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父と娘 と 怪しい男
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先生は、時差16時間のロスアンゼルスに住む息子タクヤに電話を入れた。
「おいっ、タクヤか」
「えっ、ダーっ! 何だよ、こんな朝っぱらからぁ」
「バカっ、こっちはもうすぐ深夜0時だよっ」
「どうしたの?」
暢気に答える息子に先生はいらつく。
「どうしたのじゃ、無いだろっ、お前にシュウジマチダの事を調べとけって言ったはずだよなぁ」
「ダディ…朝から血圧上がっちゃうよ」
「っ…バカヤローこっちは真夜中だバカ息子!ったく!誰に似たんだっ、お前も、ユキも!」
「僕は、生命学上はダディに似るはずないけど…な…こっちじゃ、そっくりだって良く言われるけどさ…ユキはー外見も中身も全くダディだよっ!あの無鉄砲で大胆さは誰にも真似でき無いんじゃないの?」
「っ…!!!そんなに酷いのか男関係がっ…」
先生は急に自分が若い頃、無鉄砲に女を取っ替え引っ替えして泣かせていた事を思い出して深刻になる。
「へぇっ男関係?何それっ…………違う、違うって、何にでも首突っ込んでトラブってる失敗しても懲りないんだ…よ…この前も……」
「この前ぇ!ユキのやつ!何やらかしたんだ?」
(確かに思い立ったらすぐ行動して失敗してもめげないあの強気な気性、俺そっくり…)
「なんだか意見の食い違う研修医をぶん殴ったとかで危うく訴訟ざた…あれ…ユキちゃんダディに報告してなかったぁ!…ヤバッ」
「なっ、殴ったぁ! 女をかぁ」
「なわけ無いでしょっよ… 男、 男っ、アングロサクソンのなまっちょろい奴だったまぁ、話しは付けたけどね…」
黒崎タクヤはロスアンゼルスを拠点に弁護士をしている。
戸籍上の妹については西海岸に住んでいるとはいえ、保護者として何を置いてもニューヨークへ飛んで行って問題を解決していた。
「ユキのやつ、なにやってんだっ全く…ところで、お前っぇ マチダはどうしたっ? 奴を調べたか」
「はいよっダァ~、シュウジ.マチダ、後で詳しい事メールするね」
「ああ、そうしてくれると助かる。で…何だ…」
「なにぃ?ユキの男関係?」
「まっ、まあな…」
電話の向こうで、慇懃にニヤつくタクヤの顔が浮かぶ。
「…っち」
「えっと、今はねぇいねえかな…勉強が忙しいみたいだよ…」
「その…マチダって奴におかしな真似されてないだろな」
「えーっ、相手は四十前のオヤジだよいくら物好きでもそれは無いでしょ」
「…いや、俺とミチルの遺伝子を受け継いでんだ…有り得る。タクヤっ、絶対に阻止しろよ俺も近々にそっちに行くからっ」
「ええー、いきなりぃっ! … まあ 好きにすればっ…
ユキの身辺は調べとくよっ」
「頼んだぞっ…じゃなっ」
…………
先生は、この日ばかりは娘なんか持つんじゃ無かったと悔んでいた。
早速パソコンにタクヤからのメールが入いると、シュウジマチダ…その経歴について先生も一目置かざるをえなかった。
T藝術大学中退。7年の空白の後スペインビエンナーレ大賞受賞その後は、パリ、ミラノの賞を総なめにして35歳でニューヨークに渡る。渡米していきなり近代建築デザインコンペデション金賞受賞。現代彫刻展第一席…
(…すげぇな
町田は空白の7年間をサグラダファミリアでひたすら石を彫っていたらしい… か。 どんな男だ…)
先生はインターネットで画像を検索した。
(あれ~…この面構え…見覚えあるな…… 何処かで…)
ネットのウィキペディアでもマチダ本人の過去や生い立ちについては語られていない。
(タクヤの情報がまだマシか…サグラダファミリアねえ…)
先生が手塩にかけて育てた一人娘が狼の毒牙にかかって傷つけられてはいないかと心配で眠るに眠れず悶々と朝を迎えていたちょうどその頃…
