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糸絡(2)
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──それじゃあ私は戻るから。またねリアン。
またリアンと話すことができて嬉しかった。そう言うと、クローディアはリアンが身体を休めている客室から出て行った。
入れ替わりにリアンの元を訪れたのは、クローディアの兄であるエレノスだった。
「お加減は如何ですか? ヴァレリアン殿下」
クローディアと同じ銀髪に菫色の瞳を持つ、帝国の皇帝の弟。正式な文書には記していないそうだが、皇位継承権は放棄するともう一人の弟と共に公言しているとか。
「…閣下がここに運んでくださったと聞きました。ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらの方です、殿下」
エレノスは優美な微笑みを浮かべた。白銀の美しき兄妹などと噂されるだけあり、その美貌は思わず目を見張るほどのものである。
髪は胸下辺りで綺麗に切り揃えられ、世の女性たちが見たら羨むであろうくらいに睫毛は長く、肌は白い。少し長めの前髪が目にかかっているせいか、表情に翳りがあるように見えた。
「ディアを、クローディアを助けてくださりありがとうございます。侍女に聞いたのですが、城下でも助けてくださったようですね」
「…偶然通りかかっただけなので」
「クローディアは幸運だ。貴方のような方に逢えて」
偶然が重なっただけだというのに、クローディアといいエレノスといい、この美しい兄妹は奇跡を見てしまったとでも言いそうな口調で言ってくる。
自国で厄介者として、時にはいないものとして扱われてきたリアンには、一人の人間として自分を見てくれ、話してくれる人は誰もいなかった。
だが、今は違う。目の前にいるエレノスはクローディアと同様に、真っ直ぐにリアンの瞳を見つめてくれていた。不思議な気分だ。
「……俺なんか…いや、私は…」
思わず素が出てしまい、リアンは言葉を詰まらせる。かぁっと頬の辺りが熱くなるのを感じて、リアンは顔を俯かせたが、その年相応の姿が可愛らしく見えたエレノスは優しい微笑を浮かべた。
『──ヴァレリアン王子殿下は、黒髪しかいない王族で、禁色を持って生まれたことから、王家の汚点、神の怒りの象徴などと言われ、酷い扱いを受けてきたそうです』
エレノスがラインハルトからヴァレリアンの話を聞いた時は、怒りのあまりに王国との交易をやめてしまおうかと思うほどだった。帝国で生を受けていたら、幸せに暮らせただろうに。
「……傷が癒えるまでゆっくりとお過ごしください。それと、殿下の兄上様が面会を希望されているのですが、どうなさいますか?」
ヴァレリアンの兄の名を出した途端に、金髪碧眼の王子の顔色が変わる。
「…許可が必要ですか? 兄が来たというのに」
「たとえ相手が兄であろうと両親であろうと、殿下は今病み上がりなうえ、帝国にとって恩人です。本人の許可なくお通しするわけには行きません」
ヴァレリアン王子の兄からの面会希望を、エレノスは通さなかった。何故なら式典のために帝国に到着した時、二人が一緒にいなかったのを憶えているからだ。
「……なら、会いたくはありません。寝ているとでも言ってください」
リアンは消え入りそうな声でそう言うと、掛布を頭の上まですっぽり引き上げた。その姿に幼い頃のクローディアを重ねたエレノスは、布団の上からリアンの頭をそっと撫でた。
「分かりました。…では私はこれで失礼いたします。ゆっくりおやすみください」
最後の声は、クローディアの前だけで見せる優しい兄の時のものだった。誰からも愛されなかったリアンは、耳を打つ優しい声に泣き出してしまいたくなったが、布団の下で体を丸めて耐えた。
エレノスが客室を出ると、前方から「兄上」と声を上げるローレンスが駆け寄ってきた。待ち構えていたと言わんばかりの顔をしている。何かあったのだろうか。
