は農民か、石切職人か……北海道出身…山猿みたいな風貌だな…ふぅ…)


先生は履歴書の証明写真に目を通し直接会っていない新しい看護師を診療所で待っていた。


(藍川なら…8時半には出勤していたのだが………)
 

藍川夢に未練タラタラな先生は、新しい看護師の欠点という程でも無い〝アラ〟探しに執着してしまう。



時刻は診察時間の午前9時になろうとしていた。




 「おっ、おはようございまぁ~すっ!」


(“遅よう”じゃないのか…9時1分前だぞ)


「初めましてっ!“きららはるか”ですっぅ、遅くなりましてっ…すみませんっ!!じつは……………」



息せき切り現れた新任看護師は、ざっくり編んだニットジャケットに何かを抱え込んでいた。

むっちりした脚にぴちぴちのブルージーンズ。真っ黒い剛毛っぽい縮れっ毛を後頭部で引っ詰め化粧っ気のない頬が真っ赤だった。ジャケットの中に何かを隠し持っているため腹部が盛り上がっている。

  

先生は思わず吹き出しそうになった。

     (…まるで女金太郎…)

先生は最初が肝心だと、わざと恐面を無理矢理作り



「初っ端から遅刻寸前か…いい度胸だなっ…お前、何を抱えてるんだっ 見せろっ!」




 「せっ先生っ! その前にヒビテンと、ブルーシートと…実は下の農道で車にひかれれた‘タヌキ’をレスキューしまして… 骨折だけかと…」


    
    「たっ、たぬきぃ!」



雲母遥は大事そうに瀕死のタヌキを抱き抱えていたのだ。




「ばっ、バカヤローっ 何故診察室へ連れて来たぁ!!!!ー!っ、
ダニが落ちるだろっ 車庫へ行けっぇ 車庫だぁ――っ俺が用意するからっ!診察室から出て行けーっ!」




(新しいバディとの初仕事が、 動物実験か…最低だなーーー)

『まぁ――っ!お兄様ぁっ、それできららさんのペースに嵌まって 〝タヌキ” のオペなさったのぉ?』


      「まあな…」

 電話から黒崎ミチコが愉快がる。

 『で…いかがでしたの、彼女の仕事ぶりは?』


「ふん…見かけは山猿だが……………動物相手だがまあ…合格だ、タヌキのわかりにくい静脈のラインをすぐに取りやがった…ベビーの急患も対応出来そうだな」


『まぁ…それは良かった。お兄様は山猿と彼女の見かけを揶揄されますが…………彼女…ものすごくセクシーですから、ご用心あそばせね!』


(誰がセクシーだ、…女金太郎めっ…)

先生はすっかり仕事への意欲が低下してきた。藍川夢に手酷く振られた心の傷を 〝雲母〟さんが埋められるかは、定かでない。

診察室を施錠して居室に入ると、以前なら藍川夢が何やかやと、先生の昼食の準備までしてから帰っていた。

今は、ダイニングテーブルの上は朝の食べ残したパンがそのまま残っていた。


昼食も夢に任せっきりだった癖が抜けていない先生はもう居ない看護師に思いを馳せる。

(…いなくなって初めて知るか…まぁ また二年前に戻るだけさ…)


ダイニングとサニタリーの間の扉が開いていた。



(ったくぅ…金太郎めっ! 使っい放っなしか……っくぅ……)


 
 先生がサニタリーを覗くと…


    「うっわあぁっ!」



「あれっ! 先生ぇっ!先生もお風呂ですか?…とってもいいお湯でぇ…つい湯舟を使わせて頂きましたっ…温泉気分を味わえましたぁ―」

雲母看護師は屈託無く、一糸纏わぬ裸の姿で先生に笑顔を向けた。


その姿は百戦錬磨のエロドクターをも唸らせる芸術的な美しい裸体だった。

一瞬魅了されながら先生は、すぐに視線を逸らすと…

「雲母っ!お前っぇ ちょっとは恥じらえっ…!!!!」


「ああ、先生…すみませんっ、ついアルバイトの癖で~」

雲母看護師はゆっくりと先生の目の前で下着を着け出す。



(おいっブラジャーからかっ!…下がまる見えだぞっ)