(実際は、ベビーシッターや香川君にまかせっきりで世界中の学会や大学の客員教授のお仕事でスタ○○ォードに居なかったじゃない、たまに女性で忙しくて子育て放棄に近いパパでしたね‥)
日本と時差13時間
ニューヨークでは、‘愛娘’黒崎ユキが問題の男、シュウジマチダのアトリエにいた。
彼女は父親に似て背が高く、真っ黒い髪を短く刈り込んでいた。
八頭身の小さな顔、長い睫毛に覆われた瞼の奥には、強い意志を表すかのような黒耀石を思わせる漆黒の瞳が鋭く目の前の対象物を睨んでいる。
「先生っ、朝ごはん持って来たよっ、いいかげん起きてくんない」
彼女は大学内の学生寮からさほど遠くないソーホーにあるシュウジ.マチダのアトリエに朝食の差し入れに来ていた。
「先生っ、いつまで寝てんのぉっ、いい加減起きろっつうの!」
気の強い彼女が薄いブランケットを引きはがしにかかる。
「…っわかった、黒崎っ…わかったから、もう少しだけ寝かせ..て」
再び睡魔に引き込まれそうなマチダを、そうはさせじと彼女が力任せにケットを引っ張った。
ブランケットを剥ぎ取ると、彼女は踵を返し洗濯物をランドリーへ運びながら…
「先生っ、いいオッサン’なんだから真っ裸で寝るなんて恥ずかしいマネは止めてよねっ! みっともないったら…今日は何がなんでも大学に来て貰いますから」
黒崎ユキの決意は固い。
(…まいったなぁ)
マチダはバスタオルを急遽腰に巻き仕方なくバスタブに向かった。
推定身長190の髭面の中年男は、作品に没頭すると延々と寝ずに何日も作品を彫り続けられる強靭な肉体と精神を保っていた。
そのワイルドな容姿とクレーバーなライフスタイルに憧れて数多くの女が入れ代わり立ち代わり出入りしている。
「おーい、黒崎ぃ…今日は必ず大学へ行くから、先に行って待っててくれっ」
マチダはバスタブから黒崎ユキに声を掛ける。すると、間髪いれず浴室の扉が開いたかと思うと…
「先生っ、何っ寝言言ってるのよっ…先生の寝言には金輪際、騙されませんさっさと出てきて納豆ご飯食べましょうっ」
黒崎ユキは、容姿こそ父親の黒崎ヒカルに似ているが、お節介な性格は亡き母親に似ているかも知れない。
マチダは、黒崎ユキの父親の顔を強烈に覚えていた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
昔、高校の同級生の入院先で変わった医者と浅草まで焼肉弁当を買いに行った事があった。
町田柊士と名乗っていた頃
高校と言ってもほとんど出席せずに街中を半グレ仲間とウロつき、喧嘩して何度も警察のお世話になった札付きの悪ガキだった。
たまたま 行きがかりで 助けた女子高生。
焦りながらも無意識にお世話になってる警察に電話していた。
……俺…何やってんだ…
と自分の内面に善良な部分が残っていた事に戸惑っていた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞
黒崎ユキが話す彼女の家族…父親は 有名な元Т大学の医者。後にも先にも町田柊士が知っている医者と言えばその男しか知らないのだが…黒崎ユキが強烈に印象に残っているその男に瓜二つなのだ。
(黒崎の強引さ……親父とそっくりだな)
マチダは思わず苦笑する。
強引でお節介、トラブルメーカーな学生…。
(えらいのに見込まれたもんだ…)
【amante】
と名付けたブロンズ像。
町田柊士は絶対買い手の付かない値段を設定してでもと、美術商に懇願されデモで展示会に貸し出していたにも関わらず、4万$を3万$まで値切って買い落とした黒崎ユキ。
「コロ〇ビアの学生で、シュウジのまな弟子」だと嘘までついて…美術商から相談の電話が入った時、町田柊士は迷いに迷ったが…過去からの訣別のいいきっかけかと腹を括った。
