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最終章其の二

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江戸 新吉原 《伊勢や》
張り見世の遊女を横目に 山岡頭巾の二人の侍が伊勢やの暖簾を潜った。侍が暖簾を潜って表に姿を表せば 直ぐ様 楼主人が出迎える。

「これは、岩井様っ 田宮様も…よくお越し下さりました。揚羽花魁が首を長くしてお待ち申しておりますよ。さっさ、奥へお上がりください。」


下前田藩筆頭家老岩井弾膳は、揚羽花魁にぞっこんだったが、揚羽に素気無くされどうしであったが 執拗に伊勢やに通い詰めていた。


ある時、田宮佐兵衛を同行させたところ揚羽太夫が拒まず宴席に姿を表した事に味をしめて、田宮を常に共だって来ていた。

しかし、揚羽花魁がぞっこんの田宮佐兵衛は、可笑しな嗜みがあり色香漂う遊女には目もくれず、花魁の周りで侍る選りすぐりの禿が初見世する時を待ち望んでいるような男であった。


 「太夫… 岩井様の御相手頼めますまいか…岩井様は我下前田藩の屋台骨…岩井様あっての我が藩。ここは私めの顔を立てて下さらぬか?…決して悪い様には致さぬゆえ…」


「田宮様…あちきの主さんは 貴方様と心に決めてありんす。この吉原で一番の大見世 《伊勢や》の筆頭花魁と言えど、所詮は遊女。躰を売っての生業。主さんの御言付けとあれば、揚羽は岩井様に抱かれもしましょう…主さん 揚羽の気持ち受け取ってくりゃんせ…」


  …今宵こそは、と岩井様に念を押された…
これ以上引き伸ばせば 如何なる災い押し付けられるやもしれぬ。
悪いが 揚羽太夫には 私のコマとして働いてもらうぞ…



吉原遊郭《伊勢や》の二階に 揚羽太夫の寝屋が設られていた。

江戸広しと言えど 吉原の大見世遊郭の筆頭花魁は 余程信頼している大店の店主か 花魁直々の眩(まぶ)男以外はわざわざ自分の寝屋に招き入れる事はない。

大金を積み上げても 座敷ですら同席を拒む事が出来るのも、吉原の花魁の特権だった。


 「田宮佐兵衛… 良き働きをしてくれた。今宵はやっと念願が其方の働きで叶うと言うもの…ククク…ク…
国表にて 其方の国家老推挙いたすわ、約束。必ずや私の手足となって国表をまとめ上げてもらわねばな…」

