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神界転生
新婚旅行〜玉兎(月のうさぎ)
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西王母が住む瑶池に用意された宴に招かれた神々の休息宮。
その中の蒼霊に用意された寝殿で小糸は蒼霊への愛を自覚した。
房事の最中、お互いをタマちゃん、イトと呼び合う声が聞こえてきたがどういう意味があるのかまで気にする余裕もなく蒼霊の房術に呑み込まれ夢遊する亡者のように甘く気怠い空間を彷徨っていた。
‥‥兄上っ!星君と畢方が戻って参りました。
玉兎を連れて参っております。‥‥お目覚めを‥
‥兄上っ‥‥!
‥うぅ‥ん 青牙‥か‥‥‥
わっ‥‥わかった‥‥身支度を整えたら直ぐに参る‥
しばらく星君に任せておけ‥
青牙のけたたましい連絡は甘い夢の中でイトと抱き合っていた蒼霊を
揺さぶり起こした。
小糸‥ヒトであった頃のイトが一糸纏わぬ姿のまま蒼霊の懐にすっぽりと収まって静かな寝息を立てていた。
起こさないようにしながら 右手を宙で祓うと小糸に寝衣を纏わせた。小糸は気づかずに眠っている。
一瞬で姿を消すと 寝台から身支度ができる姿映しの前にたった。
自ら気に入りの着物を重ね着していく。
蒼霊の気分は晴れやかだった。
‥華香殿では半ば強引な契りであったが、今はイトの心を我が物に出来た‥さすが西王母の結界に守られた瑶池‥
思わぬ本音を吐き出させ愛し合う者達には深い繋がりを‥憎み合う者達には別れを‥最も容易く実現してくれる‥
瑶池の神威は絶大なるかな‥
既に陽は西に沈み 南の空に南斗六星が眩いばかりに漆黒の夜空に輝いていた。
今宵は新月の為 玉兎は自らの仕事である調剤を気にしなくてすむ。
その姿は月に閉じ込めて働かせるには勿体ないほどの美しい女子だった。
身につけている衣は質素でおそらく綿の織物であろう白衣を重ね着し夜空に舞い上がれるよう黄水仙で染めあげた羽衣を羽織り、首から肩にかけて長くたなびく同色の〝ひれ〟を纏って佇んでいた。
『玉兎‥お前を心配した金鳥(きんう)がお前に言伝た事の返事を今ここで聞かせてはくれぬか?』
ここ最近 玉兎の働きが芳しくない事に西王母はイライラしていた。
『南斗星君‥金母娘娘の御前でそれを私に言えと?』
『金母は日暮れと共に寝所にお下がりになられた。私も其方の本心を聴かせて欲しいのだ』
『! 四太子殿下‥っ、』
玉兎‥はその場で素早く叩頭し額を地べたに押し付けた。
『やめよっ!玉兎っ』
そう言うが早いか四太子殿下は人目もはばからず玉兎の躰を抱き上げた。
『太子殿下っ‥いけませんっ』
玉兎は、四太子殿下を押し除けて四歩五歩と後とづ去って 再び両手のひらを胸の前で内向きに重ねて深く首を垂れた。
‥何やら二人の間には二人にしか分からない問題が横たわっているような‥
男女の機微に疎い南斗星君の思考に青牙が割り込み、
‥星君っ 二人は好き合っているのですよ!‥しかし身分も違えば、方や天界の次期天君 方や西王母に仕える〝ただの薬師〟
これこそ身分を隔てる壁は限りなく高うございますよ‥
‥‥なるほど‥そうであったのですか、はてさて‥どうしたものか
‥身分の違いなどっ…どうにでもなるだろ?
二人の思考に蒼霊が割り込んできた。
あ ‥兄上っ‥また一段と艶やかな!
青牙が目を見張るはずだった、蒼霊はイトの心と身体を掌中にしたも同然…つまり上神の修為の輝きを纏いだしていた。
鈴ちゃんとぉ~⁈
流れるような黒髪は一段と艶やかで後頭部で結った髷には一輪の桃花の小枝を簪に見立てて挿していた。
二枚重ねの薄い絹羽二重の上に影萌葱の上着を羽織りさらにその上から薄い透けた白郡の羽織りをたなびかせて立っていた。
『こっこれは‥蒼霊殿下! 昼間の出立からまた何と何と宵闇に映える美しさ…何か‥吉事がございましたか?』
『南斗星君‥私の事はよい‥それより四太子殿下と玉兎の仲を何とか取りもたれてはどうかな?』
‥幸い司命が呼ばれもしていないのに、北斗星君に付き添って参っているではないか‥‥
‥青牙‥司命星君はまだ宴の最中か?