「どうしたんだい? ローレンス」
珍しく息を荒げているローレンスの肩に手を置き、顔を覗き込む。らしくもないその姿にエレノスは驚いた。
皇族たるものは──などと年中言っているローレンスは、兄弟で一番作法に気を遣っている。…時折変わったことをしているが。
「僕としたことが、廊下を走るなどはしたない…いや、今はそんなことを気にしている場合ではないのだ!」
「……うん? よく分からないけれど、そんなに焦ってどうしたんだい」
「兄上、落ち着いて聞いてくれたまえ」
「…君よりは落ち着いていると思うけどね」
常に落ち着いているけれど、とエレノスは苦笑を浮かべ、少し歩いた先にある空き部屋へとローレンスを連れて入った。
ドアが閉まると、ローレンスはエレノスの両肩を掴む。その勢いと形相にエレノスは思わず後退りしそうになった。
「ヴァレリアン王子の兄君が、見舞いをしたいと来られたのだ」
「ああ、そのことなら、私のところにも来たよ。しかしながら、ヴァレリアン殿下は…眠ってしまっていてね。別日に、と断ってくれるかい?」
「日を改めるよう伝えたんだが、その……泣き崩れてしまわれて」
「………うん?」
エレノスはぱちぱちと瞬きをした。
泣き崩れた? 王子が、他国の城の中で?
俄には信じ難い話だが、ローレンスの焦った姿を見れば、それは本当の話なのだろう。だが、ヴァレリアンは家族と不仲だと聞いている。ほぼ顔を合わさないとも。
訝しげな顔をしているエレノスに、ローレンスは更に詰め寄った。
「信じられないのなら僕と来てくれたまえ!」
「分かった、分かったから落ち着いてくれるかい?」
「落ち着いてなんていられん!」
弟に会いたいと泣き崩れたらしい、隣国の王子であるヴァレリアンの兄君。
かの者と未だ言葉を交わしたことがないエレノスは、会いたくない様子だったヴァレリアンのことを想い、興奮気味のローレンスを諌めようとしたが、それは叶うことなくローレンスに引き摺られるようにして応接間へと戻るのだった。
またリアンと話すことができて嬉しかった。そう言うと、クローディアはリアンが身体を休めている客室から出て行った。
入れ替わりにリアンの元を訪れたのは、クローディアの兄であるエレノスだった。
「お加減は如何ですか? ヴァレリアン殿下」
クローディアと同じ銀髪に菫色の瞳を持つ、帝国の皇帝の弟。正式な文書には記していないそうだが、皇位継承権は放棄するともう一人の弟と共に公言しているとか。
「…閣下がここに運んでくださったと聞きました。ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらの方です、殿下」
エレノスは優美な微笑みを浮かべた。白銀の美しき兄妹などと噂されるだけあり、その美貌は思わず目を見張るほどのものである。
髪は胸下辺りで綺麗に切り揃えられ、世の女性たちが見たら羨むであろうくらいに睫毛は長く、肌は白い。少し長めの前髪が目にかかっているせいか、表情に翳りがあるように見えた。
「ディアを、クローディアを助けてくださりありがとうございます。侍女に聞いたのですが、城下でも助けてくださったようですね」
「…偶然通りかかっただけなので」
「クローディアは幸運だ。貴方のような方に逢えて」
偶然が重なっただけだというのに、クローディアといいエレノスといい、この美しい兄妹は奇跡を見てしまったとでも言いそうな口調で言ってくる。
自国で厄介者として、時にはいないものとして扱われてきたリアンには、一人の人間として自分を見てくれ、話してくれる人は誰もいなかった。
だが、今は違う。目の前にいるエレノスはクローディアと同様に、真っ直ぐにリアンの瞳を見つめてくれていた。不思議な気分だ。
「……俺なんか…いや、私は…」
思わず素が出てしまい、リアンは言葉を詰まらせる。かぁっと頬の辺りが熱くなるのを感じて、リアンは顔を俯かせたが、その年相応の姿が可愛らしく見えたエレノスは優しい微笑を浮かべた。