脇息に上半身を預け禿が注ぐ酒をゆるりと飲み干しながら、床入りの手筈が整うのを岩井弾膳がまちわびていた。

揚羽太夫は、田宮佐兵衛の情の無い頼みも僅かな望みを託して岩井弾膳と寝屋を共にする事を承知した。

伊勢やにとっては、宴席を設けるたび大金を落としていく 下前田藩江戸家老岩井弾膳は、是が非でも繋ぎ止めておきたい客だった。

「…っく、太夫も引っ張るだけ引っ張っておいて、ここに来てあっさり寝屋を共にする事を御承知とは…なかなかの遣り手でございますよ
ねぇ 旦那さん」

伊勢やの古株の[遣手婆]が 伊勢やの楼主に揚羽太夫の寝屋の整いが出来た事を伝えに来た。

  「太夫も辛い決心かも知れませんよ、あれ程好いている田宮様にあっさり袖にされたも同然の仕打ち…」

煙管をポンと長火鉢の角に打ち付け 新しい煙草を火皿に固く詰めると、炭火に当てがい 吸い口をちゅっちゅっっと吸ってみれば、火皿の煙草から僅かに白煙が揺らいだ。

スーッと息を吸うように肺の奥深くまで煙草の煙を流し込むと、ふーと煙を鼻から口から吐き出して、楼主はゆっくり言葉を選びながら
古株の遣手婆に、

「岩井様は ほどほどに酒が回ってきてますかね…?」


 「禿好きの田宮様が 周りに禿を侍らせ上機嫌なのを見ながら
揚羽はまだかと 御酒が進んでいる様子…」

遣手婆の話しに
 
 「上々、岩井様には申し訳ないが、揚羽の寝屋であわよくば酔い潰れて頂ければ、揚羽も体面は保てよう…」

 伊勢や の大看板 揚羽に
    嫌々の客を無体にとらすわけにもいくまいよ…
……ましてや 下級武士如きにうちの大看板をコケにされちゃあ…吉原の伊勢やの名折れ…

覚悟を決め、遊女に徹しようと揚羽太夫は 三枚重ねの敷布団の前で、岩井弾膳が来るのを待っていた。

 「いっ岩井さまっ、」
二階番男衆の声が廊下の先から聞こえてきた。

「気遣い無用じやぁっ 揚羽っ 揚羽は何処じゃっ
早う揚羽の元に案内(あない)いたせっ」

岩井弾膳は 長い時間 田宮佐兵衛と禿の艶かしいやり取りを目の前で見物させられ 己れは約束の揚羽太夫から捨て置かれているようで 酒を口に運ぶ数が増える一方だった。

ようやく遣手婆から 用意が整った と知らされた頃にはしとどに酔い潰れる寸前だった。

  「揚羽っ 揚羽太夫っ!」
廊下に響く岩井弾膳の声は 格式を重んじる吉原最上級廓の品格をいちぢるしく落とす行為でもあった。

 「ごめんなさいよ、御侍様 何処ぞの女郎屋とお間違いなさってませんか?」
二階番男衆二人がかりで抱えられた岩井弾膳の前に 仕立ても上等な
総絹の上田縞の羽織着物を纏った大店の若旦那風の男が立ちはだかった。


「ええーいっ 無礼者がぁーっ …」
焦点も合わない眼を目の前の町人髷の男に向けたかと思う様 腰の大刀に手をかけようとしたが、大刀は廓の暖簾を潜った時に預ける約束になっていた。

「いっ岩井様…」

脇差刀を抜いたところで二階番男衆が 岩井弾膳を支えていた手をはなした。千鳥足の弾膳は 脇差刀を掲げながら 町人に振り翳した。


「下前田藩江戸家老 岩井弾膳 神妙にいたせっ 南町奉行大岡越前守配下青木主税と申す。此度の神鶴藩お家騒動の件で其方に尋ねたき義御座れば、南町奉行所まで御同行願い奉る」

口上を述べた男は町人に身なりを奴した南町奉行所配下の武士だった



「町奉行所風情が 何を寝ぼけた事を申しておるのじゃっ
下前田藩7万石江戸家老 岩井弾膳と知っての狼藉かっ…直れっ 直れおろうっ 無礼打ちぞっ 覚悟せいっ…」

弾膳は力任せの、闇雲に喚きちらし暴れた。

「御免っ」
背後から別の町人が弾膳の首側面の頸動脈を一瞬抑えるとあっさり弾膳は失神しその場に崩れ落ちた。



信濃 下前田御城下

水埜彦四郎が 花籠楼の暖簾を潜ったのは 若羽木太夫が身請けされて十日程経った頃だった。


 …花魁が代替わりすると、こうも様変わりしてしまうのか…

馴染みの遊郭であった花籠楼は、初見の見世に来たように他所他所しく これから駒を連れ出すのに 難渋しないか 一抹の不安がよぎった。

 「これは、弥比古様 いつもご贔屓にあずかりありがとうございます。本日は 見世替えの新しい顔触れから、新花魁まで美女という美女をご用意させていただけます。」

花籠楼の番頭の口上が澄んだところで、

 「…番頭、 新花魁とは? 何か変わった事でもあったのか?」

弥比古は見世表上がり框に腰下ろし、下足番が運んで来た手桶の湯で足を洗われながら番頭に問いかけた。


 「へぇ、先だって、江戸日本橋越後屋さんの使いの者が 若羽木太夫を身請けされていったんですよっ いきなりだったので見世は朝からてんやわんやの大騒ぎでした。…まぁ 元々若羽木さんは、うちで借財がある訳では無かったので…」