日頃、何かと世話をやいてくれる黒崎ならと…手放しはしたが、3万$もの大金何処から用立ててきたのか、あの親が用立てるようなバカな真似はしないだろと町田柊士は怪訝に思っていた。万が一怪しい金に手だししているなら、すぐに弁済してやる腹積もりでいた。
(俺に一言頼めばもっと値のつく物をくれてやったのに…わざわざ‘アレ’とは…)
町田柊士は熱いシャワーで少しづつ眠気から覚醒してきた。
納豆めしか…
好物の一つ、納豆と聞くと前夜酒と女に溺れ食事らしいものを胃に納めていなかったせいか町田柊士の胃が収縮し、その音が浴室に響いた。
…やれ、お転婆嬢ちゃんの朝メシ食ってやるかー
この話しが、まさかの過去への再会への序奏になるとは…町田柊士は夢にも思っていなかった。
痛みを伴う過去の清算…
【岬診療所】
普段と変わらぬ朝がおとづれる。
明け方まで眠れずリビングで一晩を明かした黒崎先生は、ソファーでうたた寝していた。
台所からグツグツと煮炊きする音と空腹を刺激する匂いが先生の五感を刺激する。
「いい匂いだなぁ」
「先生っ、まだ寝ていて下さい」
「夢ちゃんか、今日はえらく早いじゃないか…ふぁはぁぁーあっ」
欠伸と共に上半身を思い切り伸ばしはしたが、ソファーで体を曲げて寝込んでいた先生の体に痛みが走る。
「…痛っててぇっ」
先生の朝食準備を手際よくこなしながら相変わらず口は達者で
「不精してそんなところで寝るからですよっ…まったく、医者の不養生って言葉は先生のための諺ですね…早く来たのは、今日中にレセプト業務を終わらせたいからです。
もうすぐ朝食できますから 食べてください。それから、あまり早く診察室に来ないでくださいっ!請求の邪魔ですからっ」
診療所唯一の看護師兼事務員の藍川夢は、今では家政婦も兼務するスーパー従業員だった。
自分の本業で午後と日曜日は無いに等しく、小さな躰をフルに使って精力的に働いていた。
そして…
彼女が切に望んでいた看護師としての紛争地域への派遣が現実みを帯びてきた。 東欧のある国の覇権を巡り激しい紛争が勃発。多くの民間人が他国に難民として流入しまだ当事国内に多くの負傷者が取り残されている。ほとんどがカトリック教徒であり、夢の教会本庁も国際赤十字 国連難民支援 民間の医療支援団体の活動と共同歩調を取り現地で救援活動に参加する事になったため、教会職員で希望する者を派遣する方針となった。
手早く朝食を作り テーブルセッティングを終わらすと、
「先生っ ご用意出来たので お食べ下さい。私は請求を診察時間までに、終わらせますから…」
診療所は診療スペースと先生のプライベートスペースに分かれている。診療所の廊下の突き当たりの扉の向こう側が黒崎先生のプライベートスペースになっていて、診療所の正面入り口を素通りして建物にそって犬走りを半周した太平洋に面したポーチが居宅の玄関だった。
夢は勿論診療所と行き来出来る扉から出入りしている。
「まぁ夢ちゃん、請求たって10日までだろ?一緒に朝飯食ってきゃいいじゃん…」
パジャマをTシャツとチノパンに着替えるだけで 白衣を羽織れば医師。脱げば釣り好きなオヤジに早変わりする。
「ありがとうございます。ご厚意だけ頂きます。」
あっさり断られた先生は、拗ね気味に朝食を1人でむさぼり食う。
……全く愛想の無いナースだよな…もう少し可愛げがありゃ男がほっとかないだろうに…三十にもなって男気なしとは…
夢ちゃん、くらいの美貌とアタマありゃ男次第で、優秀な子孫が、残せるがな…人類の損失だな…
快楽の為のセックスと子孫を残す為の生殖行為を完全に分けて考えている先生は、優秀な女性を見ると直ぐ優秀な血統を残す事に繋げてしまう。
8時過ぎ 玄関のチャイムが鳴った。
先生は、口一杯ベーコンエッグをほうばり 右手にトーストを持ったまま
…こんな朝っぱらからなんだよっくぅ!
