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第十三話 山へ行こう
④
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今野に掴みかった縁は、今は大分落ち着いて、パイプ椅子に座り込んでいた。
項垂れてパイプ椅子に座っている縁に、瑠璃は戸惑いを隠せなかった。
(あんなに取り乱した新井場君……見たことない)
戸惑っていたのは瑠璃だけではなく、桃子も、今野も心配そうな表情で縁を見ている。
そんな重たい空気を察してかどうかは分からないが、矢那崎が口を開いた。
「そんな事だろうと思いましたよ」
桃子は矢那崎を睨んだ。
「何が言いたい?」
「自分の人生に自暴自棄になって薬物に手を染める……よくある話ですよ。大方薬物依存による中毒症状により、錯乱して崖から飛び降りたのでしょう。これで事件は解決です」
矢那崎の持論を聞いているのかそうでないのか、縁は項垂れたままだ。
するとそれに代わるように瑠璃が言った。
「そんな……乱暴ですよ」
「何が乱暴なものか……。覚醒剤、危険ドラッグ……社会問題じゃないか……僕は現実を言っているだけだよ。探偵ごっこは終わりだ」
矢那崎の悪態に、瑠璃は何も返せなかった。殺人の決定的証拠がない以上、矢那崎の持論も一理あったからだ。
すると今野が言った。
「確かにそうかもしれないね。公安に捜査が移った以上、僕らの出番はないからね」
そう言った今野に、項垂れていた縁が反応した。
「公……安……?」
縁は顔を上げて今野に言った。
「なんで公安なんだ?引き継ぐなら麻取だろ?」
「僕もそう思ったけど……相手は公安だから、それ以上の事は」
縁は再び顎を撫でながら立ち上がった。
(殺人の可能性が消えてない以上、一課からの捜査の引き継ぎは些か乱暴だ)
縁は目を見開いた。
「まさか……」
ブツブツ独り言を言う縁に桃子は言った。
「何か気づいたのか?」
縁は桃子に言った。
「俺……行くよ」
「被害者の部屋にか?では私も……」
桃子の言葉を遮るように、縁は掌を桃子に向けた。
「桃子さん達はここに残って続けて調べてくれ」
「しかし……」
「殺人の可能性が残っている以上、放っておけないだろ?」
すると今野が言った。
「しかし縁君……公安の邪魔をするわけには……」
「だからあくまでも殺人事件の捜査をすればいい……薬とは別件でね」
すると矢那崎がいきり立ってきた。
「いい加減にしてくれっ!中毒症状による自殺で、事件解決だろっ?これ以上何を調べるんだっ?」
いきり立った矢那崎に、縁は言った。
「あれはそんなドラッグじゃねぇよ。それに中毒症状じゃねぇ」
再び見せた虚ろな表情に、瑠璃は何かを感じた。
(新井場君……)
それは怒り、哀しみ、あらゆるネガティブな感情が合わさった表情……。
そしてその表情は桃子の瞳にも写っていた。見たこともない縁……常に一緒にいた自分の知らない縁……。桃子は得たいの知れない不安に押し潰されそうになった。
すると今野が言った。
「確かに縁君の言う通りだな……このまま放っておくわけにもいかないし。でも縁君……移動はどうするんだい?小笠原さん達を残して僕はここを離れられないよ」
「移動の事は気にしないで……アテはあるから」
矢那崎は悔しそうな表情をした。
「チッ!無駄な事なのにっ!」
縁は矢那崎を無視して今野に言った。
「じゃあ俺行くから……連絡は常に取り合おう。じゃあ皆をよろしくね。あと……さっきはごめんね……今野さん」
素直に謝る縁に、今野は目を丸くしたが、すぐに苦笑した。
「いいよ。気にしないで……少し戸惑っただけだよ。あんな縁君初めてだからね」
縁は申し訳なさそうにした。
「面目ない。それじゃあ」
縁が待合室を出ようとすると、桃子が縁を引き留めた。