『──ヴァレリアン王子殿下は、黒髪しかいない王族で、禁色を持って生まれたことから、王家の汚点、神の怒りの象徴などと言われ、酷い扱いを受けてきたそうです』
エレノスがラインハルトからヴァレリアンの話を聞いた時は、怒りのあまりに王国との交易をやめてしまおうかと思うほどだった。帝国で生を受けていたら、幸せに暮らせただろうに。
「……傷が癒えるまでゆっくりとお過ごしください。それと、殿下の兄上様が面会を希望されているのですが、どうなさいますか?」
ヴァレリアンの兄の名を出した途端に、金髪碧眼の王子の顔色が変わる。
「…許可が必要ですか? 兄が来たというのに」
「たとえ相手が兄であろうと両親であろうと、殿下は今病み上がりなうえ、帝国にとって恩人です。本人の許可なくお通しするわけには行きません」
ヴァレリアン王子の兄からの面会希望を、エレノスは通さなかった。何故なら式典のために帝国に到着した時、二人が一緒にいなかったのを憶えているからだ。
「……なら、会いたくはありません。寝ているとでも言ってください」
リアンは消え入りそうな声でそう言うと、掛布を頭の上まですっぽり引き上げた。その姿に幼い頃のクローディアを重ねたエレノスは、布団の上からリアンの頭をそっと撫でた。
「分かりました。…では私はこれで失礼いたします。ゆっくりおやすみください」
最後の声は、クローディアの前だけで見せる優しい兄の時のものだった。誰からも愛されなかったリアンは、耳を打つ優しい声に泣き出してしまいたくなったが、布団の下で体を丸めて耐えた。
エレノスが客室を出ると、前方から「兄上」と声を上げるローレンスが駆け寄ってきた。待ち構えていたと言わんばかりの顔をしている。何かあったのだろうか。
「どうしたんだい? ローレンス」
珍しく息を荒げているローレンスの肩に手を置き、顔を覗き込む。らしくもないその姿にエレノスは驚いた。
皇族たるものは──などと年中言っているローレンスは、兄弟で一番作法に気を遣っている。…時折変わったことをしているが。
「僕としたことが、廊下を走るなどはしたない…いや、今はそんなことを気にしている場合ではないのだ!」
「……うん? よく分からないけれど、そんなに焦ってどうしたんだい」
「兄上、落ち着いて聞いてくれたまえ」
「…君よりは落ち着いていると思うけどね」
常に落ち着いているけれど、とエレノスは苦笑を浮かべ、少し歩いた先にある空き部屋へとローレンスを連れて入った。
ドアが閉まると、ローレンスはエレノスの両肩を掴む。その勢いと形相にエレノスは思わず後退りしそうになった。
「ヴァレリアン王子の兄君が、見舞いをしたいと来られたのだ」
「ああ、そのことなら、私のところにも来たよ。しかしながら、ヴァレリアン殿下は…眠ってしまっていてね。別日に、と断ってくれるかい?」
「日を改めるよう伝えたんだが、その……泣き崩れてしまわれて」
「………うん?」
エレノスはぱちぱちと瞬きをした。
泣き崩れた? 王子が、他国の城の中で?
俄には信じ難い話だが、ローレンスの焦った姿を見れば、それは本当の話なのだろう。だが、ヴァレリアンは家族と不仲だと聞いている。ほぼ顔を合わさないとも。
訝しげな顔をしているエレノスに、ローレンスは更に詰め寄った。
「信じられないのなら僕と来てくれたまえ!」
「分かった、分かったから落ち着いてくれるかい?」
「落ち着いてなんていられん!」
弟に会いたいと泣き崩れたらしい、隣国の王子であるヴァレリアンの兄君。
かの者と未だ言葉を交わしたことがないエレノスは、会いたくない様子だったヴァレリアンのことを想い、興奮気味のローレンスを諌めようとしたが、それは叶うことなくローレンスに引き摺られるようにして応接間へと戻るのだった。
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