‥おそらく、今宵は美しき女神も参っておりまして北斗星君と機嫌良く過ごされていると‥
『星君‥好都合よ 司命は酒にめっぽう弱い。今なら気前よく何なりと振る舞ってくれるやもしれぬぞ!』
南斗星君‥は流石に蒼霊のヒントに閃いた。
『玉兎‥其方は‥‥』
星明かりでも瑶池の水面が輝きその反射した光の明るさで四太子殿下と玉兎は互いの顔を確かめる事ができた。
『太子殿下‥何も言わないで‥‥天后様のお勧めの女神様を娶って下さい。』
玉兎は苦しい胸の内を隠して冷たく言い放った。
『其方はそれで良いのだな? ‥』
哀しげな視線を玉兎に向ける四太子殿下に対して
『良いも‥悪いも‥私にお返事ができましょうや?‥殿下のそのお気持ち‥有難くて‥勿体無くて‥‥しかし‥天が御許しにならないでしょう‥』
玉兎は、四太子殿下に背を向けて肩を震わす。
『それはお前が思い込んでいるだけやもしれぬっ、今日こうしてお曽祖母の元へ参ったのも、まさかお前とこうして、こんなに早く逢えるとは思いもせず、蒼霊殿下にお願いしようと考えていたのだよ、』
『蒼霊‥殿下‥⁈ お見えになっておられるのですか?』
『お前は 殿下の事を見知っているのか?』
『いえ‥お目にかかった事はございません‥』
玉兎の感情も蒼霊の話しでやや落ち着きを取り戻した。
『では‥‥何ゆえ‥蒼霊殿下のお名に驚く?』
四太子殿下が不思議に思うのも当然だった。玉兎が病に臥せっていた太子の看病をする為月から天界に降っていた頃 蒼霊は人間界で劫を受けていて不在だった。
『嫦娥様です。‥嫦娥様からは人間界 仙界 天界のお話しをたくさん聴かせていただきました。 月から出られないこの身の上。嫦娥様のお話しに出られる神々や人々の姿や行いが唯一私の心をときめかせたのでございます。』
『その話しに殿下が?‥』
『はい‥嫦娥様が何故月に召されたかは四太子殿下はご存知ですか?』
『詳しくは‥‥ただ物語としては存じておるが‥』
玉兎は相変わらず四太子殿下の方には向き直らず 瑶池の水面に視線を向けたままその場の礎石に腰を下ろした。
『嫦娥様は仙女であられましたが、人間の男子に想いを寄せられ嫁がれました。しかしその男子は金母娘娘のお目に留まるほどの美丈夫。娘娘は褒美に不老不死の妙薬を授けそれを服用したあと瑶池に参れとお誘い申し上げたのです。それに嫉妬した嫦娥様が男子の目を盗んでその妙薬を飲んでしまわれた。』
玉兎から少し後方にある岩に腰掛けた四太子殿下は、
『うむ‥ほぼ私が知っている嫦娥の話しだが‥』
『その事にお怒りあそばした金母娘娘を宥めたのが表向きは南斗星君にはなっていますが 本当は蒼霊殿下であったそうです。』
『なっ…と‥! ‥蒼霊殿下が如何にして西王母の怒りを鎮められたのか、お曽祖母のお怒りを鎮めるのは天君でも、至難な事と、聴いておる』
『はい‥しかしながら、それが嫦娥様から伺った真実。だから私はどのような御方なのか‥と‥』
『玉兎‥そんな事なら容易い。私は先程、蒼霊殿下とお近しゅうさせていただいた。其方に殿下を紹介いたそう!』
‥あっ…
四太子殿下は立ち上がると背後から玉兎の腕を掴み立ち上がらせた。
『た、太子殿下ぁっ‥』
『四太子殿下‥それには及びませんよ‥私の方から未来の皇后様にご挨拶いたします。』
いつや知らずのうちに二人の近くで控えていたのは蒼霊だった。
『そっ、蒼霊殿下っ‥そのようなっ!やましい気持ちで玉兎に逢いたかったのでは‥‥』
若い皇太子は頬を赤く染めて 蒼霊の言葉を否定した。
『そっ、蒼霊殿下‥初めて‥お目にかかります。』
玉兎は何とか頭を落として 手のひらを胸元に重ねて膝を深く曲げてお辞儀した。
‥‥初々しき美女よ‥天宮の野心に満ちた女子達とは随分と異質な光を放っておる。
『四太子殿下‥お気持ちは素直に表さねば 相手に伝わりませぬぞ、かく言う私も やっと自らの本心がわかりました。身分や立場を超えてでも愛しいと思える女子と巡り合うのは至難の業。一度 縁を結んだならば 決して手離してはなりませぬ』
