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第七話 ピエロは笑う
①
しおりを挟む 秋は様々な感覚が刺激される。食欲、物欲、睡眠欲など欲の季節でもある。食欲の秋に、文学の秋など、色々な秋があるが……それは様々だ。
気候的にそういった感覚になりやすいのかも知れない。
そんな秋風が吹く10月の午後、縁は学校で友人たちと、昼休みに談笑をしていた。
10月になってからは、桃子からのお誘いは無く、平凡な生活を送っていた。
夏から秋にかけて色々有りすぎた為か、縁にはこの10月が少し退屈だった。
しかし、退屈な気持ちになるのも一時の事だと、縁は思っていたので、今のこの平凡で平和な毎日を楽しもうと思っていた。
この時期の高校生の話題と言えば、恋人の話題や、デートスポットなど、浮いた話が多いが、この学校……いや、巷での話題は、今は別の事が話題になっている。
友人の達也が興奮気味に言った。
「ニュースみたかよ?また出たみたいだぜっ!『ピエロ』」
同じくクラスメイトの瑠璃も興奮気味に言った。
「知ってる知ってるっ!格好いいよねっ!」
達也と瑠璃が言っている『ピエロ』とは、『華麗なる道化』の呼び名で、現在巷を騒がせている泥棒だ。
狙う物は、珍しい絵画や宝石などで、予告状や、犯行の手口などが華麗に行われる事から、犯罪者でありながら、巷では人気がある。
縁が言った。
「ピエロはサーカスで見るもんだぜ……盗みを働くのは、感心できないな」
達也が言った。
「確かにそうだけどよ……でも、映画やドラマみたいで、格好いいじゃんっ!」
すると瑠璃も達也に同調した。
「そうよっ!それに、盗むって言っても、悪徳企業が違法な形で手にいれた物を盗んでるのよっ!」
さらに達也が言った。
「狙った獲物は必ず手に入れるっ!神出鬼没の大泥棒っ!」
縁は呆れ気味に言った。
「ル◯ンかよ……」
瑠璃が縁に言った。
「新井場君……対決してみたら?」
縁はげんなりした表情で言った。
「何言ってんの?雨家さん……」
すると達也がニヤリとした。
「でも、あの桃子って人はこういうのが好きそうじゃん?」
瑠璃も達也に同調した。
「確かに小笠原さんは、食いつきそうね……」
縁はさらにげんなりした表情になった。
「否定できないから、嫌になるよ……」
達也と瑠璃と『ピエロ』の話で盛り上がっていると、担任の女教師の一瀬椿が教室にやって来た。
午後の始業チャイムはまだ鳴っていないので、教室にいた生徒達の視線は、自然と椿に向いた。
すると生徒達の視線を集める中で、椿は言った。
「新井場君……教室にいる?」
すると生徒の一人が、縁の席……教室の一番奥に向かって、叫んだ。
「縁っ!呼ばれてんぞっ!」
縁は明らさまに嫌な表情をして、立ち上がった。
その様子を見て達也が言った。
「縁……何かやったのか?」
教師に呼び出された生徒に対して、クラスメイトが必ず言う言葉だ。
「何もやってねぇよ……」
そう言うと縁は、椿の待つ教室の入口に向かった。
椿の前に到着すると、縁は憮然とした表情で言った。
「何?先生……」
椿は笑顔で言った。
「警察の人が、あなたに会いに来てるわよ……」
縁はすぐさま嫌な予感がした。椿の表情から察するに、犯罪者扱いで呼ばれた訳ではなさそうだが……。
縁は呟いた。
「有村さんか……もしくは、今野さんか……」
すると椿は怪訝な表情をした。
「有村?今野?……そんな名前じゃなかったけど」
すると二人の会話を聞いていた生徒が、興奮気味に言った。
「何だよっ!何かやらかしたのか?縁……」
これもクラスメイトが必ず言う言葉だ。
