天才・新井場縁の災難

陽芹孝介

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第一話 京都へ

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  轟刑事はビリヤードバーの厨房にいた。
 「見つけた……」
  轟刑事は厨房の冷蔵庫からサイレンサー付きの黒光った拳銃を発見した。
  冷蔵庫に隠されていた、その鉄の塊は手袋越しでも冷たいのがわかった。
  すると轟刑事の携帯が鳴った。
 「はいっ、轟……」
  鑑識からの連絡だった。
 「そうか……わかった………ご苦労さん……」
  轟刑事は呟いた。
 「あの少年の言うた通やったなぁ……」
  鑑識からの連絡内容は、押収したゴム手袋とビニールシートから硝煙反応が出たとの事だった。


  ……ビリヤード場……


  全ての犯行が、白日の元にされた順矢の表情は、諦めた感と開放感で入り交じった様子だった。
 「このモルガナイトなぁ……弘子から貰ったんや……お揃いやってん」
  順矢は手首に巻かれたモルガナイトのブレスレットを、何処か懐かしむ表情で眺めている。
  縁が言った。
 「お付き合いされてたと、聞きました…」
 「そうや……大学時代に……」
  桃子が言った。
 「何故殺意が芽生えた?」
 「許せんかったんや……あのモルガナイトを巻いて、あいつは……俺に自慢の旦那を見せに来よったんや……」
  川村刑事は言った。
 「どう言う意味や?」
 「刑事さん……モルガナイトの御利益を知ってるか?」
  縁が言った。
 「恋愛成就……」
 「そうや……お互いに持つ事によって、これから先も……。まぁ俺らにとっては、お互いの愛の証や」
  すると順矢の表情は険しくなった。
 「それやのに……あいつは俺への当て付けに、あのモルガナイトを巻いて……。わざわざ旦那を見せに来よったっ!」
  川村刑事が言った。
 「それで撃ったんか?」
  順矢は薄ら笑いで言った。
 「はは、可愛さ余って憎さ百倍やな……」
  縁は言った。
 「及川さん……あなたのモルガナイトの紐は……何色ですか?」
  順矢は言った。
 「紐?……白や…それがどないしてん?」
 「だったら弘子さんのモルガナイトは、あなたとの思い出のモルガナイトではありません……」
  順矢の表情は険しくなった。
 「なっ、何やと?……」
  縁は続けた。
 「後で鑑識の人に聞いてもらったらわかりますけど……弘子さんのモルガナイトの紐は透明です」
  縁の話に順矢は絶句した。
  縁は続けた。
 「弘子さんのは、あなたとお揃いのモルガナイトでは無いのですよ」
  順矢は縁に言った。
 「ほんなら……どう言う事やねんっ!?」
  縁は言った。
 「弘子さんのモルガナイトと同じ物が、旦那さんである小林さんの腕にも巻かれていました……。ビリヤードをしている時にハッキリと見えましたよ……」
 「そんなアホな……」
  順矢は呆然とした。
  縁は言った。
 「それにあなたは、弘子さんが自分への当て付けに、旦那さんを連れてきたと言いましたが……僕の考えですが、おそらくあなたの勘違いです」
 「は?な、何やと?」
  順矢の言葉には覇気がなかった。
 「小林さんが言っていました……このホテルのバイキングが忘れられなくて、新婚旅行を京都にしたと……」
  すると、川村刑事の携帯が鳴った。
  川村刑事は携帯に出た。
 「おう、儂や………おお……おお、そうか……わかった…」
  川村刑事は携帯を切って、皆に言った。
 「小林夫人は無事や……手術成功や」
  桃子や大塚……絵莉も安堵の表情をしている。そして殺意があったはずの順矢の表情も、どこか安堵した感じに思える。
  だが縁はそんな順矢に言い放った。
 「あなたは自分の身勝手な勘違いによって……もう少しで最愛の女性を……殺してしまうところだったんだっ!」
  順矢はそれを聞いて、地面に両膝を付き、嗚咽した。
「うっ、ううう……うあ……」
  順矢は泣いているのだろう……。
  自分への情けなさか……弘子が助かった事による安堵感か……それとも別の理由か……。
  どれだかわからないが……順矢は泣いた。
  それはこの静まり返ってしまった、ビリヤード場に響いた。