『殿下‥頼もしきお言葉‥私は正直‥立場とお曽祖母様の事で諦めた時もありました。しかし、金鳥の頼み事を盗み聞きしてしまい 何の躊躇いも無く 玉兎に会いたい!会わねばならぬと動いたのです』
『四太子殿下‥それこそが 恋というものです。四太子殿下は恋に落ちたのですよ!』
恋‥玉兎が恋しい‥愛おしい‥
『‥玉兎‥待たせたな‥其方に悲しい思いをさせた事 詫びねばならぬ‥‥すまなかった。 私に勇気がないばかりに‥』
四太子殿下が立場を顧みずに 小仙の玉兎に頭を下げた。
南斗星君はじめ、青牙も成り行きを固唾を飲んで見守っている。
‥‥流石にこの展開は早すぎないか⁈
‥好きあっているのであれば、早い遅いの問題では無いではありませぬか!
‥ニ皇子‥まだまだ若いですな‥
そう単純な問題ではございませんよ‥これから二人に降り掛かる難を想像してごらんなさい、天君 天后‥そして 西王母!
南斗星君は青牙の若い考えを嗜めた。
‥あー、確かに‥果てしなく高い壁‥
言葉には出さず 皆が思考を飛ばしあっている。青牙の美しい顔の眉間に皺がより、一瞬瞳孔が縦一文字に縮んだ。
二人の思考に蒼霊が割り込むと、
‥星君…ここは一つ貴方の出番ですよ!
南斗星君はニヤリと口角を上げた。
……私が考えている事と蒼ちゃんが考えている事が同じなら
……えっ?えー?…何ですか! 二人してっ…
経験値の浅い青牙だけ二人の企みが解らず、苛立ちながらその場で地団駄踏んだ。
悪知恵が働くところも南斗星君と蒼霊は似通っている。
…ニ皇子…司命を利用しないでどうします⁈
南斗星君は心根は優しく、悔しがる青牙に手を差しのべれば、
…では、二人の運命簿の新たな物語を司命君に考えてもらうとか?
やっと青牙もその企てを理解した。
『まぁ そんなところだな‥』
蒼霊が何気に声にだした。
…しっ! 聞こえちゃいますよ!
南斗星君は謀(はかりごと)にピリピリしている。
‥‥‥タマちゃん‥
ギョッ!
蒼霊は“タマちゃん“と聞こえた我耳を疑って辺りをキョロキョロと見回した。目玉は黄金に変化し瞳孔が縦の黒い筋一本に縮こまっている。
『蒼ちゃん⁈ どうしたの…』
南斗星君が蒼霊の目立つ警戒の変化を無視するわけにはいかない。
謀(はかりごと)が西王母にでも知られると元も子もなくなってしまう。
……気のせいか?
『いや、何でもない』
『そう‥なら 早速宴の席に戻って 司命星君と北斗の爺さんを上手くこの話しに乗せなきゃ‥ね』
‥北斗の爺さんって、、よく言うよ‥
南斗星君は、歳は北斗星君と同じであるのにその美意識の高さから西王母の性癖を手伝い報酬に長年若返りの妙薬の蟠桃を手にいれていた抜け目のないところがある。
裏を返せば、頑固者だが真面目な北斗星君が北極大帝にこき使われているのが気の毒な気もする蒼霊だった。
『星君…妻を休息殿に待たせている。妻を連れ立って宴の場に向かうゆえ、先に行って司命星君の機嫌を取っていてくれ』
妙な胸騒ぎがした蒼霊は、わざわざ瞬間移動するほどの距離でもない休息殿に向かって姿を眩ました。
『余程 新妻が恋しいと見える…アハハハハ…』
南斗星君は手に持つ扇で口元を隠しつつ高笑いした。
『星君…兄上が来られる前に何とか司命星君をたらし込まなければ…』
青牙は、実に実務向きの聡明な神よ…と星君が思う程彼は冷静沈着にその場を取り持つ事ができた。
『おう‥そうであったな‥では其方も来てくれ』
『かしこまりました』
その中の蒼霊に用意された寝殿で小糸は蒼霊への愛を自覚した。
房事の最中、お互いをタマちゃん、イトと呼び合う声が聞こえてきたがどういう意味があるのかまで気にする余裕もなく蒼霊の房術に呑み込まれ夢遊する亡者のように甘く気怠い空間を彷徨っていた。
‥‥兄上っ!星君と畢方が戻って参りました。
玉兎を連れて参っております。‥‥お目覚めを‥
‥兄上っ‥‥!