クラスがざわつき始めたため、椿が縁を教室の外に連れ出そうとした。
「新井場君……ここじゃあれだから、応接室に……」
縁はクラスメイトの反応にぶつぶつ言いながら、椿に付いて行った。
「あいつら……俺の事を何だと思ってやがる……」
応接室に向かう途中、縁は考えていた。有村や今野では無いとしたら、一体誰が会いに来たのか……もちろん縁に犯罪に荷担した心当たりは無い。
だとすれば、警察の人間が縁に会いに来た理由は、事件の捜査協力の可能性が高いが、有村や今野以外で来る人間に心当たりは無い。
縁は椿に聞いてみた。
「先生……何の用で警察が俺に?」
椿は答えた。
「さぁ……詳しくは聞いていないけど、誰かの紹介で来たって、言っていたわ」
「誰かの紹介?有村さんかな……。警察の人って一人?」
椿は首を横に振った。
「ううん……二人よ。男の人と女の人……」
縁はさらに嫌な予感がした。
「女?……まさか……」
椿は笑顔で言った。
「すっごい美人な人だったよっ!……でもどこかで見た事がある気がするのよねぇ……」
縁は頭を抱えた。
「奴だ……やっぱりあの人が関わっているのか……」
そうこうしている間に、応接室に到着した縁は、両開きの扉の前で溜め息をついた。
「はぁ……開けたくねぇ……」
そんな縁の様子を、椿は怪訝な表情になって言った。
「どうしたの?新井場君……」
「別に……ただ憂鬱なだけだよ……」
「憂鬱?何で?……開けるわよ」
そう言うと、椿は扉をノックして開けた。
扉を開けると、そこは至って普通の応接室で、高そうな木製のテーブルを、これまた高そうな黒いソファーが囲っていた。
縁が恐る恐る中を確認すると、知らない男性と、よく知る女性がソファーに座っていた。
縁は頭を抱えた。
「やっぱり……桃子さん……」
ソファーに座っていた女性は、縁の予想通り、桃子だった。
縁の様子を見て、椿は言った。
「どうしたの?頭を抑えて?入るわよ」
そう言うと椿は「失礼します」と一礼して、応接室に入った。縁も椿に続いて応接室に入った。
縁が応接室に入ると、桃子がさっそく縁に声を掛けた。
「縁……待っていたぞ」
縁は憮然とした表情で言った。
「とうとう学校にまで、やって来やがった……」
すると桃子の隣に座っていた男性が、桃子に言った。
「小笠原先生……彼が?」
スーツ姿の男性は、歳は有村と同じ位だが、有村とは違い男臭さが漂った感じだ。しかし、だからといって、不潔感があるわけではなく、真面目な感じもする。
桃子がその男性に言った。
「そうだ……彼が新井場縁……私のこの世で最も大事な人間だ」
桃子の言葉に椿は顔を両手で覆った。どうやら何かを勘違いしたようだ。
縁は桃子に言った。
「色々面倒くせぇから、そんな言い方をするな……。で、何の用?」
桃子は笑顔で言った。
「照れるな……まぁ座れ……」
縁は対面のソファーに座ろうと、椿を促した。
「先生……座れってさ……」
「大事な人間って……あんな美人が、新井場君に……」
椿は手で顔を覆ったままだ。
縁は呆れ気味に椿に言った。
「いつまでやってんだ……早く座ろうぜ……」
縁に再度促された椿は、戸惑いを隠すように、背筋を伸ばした。
「えっ、ええ……座りましょう」
「やれやれ……」
縁はそう言いながらソファーに座った。
ソファーに座った縁は、さっそく桃子の隣に座っている男性の事を聞いた。
「その人は?刑事さんだろ?」
男性は縁に対して自己紹介をした。
「捜査三課の木村だ……よろしく」
男性は見た目通りに愛想はなさそうだった。
縁は言った。
「新井場縁……高校2年……。で、三課の刑事さんが俺に何?三課だと、窃盗とかだよね」
縁の態度に少し腹が立ったのか、木村はムッとした表情になった。