番頭の話しを興味ありげに聴く素振りをして、その時の様子を探った。
 
 「ほぉ、太夫は此方で借財あって遊女をしていたわけでは無いと…これはまた…何故にこのような場所に身を落としていたのやら…」

  「弥比古様…は、てっきり寝物語で若羽木さんのこれまではご存知だとばかり…何せ、太夫は花籠楼に見世替えしてから取った客と言えば 弥比古様か、そのお仲間…寝屋を共にされるのは弥比古様だけでしたから…皆はてっきり弥比古様は太夫の意中の御方とばかり…」

「嫌 いや、私などは 年に一回の贅沢を楽しみに此方に通うしがない猟師…、若羽木はもう此処には居ないのだな…」


 「番頭さん 余計な話しはそこまでにしておきなさい、弥比古様をいつもの部屋に御通しして…」

花籠楼の楼主が 見世表まで出て 贔屓の弥比古を出迎えた。


 「楼主…今、ざっと番頭から事の次第を聴いた… いきなり看板が無くなり花籠楼も難儀したであろうな…」

弥比古は楼主に同情する素振りを見せながら馴染みの座敷に案内された。


二階の馴染みの座敷に通されたが 萩の気配はもう無い。

  …萩よ 無事でいてくれ……

「主さん おいでなんし…」

座敷の障子戸が開くと 膳を携えた遣手婆と禿が座礼していた。

 「駒か!」

耳に馴染んだ幼な子の声の主に向かってその名前を呼んだ。
禿は 座敷に入る事を許されるまで座礼し、遣手婆が先導してずかずかと客である弥比古の前に膳を運んできた。

 「駒さん 主さんにお酌して差し上げるんだよっ」
遣手婆が駒の入室を弥比古に代わって指図した。


禿(かむろ)が廓で行儀作法を倣うのは仕えている太夫と思われがちだが、
その所作を近くで見て真似るだけで 郭独特の作法や言葉遣い、寝床での客のあしらい方や 性技を指導監督するのは、元遊女の遣手婆と決まっていた。

「主さん… 今宵はどの張り見世さんにしなんすか?」

遣手婆の酌で盃から一口酒を飲んだ弥比古は、
  「此度は 太夫が、いきなり身請け先へ出立したと見世表で聞いたかが、お前達もさぞや狼狽しただろう?」

いつや知らずに弥比古の横に控えていた駒は心なしか震えながら俯いていた。

………お駒…さぞかし心細かったであろう…
       よう辛抱した…


「左様でございますよっ! 江戸と言い 上方と言いっ、やり口が派手すぎて、私ども田舎者には到底計り知れませぬ…若羽木さんにしたところで、既に吉原《伊勢や》さんで 身請けが決まっていたにもかかわらず、酔狂にも自ら望んで 宿場遊郭に見世替えするなど、それを許す身請け先の近江屋さんも どうかしてますよっ…この事が御城下に知れ渡れば 花籠楼は えらい恥さらし…」


楼主の怨みつらみを代弁するかのように遣手婆が一気呵成に捲し立てた。

「そうだったか… では、太夫の身の回りの世話をしていた禿等も其の仕える先が代わったのだな…」
弥比古は 俯く駒に向かって盃を突き出した。
 駒は黙って酌をする。

「ええーまぁ…あの日は、そりゃあ 上に下えの大騒ぎでしたよ…」
話しの興に乗ってきた遣手婆に

「それっ先ず一献 喉を潤おすがいい」

弥比古は もっと話させようと酒を勧めた。遣手婆は大袈裟に遠慮する素振りを見せながら ちゃっかり盃の酒を一気に飲み干してみせた。


「なかなか 切符のいい姐さんよ さっさ、もう一献…」

弥比古の勧めるまま二杯目 三杯目と飲み干すと、流石にフーッと息を吐いて、再び話し始めた。

「朝の早いうちに 若羽木さんを拐かすが如く持っていかれちゃいましてねぇ…楼主さんもそりゃたまげた様子でしたが、流石、中山道宿場一の花籠楼の主人。
直ぐさま 目星い〝格子〟から急拵えで太夫を据えたんですよ…まぁ 形だけです。何せ吉原仕込みの若羽木さんに敵う太夫なんて この先だって、この宿場遊郭にゃ 出やしません。」