「縁っ!」
桃子の表情は不安で一杯のようだった。桃子の中の理屈ではない何かが、縁を引き留めようとしていた。
「桃子さん……引き留めんなよ」
「引き留めない……(ちがう)……」
本当は引き留めたかったが、出来なかった。
縁は笑顔で言った。
「夕方には戻るよ」
桃子は無理やり笑顔を作った。
「そうか……しっかり真相を掴めよ。(だめだ……引き留めろ)」
「じゃあ僕も外まで一緒に……被害者の資料が車にあるから」
「助かるよ」
縁はそのまま今野と待合室を去っていった。
すると桃子はそのまま膝から崩れ落ちた。
瑠璃は崩れた桃子に慌てて駆け寄った。
「小笠原さんっ!」
桃子は悲痛の表情で言った。
「私はっ!……何も知らないっ!縁を……行かせては行けないのにっ!」
「小笠原さん……」
瑠璃は桃子に掛ける言葉が見付かなかった。
桃子も自分がもし縁の立場だったら、止まらない……だから自分の知らない縁を見ても止める事が出来なかったのだろう。
今野と別れた縁は、近くのバス停に向かい一人で歩いていた。
既に道路に出ており、後は真っ直ぐバス停に向かうだけだった。
「二十分程で着くって、言っていたな」
縁は今野と別れた後、すぐに何処かに連絡をいれていた。その連絡相手とバス停で待ち合わせをしたようだ。
一人で歩く縁は、先程の桃子の表情を思い出していた。
(桃子さん……何かを感じてやがったな……。無理もないか、あんな姿を見せたんじゃ……)
縁は首をブルブルと左右に振って、脳裏に残る桃子を振り払おうとした。
「いや……今はスピリットの事を考えろっ!」
縁はスクランブル・スピリットに集中するために、振り払ったつもりだったが、もしかしたらそれは罪悪感を誤魔化す為だったのかもしれない。桃子や瑠璃……今野にまで気を使わせた事に……。
しばらく道路を歩くと事故現場付近のバス停が見えてきた。するとバス停には、バスではなく、一台の黒塗りのセダンが停まっていた。
「早いな……事故現場だからすぐにわかったか」
縁はバス停に到着し、ゆっくりとセダンに近付くと、後部座席の窓がそれに合わせて下りた。
縁は後部座席の人物を確認すると、思わず渋い表情をした。
「まさかお前に協力を頼むなんてよ」
「私も貴方から連絡が来るとは思わなかったわ」
「アレが関わって、しかも公安絡みだと、お前に頼まなきゃならねぇからな」
「そうね……まさかこの国にあるなんてね……エニシ」
「被害者の住所は分かっている。とりあえずそこに向かってくれ……。キャメロン……」
縁が呼び出した相手は、FBI捜査官のキャメロンだった。
キャメロンは冷笑して、自慢の金髪を掻き上げて、縁を後部座席に招いた。
「話しは道中で……行きましょう」
車に乗り込んだ縁は、これまでの経緯をキャメロンに話した。
話している途中、何度か運転席の体格の良い黒いスーツの白人男性と目が合ったが、どうやらこの男性はキャメロンの仲間らしい。
話を聞いたキャメロンは険しい表情で言った。
「成る程ね……偶然とはいえ、スピリットと繋がるとはね。それよりも大丈夫なの?モモコ・オガサワラを残してきて」
「どういう意味だ?」
「彼女一人では、少々荷が重いと思うけど?中毒症状による自殺には無理がある。それに彼女は気付くかしら?気付かないと先に進まない」
キャメロンの言葉に、縁は鼻で笑った。
「へっ……桃子さんを侮り過ぎだよ」
キャメロンは懐疑的な表情で溜め息をついた。
「ふぅ……そうかしら?」
縁とキャメロンが被害者の片山の部屋に向かっている頃、研究所に残った桃子達は、未だ待合室にいた。
縁が出ていった事により、取り乱していた桃子も、落ち着きを取り戻し、瑠璃が淹れてくれたコーヒーを飲んでいた。
「ありがとう瑠璃……インスタントにしては美味しかったぞ。おかげで少し落ち着いたよ」