それを見た椿は、慌てて縁に言った。
「ちょっと、新井場君!刑事さんに失礼よっ!」
木村は桃子に言った。
「小笠原先生……本当にこの少年を捜査に加えるのですか?」
すると今度は桃子が木村の態度に、ムッとした表情になった。
「縁と一緒じゃなきゃ……協力しない」
縁は怪訝な表情をした。
「俺と一緒じゃなきゃダメ?桃子さん、まさか……」
木村は言った。
「有村警視から小笠原先生を紹介されてね……今回の捜査協力を頼んだんだが……」
縁は言った。
「俺と一緒じゃなきゃ、捜査協力をしないって訳か……」
状況が飲み込めない椿は、恐る恐る木村に聞いた。
「あのぉ……どうして新井場君を?」
木村は言った。
「捜査一課の有村警視から、そこの新井場君の事も聞いていまして……小笠原先生と共に捜査協力をして頂こうと、こうしてやって来たのです」
「でも新井場君はまだ高校生ですよ?」
椿はまだ状況が飲み込めないようだ。
桃子はニヤリとして、椿に言った。
「縁の担任のくせに、何も知らないのだな……可愛い顔をして……」
「えっ?……」
椿は桃子の言葉に戸惑っている。
木村が言った。
「私も高校生である彼に、捜査協力を乞うのは……どうかと、思っているのですが……」
桃子は木村に釘を指すように言った。
「警部殿……縁が一緒じゃないと、協力はしないぞ」
「はぁ……。そう言う訳で……」
木村はげんなりとした表情をした。
縁はそんな木村を不憫だと思い、桃子に言った。
「で?捜査の内容は?三課だから殺人とかではないだろ?」
縁の言葉に椿は、少し怯えた様子になった。
「さ、殺人っ?……」
椿の様子が勘に障ったのか、桃子は憮然とした表情で言った。
「貴女は少し黙っていてくれ……」
縁は椿を庇うように言った。
「俺の担任にそんな言い方をするな……」
桃子は表情を変えずに言った。
「ふんっ、まぁいい……本題に入ろう。縁、『ピエロ』を知っているか?」
縁は言った。
「知ってるよ……サーカスじゃない方だろ?『華麗なる道化』……俺のクラスでも話題になっている、大泥棒だろ?」
木村は表情をしかめた。
「ふんっ、ただのこそ泥だ……」
木村を気にせず、桃子は続けた。
「そのこそ泥から、予告状が届いたそうだ」
縁は目を細めた。
「予告状?まさか……」
桃子は笑顔で言った。
「私と縁で『ピエロ』を捕まえよう……」
さらりと言った桃子に対して、縁は目を丸くして言った。
「はぁっ!?」
縁と同様に、椿も驚いた表情をしている。
縁は言った。
「何で俺が?」
桃子は笑顔のまま言った。
「私と縁のゴールデンペアなら、捕まえられる」
縁は激昂した。
「何がゴールデンペアだ!それにそんな事を心配してるんじゃねぇっ!何で俺が、そんな訳のわからん盗人を、捕まえなきゃならないんだよ!?」
桃子は激昂した縁を、気にする事なく言った。
「事件の捜査協力は国民の義務だ……」
「俺は十分過ぎる程、捜査協力をしてきたっ!」
すると桃子は険しい表情で言った。
「私達が捜査協力を断ると、確実に不幸になる人間がいる」
「いきなり何を……」
すると桃子は木村を手で指した。
「ここにいる木村警部殿は、次にピエロを取り逃がすと、地域課に飛ばされるらしい……」
桃子にそう言われた木村は、先程とはうって変わり、しょぼんとしている。
縁は複雑な表情をした。
「マジか……」
桃子は言った。
「目の前で困っている者がいるのに、それを放っておく何て事は……私にはできんっ!」
木村はしょぼんとした表情のまま言った。
「俺だって一般人に頼るのは、不本意だが……今回は藁をも掴む思いで、やって来たんだ……。我々にはどうにもならないんだっ!」
