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第一章 contact
①
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……三日後…某港……
葵と美夢はタクシーで、チケットに記載されている、とある港にやって来た。
時刻は午前10時40分過ぎといったところか……午前とはいえ日射しが二人の色白い、腕や首に照りつく。
「まだ午前だけど……暑いねぇ……日焼け止め塗ってくればよかった。でも、晴れてよかったねっ」
オシャレな麦わら帽子を被り、白のワンピースをヒラつかせながら、美夢は機嫌良くはしゃいでいる。
一方の葵は、黒と青のチェッカー柄のシャツに、色の濃いめのジーンズを履いた、シンプルな服装だ。
「そうだな……確かにいい天気だ。いや、良すぎるくらいだ。インドア派の僕には少々刺激が強いな」
葵の言う通り、空には雲が一つもなく快晴だ。
「これくらいの天気だから、船に乗った時に気持ちいいんじゃないっ!だいち雨だったら……最悪の船旅よっ!」
「ふむ……確かに美夢の言う通りだな」
美夢の言う通り、雨の中の船旅など想像するだけで、気分が落ちる。いくらインドア派の葵でも、それは避けたいところだ。
葵は何かを発見したようで、美夢に言った。
「それにしても……ずいぶん人気のない港だな。古びた漁船らしきものが……何隻かあるな。そして……それらに紛れて一隻、僕らが搭乗するであろう、船があるな」
葵の指差す方を、美夢も見てみる。するとそこには、この寂しい港には到底似つかわしくない、豪華なクルーザーらしき物がそこにはあった。
葵は腕時計で時間を確認し、美夢に「おそらくあれだ。行こう」と言い、美夢とクルーザーの方へ向かった。
美夢は「待ってよ……」と言い、スーツケースを引きずりながら葵を追いかけた。
クルーザーに近づくにつれ、その豪華さがはっきりしてきた。
形はシンプルだか、船体の色はワインレッドをベースにし、クラシカルな感じを出し……豪華とも、上品とも感じ取れる。
その豪華さは、もはやクルーザーというより、小型客船だ。
その豪華で上品な船の前に、一人の女性が立っている。
おそらく受付の女性だろうか……身長は160cm程の細身で、黒のタイトなパンツ、上着にベスト……白いシャツに蝶ネクタイをし、手にはバインダーらしき物を持っている。
「おそらく彼女が受付だろう……他には人がいないな…」
葵はそう言うと美夢を連れ、その女性の方へ向かった。
二人に気がついた女性は、笑顔で問いかけてきた。
「藤崎様ですね?お待ちしておりました」
二人に話しかけてきたこの女性は、手に持つバインダーを確認しながら、二人を見てる。
右目下にある泣きぼくろが、右に流した前髪を風がなびかせ見え隠れする。セミロングの髪の綺麗な女性だ。
「それではチケットの御提出をお願いします」
女性に促された葵と美夢は、チケットを提出した。
チケットを確認し、女性は言った。
「藤崎宗吾様と……美夢様で、間違いないございませんね?」
宗吾の代理で来ることになった葵は、経緯を女性に説明した。
「チケットがあれば、問題ございません。え~……月島葵様で御座いますね?」
そう言うと女性は、二本の鍵を取りだし、葵と美夢に一本づつ手渡した。
「こちらが、御部屋の鍵になります。それと御荷物はこちらで一旦預からせて頂きまして、後ほど御部屋の方へお持ちいたします。」
鍵には棒状のキーホルダーが付いている。葵のキーホルダーには『09』、美夢のには『10』と、記載されている。
鍵を確認した二人に女性は言った。
「それでは船に御搭乗下さいませ。入口をお入り頂きまして、通路を右に進み……そのつきあたりにパーティールームが御座いますので、そこでしばし出航をお待ち下さいませ。他のお客様もすでにお待ちです。では、後ほど……」
女性の説明を受け、葵と美夢は荷物を女性に預け、船に備え付けてある鉄製の橋を渡り、船に搭乗した。
説明通り通路を歩いていると美夢は言った。
「綺麗な受付嬢だったね?それよりも私達以外誰もいないけど、どうしてかしら?」
葵は淡々と美夢の問いに答えた。
「僕達が最後の乗客だからた。僕達が名乗りもしないのに、受付は「藤崎様ですね」と、言った。つまり、他の乗客はすでに受付を済ませ、既に搭乗していて、受付のバインダーの名簿には、藤崎の名前しか残ってなかったんだ」
