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希求(4)
しおりを挟む「なるほどな。確かその時、アルメリアの花がどうこうとも言っていたらしいな」
「ええ、そうです。アルメリアはオルシェ公爵家の紋章であり、象徴。これも何か関係があるのではないかと」
オルヴィシアラといいアルメリアといい、箱庭で大切に育てられた世間知らずの皇女が、なにゆえ他国の名と花の名を口にして泣いていたのだろうか。
それが悪い夢の内容に関わっているにせよ、ルヴェルグには夢は夢でしかないとしか考えられなかった。
だが、ルヴェルグはそれはそういうものだと決めつけて終わりにする人間ではない。常に物事を柔軟に考えるよう努め、革新的な政治を行なってきたこの国の指導者だ。
ローレンスの話を全て信じているわけではないが、兄として信じたいという気持ちはある。しばし考えたのち、ルヴェルグは口を開いた。
「何の確証もない話を恐れていては、前に進めない。…私にできることは、ありとあらゆる可能性を考えながら、不測の事態に備え、支えてやることだけだ」
皇帝としてのルヴェルグと、三人の家族を守る兄としてのルヴェルグ。どちらかひとつを選び、そのまま生きることができたら幸せだろうが、それでは大切なものをすべて守ることはできないのだと、亡き父ルキウス一世は云った。
──『守りたいものがあるのなら、それをさいごの瞬間まで護りたいと望むのなら、皇帝におなり』
光のように輝いていた金色の髪の皇帝。先の皇帝だったルキウス一世は、三人の息子で唯一金髪を持って生まれたルヴェルグに言った。
あれは星が瞬く夜のことで、ルキウスは生まれたばかりのクローディアを抱いていた。
──『父上は、なぜ皇帝になったのですか』
──『皇帝とならなければ、守れないものがあったからだよ。…いいかい、ルヴェルグ。皇帝という座は何かを成すためのひとつの手段に過ぎない。それを忘れてはいけないよ』
生まれた時から心臓の病に侵されていたルキウスは、長くは生きられないと言われていた人だった。声を聞かなければ女性と見間違えるくらいに美しい容姿をしていて、枯れていく花のように儚げな人だった。
そんな父との色濃いひと時のことを思い返していたルヴェルグは、難しい顔をしているローレンスを片手で抱き寄せ、紫色の艶やかな髪を撫でた。
「…ヴァレリアン殿下、か。いつか帝国の民になってくれたらと願ってはいたが、まさかこのような形で叶うとはな」
ローレンスはルヴェルグの肩にこてんと顔を預け、静かに微笑む。
「最初に彼に目をつけたのは兄上でしたね」
「目をつけたとは人聞きの悪い」
「はっはっは。僕たちは気が合いますね」
そうかも知れないな、とルヴェルグは口元を綻ばせる。こんなふうに時折甘やかしてくるルヴェルグのことが、ローレンスは大好きだった。
「彼はね、真っ直ぐな目をしているんです。とてもね。…あの目は嘘をつかない」
「うん」
「それにね、彼は帝国の衣装がとても似合うんですよ。僕なんかよりもずっとね。…紫色も映えることでしょう」
「…そうか」
ルヴェルグの肩越しに外を見ていたローレンスは、兄の優しさに甘えながら目を閉じた。この人の弟に生まれてよかった、と。そう思いながら。
──大陸歴一〇〇〇年。
大規模な収穫祭が行われた頃、帝国はオルシェ公ラインハルトを使者とし王国に遣わせ、王国の第二王子ヴァレリアンを皇女クローディアの夫君にしたいとの縁談を持ちかけた。
無論王国はこれを承諾した。
経済力、軍事力、全てにおいて優れ、今や大陸一の国であるアウストリア帝国と縁を結ぶのはメリットしかないからである。
それからひと月後、帝国の首都シヴァリースの中心に聳え立つアウストリア皇城の大聖堂にて結婚式が行われた。
参加者は両国の皇族、及び王族、国家に仕える最上位の政務官と軍務官、貴族の当主であった。
盛大に行われた式にて、人々の目は新郎新婦に釘付けだったという。
絶世の美女と謳われていた深窓の姫君と、日の目を見ることはないと思われていた第二王子の結婚。誰ひとりとして予想できなかったその組み合わせは、大陸中に知れ渡ることとなった。
そんな二人の幸せを、誰もが願う式の最中。会場の片隅で新郎新婦を眺めていた新郎の兄・フェルナンドは、ひとり静かに微笑んでいた。
「──私から逃げられると思うなよ。クローディア」
青色の瞳を三日月のように細めながら、フェルナンドはそう呟いた。それは盛大な拍手に掻き消されたが、胸の内にあった火は勢いを増し、凄まじい炎へと化していくのだった。
*
盛大な結婚式と晩餐会を終えた後。侍女たちの手によっていつもよりも長い入浴をし、やたら露出の多い真っ白なワンピースのような服を着せられたクローディアは、ベッドの上でリアンを待っていた。
形だけとはいえ、夫婦となるのだ。別で寝てはあらぬ噂を立てられてしまう恐れがある為、夜は共に寝ようと考えていた。
(……アンナったら。いつもはあったかくして寝るようにって、ふかふかのものを用意するのに、どうして今日は肌寒い格好をさせてくるのかしら)
クローディアは胸元のリボンが固く結ばれているか確認した。案の定それは今にも解けそうで、よくよく全身を見たら今着ているこの服は、胸元のリボンが解けたら色々とまずいことになることに気がついた。
なぜ今日に限って、こんなものを着せられたのだろうか。
『──いいですか、皇女さま。今夜は大事な日です! 殿下が来たら、その身を委ねてくださいね!』
『ゆだねるって…?』
『それは殿下が教えてくださいますよ』
なぜ今日が大事な日なのか、身を委ねるとはどういう意味なのか。何も知らないクローディアは、コンコンと扉が叩かれる音にびくりと肩を震わせ、慌てて背筋を正した。
──これから何が始まるのだろう?
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