木村はやけくそに、なっているようにも見える。
縁はげんなりした表情で言った。
「で、有村さんに相談したら、俺と桃子さんの名前が出てきたんだな……」
桃子は笑顔で言った。
「そういう事だ。頼られるのは、いい気分だな……」
縁は桃子に冷たい視線を送った。
「何でそんなに、呑気なんだ……」
すると今まで黙っていた椿が、興奮気味に言った。
「新井場君っ!是非とも協力しなさいっ!」
縁は興奮気味の椿に、少し驚いた。
「な、何だよ?先生、興奮して……」
「あの『ピエロ』と対決なんて……こんな凄い事はないわっ!」
椿の興奮は覚めることはない。
縁は桃子から今度は椿に、冷たい視線を移した。
「先生……言ってる事が、クラスメイトと同じレベルだぞ……」
椿は縁の冷たい視線を、気にせず言った。
「それに困っている人を、見捨てるなんて……教師として、見過ごせないわっ!」
すると桃子は、椿を感心するように言った。
「中々話のわかる教師のようだな……」
木村も言った。
「担任の先生にそう言ってもらえると、ありがたいっ!」
縁は木村に突っ込んだ。
「あんた……さっきまで、俺の事を良く思ってなかっただろっ!」
椿は縁を気にせず言った。
「私は教師として、当然の許可をしただけですっ!」
縁は言った。
「おいっ!俺はまだ……」
桃子は言った。
「気にいったぞ、縁の担任っ!確か、一瀬と言ったな?ピエロを捕らえるには一体感が大事だ」
木村は言った。
「今度こそ奴を捕らえてやるっ!」
縁は言った。
「おいっ!」
椿は言った。
「大丈夫ですっ!きっと捕まえる事が出来ますっ!」
縁は言った。
「お~い……聞いてますか~?」
桃子は言った。
「ふふふ……面白くなってきたぞっ!なぁ、縁……」
縁は叫んだ。
「俺はっ!面白くねぇっ!」
気候的にそういった感覚になりやすいのかも知れない。
そんな秋風が吹く10月の午後、縁は学校で友人たちと、昼休みに談笑をしていた。
10月になってからは、桃子からのお誘いは無く、平凡な生活を送っていた。
夏から秋にかけて色々有りすぎた為か、縁にはこの10月が少し退屈だった。
しかし、退屈な気持ちになるのも一時の事だと、縁は思っていたので、今のこの平凡で平和な毎日を楽しもうと思っていた。
この時期の高校生の話題と言えば、恋人の話題や、デートスポットなど、浮いた話が多いが、この学校……いや、巷での話題は、今は別の事が話題になっている。
友人の達也が興奮気味に言った。
「ニュースみたかよ?また出たみたいだぜっ!『ピエロ』」
同じくクラスメイトの瑠璃も興奮気味に言った。
「知ってる知ってるっ!格好いいよねっ!」
達也と瑠璃が言っている『ピエロ』とは、『華麗なる道化』の呼び名で、現在巷を騒がせている泥棒だ。
狙う物は、珍しい絵画や宝石などで、予告状や、犯行の手口などが華麗に行われる事から、犯罪者でありながら、巷では人気がある。
縁が言った。
「ピエロはサーカスで見るもんだぜ……盗みを働くのは、感心できないな」
達也が言った。
「確かにそうだけどよ……でも、映画やドラマみたいで、格好いいじゃんっ!」
すると瑠璃も達也に同調した。
「そうよっ!それに、盗むって言っても、悪徳企業が違法な形で手にいれた物を盗んでるのよっ!」
さらに達也が言った。
「狙った獲物は必ず手に入れるっ!神出鬼没の大泥棒っ!」
縁は呆れ気味に言った。
「ル◯ンかよ……」
瑠璃が縁に言った。
「新井場君……対決してみたら?」
縁はげんなりした表情で言った。
「何言ってんの?雨家さん……」
すると達也がニヤリとした。
「でも、あの桃子って人はこういうのが好きそうじゃん?」