なんだかんだで先生はその裸体から目を逸らすことができずに、涎を垂らさんばかりに、雲母看護師の着替えを見ていた。

その躯はまさに見応えあるルノワールの浴女そのものだった。

雪国生まれだけあって抜けるような白い肌に程よい肉付きと腰のくびれ、女性らしい円みある輪郭とめり張りある凹凸の組み合わせ。完全なるモデュール。

臍から下腹部の脂肪が盛り上がり黒々とした豊かなデルタ地帯がむっちりした両太股の間に消えていく。真っ白い湿った柔肌に豊かで長い縮れ髪が濡れて張り付く姿は芸術的エロスの極地。

     


  (クッソ………ヤリてぇ~なぁ)




「先生っ …先生程の著名な美男ドクターは、ナースの裸なんて見慣れているでしょ? 私は全然平気ですから…観て下さい」




「お前なぁ…突っ込み過ぎだ…っ  雲母(きらら)はナースの他に何のバイトしているんだ?」





「先生っ ちょっとブラジャ―のホック留めて下さいよ…アルバイトはね…美大生のデッサンモデルです~結構いいので」


(なんで…俺がブラジャ―のホックを留めなきゃいけねぇんだぁ!)

文句の一つも出そなところ、先生は彼女の見事な肢体に触れてみたい…よこしまな欲望に負けた。



(これだったんだな…ミっちゃんの忠告は…)


雲母看護師の背後から流れる黒髪を掬いあげて彼女のうなじに見とれながらブラジャ―のホックを留める先生の股間は…激しく反り返ってきた。

   (くっ …痛ぇ―)


 「先生…ひょっとしてムラムラしてませんかぁ…?」

雲母看護師はボクサータイプのショーツに片脚を潜らせようと躯を丸めたので背後にいた先生の下腹部に臀部が触れていた。



「…してるぞ俺も男だからな…今履いたお前の下着をもう一度脱がせたい…ぞ」

先生の方に向き直った彼女はニッコリと微笑み…



「じゃ…これからパートナーとして挨拶代わりに…“しますぅ”? 」

無邪気にセックスを誘ってくる目の前の女に若くない先生の性欲が一瞬で萎えた。


  
 「…だめだ…萎えた―…」

先生はセクシーボディを前にして天井を仰いだ。





「え~残念…アタシのお尻が感じた〝坊や〟すご~く逞しそうだったのに…じゃぁ…先生ぇ またぁ…その気になったら私の〝アソコ〟の調子診察して下さ~い―」


(…うわっこの女ぁ何言ってるのか自覚してねぇなっ…)

彼女は手早く私服に着替えると



「先生っ…また来週お願いします」



      (格好を見ると、着太りして金太郎だが…わからないもんだ…女は…)




雲母遥(きららはるか)は、地元北海道の国立大学医学部看護学科を卒業した後、上京してK大学附属病院で三年間手術室担当看護師をしていたが…そこから三年間の空白の履歴は黒崎ミチコ以外誰も知らない。
先生もあえて詮索する気も無かった。


(ダメだ…清香のおっぱいで復活するぞっ!)


「ねえ…先生ぇ さっきからスマートフォンがブルプルしてるの、気になるわ…」



「いいんだ…どうせろくな電話じゃないさ…今夜は休みっ休みっ――なっもう一回、可愛がってくれよ…なぁ 」



天城湯ヶ島温泉馴染み旅館の一室で先生は芸妓清香姉さんの躯の上で何度も果てていた。


「先生っ…どうしたの?今夜の先生は凄く激しいんだから…」





先生は脚を投げ出し目を閉じて清香姉さんに全てを委ねている。


(…しかし、金太郎の身体…やべぇよな…襲ってしまいそうだ…)


先生の頭の中は 雲母看護師の裸体をどうやって拡げていこうか妄想が満開状態で 直ぐに下半身が起き上がってきた。



「あ~だめぇ…また着信よ…気が散るから出て下さい…先生」




    

   「クッソっ…誰だっ!!」


清香姉さんからスマートフォンを受け取り着信相手が娘だとわかった。

娘の顔を思い浮かべると性欲を貪っていた男から、枯れた父親の姿に急速に戻っていく。


  「清香…悪い…娘からだよ、今夜はお開きだ…」



  「ええ、ええ…残念だけど、そうしましょ…素敵なパパに戻ってね…先生っ、愛してる」

     ………………

       


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