「あっ、そっか……なるほどね。でも時間に間に合ってよかったねっ!」
楽しみにしていた旅と、この天気の良さに、美夢の機嫌は良さそうだ。
さらに通路を進んで行くと、両開き式の扉が見えてきた。あの扉を開くと、受付の言っていた、パーティールームがあるのだろう。
「きっと、ここがパーティールームよ。どんな人達がいるのかなぁ?」
美夢は期待を膨らませたような表情で、扉に手を掛けて、少し開けてその隙間から中の様子を見た。
「葵……何人か人が居るよ。楽しそうに何か話してる」
こそこそ覗いてる美夢は、はたから見れば不審者にも見える。
「当たり前だ。受付が言ってただろう……あまりこそこそするな……不審者みたいだぞ」
自分の行動が不自然だと気付いた美夢は苦笑しながら言った。
「あっ、そっか……ごめん……」
美夢は期待を膨らませ過ぎなのか、少し興奮ぎみだ。葵はそんな美夢を気にすることなく扉を開いた。
扉が開いた事に反応したのか、中に居る数人の視線が、葵と美夢に刺さる。
その視線に少し怯んだ美夢とは対照的に、葵は視線を刺してきた人物に軽く会釈をした。
するとそれにつられるように、視線を刺してきた人物達は、表情を緩め会釈を返してきた。
互いに会釈を済ますと、先に来ていた搭乗客は、それぞれ再び談笑し始めた。
パーティールームには葵と美夢の他に、8人いる。男性が4人、女性が4人……。
パーティールームにはドリンクバーや、ビアサーバー、ワインなどや、サンドイッチなどの軽食や洋菓子などが用意してある。
8人は部屋の中央にある大きな丸テーブルを、みんなで囲っている。手にはアルコール類やソフトドリンク等の飲料を嗜んでいる。
葵と美夢もドリンクバーに飲み物を取りに行くと、一人の男性が立ち上がり近づいてき、二人に笑顔で声を掛けた。
「君達、若いねぇ……年いくつ?」
男性は180cm程の長身で、細身で、黒のタイトなスーツがよく似合い、見た目年齢は30歳前後くらいだ。
髪は葵とは違いストレートで、前髪を右に流している。葵とはタイプが違うが、この男性も綺麗な顔立ちをしている。ただ、顔に似合わず色黒だ。
男性の笑顔に、気を許したのか、警戒もせず美夢が答えた。
「私達、二人とも今年で二十歳になりました」
「へぇ……そうなんだ、美男美女で様になっているねぇ。俺は渡辺歩歳は29歳……よろしくね。あっ、俺の事は歩でいいから……」
気さくに話し掛けてくる歩に葵は言った。
「僕は月島葵……で、こっちが藤崎美夢です。因みに僕達は恋人同士ではありませんので、誤解のないように……」
歩は葵と美夢が恋人同士と勘違いしているようだったので、きっぱり否定した。
若い男女二人での旅行なので勘違いされても仕方がない。
葵が否定した事を、美夢も特に気にした様子もない。一緒にいることが多いので、日常的に勘違いされることが多いのだろう。
二人の様子を見て、歩も察したのか深く追及する事なく言った。
「そうなんだ……幼なじみか?…親戚と言ったところかな?まぁ、俺も女の子と来てるけど、恋人同士じゃないからね似た者同士さ。まぁ、仲良くやろうよ……で呼び方は葵君と、美夢ちゃんでよかったかな?」
この渡辺歩という男性は悪い人ではないようだ…と、思ったのか、美夢も笑顔で葵の背中を叩いて言った。
「好きに呼んでください……こちらこそよろしくお願いします。こいつちょっと変人ですけど、仲良くしてやって下さい」
顔をしかめながら、葵は言った。
「叩くなよ……でも、美夢の言うように、僕の事も、好きに呼んでください」
三人が自己紹介を済ませた頃合いを図ったかのように、奥にいた歩とは違う、グレーのスーツ姿の男性が近づいて来た。
「君……さっき月島って、名乗ったけど、もしかして月島教授の……月島誠一郎さんの息子さんかい?」
葵に話し掛けて来た男性は、背丈は葵と同じ位だろうか、あまり長身ではない。
「ええ……月島誠一郎は、僕の父ですが…貴方のような有名人が、父と知り合いだったとは意外です……九条司さん」
……九条司……青年実業家であり、経済学者の顔も持ち、テレビの討論番組にたまに出演したりもしている、顔立ちもいいせいか、イケメン実業家として現在世間に注目されている有名人だ。
ただ、注目されている理由は他にもあり、彼の父親と兄は国会議員で、父親に至っては現在の外務大臣……九条憲治(くじょうけんじ)である。