瑠璃も達也に同調した。
「確かに小笠原さんは、食いつきそうね……」
縁はさらにげんなりした表情になった。
「否定できないから、嫌になるよ……」
達也と瑠璃と『ピエロ』の話で盛り上がっていると、担任の女教師の一瀬椿が教室にやって来た。
午後の始業チャイムはまだ鳴っていないので、教室にいた生徒達の視線は、自然と椿に向いた。
すると生徒達の視線を集める中で、椿は言った。
「新井場君……教室にいる?」
すると生徒の一人が、縁の席……教室の一番奥に向かって、叫んだ。
「縁っ!呼ばれてんぞっ!」
縁は明らさまに嫌な表情をして、立ち上がった。
その様子を見て達也が言った。
「縁……何かやったのか?」
教師に呼び出された生徒に対して、クラスメイトが必ず言う言葉だ。
「何もやってねぇよ……」
そう言うと縁は、椿の待つ教室の入口に向かった。
椿の前に到着すると、縁は憮然とした表情で言った。
「何?先生……」
椿は笑顔で言った。
「警察の人が、あなたに会いに来てるわよ……」
縁はすぐさま嫌な予感がした。椿の表情から察するに、犯罪者扱いで呼ばれた訳ではなさそうだが……。
縁は呟いた。
「有村さんか……もしくは、今野さんか……」
すると椿は怪訝な表情をした。
「有村?今野?……そんな名前じゃなかったけど」
すると二人の会話を聞いていた生徒が、興奮気味に言った。
「何だよっ!何かやらかしたのか?縁……」
これもクラスメイトが必ず言う言葉だ。
クラスがざわつき始めたため、椿が縁を教室の外に連れ出そうとした。
「新井場君……ここじゃあれだから、応接室に……」
縁はクラスメイトの反応にぶつぶつ言いながら、椿に付いて行った。
「あいつら……俺の事を何だと思ってやがる……」
応接室に向かう途中、縁は考えていた。有村や今野では無いとしたら、一体誰が会いに来たのか……もちろん縁に犯罪に荷担した心当たりは無い。
だとすれば、警察の人間が縁に会いに来た理由は、事件の捜査協力の可能性が高いが、有村や今野以外で来る人間に心当たりは無い。
縁は椿に聞いてみた。
「先生……何の用で警察が俺に?」
椿は答えた。
「さぁ……詳しくは聞いていないけど、誰かの紹介で来たって、言っていたわ」
「誰かの紹介?有村さんかな……。警察の人って一人?」
椿は首を横に振った。
「ううん……二人よ。男の人と女の人……」
縁はさらに嫌な予感がした。
「女?……まさか……」
椿は笑顔で言った。
「すっごい美人な人だったよっ!……でもどこかで見た事がある気がするのよねぇ……」
縁は頭を抱えた。
「奴だ……やっぱりあの人が関わっているのか……」
そうこうしている間に、応接室に到着した縁は、両開きの扉の前で溜め息をついた。
「はぁ……開けたくねぇ……」
そんな縁の様子を、椿は怪訝な表情になって言った。
「どうしたの?新井場君……」
「別に……ただ憂鬱なだけだよ……」
「憂鬱?何で?……開けるわよ」
そう言うと、椿は扉をノックして開けた。
扉を開けると、そこは至って普通の応接室で、高そうな木製のテーブルを、これまた高そうな黒いソファーが囲っていた。
縁が恐る恐る中を確認すると、知らない男性と、よく知る女性がソファーに座っていた。
縁は頭を抱えた。
「やっぱり……桃子さん……」
ソファーに座っていた女性は、縁の予想通り、桃子だった。
縁の様子を見て、椿は言った。
「どうしたの?頭を抑えて?入るわよ」
そう言うと椿は「失礼します」と一礼して、応接室に入った。縁も椿に続いて応接室に入った。
縁が応接室に入ると、桃子がさっそく縁に声を掛けた。
「縁……待っていたぞ」
縁は憮然とした表情で言った。
「とうとう学校にまで、やって来やがった……」