施錠を外し扉を開けると
「先生っ アメリカから荷物きましたよっ、木箱の船便なんで …」
宅配業者も普段は診察終了間際の昼に来るのがお決まりになっているのに、朝っぱらから荷物が届くとは、と先生は眉間に皺寄せて
口の中のベーコンエッグをモグモグと咀嚼しながら送り状を確認した。
「兄ちゃん これ 食えっ」と手に持っていたトーストを配達ドライバーに押し付けた。
…ユキか……
その頃 レセプト業務に追われていた夢は 診察時間前にもかかわらず鳴った電話の受話器を取った。
…急患
「はいっ、岬診療所…藍川です、あっ、先生…っ、おはようございますっ…はい、…今いらっしゃいますので、内線にお繋ぎします。」
『 先生っ、ミチコ先生からお電話です』
「おっ、来たかぁ~♪」
先生は、いそいそとコードレス電話を受け取ると、
「もしもし、ミっちゃんっ、いつも頼み事ばかりで済まないね…」
『お兄様…やはり詳しくは今後の成長次第ですが、画像からだと…成長軟骨が半分近く損傷してますわ…おそらく変形は避けられなでしょう…早急に専門医をご紹介されては…どうですか?』
漁協長の息子がサッカーの試合で骨折したが、今では試合に出るまでに回復していた。ところが どうも足首が歪んで見える と相談されていた。
診療所のレントゲンでざっと診たところ骨の成長線が損傷したまま骨折だけが回復し 成長線の損傷部分の骨が未成長の為歪みが出てきていると診断していた。
詳しく検査する必要があるため 鎌倉の黒崎総合病院へ紹介していた。
「そうか…わかった。小児整形と形成のドクターは三浦に探させるわ…助かったよ…でだ、もう一つ頼みがね」
『何でしょう?』
「実は久しぶりにアメリカへ遊びに行きたいんだが、ほらっ、な、その何だ、…何日も診療所を留守に出来ないし…」
『ユキちゃんの事ですか…?』
「まぁ…そう、そうなんだ、…で、なぁ…休暇の何か、いい口実が、ねえかな…と…講演とか、学会とかこの際何だって適当に受けるけど…」
『ネバダ州で外科学会がありますが…』
「ベガスかぁ…遊べそうだが…今回はさぁ、東海岸がいいな…そう時間もねえし…」
『………………』
「おっ、!それ戴きっ…なんちゅうタイミングだっ、池田先生のお楽しみ…横取りしていいのかな?」
『……………』
「うちの牧師姉ちゃんに言わせたら、‘神の導き’だなっ…勿論、ミッちゃんは俺の幸運の女神だよっ、その学会抑えてくれっ! 座長でも講義でも何でもするからっ…おう…ありがとうミッちゃん、マジで愛してるよ~」
『!』
「わかってるよ、はい、 はい、そろそろ診察の時間だから…はいじゃなっ」
「おいっ、タクヤか」
「えっ、ダーっ! 何だよ、こんな朝っぱらからぁ」
「バカっ、こっちはもうすぐ深夜0時だよっ」
「どうしたの?」
暢気に答える息子に先生はいらつく。
「どうしたのじゃ、無いだろっ、お前にシュウジマチダの事を調べとけって言ったはずだよなぁ」
「ダディ…朝から血圧上がっちゃうよ」
「っ…バカヤローこっちは真夜中だバカ息子!ったく!誰に似たんだっ、お前も、ユキも!」
「僕は、生命学上はダディに似るはずないけど…な…こっちじゃ、そっくりだって良く言われるけどさ…ユキはー外見も中身も全くダディだよっ!あの無鉄砲で大胆さは誰にも真似でき無いんじゃないの?」
「っ…!!!そんなに酷いのか男関係がっ…」
先生は急に自分が若い頃、無鉄砲に女を取っ替え引っ替えして泣かせていた事を思い出して深刻になる。
「へぇっ男関係?何それっ…………違う、違うって、何にでも首突っ込んでトラブってる失敗しても懲りないんだ…よ…この前も……」
「この前ぇ!ユキのやつ!何やらかしたんだ?」
(確かに思い立ったらすぐ行動して失敗してもめげないあの強気な気性、俺そっくり…)
「なんだか意見の食い違う研修医をぶん殴ったとかで危うく訴訟ざた…あれ…ユキちゃんダディに報告してなかったぁ!…ヤバッ」
「なっ、殴ったぁ! 女をかぁ」
「なわけ無いでしょっよ… 男、 男っ、アングロサクソンのなまっちょろい奴だったまぁ、話しは付けたけどね…」
黒崎タクヤはロスアンゼルスを拠点に弁護士をしている。