桃子が笑顔で瑠璃に礼を言うと、瑠璃は少し頬を赤らめた。
「いえっ……そんな……。私もカップ洗ってきますね」
瑠璃はそう言うと、桃子と矢那崎のカップも下げて、キッチンへ持っていった。
カップが下がると矢那崎は立ち上がり、何処かへ行こうとしたが、桃子がそれを呼び止めた。
「何処へ行くつもりだ?」
「原所長に報告するんですよ」
矢那崎の答えに今野が反応した。
「報告って……ドラッグの事かい?」
「そうですよ。雇い主としては知る権利があるでしょ?片山氏が違法薬物を常用していたと」
桃子は矢那崎を少し睨んだ。
「あくまでも中毒症状による事故か自殺で方をつけるつもりか?」
矢那崎は不適に笑った。
「ふふ……そう考えるのが妥当でしょ?そしてこんな茶番は、さっさと終わらせるべきです。では……」
そう言うと矢那崎は待合室を後にした。
矢那崎が出ていくと、今野は疲れきった表情をした。
「やっぱり連れて来ない方がよかったかな……」
「今更だな……。まぁ矢那崎が言うことも一理ある。雇い主には知る権利があるからな」
桃子にそう言われた今野は、さらに肩を落として項垂れた。
今野が項垂れていると、キッチンにいる瑠璃が何かをごそごそやっている。
桃子はキッチンに向かって瑠璃に声をかけた。
「どうした?瑠璃……」
「いえ……カップを洗おうと思ったんですけど……洗剤が空っぽで……。あっ!ありました」
瑠璃はキッチンの下の収納スペースから、洗剤の詰め替えようのボトルを取り出した。瑠璃は洗剤を補充して、再びカップを洗い出した。
「しかし……矢那崎の言う通りだとすれば、僕らに出来ることはもうないですよ」
項垂れた今野の言葉に、桃子は深く考えてみた。
(確かに矢那崎の持論が的を得ているの確かだが……どうも納得できない……何故だ?)
考え事をしている桃子に、無視されたと思った今野は愚痴りだした。
「そもそも最初から薬物関して分かっていれば、捜査に首を突っ込むことなんてなかったのに」
桃子は今野の愚痴に目を見開いた。
(最初から……だと?)
桃子は勢いよく立ち上がり、今野に声を荒げた。
「今野刑事っ!解剖書だっ!解剖書を今すぐ見せてくれっ!」
桃子の怒号に驚いた今野は、慌てて鞄から捜査資料を取り出して、解剖書を机に置いた。
食器洗いを終えた瑠璃も、自然と体を机に向かわせた。
桃子は睨み付けるように、解剖書に目を通して、目を見開いた。
「そうか……引っ掛かってた理由はこれだ」
今野が言った。
「何か気づいたんですか?」
「中毒症状による事故と自殺ではない……見てみろ」
桃子はそう言うと、今野に解剖書を返した。
桃子は続けた。
「最初から薬物と事件の因果関係が分からなかったのも無理はない」
解剖書を眺めていた今野も目を丸くした。
桃子は更に続けた。
「薬物を摂取して死んだのなら……何故解剖で薬物反応が出ていない?」
桃子の言うように、薬物の中毒症状による事故か自殺なら、解剖時に薬物反応が出るはずだが、解剖書にはそのような記述は一切なかった。
今野は目を丸くしたまま言った。
「薬物反応は薬の種類にもよるけど、反応が消えるまで数日はかかる……。しかし薬物が直接的な死因なら、解剖で反応が出るはず……」
桃子が言った。
「そうだ少なくとも、薬物による錯乱状態で自殺や事故を起こしたのでは、ないという事だ」
瑠璃が言った。
「じゃあ……やっぱり殺された?」
桃子は首を横に振った。
「いや……断定は出来ないが……。縁が言っていた被害者の掌の事を踏まえると……事故の線は消えた」
今野が桃子に言った。
「つまり自殺か殺人……って事ですか?」
「今のところ自殺の可能性が高い……掌の事があるからな。崖から突き落とされたとしたら、抵抗する時に何かに掴まるはずだが、そのような形跡はない」
瑠璃が言った。
「じゃあ自殺?」
桃子は再び深く考えこんだ。