すると桃子の隣に座っていた男性が、桃子に言った。
「小笠原先生……彼が?」
スーツ姿の男性は、歳は有村と同じ位だが、有村とは違い男臭さが漂った感じだ。しかし、だからといって、不潔感があるわけではなく、真面目な感じもする。
桃子がその男性に言った。
「そうだ……彼が新井場縁……私のこの世で最も大事な人間だ」
桃子の言葉に椿は顔を両手で覆った。どうやら何かを勘違いしたようだ。
縁は桃子に言った。
「色々面倒くせぇから、そんな言い方をするな……。で、何の用?」
桃子は笑顔で言った。
「照れるな……まぁ座れ……」
縁は対面のソファーに座ろうと、椿を促した。
「先生……座れってさ……」
「大事な人間って……あんな美人が、新井場君に……」
椿は手で顔を覆ったままだ。
縁は呆れ気味に椿に言った。
「いつまでやってんだ……早く座ろうぜ……」
縁に再度促された椿は、戸惑いを隠すように、背筋を伸ばした。
「えっ、ええ……座りましょう」
「やれやれ……」
縁はそう言いながらソファーに座った。
ソファーに座った縁は、さっそく桃子の隣に座っている男性の事を聞いた。
「その人は?刑事さんだろ?」
男性は縁に対して自己紹介をした。
「捜査三課の木村だ……よろしく」
男性は見た目通りに愛想はなさそうだった。
縁は言った。
「新井場縁……高校2年……。で、三課の刑事さんが俺に何?三課だと、窃盗とかだよね」
縁の態度に少し腹が立ったのか、木村はムッとした表情になった。
それを見た椿は、慌てて縁に言った。
「ちょっと、新井場君!刑事さんに失礼よっ!」
木村は桃子に言った。
「小笠原先生……本当にこの少年を捜査に加えるのですか?」
すると今度は桃子が木村の態度に、ムッとした表情になった。
「縁と一緒じゃなきゃ……協力しない」
縁は怪訝な表情をした。
「俺と一緒じゃなきゃダメ?桃子さん、まさか……」
木村は言った。
「有村警視から小笠原先生を紹介されてね……今回の捜査協力を頼んだんだが……」
縁は言った。
「俺と一緒じゃなきゃ、捜査協力をしないって訳か……」
状況が飲み込めない椿は、恐る恐る木村に聞いた。
「あのぉ……どうして新井場君を?」
木村は言った。
「捜査一課の有村警視から、そこの新井場君の事も聞いていまして……小笠原先生と共に捜査協力をして頂こうと、こうしてやって来たのです」
「でも新井場君はまだ高校生ですよ?」
椿はまだ状況が飲み込めないようだ。
桃子はニヤリとして、椿に言った。
「縁の担任のくせに、何も知らないのだな……可愛い顔をして……」
「えっ?……」
椿は桃子の言葉に戸惑っている。
木村が言った。
「私も高校生である彼に、捜査協力を乞うのは……どうかと、思っているのですが……」
桃子は木村に釘を指すように言った。
「警部殿……縁が一緒じゃないと、協力はしないぞ」
「はぁ……。そう言う訳で……」
木村はげんなりとした表情をした。
縁はそんな木村を不憫だと思い、桃子に言った。
「で?捜査の内容は?三課だから殺人とかではないだろ?」
縁の言葉に椿は、少し怯えた様子になった。
「さ、殺人っ?……」
椿の様子が勘に障ったのか、桃子は憮然とした表情で言った。
「貴女は少し黙っていてくれ……」
縁は椿を庇うように言った。
「俺の担任にそんな言い方をするな……」
桃子は表情を変えずに言った。
「ふんっ、まぁいい……本題に入ろう。縁、『ピエロ』を知っているか?」
縁は言った。
「知ってるよ……サーカスじゃない方だろ?『華麗なる道化』……俺のクラスでも話題になっている、大泥棒だろ?」
木村は表情をしかめた。
「ふんっ、ただのこそ泥だ……」