  …我等 越後屋 近江屋と吉原での若羽木との経緯まで知る輩が萩を拐かしていったと、いう事か…

         …………
      …………

その頃江戸では、
南町奉行所大岡忠相の役宅に 幕閣御側御用取次(おそばごようとりつぎ)有馬氏倫 幕府御庭番衆村垣左太夫が膝を突き合わせて 南町奉行所内座敷牢に居る岩井弾膳の詮議の進捗状況を話し合っていた。

吉宗は詮議を有馬氏倫に委ねていたが、有馬の拷問詮議では大事な主犯を殺めてしまう危険が高じるため、一旦知能派の大岡忠相に下駄を預けた格好だった。


 「村垣っ 下前田で奥越の元腰元を捕縛したは手柄であるが、肝心の由宇姫様お子様は、如何したのじゃっ 返答次第ではすておかぬぞっ」

有馬氏倫は相変わらず 扇をばんばん叩きつけながら苛立ちと怒りを露わにした。

…上様、かような御仁を詮議に加えたるは、如何なる御存念か…

 御庭番衆頭村垣左太夫は有馬氏倫の短気にうんざりしていた。

   「有馬様 誠に面目次第も御座いませぬ…遊女にやつした腰元の側近くに十になろうかと思われる幼女がおりますれば、どうもその幼女が猿渡頼母之正の忘れ形見かと…
その幼女を腰元と一緒に連れて参らなかったは、御庭番の失態…この失態 いかようにしても取り返し、その後は村垣腹掻っ捌いて上様にお詫び申し上げる所存…」

「なっ何と!目の前の由宇姫様御お子様をお連れ申し上げられ無かったとっ、何たるっ何たる!失態じゃっ お前如きの詰め腹で収まる話ではないぞっ💢💢」

有馬の怒りが沸点に達しようかとした時、

 「まあ、有馬様、そうお怒り遊ばさずとも、我等が企みは滞りなく進展してつかまつる…」
大岡忠相は 目の前に置かれた湯呑みの茶をゆっくりと口にはこぶ。

「えーいっ 忠相っ 忌々しい奴めっ…」
冷水を浴びせられたような 大岡越前守の一言で やや冷静さを取り戻した有馬氏倫は、

「して、村垣っ失態を取り戻す手立ては講じておろうの?」


 「御意… 下前田御落胤 水埜彦四郎様に薬込め役新田左馬之助を張り付かせております」

新田左馬之助は、紀州長田生まれの捨て子だったが、根来宗僧侶に預けられ 根来鉄砲衆として紀州徳川家の警護番頭にまで出世していた。
紀州時代の吉宗の警護に付き 薬込め役に抜擢され今回の徳川将軍家の内情も御三家他家に先越して情報を紀州の吉宗に送っていた。



※吉宗が尾張大納言を差し置いて 将軍の座を射止めたのはこの薬込め役衆の情報収集の賜物と 後の世では言われている。

江戸城中奥 御座の間に紀州時代からの側近中の側近、御側御用取次加納久通が将軍吉宗を見舞っていた。

ここ暫く、吉宗は風邪と言う事で御座の間から表向きに出る事無く、諸藩の参勤交代の儀礼や大まかな政務は老中水野忠之に任せていた。実務派の水野忠之は 吉宗の意向を事細かく汲み取り抜かりなく表向きの政務を行っていた。