「確かにそう考えると妥当だが……何故薬物を所持していた?それに何か感じんな事を見落としている気がする……」
「とにかく被害者の私物など、残っていないか、所長か大崎さんに聞いてみましょう。何かの手がかりなるかもしれません」
今野の口に提案に二人は賛同し、待合室を後にした。
(縁はおそらくとっくに気付いていたのだろう……ダメだな私は……)
桃子は少し儚げな表情で二人と所長室に向かった。
項垂れてパイプ椅子に座っている縁に、瑠璃は戸惑いを隠せなかった。
(あんなに取り乱した新井場君……見たことない)
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そんな重たい空気を察してかどうかは分からないが、矢那崎が口を開いた。
「そんな事だろうと思いましたよ」
桃子は矢那崎を睨んだ。
「何が言いたい?」
「自分の人生に自暴自棄になって薬物に手を染める……よくある話ですよ。大方薬物依存による中毒症状により、錯乱して崖から飛び降りたのでしょう。これで事件は解決です」
矢那崎の持論を聞いているのかそうでないのか、縁は項垂れたままだ。
するとそれに代わるように瑠璃が言った。
「そんな……乱暴ですよ」
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すると今野が言った。
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そう言った今野に、項垂れていた縁が反応した。
「公……安……?」
縁は顔を上げて今野に言った。
「なんで公安なんだ?引き継ぐなら麻取だろ?」
「僕もそう思ったけど……相手は公安だから、それ以上の事は」
縁は再び顎を撫でながら立ち上がった。
(殺人の可能性が消えてない以上、一課からの捜査の引き継ぎは些か乱暴だ)
縁は目を見開いた。
「まさか……」
ブツブツ独り言を言う縁に桃子は言った。
「何か気づいたのか?」
縁は桃子に言った。
「俺……行くよ」
「被害者の部屋にか?では私も……」
桃子の言葉を遮るように、縁は掌を桃子に向けた。
「桃子さん達はここに残って続けて調べてくれ」
「しかし……」
「殺人の可能性が残っている以上、放っておけないだろ?」
すると今野が言った。
「しかし縁君……公安の邪魔をするわけには……」
「だからあくまでも殺人事件の捜査をすればいい……薬とは別件でね」
すると矢那崎がいきり立ってきた。
「いい加減にしてくれっ!中毒症状による自殺で、事件解決だろっ?これ以上何を調べるんだっ?」
いきり立った矢那崎に、縁は言った。
「あれはそんなドラッグじゃねぇよ。それに中毒症状じゃねぇ」
再び見せた虚ろな表情に、瑠璃は何かを感じた。
(新井場君……)
それは怒り、哀しみ、あらゆるネガティブな感情が合わさった表情……。
そしてその表情は桃子の瞳にも写っていた。見たこともない縁……常に一緒にいた自分の知らない縁……。桃子は得たいの知れない不安に押し潰されそうになった。
すると今野が言った。
「確かに縁君の言う通りだな……このまま放っておくわけにもいかないし。でも縁君……移動はどうするんだい?小笠原さん達を残して僕はここを離れられないよ」
「移動の事は気にしないで……アテはあるから」
矢那崎は悔しそうな表情をした。
「チッ!無駄な事なのにっ!」
縁は矢那崎を無視して今野に言った。
「じゃあ俺行くから……連絡は常に取り合おう。じゃあ皆をよろしくね。あと……さっきはごめんね……今野さん」
素直に謝る縁に、今野は目を丸くしたが、すぐに苦笑した。
「いいよ。気にしないで……少し戸惑っただけだよ。あんな縁君初めてだからね」
縁は申し訳なさそうにした。
「面目ない。それじゃあ」
縁が待合室を出ようとすると、桃子が縁を引き留めた。