戸籍上の妹については西海岸に住んでいるとはいえ、保護者として何を置いてもニューヨークへ飛んで行って問題を解決していた。
「ユキのやつ、なにやってんだっ全く…ところで、お前っぇ マチダはどうしたっ? 奴を調べたか」
「はいよっダァ~、シュウジ.マチダ、後で詳しい事メールするね」
「ああ、そうしてくれると助かる。で…何だ…」
「なにぃ?ユキの男関係?」
「まっ、まあな…」
電話の向こうで、慇懃にニヤつくタクヤの顔が浮かぶ。
「…っち」
「えっと、今はねぇいねえかな…勉強が忙しいみたいだよ…」
「その…マチダって奴におかしな真似されてないだろな」
「えーっ、相手は四十前のオヤジだよいくら物好きでもそれは無いでしょ」
「…いや、俺とミチルの遺伝子を受け継いでんだ…有り得る。タクヤっ、絶対に阻止しろよ俺も近々にそっちに行くからっ」
「ええー、いきなりぃっ! … まあ 好きにすればっ…
ユキの身辺は調べとくよっ」
「頼んだぞっ…じゃなっ」
…………
先生は、この日ばかりは娘なんか持つんじゃ無かったと悔んでいた。
早速パソコンにタクヤからのメールが入いると、シュウジマチダ…その経歴について先生も一目置かざるをえなかった。
T藝術大学中退。7年の空白の後スペインビエンナーレ大賞受賞その後は、パリ、ミラノの賞を総なめにして35歳でニューヨークに渡る。渡米していきなり近代建築デザインコンペデション金賞受賞。現代彫刻展第一席…
(…すげぇな
町田は空白の7年間をサグラダファミリアでひたすら石を彫っていたらしい… か。 どんな男だ…)
先生はインターネットで画像を検索した。
(あれ~…この面構え…見覚えあるな…… 何処かで…)
ネットのウィキペディアでもマチダ本人の過去や生い立ちについては語られていない。
(タクヤの情報がまだマシか…サグラダファミリアねえ…)
先生が手塩にかけて育てた一人娘が狼の毒牙にかかって傷つけられてはいないかと心配で眠るに眠れず悶々と朝を迎えていたちょうどその頃…
(実際は、ベビーシッターや香川君にまかせっきりで世界中の学会や大学の客員教授のお仕事でスタ○○ォードに居なかったじゃない、たまに女性で忙しくて子育て放棄に近いパパでしたね‥)
日本と時差13時間
ニューヨークでは、‘愛娘’黒崎ユキが問題の男、シュウジマチダのアトリエにいた。
彼女は父親に似て背が高く、真っ黒い髪を短く刈り込んでいた。
八頭身の小さな顔、長い睫毛に覆われた瞼の奥には、強い意志を表すかのような黒耀石を思わせる漆黒の瞳が鋭く目の前の対象物を睨んでいる。
「先生っ、朝ごはん持って来たよっ、いいかげん起きてくんない」
彼女は大学内の学生寮からさほど遠くないソーホーにあるシュウジ.マチダのアトリエに朝食の差し入れに来ていた。
「先生っ、いつまで寝てんのぉっ、いい加減起きろっつうの!」
気の強い彼女が薄いブランケットを引きはがしにかかる。
「…っわかった、黒崎っ…わかったから、もう少しだけ寝かせ..て」
再び睡魔に引き込まれそうなマチダを、そうはさせじと彼女が力任せにケットを引っ張った。
ブランケットを剥ぎ取ると、彼女は踵を返し洗濯物をランドリーへ運びながら…
「先生っ、いいオッサン’なんだから真っ裸で寝るなんて恥ずかしいマネは止めてよねっ! みっともないったら…今日は何がなんでも大学に来て貰いますから」
黒崎ユキの決意は固い。
(…まいったなぁ)
マチダはバスタオルを急遽腰に巻き仕方なくバスタブに向かった。
推定身長190の髭面の中年男は、作品に没頭すると延々と寝ずに何日も作品を彫り続けられる強靭な肉体と精神を保っていた。
そのワイルドな容姿とクレーバーなライフスタイルに憧れて数多くの女が入れ代わり立ち代わり出入りしている。
「おーい、黒崎ぃ…今日は必ず大学へ行くから、先に行って待っててくれっ」
マチダはバスタブから黒崎ユキに声を掛ける。すると、間髪いれず浴室の扉が開いたかと思うと…
「先生っ、何っ寝言言ってるのよっ…先生の寝言には金輪際、騙されませんさっさと出てきて納豆ご飯食べましょうっ」