  ……翌朝……


  警察からは昨晩に開放された。
  ホテルの喫茶店で桃子は気怠そうに、コーヒーをすすっている。
  そんな桃子を見て、縁は言った。
 「何だ?桃子さん……疲れてんの?」
  桃子の目は半開きだ。
  桃子は言った。
 「結局……嫉妬の末に殺意が芽生えたのか?」
 「そんな事を考えてたのか?」
 「そんな事じゃないっ!これは重要な事だ……」
  縁は冷たい視線を桃子に向けた。
  桃子は冷たい視線を放つ縁に言った。
 「何だ縁……その目は…」
 「桃子さん……まさか、この事件をネタにする気じゃぁ?」
  桃子は言った。
 「そのつもりだが……」
  縁は呆れた様子で頭を抱えた。
 「やっぱり……」
  桃子は言った。
 「次回作に組み込もうと思ったんだが……動機がよくわからなくてな……」
 「なるほど……それを昨晩考え込んで、寝不足って訳か……でも無駄だぜ」
 「何故だ?」
 「今回の事件は愛情が深い故の殺人未遂だぜ……殺意を抱く程の愛情なんて、当事者しかわかんないよ……」
 「確かに……私にはさっぱりわからん」
 「それに、犯人もすぐにわかっちゃったし、小説にするには……パンチが弱い」
  桃子は言った。
 「私はいつも思うのだが……縁はどうして犯人がすぐにわかるんだ?」
  突拍子も無い桃子の問に、縁は少しガクリとなった。
 「そんなの知らねぇよっ!」
 「知らない事は無いだろ?お前の事だぞ」
 「そんな事言われても……」
  その時見慣れた二人組が喫茶店に入ってきた。
  川村刑事と轟刑事だ。
  二人は縁と桃子を見つけると、その席に来た。
  川村刑事は言った。
 「おはようさん……二人とも昨日はご苦労さん……」
  轟刑事が言った。
 「君の言うた通り、ビニールシートとゴム手袋には硝煙反応が……厨房の冷蔵庫からはサイレンサー付きの拳銃が、それぞれ出たわ……」
  縁は言った。
 「そうですか……」
  桃子は言った。
 「バーテンはどうしてる?」
  川村刑事が言った。
 「供述は昨日のままや……。これから、拳銃の入手方法を取り調べるんや」
  縁は言った。
 「ここからは警察の仕事ですからね……」
  川村刑事は苦笑いをした。
 「ははは……耳が痛いなぁ……。事件捜査と犯人逮捕も警察の仕事やで……。まぁ君に持っていかれたけどなぁ」
  すると、縁と桃子は立ち上がった。
  二人を見て轟刑事が言った。
 「何や?二人して……逃げんでもええやろ」
  桃子が言った。
 「逃げるのではない……」
  縁が言った。
 「これから……お見舞いです」
  轟刑事は言った。
 「お見舞い?」
  川村刑事は言った。
 「轟……野暮やぞ、行かせたれ……」
  縁と桃子は喫茶店を出た。
  轟刑事は言った。
 「ええコンビですね……」
  川村刑事は言った。
 「流石、新井場博士のお孫さんや……」
 「知ってるんですか?」
 「おお……昨日、署に戻ってから確認したら、そうやったわ……」
  川村刑事は何処か懐かしむ表情をしていた。

  ……某病院…… 

  縁と桃子は弘子のお見舞いに来ていた。
  あいにく弘子とは面会が出来ないようだが、小林が出迎えてくれた。
 「まさか、及川さんが……」
  小林の表情は暗い。
  縁が言った。
 「事情は警察から?」
 「ええ……全て……」
  そして、小林が言った。
 「私のせいですね……及川さんが撃ったのも、弘子が撃たれたのも……」
  桃子が言った。 
 「どう言う意味だ?」
 「私、知っていたんです……弘子と及川さんの事を……」
  縁が言った。
 「二人の関係を?」
 「ええ……私は彼にコンプレックスがあったのかも知れません……。だから、あえて私はモルガナイトをペアで購入したんです」
  縁が言った。
 「前に弘子さんが巻いていたのは?」
 「私と交際して、すぐに処分したそうです……」
 「では……やはり、あなたは……」
 「私は及川さんに……弘子は私の妻だと、当て付けるために、新婚旅行を京都に選んだのです…」
  桃子は言った。
 「何故、そんな事を?」
 「私は及川さんに現実を見せつけて、安心したかったのかも知れません……。情けない話です、私の自己満足のせいで最愛の妻を傷付けたのですから……どう償えばいいのか……」
  縁は小林にかける声が見つからなかった。
  すると、桃子が小林に言った。
 「あなたは……自分に自信を持てばいい」
  縁と小林は桃子を見た。
  桃子は続けた。
 「弘子夫人に自信を持って、接すればいいんだ。それに、及川が殺人未遂を起こしたのはあなたのせいでは無い……」
  小林は言った。
 「しかし、それでは……」
 「あなたが自信を持てば、もうこんな事は起きないさ……」
  桃子の言葉には何故か説得力があった。とりわけ変わった事を言っている訳では無いが、彼女の独特な雰囲気が言葉に説得力を持たせたのかも知れない。
  小林は顔を下に伏せて言った。
 「うう、あ…ありがとう……」


 ……更に翌朝……


 「何だって!?もう帰るっ!?」
  縁の声が縁の泊まっている部屋に響いた。
  桃子が言った。
 「もうする事が無い……」
 「取材は?観光は?……美味い物はっ!?」
 「取材と観光は初日で終わっただろ?」
 「じゃぁ……美味い物は?」
  帰りたくなさそうな縁に、桃子はさらっと言った。
 「お前……朝昼晩としっかり食べてるだろ……」
 「そう言う事じゃ無くて、観光地行ってご当地物食べるとか、レジャー施設でご当地物食べるとか……色々あるだろ?」
 「食べ物の事ばかりではないか……とにかく、ホテルは今日の午前でチェックアウトだ……延長は出来ないぞ…」
  縁はその場で項垂れた。
 「そんなぁ……初日だけじゃんかぁ……」
 「仕方ないだろ……事件が起こったんだから……」
  縁は思った。せっかくの観光旅行が、事件が発生した事により、台無しになった。
 「災難だ……」
  それは今に始まった事では無い。
  桃子と行動を共にするようになり、このような事が毎回起こる。
  それをネタに桃子は有名な推理作家になったのだから。
  縁の解決した事件を、文才だけが取り柄の桃子が小説にする……はたから見れば、いいコンビなのかも知れないが……。
  観光やレジャー、そして………普通の高校生活を送りたい縁にしてみれば……。

 ………災難だ……………。

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