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陽芹孝介

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第二章 球体の楽園

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  ……二日目…午前……

  コンッコンッ!

  コンッコンッ!

  ドアをノックする音に眠っていた葵は反応した。

コンッコンッ!

  葵がドアをゆっくり開けると、五月がいた。
 「おはようございます…」
  眠たそうな葵がそう言うと、五月が言った。
 「あんた、いつまで寝てんの?もう朝の集合時間よ!」
  この屋敷の各部屋は、外から鍵をかける事はできず、中からしか施錠できない。
  九条と有紀の提案で、朝昼晩の決まった時間は集合するルールになっている。
 「用意するので……少し待っていて下さい…」
  葵はあくびをしながら、部屋に戻り顔を洗いに行った。
  昨日、屋敷の調査をしたが……前回と違い、必要なものが手に入る『転送倉庫』が、今回は無い。
  必要なものは、1階食堂の逆側にある物置にある。
  有紀に聞いた話によると、『リセットのルール』は前回と同じで、24時間に1回……正午には使った食糧や日用品などは補充され、廃棄物は屋敷の外に出して置けば消えるようだ。
  準備の終わった葵が、部屋から出てきた。
 「お待たせしました……では行きましょう…」
  葵と五月は皆が待ってる食堂に向かった。
  食堂に到着すると、五月は言うように皆が揃っていた。
  葵は平謝りをした。
 「すみません皆さん……お待たせしまして…」
  陸が言った。
 「夜更かししてたんだろ?君、不健康そうだし…」
  葵は言った。
 「面目ないです……。夜が来ないので、しばらくリズムを掴むのに苦労しそうです…」
  教師の愛が言った。
 「まぁ、無理しないで…慣れていけばいいわ…」
 「そう言って頂ければさいわいです」
  九条が言った。
 「まぁ……葵君の場合、今に始まった事ではない。僕は気にしないよ…」
 陸が言った。
 「九条さんと葵君て……確か知り合いですよね?てか、有紀さんと歩さんも…」
  九条が答えた。
 「そうだよ、片岡さんと歩は夏に知り合ったんだが……葵君のお父さんと、僕は元々知り合いでね…」
 「『東鷹大学の天変 月島葵』でしょ…」
  そう言ったのは画家の祥子だった。
  祥子は続けた。
 「東鷹大学の出身だったら……誰でも知っている……。ふふふ、魅力的ね…」
  祥子は葵を見つめている……。葵はその目を見て言った。
 「それはどうも……誉め言葉として、受け取っておきます……。三木谷さん…」
 「祥子でいいわ……。葵君……あなたとは仲良くできそうよ…」
  五月が言った。
 「祥子さん……東鷹大出身ですか?じゃあ、私の先輩…」
  葵が言った。
 「因みに、そちらの有紀さんも東鷹大出身ですよ…」
  五月はたまげて言った。
 「ええーっ!そうなの?…」
  有紀が言った。
 「騒がしいやつだ……。まぁ、元気があるのはいい事だが…」
  陸が言った。
 「ムードメーカーにちょうどいいよ」
  五月は気をよくして言った。
 「任せて下さいっ!」
  葵はそんな五月を放っておいて、有紀の横に座った。
  「有紀さん、昨日……僕も一通り検索しましたが、劇薬類や危険物は無いようです…」
  有紀は頷きながら言った。
 「そうだな……あっても消毒液などの薬品しかない。さらに内服薬までも無い……怪我はしても、病気はしないと、いうことか…」
 「可能性はありますね……。僕たちは実体であって実体ではありません……。よって、体 うつわを作る側の…さじ加減です…」
 「今更だが……気に入らんな…」
 「ええ……相変わらず、趣味が悪い…」
  葵と有紀が話している間に、歩が皆の朝食を運んできた。
 「皆……できたよぉ……。厨房に残りあるから取ってきてね…」
  葵が歩に言った。
 「朝食係りは歩さんですか?」
 「簡単なトーストエッグだけどね…」
 「意外です…」
  歩は苦笑いした。
 「はは……。あのね葵君……。俺、一応世界中飛び回って、キャンプとか慣れてんの……料理くらいできるよ…」
  有紀が言った。
 「歩は料理くらいしか、取り柄がないからな…」
 「料理のできない有紀に言われたくないよ…」
  葵が有紀に聞いた。
 「料理しないのですか?」
 「出来ない訳ではない……。必要ないのでしないだけだ…」
  歩が笑いながら言った。
 「ククク…よく言うぜ。お前が作ると全部真っ黒じゃんか…」
 「なんだと!歩、お前……私にそんな事言って、ただで済むと思ってるのか?」
  歩は顔をひきつらせて言った。
 「じょ、冗談だよ……。あっ、俺…厨房に忘れ物した…」
  歩は逃げてしまった。
  有紀は両腕を組んで言った。
 「ふんっ!私に料理など必要ない…」
  葵は相槌をうつしかなかった。
 「そ、そうですね…」
  やがて食事も終えて葵と有紀か話していたら、祥子が話しかけてきた。