‥うぅ‥ん 青牙‥か‥‥‥
わっ‥‥わかった‥‥身支度を整えたら直ぐに参る‥
しばらく星君に任せておけ‥
青牙のけたたましい連絡は甘い夢の中でイトと抱き合っていた蒼霊を
揺さぶり起こした。
小糸‥ヒトであった頃のイトが一糸纏わぬ姿のまま蒼霊の懐にすっぽりと収まって静かな寝息を立てていた。
起こさないようにしながら 右手を宙で祓うと小糸に寝衣を纏わせた。小糸は気づかずに眠っている。
一瞬で姿を消すと 寝台から身支度ができる姿映しの前にたった。
自ら気に入りの着物を重ね着していく。
蒼霊の気分は晴れやかだった。
‥華香殿では半ば強引な契りであったが、今はイトの心を我が物に出来た‥さすが西王母の結界に守られた瑶池‥
思わぬ本音を吐き出させ愛し合う者達には深い繋がりを‥憎み合う者達には別れを‥最も容易く実現してくれる‥
瑶池の神威は絶大なるかな‥
既に陽は西に沈み 南の空に南斗六星が眩いばかりに漆黒の夜空に輝いていた。
今宵は新月の為 玉兎は自らの仕事である調剤を気にしなくてすむ。
その姿は月に閉じ込めて働かせるには勿体ないほどの美しい女子だった。
身につけている衣は質素でおそらく綿の織物であろう白衣を重ね着し夜空に舞い上がれるよう黄水仙で染めあげた羽衣を羽織り、首から肩にかけて長くたなびく同色の〝ひれ〟を纏って佇んでいた。
『玉兎‥お前を心配した金鳥(きんう)がお前に言伝た事の返事を今ここで聞かせてはくれぬか?』
ここ最近 玉兎の働きが芳しくない事に西王母はイライラしていた。
『南斗星君‥金母娘娘の御前でそれを私に言えと?』
『金母は日暮れと共に寝所にお下がりになられた。私も其方の本心を聴かせて欲しいのだ』
『! 四太子殿下‥っ、』
玉兎‥はその場で素早く叩頭し額を地べたに押し付けた。
『やめよっ!玉兎っ』
そう言うが早いか四太子殿下は人目もはばからず玉兎の躰を抱き上げた。
『太子殿下っ‥いけませんっ』
玉兎は、四太子殿下を押し除けて四歩五歩と後とづ去って 再び両手のひらを胸の前で内向きに重ねて深く首を垂れた。
‥何やら二人の間には二人にしか分からない問題が横たわっているような‥
男女の機微に疎い南斗星君の思考に青牙が割り込み、
‥星君っ 二人は好き合っているのですよ!‥しかし身分も違えば、方や天界の次期天君 方や西王母に仕える〝ただの薬師〟
これこそ身分を隔てる壁は限りなく高うございますよ‥
‥‥なるほど‥そうであったのですか、はてさて‥どうしたものか
‥身分の違いなどっ…どうにでもなるだろ?
二人の思考に蒼霊が割り込んできた。
あ ‥兄上っ‥また一段と艶やかな!
青牙が目を見張るはずだった、蒼霊はイトの心と身体を掌中にしたも同然…つまり上神の修為の輝きを纏いだしていた。
鈴ちゃんとぉ~⁈
流れるような黒髪は一段と艶やかで後頭部で結った髷には一輪の桃花の小枝を簪に見立てて挿していた。
二枚重ねの薄い絹羽二重の上に影萌葱の上着を羽織りさらにその上から薄い透けた白郡の羽織りをたなびかせて立っていた。
『こっこれは‥蒼霊殿下! 昼間の出立からまた何と何と宵闇に映える美しさ…何か‥吉事がございましたか?』
『南斗星君‥私の事はよい‥それより四太子殿下と玉兎の仲を何とか取りもたれてはどうかな?』
‥幸い司命が呼ばれもしていないのに、北斗星君に付き添って参っているではないか‥‥
‥青牙‥司命星君はまだ宴の最中か?