黒崎ユキは、容姿こそ父親の黒崎ヒカルに似ているが、お節介な性格は亡き母親に似ているかも知れない。
マチダは、黒崎ユキの父親の顔を強烈に覚えていた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
昔、高校の同級生の入院先で変わった医者と浅草まで焼肉弁当を買いに行った事があった。
町田柊士と名乗っていた頃
高校と言ってもほとんど出席せずに街中を半グレ仲間とウロつき、喧嘩して何度も警察のお世話になった札付きの悪ガキだった。
たまたま 行きがかりで 助けた女子高生。
焦りながらも無意識にお世話になってる警察に電話していた。
……俺…何やってんだ…
と自分の内面に善良な部分が残っていた事に戸惑っていた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞
黒崎ユキが話す彼女の家族…父親は 有名な元Т大学の医者。後にも先にも町田柊士が知っている医者と言えばその男しか知らないのだが…黒崎ユキが強烈に印象に残っているその男に瓜二つなのだ。
(黒崎の強引さ……親父とそっくりだな)
マチダは思わず苦笑する。
強引でお節介、トラブルメーカーな学生…。
(えらいのに見込まれたもんだ…)
【amante】
と名付けたブロンズ像。
町田柊士は絶対買い手の付かない値段を設定してでもと、美術商に懇願されデモで展示会に貸し出していたにも関わらず、4万$を3万$まで値切って買い落とした黒崎ユキ。
「コロ〇ビアの学生で、シュウジのまな弟子」だと嘘までついて…美術商から相談の電話が入った時、町田柊士は迷いに迷ったが…過去からの訣別のいいきっかけかと腹を括った。
日頃、何かと世話をやいてくれる黒崎ならと…手放しはしたが、3万$もの大金何処から用立ててきたのか、あの親が用立てるようなバカな真似はしないだろと町田柊士は怪訝に思っていた。万が一怪しい金に手だししているなら、すぐに弁済してやる腹積もりでいた。
(俺に一言頼めばもっと値のつく物をくれてやったのに…わざわざ‘アレ’とは…)
町田柊士は熱いシャワーで少しづつ眠気から覚醒してきた。
納豆めしか…
好物の一つ、納豆と聞くと前夜酒と女に溺れ食事らしいものを胃に納めていなかったせいか町田柊士の胃が収縮し、その音が浴室に響いた。
…やれ、お転婆嬢ちゃんの朝メシ食ってやるかー
この話しが、まさかの過去への再会への序奏になるとは…町田柊士は夢にも思っていなかった。
痛みを伴う過去の清算…
【岬診療所】
普段と変わらぬ朝がおとづれる。
明け方まで眠れずリビングで一晩を明かした黒崎先生は、ソファーでうたた寝していた。
台所からグツグツと煮炊きする音と空腹を刺激する匂いが先生の五感を刺激する。
「いい匂いだなぁ」
「先生っ、まだ寝ていて下さい」
「夢ちゃんか、今日はえらく早いじゃないか…ふぁはぁぁーあっ」
欠伸と共に上半身を思い切り伸ばしはしたが、ソファーで体を曲げて寝込んでいた先生の体に痛みが走る。
「…痛っててぇっ」
先生の朝食準備を手際よくこなしながら相変わらず口は達者で
「不精してそんなところで寝るからですよっ…まったく、医者の不養生って言葉は先生のための諺ですね…早く来たのは、今日中にレセプト業務を終わらせたいからです。
もうすぐ朝食できますから 食べてください。それから、あまり早く診察室に来ないでくださいっ!請求の邪魔ですからっ」
診療所唯一の看護師兼事務員の藍川夢は、今では家政婦も兼務するスーパー従業員だった。
自分の本業で午後と日曜日は無いに等しく、小さな躰をフルに使って精力的に働いていた。
そして…
彼女が切に望んでいた看護師としての紛争地域への派遣が現実みを帯びてきた。 東欧のある国の覇権を巡り激しい紛争が勃発。多くの民間人が他国に難民として流入しまだ当事国内に多くの負傷者が取り残されている。ほとんどがカトリック教徒であり、夢の教会本庁も国際赤十字 国連難民支援 民間の医療支援団体の活動と共同歩調を取り現地で救援活動に参加する事になったため、教会職員で希望する者を派遣する方針となった。
手早く朝食を作り テーブルセッティングを終わらすと、