木村を気にせず、桃子は続けた。
「そのこそ泥から、予告状が届いたそうだ」
縁は目を細めた。
「予告状?まさか……」
桃子は笑顔で言った。
「私と縁で『ピエロ』を捕まえよう……」
さらりと言った桃子に対して、縁は目を丸くして言った。
「はぁっ!?」
縁と同様に、椿も驚いた表情をしている。
縁は言った。
「何で俺が?」
桃子は笑顔のまま言った。
「私と縁のゴールデンペアなら、捕まえられる」
縁は激昂した。
「何がゴールデンペアだ!それにそんな事を心配してるんじゃねぇっ!何で俺が、そんな訳のわからん盗人を、捕まえなきゃならないんだよ!?」
桃子は激昂した縁を、気にする事なく言った。
「事件の捜査協力は国民の義務だ……」
「俺は十分過ぎる程、捜査協力をしてきたっ!」
すると桃子は険しい表情で言った。
「私達が捜査協力を断ると、確実に不幸になる人間がいる」
「いきなり何を……」
すると桃子は木村を手で指した。
「ここにいる木村警部殿は、次にピエロを取り逃がすと、地域課に飛ばされるらしい……」
桃子にそう言われた木村は、先程とはうって変わり、しょぼんとしている。
縁は複雑な表情をした。
「マジか……」
桃子は言った。
「目の前で困っている者がいるのに、それを放っておく何て事は……私にはできんっ!」
木村はしょぼんとした表情のまま言った。
「俺だって一般人に頼るのは、不本意だが……今回は藁をも掴む思いで、やって来たんだ……。我々にはどうにもならないんだっ!」
木村はやけくそに、なっているようにも見える。
縁はげんなりした表情で言った。
「で、有村さんに相談したら、俺と桃子さんの名前が出てきたんだな……」
桃子は笑顔で言った。
「そういう事だ。頼られるのは、いい気分だな……」
縁は桃子に冷たい視線を送った。
「何でそんなに、呑気なんだ……」
すると今まで黙っていた椿が、興奮気味に言った。
「新井場君っ!是非とも協力しなさいっ!」
縁は興奮気味の椿に、少し驚いた。
「な、何だよ?先生、興奮して……」
「あの『ピエロ』と対決なんて……こんな凄い事はないわっ!」
椿の興奮は覚めることはない。
縁は桃子から今度は椿に、冷たい視線を移した。
「先生……言ってる事が、クラスメイトと同じレベルだぞ……」
椿は縁の冷たい視線を、気にせず言った。
「それに困っている人を、見捨てるなんて……教師として、見過ごせないわっ!」
すると桃子は、椿を感心するように言った。
「中々話のわかる教師のようだな……」
木村も言った。
「担任の先生にそう言ってもらえると、ありがたいっ!」
縁は木村に突っ込んだ。
「あんた……さっきまで、俺の事を良く思ってなかっただろっ!」
椿は縁を気にせず言った。
「私は教師として、当然の許可をしただけですっ!」
縁は言った。
「おいっ!俺はまだ……」
桃子は言った。
「気にいったぞ、縁の担任っ!確か、一瀬と言ったな?ピエロを捕らえるには一体感が大事だ」
木村は言った。
「今度こそ奴を捕らえてやるっ!」
縁は言った。
「おいっ!」
椿は言った。
「大丈夫ですっ!きっと捕まえる事が出来ますっ!」
縁は言った。
「お~い……聞いてますか~?」
桃子は言った。
「ふふふ……面白くなってきたぞっ!なぁ、縁……」
縁は叫んだ。
「俺はっ!面白くねぇっ!」
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物語は、ドラマの“その先”へ――
観るだけだった世界で、
“私”として生きるための新たな物語が始まる。
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