‥おそらく、今宵は美しき女神も参っておりまして北斗星君と機嫌良く過ごされていると‥
『星君‥好都合よ 司命は酒にめっぽう弱い。今なら気前よく何なりと振る舞ってくれるやもしれぬぞ!』
南斗星君‥は流石に蒼霊のヒントに閃いた。
『玉兎‥其方は‥‥』
星明かりでも瑶池の水面が輝きその反射した光の明るさで四太子殿下と玉兎は互いの顔を確かめる事ができた。
『太子殿下‥何も言わないで‥‥天后様のお勧めの女神様を娶って下さい。』
玉兎は苦しい胸の内を隠して冷たく言い放った。
『其方はそれで良いのだな? ‥』
哀しげな視線を玉兎に向ける四太子殿下に対して
『良いも‥悪いも‥私にお返事ができましょうや?‥殿下のそのお気持ち‥有難くて‥勿体無くて‥‥しかし‥天が御許しにならないでしょう‥』
玉兎は、四太子殿下に背を向けて肩を震わす。
『それはお前が思い込んでいるだけやもしれぬっ、今日こうしてお曽祖母の元へ参ったのも、まさかお前とこうして、こんなに早く逢えるとは思いもせず、蒼霊殿下にお願いしようと考えていたのだよ、』
『蒼霊‥殿下‥⁈ お見えになっておられるのですか?』
『お前は 殿下の事を見知っているのか?』
『いえ‥お目にかかった事はございません‥』
玉兎の感情も蒼霊の話しでやや落ち着きを取り戻した。
『では‥‥何ゆえ‥蒼霊殿下のお名に驚く?』
四太子殿下が不思議に思うのも当然だった。玉兎が病に臥せっていた太子の看病をする為月から天界に降っていた頃 蒼霊は人間界で劫を受けていて不在だった。
『嫦娥様です。‥嫦娥様からは人間界 仙界 天界のお話しをたくさん聴かせていただきました。 月から出られないこの身の上。嫦娥様のお話しに出られる神々や人々の姿や行いが唯一私の心をときめかせたのでございます。』
『その話しに殿下が?‥』
『はい‥嫦娥様が何故月に召されたかは四太子殿下はご存知ですか?』
『詳しくは‥‥ただ物語としては存じておるが‥』
玉兎は相変わらず四太子殿下の方には向き直らず 瑶池の水面に視線を向けたままその場の礎石に腰を下ろした。
『嫦娥様は仙女であられましたが、人間の男子に想いを寄せられ嫁がれました。しかしその男子は金母娘娘のお目に留まるほどの美丈夫。娘娘は褒美に不老不死の妙薬を授けそれを服用したあと瑶池に参れとお誘い申し上げたのです。それに嫉妬した嫦娥様が男子の目を盗んでその妙薬を飲んでしまわれた。』
玉兎から少し後方にある岩に腰掛けた四太子殿下は、
『うむ‥ほぼ私が知っている嫦娥の話しだが‥』
『その事にお怒りあそばした金母娘娘を宥めたのが表向きは南斗星君にはなっていますが 本当は蒼霊殿下であったそうです。』
『なっ…と‥! ‥蒼霊殿下が如何にして西王母の怒りを鎮められたのか、お曽祖母のお怒りを鎮めるのは天君でも、至難な事と、聴いておる』
『はい‥しかしながら、それが嫦娥様から伺った真実。だから私はどのような御方なのか‥と‥』
『玉兎‥そんな事なら容易い。私は先程、蒼霊殿下とお近しゅうさせていただいた。其方に殿下を紹介いたそう!』
‥あっ…
四太子殿下は立ち上がると背後から玉兎の腕を掴み立ち上がらせた。
『た、太子殿下ぁっ‥』
『四太子殿下‥それには及びませんよ‥私の方から未来の皇后様にご挨拶いたします。』
いつや知らずのうちに二人の近くで控えていたのは蒼霊だった。
『そっ、蒼霊殿下っ‥そのようなっ!やましい気持ちで玉兎に逢いたかったのでは‥‥』
若い皇太子は頬を赤く染めて 蒼霊の言葉を否定した。
『そっ、蒼霊殿下‥初めて‥お目にかかります。』
玉兎は何とか頭を落として 手のひらを胸元に重ねて膝を深く曲げてお辞儀した。
‥‥初々しき美女よ‥天宮の野心に満ちた女子達とは随分と異質な光を放っておる。
『四太子殿下‥お気持ちは素直に表さねば 相手に伝わりませぬぞ、かく言う私も やっと自らの本心がわかりました。身分や立場を超えてでも愛しいと思える女子と巡り合うのは至難の業。一度 縁を結んだならば 決して手離してはなりませぬ』
『殿下‥頼もしきお言葉‥私は正直‥立場とお曽祖母様の事で諦めた時もありました。しかし、金鳥の頼み事を盗み聞きしてしまい 何の躊躇いも無く 玉兎に会いたい!会わねばならぬと動いたのです』
『四太子殿下‥それこそが 恋というものです。四太子殿下は恋に落ちたのですよ!』
恋‥玉兎が恋しい‥愛おしい‥
『‥玉兎‥待たせたな‥其方に悲しい思いをさせた事 詫びねばならぬ‥‥すまなかった。 私に勇気がないばかりに‥』
四太子殿下が立場を顧みずに 小仙の玉兎に頭を下げた。
南斗星君はじめ、青牙も成り行きを固唾を飲んで見守っている。
‥‥流石にこの展開は早すぎないか⁈
‥好きあっているのであれば、早い遅いの問題では無いではありませぬか!