「先生っ ご用意出来たので お食べ下さい。私は請求を診察時間までに、終わらせますから…」
診療所は診療スペースと先生のプライベートスペースに分かれている。診療所の廊下の突き当たりの扉の向こう側が黒崎先生のプライベートスペースになっていて、診療所の正面入り口を素通りして建物にそって犬走りを半周した太平洋に面したポーチが居宅の玄関だった。
夢は勿論診療所と行き来出来る扉から出入りしている。
「まぁ夢ちゃん、請求たって10日までだろ?一緒に朝飯食ってきゃいいじゃん…」
パジャマをTシャツとチノパンに着替えるだけで 白衣を羽織れば医師。脱げば釣り好きなオヤジに早変わりする。
「ありがとうございます。ご厚意だけ頂きます。」
あっさり断られた先生は、拗ね気味に朝食を1人でむさぼり食う。
……全く愛想の無いナースだよな…もう少し可愛げがありゃ男がほっとかないだろうに…三十にもなって男気なしとは…
夢ちゃん、くらいの美貌とアタマありゃ男次第で、優秀な子孫が、残せるがな…人類の損失だな…
快楽の為のセックスと子孫を残す為の生殖行為を完全に分けて考えている先生は、優秀な女性を見ると直ぐ優秀な血統を残す事に繋げてしまう。
8時過ぎ 玄関のチャイムが鳴った。
先生は、口一杯ベーコンエッグをほうばり 右手にトーストを持ったまま
…こんな朝っぱらからなんだよっくぅ!
施錠を外し扉を開けると
「先生っ アメリカから荷物きましたよっ、木箱の船便なんで …」
宅配業者も普段は診察終了間際の昼に来るのがお決まりになっているのに、朝っぱらから荷物が届くとは、と先生は眉間に皺寄せて
口の中のベーコンエッグをモグモグと咀嚼しながら送り状を確認した。
「兄ちゃん これ 食えっ」と手に持っていたトーストを配達ドライバーに押し付けた。
…ユキか……
その頃 レセプト業務に追われていた夢は 診察時間前にもかかわらず鳴った電話の受話器を取った。
…急患
「はいっ、岬診療所…藍川です、あっ、先生…っ、おはようございますっ…はい、…今いらっしゃいますので、内線にお繋ぎします。」
『 先生っ、ミチコ先生からお電話です』
「おっ、来たかぁ~♪」
先生は、いそいそとコードレス電話を受け取ると、
「もしもし、ミっちゃんっ、いつも頼み事ばかりで済まないね…」
『お兄様…やはり詳しくは今後の成長次第ですが、画像からだと…成長軟骨が半分近く損傷してますわ…おそらく変形は避けられなでしょう…早急に専門医をご紹介されては…どうですか?』
漁協長の息子がサッカーの試合で骨折したが、今では試合に出るまでに回復していた。ところが どうも足首が歪んで見える と相談されていた。
診療所のレントゲンでざっと診たところ骨の成長線が損傷したまま骨折だけが回復し 成長線の損傷部分の骨が未成長の為歪みが出てきていると診断していた。
詳しく検査する必要があるため 鎌倉の黒崎総合病院へ紹介していた。
「そうか…わかった。小児整形と形成のドクターは三浦に探させるわ…助かったよ…でだ、もう一つ頼みがね」
『何でしょう?』
「実は久しぶりにアメリカへ遊びに行きたいんだが、ほらっ、な、その何だ、…何日も診療所を留守に出来ないし…」
『ユキちゃんの事ですか…?』
「まぁ…そう、そうなんだ、…で、なぁ…休暇の何か、いい口実が、ねえかな…と…講演とか、学会とかこの際何だって適当に受けるけど…」
『ネバダ州で外科学会がありますが…』
「ベガスかぁ…遊べそうだが…今回はさぁ、東海岸がいいな…そう時間もねえし…」
『………………』
「おっ、!それ戴きっ…なんちゅうタイミングだっ、池田先生のお楽しみ…横取りしていいのかな?」
『……………』
「うちの牧師姉ちゃんに言わせたら、‘神の導き’だなっ…勿論、ミッちゃんは俺の幸運の女神だよっ、その学会抑えてくれっ! 座長でも講義でも何でもするからっ…おう…ありがとうミッちゃん、マジで愛してるよ~」
『!』
「わかってるよ、はい、 はい、そろそろ診察の時間だから…はいじゃなっ」
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