「縁っ!」
桃子の表情は不安で一杯のようだった。桃子の中の理屈ではない何かが、縁を引き留めようとしていた。
「桃子さん……引き留めんなよ」
「引き留めない……(ちがう)……」
本当は引き留めたかったが、出来なかった。
縁は笑顔で言った。
「夕方には戻るよ」
桃子は無理やり笑顔を作った。
「そうか……しっかり真相を掴めよ。(だめだ……引き留めろ)」
「じゃあ僕も外まで一緒に……被害者の資料が車にあるから」
「助かるよ」
縁はそのまま今野と待合室を去っていった。
すると桃子はそのまま膝から崩れ落ちた。
瑠璃は崩れた桃子に慌てて駆け寄った。
「小笠原さんっ!」
桃子は悲痛の表情で言った。
「私はっ!……何も知らないっ!縁を……行かせては行けないのにっ!」
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瑠璃は桃子に掛ける言葉が見付かなかった。
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「いや……今はスピリットの事を考えろっ!」
縁はスクランブル・スピリットに集中するために、振り払ったつもりだったが、もしかしたらそれは罪悪感を誤魔化す為だったのかもしれない。桃子や瑠璃……今野にまで気を使わせた事に……。
しばらく道路を歩くと事故現場付近のバス停が見えてきた。するとバス停には、バスではなく、一台の黒塗りのセダンが停まっていた。
「早いな……事故現場だからすぐにわかったか」
縁はバス停に到着し、ゆっくりとセダンに近付くと、後部座席の窓がそれに合わせて下りた。
縁は後部座席の人物を確認すると、思わず渋い表情をした。
「まさかお前に協力を頼むなんてよ」
「私も貴方から連絡が来るとは思わなかったわ」
「アレが関わって、しかも公安絡みだと、お前に頼まなきゃならねぇからな」
「そうね……まさかこの国にあるなんてね……エニシ」
「被害者の住所は分かっている。とりあえずそこに向かってくれ……。キャメロン……」
縁が呼び出した相手は、FBI捜査官のキャメロンだった。
キャメロンは冷笑して、自慢の金髪を掻き上げて、縁を後部座席に招いた。
「話しは道中で……行きましょう」
車に乗り込んだ縁は、これまでの経緯をキャメロンに話した。
話している途中、何度か運転席の体格の良い黒いスーツの白人男性と目が合ったが、どうやらこの男性はキャメロンの仲間らしい。
話を聞いたキャメロンは険しい表情で言った。
「成る程ね……偶然とはいえ、スピリットと繋がるとはね。それよりも大丈夫なの?モモコ・オガサワラを残してきて」
「どういう意味だ?」
「彼女一人では、少々荷が重いと思うけど?中毒症状による自殺には無理がある。それに彼女は気付くかしら?気付かないと先に進まない」
キャメロンの言葉に、縁は鼻で笑った。
「へっ……桃子さんを侮り過ぎだよ」
キャメロンは懐疑的な表情で溜め息をついた。
「ふぅ……そうかしら?」
縁とキャメロンが被害者の片山の部屋に向かっている頃、研究所に残った桃子達は、未だ待合室にいた。
縁が出ていった事により、取り乱していた桃子も、落ち着きを取り戻し、瑠璃が淹れてくれたコーヒーを飲んでいた。
「ありがとう瑠璃……インスタントにしては美味しかったぞ。おかげで少し落ち着いたよ」
桃子が笑顔で瑠璃に礼を言うと、瑠璃は少し頬を赤らめた。
「いえっ……そんな……。私もカップ洗ってきますね」
瑠璃はそう言うと、桃子と矢那崎のカップも下げて、キッチンへ持っていった。
カップが下がると矢那崎は立ち上がり、何処かへ行こうとしたが、桃子がそれを呼び止めた。
「何処へ行くつもりだ?」
「原所長に報告するんですよ」
矢那崎の答えに今野が反応した。
「報告って……ドラッグの事かい?」