‥ニ皇子‥まだまだ若いですな‥
そう単純な問題ではございませんよ‥これから二人に降り掛かる難を想像してごらんなさい、天君 天后‥そして 西王母!
南斗星君は青牙の若い考えを嗜めた。
‥あー、確かに‥果てしなく高い壁‥
言葉には出さず 皆が思考を飛ばしあっている。青牙の美しい顔の眉間に皺がより、一瞬瞳孔が縦一文字に縮んだ。
二人の思考に蒼霊が割り込むと、
‥星君…ここは一つ貴方の出番ですよ!
南斗星君はニヤリと口角を上げた。
……私が考えている事と蒼ちゃんが考えている事が同じなら
……えっ?えー?…何ですか! 二人してっ…
経験値の浅い青牙だけ二人の企みが解らず、苛立ちながらその場で地団駄踏んだ。
悪知恵が働くところも南斗星君と蒼霊は似通っている。
…ニ皇子…司命を利用しないでどうします⁈
南斗星君は心根は優しく、悔しがる青牙に手を差しのべれば、
…では、二人の運命簿の新たな物語を司命君に考えてもらうとか?
やっと青牙もその企てを理解した。
『まぁ そんなところだな‥』
蒼霊が何気に声にだした。
…しっ! 聞こえちゃいますよ!
南斗星君は謀(はかりごと)にピリピリしている。
‥‥‥タマちゃん‥
ギョッ!
蒼霊は“タマちゃん“と聞こえた我耳を疑って辺りをキョロキョロと見回した。目玉は黄金に変化し瞳孔が縦の黒い筋一本に縮こまっている。
『蒼ちゃん⁈ どうしたの…』
南斗星君が蒼霊の目立つ警戒の変化を無視するわけにはいかない。
謀(はかりごと)が西王母にでも知られると元も子もなくなってしまう。
……気のせいか?
『いや、何でもない』
『そう‥なら 早速宴の席に戻って 司命星君と北斗の爺さんを上手くこの話しに乗せなきゃ‥ね』
‥北斗の爺さんって、、よく言うよ‥
南斗星君は、歳は北斗星君と同じであるのにその美意識の高さから西王母の性癖を手伝い報酬に長年若返りの妙薬の蟠桃を手にいれていた抜け目のないところがある。
裏を返せば、頑固者だが真面目な北斗星君が北極大帝にこき使われているのが気の毒な気もする蒼霊だった。
『星君…妻を休息殿に待たせている。妻を連れ立って宴の場に向かうゆえ、先に行って司命星君の機嫌を取っていてくれ』
妙な胸騒ぎがした蒼霊は、わざわざ瞬間移動するほどの距離でもない休息殿に向かって姿を眩ました。
『余程 新妻が恋しいと見える…アハハハハ…』
南斗星君は手に持つ扇で口元を隠しつつ高笑いした。
『星君…兄上が来られる前に何とか司命星君をたらし込まなければ…』
青牙は、実に実務向きの聡明な神よ…と星君が思う程彼は冷静沈着にその場を取り持つ事ができた。
『おう‥そうであったな‥では其方も来てくれ』
『かしこまりました』
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帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
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しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。


せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
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クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
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