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奇妙な家の変人 1

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何処にだって、変な奴はいる。
それは田舎だろうと、都会だろうと例外はない。多いか少ない程度の違いはあるだろうが、往々にして人間は万別あれば、千種ある。

姿形、性格、甲乙とつけるものだ。

ここ、ラズライル国の首都にあるアグニカ通りの端にもまた、変人が建てたであろう家があった。
昔、そこに何があったのかは誰も思い出せないのだが、いつの間にかあった、その奇妙な家には黒髪の主人がいた。

そいつも、また変わった男だった。
不思議な格好に身を包み、珍しい食べ物に、道具を扱っていた。
特に珍しくもない獣耳や尾をつけた人間を面白がり、魔法を使えば手を叩いた。しかも、科学などというお伽噺を真面目に語り、それを使うとまで言われていた。

そんな噂話くらいは聞いたことがあったエリザ・アントが奇妙な家を訪れたのは、昼間の穏やかな空気が流れ始めた頃。
食事時が終わった、おやつ頃に近い時間だった。

エリザは、奇妙な家を見上げると溜め息をつく。

なんでこんなことになったのか。

奇妙な家の、鉄製のすだれのような門を見て、エリザは改めて考えた。

売り言葉に、買い言葉と言えばいいのか。
些細な言い争いが原因だった。

学校でクラスメイトの男達が度胸だめしに、幽霊屋敷に行ったというのを聞いて、そんなものは何でもないとエリザは言ってしまったのだ。
少し見栄を張りたかった。
それだけだったのだが、燃え上がった男達の口撃に、思わず言ってしまったのだ。

「私なら、あの奇妙な家にいくわ」

そこからはさらに、ヒートアップした男達の追撃を受けて退けなくなり、アグニカ通りを歩いてきた。
途中まで男達もついてきたのだが、奇妙な家につくまでに尻込みして帰ってしまった。
そんな男達を罵った手前、成果がなければ帰れないと、奇妙な家の前まで来たはいいものの、エリザは踏ん切りがつかないでいた。

「君、何か用?」

「ぴぃ!」

そんな中で後ろから声をかけられ、エリザの喉から変な音がした。急いで振り返ると、ねずみ色のフードを被った背の高い男がいた。

買い物の帰りなのか、手には果物が入った袋を持っている。いや、それより、男の服装をエリザは見ていた。青く、固そうな、ここらでは見ないズボンをはいて、フードのついた服には真ん中でギザギザの金具がついている。
ここらでは見ない格好だ。

「あっ、もしかしてミセに用かな?今、開けるから待っててね」

そう男がいうと、ひとりでに鉄の門がキリキリと音をたて開いた。開くというより、巻かれたといったほうがあっているかも知れない。
エリザは驚く。魔道具でも見たことのない機能だったこともあるが、魔力を使った様子がなかったのだ。

「はい、どーぞ」

男が先に家に入っていく。

ここまで来て退くような選択肢は、もはやエリザにはなかった。
透明な扉を押すと鐘がなった。
中はカウンターテーブルの奥にキッチンのようなスペースが見える。椅子が並び、さらに奥には広い作業場のようなものがあるようだった。 

「ちょっと待ってなよ。あっ、座ってていいからね」

言い残して男は荷物をカウンターにおいて、奥にある扉へと入っていった。
エリザは促されたままに、椅子に座り、家の中を見渡す。逃げ出すチャンスを逃したことには、気がつかない。

カッチ、カッチとリズムの良い音が家の中に響いている。なぜだか、エリザにはとても心地好く聞こえる。
男は店と言っていたなと、エリザは考える。

ここは、外装にこだわった飲食店だったのかも知れないと予想して、先程の人間の趣向が外れていることを哀れんだ。

「ごめん、ミセはまだ帰ってないみたいだから。これ、飲んで待ってなよ」

男がフードを外して、声を掛けてきた。
一緒に氷の入ったグラスをエリザの前に置いた。中には白い牛乳のような液体が入っている。
氷なんて嗜好品にも驚いたが、グラスの透明度と、均整のとれた美しいフォルムに目をひかれた。
こんなものを出されて、いったいいくら取られるのか心配になって恐る恐る訪ねる。

「えっと、お金がないのだけれど…………」

「子供が変な気遣いしないで。ほら、飲みなよ」

勧められて断るのも悪い。
とりあえず、一口だけと口をつける。

すると、口の中に甘酸っぱい風味が広がった。

なんだ?
なんだこれは!?

「おいしい!」

エリザは思わず声を大きくした。
はっとなって、男を見るとニコニコと笑っている。恥ずかしくなって、顔を伏せる。

「よかったー。乳酸菌は万能だね」

恥ずかしさを誤魔化そうと、グラスを改めて口に運ぶ。
ニューサンキンと言うらしい飲み物は、甘さの中に懐かしさを感じさせる風味があり、エリザは、すぐさまに味の虜になった。
さらに、氷が程よい冷たさで口元から喉までを
潤していく。至福の時間だ。

しかし、その時間の終わりはすぐに訪れる。
カラカラと氷だけがグラスにぶつかる音がした。

与えられた満足感とともに、なんてことをしてしまったのだろうかと。僅かな後悔が、エリザの胸に込み上げてきた。

あまりの悲しさに、エリザがグラスを握り締めていると、男から甘い誘惑が囁かれた。

「いい飲みっぷりだねー。おかわりいる?」

「いいの!?」

「はいはーい」

空になったグラスに男がニューサンキンを注ぎ、グラスの半分ほど注いで手を止める。
嬉しくて、すぐに口をつけようとしたエリザをとどめて男は水の入ったグラスを傾けた。

「これは、薄めて飲むやつだから。ちょっと濃い目はサービスだよ」

マドラーでゆっくりニューサンキンをかき混ぜると、どうぞと差し出される。
知らなかったとはいえ、焦りを見せてしまい、さらに恥ずかしい思いをしてしまったと、エリザの顔は紅く、紅くなっていく。

気をとりなおして、今度は最初から、ゆっくりと味わう。

なんと甘美な飲み物だろうか。
これほどの味を、エリザは11年生きてきて味わったことがなかった。

裕福な家に生まれたとは思っていたし、祖父母が多趣味だったこともあり、珍しい食べ物も味わっていたつもりだったが、人生で間違いなく最高の品に出会ったと、この瞬間に彼女は確信していた。

エリザが幸せの余韻に浸っていると、カランカランと、鐘がなった。

「あー、疲れた。リンドー、コーラ!」

ドアを開けるなり、乱暴に声をかけたのは金髪で頭に耳を生やした、狐人の少女だった。

「おかえり、ミセ。コーラより、まずはただいまでしょ?」 

「はいはーい、ただいまー。これで満足しょっ?んふ、コーラ!コーラ!」

ミセと呼ばれた少女は、さっさと椅子に座るとテーブルに手をついて、なにやら呪文のようにコーラと続けた。
その様子に、なかば呆れるようにリンドーと呼ばれた男はミセに言う。

「はぁ……、まずは友達にも挨拶したら?」

「は、友達?お前の?」

「君の友達でしょ?」

二人が揃ってエリザを見た。

エリザがグラスを置いて言う。

「…………はじめまして、エリザ・アントと申します」

深々と頭を下げて、何から話そうかとエリザは頭を悩ませた。
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