 「上様っ 上様っ いつまで伏せっておられますやっ?」

吉宗が風邪と称して御座の間から出てこない時は、必ず何か企んでいる事は 紀州時代から織り込み済みであった。

「久通か…苦しゅうない 参れ」

吉宗は御座の間上段で 寝屋着のまま 脇息に躰を預けて 書物を読んでいる様子だった。

「上様、例の奥越の件…岩井弾膳 中々にしたたか者 知らぬ存ぜぬの一点張り…有馬も手こずって いっそのこと嫌疑不十分なれど私財たくわえしは尋常ならざるをもって斬罪に処すと息巻いているよし…」

   ………ふーん…


吉宗は手に持つ書物を丸め トントントンと文机を規則的に叩く。
この様な所作の時は 吉宗が名案を考えつく前触れである事も、長年側近くで寝食を共に育ってきた加納久通にはお見通しだった。

 
 …さあて、こうなっては…吉宗公との根比べ
    久通はいつまでもお待ち申し上げるまで…


半刻は上段の吉宗と下段脇に控えた久通の根比べが続いていたが、
  「上様っ 表向き老中水野様より御伝言…」

小姓組頭が老中水野忠之の伝言を伝えにきた。

  「壱岐助か…苦しゅうないっ 参れ」

※小笠原政登 通称 壱岐助
紀州藩時代からの小姓。眉目秀麗頭脳明晰であり森蘭丸を彷彿とさせる絵に描いたような小姓。この後御側御用取次まで出世していく。辣腕小姓!


西日が差す障子戸の向こう側に座礼姿の人影が映っている。

「御免っ…」
障子戸が開け放たれ西日を背に受けた六尺弱の細身の小姓が御座の間上段まで流れる様な所作で加納久通の前を通っていく。

  ……壱岐助(いきのすけ)め、全く隙を見せぬっ
   西日を背に後光まで味方しておるわ…ちっ…

紀州藩時代より吉宗の側近中の側近を勤め公私共に寝食忘れて使えてきた久通も、小姓組の役回りには叶わないと口惜しがった。
吉宗身の回りの細々とした世話を奥向き女中に代わって行うのも小姓の役回り。男色好きの殿様であれば房中の相手も行うなど、到底親密度では敵わぬ相手だった。

上段の間で脇息に躰を預けて上目遣いで近づいてくる小笠原政登に焦点を当てた。
空気一つ乱す事無く 吉宗の脇に来るや 耳に唇を近づけて掌でその有り様を隠した上で 老中水野忠之からの伝言を伝える。

下段の間に控えている加納久通には聴こえてこない。
……しかし、忌々しい限りよっ 小笠原壱岐助めっ…もう少し聞こえよがしに声出せばいいものを…


吉宗に伝言を伝える一瞬の間を置き、そのままの姿勢で後退りした後久通の正面で正座し、ひと呼吸の間に上段の間の吉宗に向き直り座礼
したあと 再び正面の加納久通に

   「加納様 御無礼仕りました。壱岐助是にて退座させて頂きまする。」


「待ていっ 壱岐助っ 孫市にも水野の伝言教えてやれっ先程から其方の姿を忌々しく眺めておったぞっ」


「うっ上様ぁっ!」



いよいよ 加賀大聖寺藩藩主 前田利章が江戸に入り 加賀前田藩上屋敷にて将軍目通りの沙汰待ちとの伝言だった。

「加賀の綱紀殿も手を焼く程の小童(こわっぱ)目通りが楽しみじゃ、だいたいっ婚礼前の由宇に手を出し、挙句は守ってやれなんだ不甲斐なさ…このままでは捨ておけぬ…由宇が安堵して成仏できるように計らってやらねばなるまいぞ…」

吉宗がようやく 脇息から離れ、風邪の仮病も快方に向かう兆しが見えてきた。

 …前田利章…由宇の事、ぞんざいに扱いでもいたさば 決して赦さぬっ これは将軍の立場ではないっ 葛野藩の頼方としてじゃ…


「上様っ、私情はお慎みくだされっ 上様はもう紀州の上様にはござりませぬ。上様の御判断 御差配が全てこの国の判断なのですぞ」


  …孫市めっ余の腹まで見通すとは…





  














 

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