「そうですよ。雇い主としては知る権利があるでしょ?片山氏が違法薬物を常用していたと」
桃子は矢那崎を少し睨んだ。
「あくまでも中毒症状による事故か自殺で方をつけるつもりか?」
矢那崎は不適に笑った。
「ふふ……そう考えるのが妥当でしょ?そしてこんな茶番は、さっさと終わらせるべきです。では……」
そう言うと矢那崎は待合室を後にした。
矢那崎が出ていくと、今野は疲れきった表情をした。
「やっぱり連れて来ない方がよかったかな……」
「今更だな……。まぁ矢那崎が言うことも一理ある。雇い主には知る権利があるからな」
桃子にそう言われた今野は、さらに肩を落として項垂れた。
今野が項垂れていると、キッチンにいる瑠璃が何かをごそごそやっている。
桃子はキッチンに向かって瑠璃に声をかけた。
「どうした?瑠璃……」
「いえ……カップを洗おうと思ったんですけど……洗剤が空っぽで……。あっ!ありました」
瑠璃はキッチンの下の収納スペースから、洗剤の詰め替えようのボトルを取り出した。瑠璃は洗剤を補充して、再びカップを洗い出した。
「しかし……矢那崎の言う通りだとすれば、僕らに出来ることはもうないですよ」
項垂れた今野の言葉に、桃子は深く考えてみた。
(確かに矢那崎の持論が的を得ているの確かだが……どうも納得できない……何故だ?)
考え事をしている桃子に、無視されたと思った今野は愚痴りだした。
「そもそも最初から薬物関して分かっていれば、捜査に首を突っ込むことなんてなかったのに」
桃子は今野の愚痴に目を見開いた。
(最初から……だと?)
桃子は勢いよく立ち上がり、今野に声を荒げた。
「今野刑事っ!解剖書だっ!解剖書を今すぐ見せてくれっ!」
桃子の怒号に驚いた今野は、慌てて鞄から捜査資料を取り出して、解剖書を机に置いた。
食器洗いを終えた瑠璃も、自然と体を机に向かわせた。
桃子は睨み付けるように、解剖書に目を通して、目を見開いた。
「そうか……引っ掛かってた理由はこれだ」
今野が言った。
「何か気づいたんですか?」
「中毒症状による事故と自殺ではない……見てみろ」
桃子はそう言うと、今野に解剖書を返した。
桃子は続けた。
「最初から薬物と事件の因果関係が分からなかったのも無理はない」
解剖書を眺めていた今野も目を丸くした。
桃子は更に続けた。
「薬物を摂取して死んだのなら……何故解剖で薬物反応が出ていない?」
桃子の言うように、薬物の中毒症状による事故か自殺なら、解剖時に薬物反応が出るはずだが、解剖書にはそのような記述は一切なかった。
今野は目を丸くしたまま言った。
「薬物反応は薬の種類にもよるけど、反応が消えるまで数日はかかる……。しかし薬物が直接的な死因なら、解剖で反応が出るはず……」
桃子が言った。
「そうだ少なくとも、薬物による錯乱状態で自殺や事故を起こしたのでは、ないという事だ」
瑠璃が言った。
「じゃあ……やっぱり殺された?」
桃子は首を横に振った。
「いや……断定は出来ないが……。縁が言っていた被害者の掌の事を踏まえると……事故の線は消えた」
今野が桃子に言った。
「つまり自殺か殺人……って事ですか?」
「今のところ自殺の可能性が高い……掌の事があるからな。崖から突き落とされたとしたら、抵抗する時に何かに掴まるはずだが、そのような形跡はない」
瑠璃が言った。
「じゃあ自殺?」
桃子は再び深く考えこんだ。
「確かにそう考えると妥当だが……何故薬物を所持していた?それに何か感じんな事を見落としている気がする……」
「とにかく被害者の私物など、残っていないか、所長か大崎さんに聞いてみましょう。何かの手がかりなるかもしれません」
今野の口に提案に二人は賛同し、待合室を後にした。
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