  「ここの芸術館には行った?月島葵君…」
  「ええ、ここに来てすぐに…それが?」
  祥子は妖艶な笑みで言った。
 「ふふふ、素晴らしいと思わない?ここの作品は…」
 「素晴らしいですね……。限りなく本物を再現している……。いや、ある意味本物ですかね…」
  葵の返答に満足したのか、笑顔を崩す事なく祥子は言った。
 「ふふふ、あなたもそう思う?でもどうして、そう思うの?」
  葵は答えた。
 「そうですね……。あの芸術館でひときわ目立っていたのは…ミケランジェロの『最後の審判』でした……。僕はそんなに詳しくはありませんが、見事な『フレスコ画』です…」
  話を聞いていた愛が言った。
 「『フレスコ画』?…」
  葵が答えた。
 「西洋の壁画に使われる、絵画技法です…」
  葵はさらに続けた。
 「日本にもレプリカは存在しますが…それは、原寸大の陶器製です……。しかし、ここにあるのは壁画で、フレスコ画を忠実に再現しています…本物により近い…」
  有紀が言った。
 「なるほど……本物を知らなければ、再現出来ないってわけか…」
  祥子は葵の話を聞いて、少し笑って言った。
 「ふふふ、さすがね……。でも、そんなことは問題じゃないの…」
  葵が言った。
 「作品に魅了され……そして、引き込まれる…。ですか…」
 「そうよ素晴らしい作品には、講釈はいらないの…『魂を掴まれる』……それだけでじゅうぶんなの…」
 「なるほど……よくわかりました。僕と祥子さんとは、見てるものが違うようです…」
 「そうね、あなたは知識とその目で……。私は感覚で……。でも、楽しいお話だったわ……。私も絵を描いてるの…今度見てちょうだい…」
 「ええ…是非とも…」
 「それでは、ごきげんよう…」
  そう言うと祥子は自分の部屋へと戻って行った。
 「不思議な方です…」
  葵が呟くと、有紀が言った。
 「気に入られたようだな…」
 「そうですか?僕とはタイプが異なりますよ」
 「根拠を求める葵と、感覚で動く祥子…面白い…」
 「他人事ですね……。楽しんでるヒマ…ありませんよ」
 「葵君の言う通りだ…」
 九条が後ろから言った。
 「僕たちは脱出方法を考えないと……葵君の言う通り、楽しんでいるヒマはないぞ…」
 九条がそう言うと、歩が厨房からやって来た。
 「皆、食べ終わったかい?片付けたいんだけど…」
 歩が食器を片付け始めようとすると、愛が言った。
 「渡辺さん…私も手伝います…」
  愛の申し出に歩の表情も緩んだ。
 「いやぁ、助かるよ…愛ちゃんだっけ?」
 「あ、愛ちゃん?…」
  愛は呼ばれなれてないのか、少し戸惑っている。
  歩は気にせず言った。
 「まぁいいじゃないのっ!俺の事は歩でいいよっ!よろしくな」
 「は、はい……よ、よろしく…」
  有紀が愛に言った。
 「愛、気にするな……。こいつは誰にでも馴れ馴れしい…」
  歩が有紀にケチをつけた。
 「お前……一言多いぞ…」
 「ほんとの事だ……。それともデリカシーが無いと、言った方がよかったか?」
  愛は二人の仲裁に入るように言った。
 「まぁまぁ、私もフランクな方がいいんで……。それより片付けましょう…」
 「いやぁ助かるよ……優しいし、どっかの誰とは大違い…」
 「なんだと!…歩…」
  愛は慌ててまたも仲裁に入る。
 「まぁまぁ、とにかく片付けましょう…お昼の準備も手伝いますから…」
  そう言うと愛は歩を厨房に連れて行った。
  九条が言った。
 「君たち…相変わらずだな……」
  葵が言った。
 「ああは言ってますが……歩さん……有紀さんが倒れた時は動揺してましたよ…」
有 紀は言った。
「ふんっ!葵に動揺を見せるとは……情けないやつだ…」
  葵のフォローも台無しだ。
  すると今まで黙っていた、堂島夫婦の娘……亜美が言った。
「脱出方法を探すんですか?」
  九条が言った。
 「そうだが……」
  亜美は浮かない表情だ。
  それを見て有紀が言った。
 「帰りたくないのか?」
  すると陸が席から立ち上がった。
 「俺……ちょっとグランドで汗流してきます…」
  そう言うと陸は食堂を出ていった。
  亜美は有紀に言った。
 「帰りたくない、わけじゃないけど……少し休めるかなぁって……。せっかく両親から離れられたから…」
  九条が言った。
 「先生たちも心配してるよ…」
  すると亜美は言葉を強めた。
 「だから嫌なんですっ!」
  有紀が言った。
 「まぁ、そう熱くなるな……。どのみちすぐには脱出できない、休める時間はまだある……なぁ、葵?」
 「そうですね……。いまのところは、何もわかりません……。時間はかかるでしょう…」
  亜美は言った。
 「今の状況って、『神様がくれたプレゼント』って、思ってたの…」
  九条が言った。
 「神様か……」
  皆の会話を不思議そうに聞いていた五月が、葵に聞いた。
 「これって…夢でしょ?」
  まだ夢だと思っているようだ。
  葵は呆れて言った。
 「そう思っているのは、あなただけですよ……」
 
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