しかし当の本人には政治に興味はなく、仕事が充実している事もあり、政界進出の予定はないと、テレビでも公言している。
葵もテレビで何度か九条を見たことがあるので、彼の事は知っていたが、父親の誠一郎はともかく、まさか自分の事まで知っているとは思わなかった。
「よく僕が月島誠一郎の息子だとわかりましたねぇ……お会いしたことはないと思いますが?」
九条は薄ら笑みを浮かべて、葵に言った。
「僕が学生だった頃は月島教授の受講生でね、教授には随分世話になって、同時に親しくもなり、家族写真を見せて貰った事があったんだ。随分大人になったようだか、写真の面影がある。それに……」
九条は何故かもったいぶったように間を取って、言った。
「君は教授によく似ている……特に仕草や、話し方もね」
すると美夢が、九条に便乗するように、ニヤニヤしながら言った。
「あっ、それ分かります。葵……最近お父さんに似てきたもんねっ……理屈っぽいところがそっくり。でもこんな所で有名人に出会えるなんて感激ですっ!」
有名人を間近でみて興奮している美夢の発言に九条と歩も、クスクス笑っているが、歩とは違い、笑顔でも九条の場合はどこか冷たさを感じるところがある。
歩は九条に言った。
「なぁ、九条……搭乗客はこの二人で多分最後だぜ。出航前に一度集合した方がいいんじゃない?」
「そうだなぁ、歩の言う通りだな。二人をみんなに紹介するとしよう」
妙に仲の良さそうな、歩と九条を見て、葵は言った。
「お二人は、お知り合いですか?」
葵の問いに歩がニッコリ答えた。
「いや、さっき知り合ったばっか」
九条はやれやれと、いった感じで言った。
「彼は……歩はフランクな性格みたいで、僕もどちらかと言えば社交的だからね……彼とは会ってすぐに仲良くなれたよ。歳も同じだからね」
歩と九条は同い年なので、歩の方から「同い年だから呼び捨てでいいんじゃない?」と、言ってお互いに呼び捨てで、呼び会うように、なったらしい。
「これから一週間共に旅する仲間だ。君達ともぜひ仲良くなりたい。さぁ……奥へ行こうみんな良い人達だ」
そう言うと九条は、葵と美夢を、他の乗客が居る奥のテーブル席に案内した。
テーブル席には、着物を着た年配夫婦と、20代だと思われる若い男性一人と女性二人が談笑している。あと、席の端にもう一人20代と思われる女性が、一人でスマートフォンを弄っている。
スマートフォンを弄っていた女性が、歩を見て言った。
「自己紹介は済ませたようだな。歩……」
歩に話し掛けて来た女性は、茶髪でストレートな髪を肩まで伸ばしている。
白いシャツにタイトなジーンズを履ている。一言で言うのなら美人だ。
おそらくこの美人が、歩と一緒に参加した『女の子』なのだろう。
歩は笑顔で美人に答えた。
「俺と九条は済ませたよ……自己紹介……二人とも良い子だよ」
歩がそう言うと、女性は立ち上がり言った。
「片岡有紀27歳……独身だ。よろしく……好きに呼んで頂いて結構だ」
淡々と話す有紀に、美夢は笑顔で言った。
「藤崎美夢です。東鷹大学の学生です。美夢って呼んでください。私は有紀さんって、呼びますね」
そんな笑顔な美夢に、有紀も少し笑顔で答えた。
「ああ……構わないさ。よろしく」
美夢と有紀の様子を見て、葵も簡単に自己紹介をした。
「月島葵……彼女と同じ東鷹大の二十歳です。お好きに呼んでください」
葵の自己紹介を聞いた有紀は目を丸くして言った。
「東應大学……月島……。成程、君が『東鷹大の天変月島』か?私も東鷹大学出身でな、君の噂は私の耳にも届いている」
すると歩は驚いた様に言った。
「へぇ、葵君……有名人なんだ?有紀が知ってるなんて、よっぽどだよ。こいつ他人に興味ないから……でも、天変って、ユニークだね」
クスクスしながら有紀が言った。
「天才と変人のミックスさ。まぁ……私も変人に関しては人の事は言えないが……」
すかさず美夢が言った。
「こいつ……ただの変人ですから」
葵をよそに話が盛り上がる三人を見て。九条が軽く咳払いをして言った。
「君達勝手に自己紹介の場を進行しないでくれるかい…」
そう言うと九条は自己紹介の場を仕切りだした。
この九条という男性は仕切りたがりのようだ。流石は実業家で、政治家の息子だ。
九条の仕切りで、他の乗客が順番に自己紹介を始めた。
和服を着た男性は、堂島光一52歳。有名な茶道家らしい。
ただ体格がかなり筋肉質で、体が大きいのが着物の上からでも分かるくらいだ。
顔の表情も、気難しく感じるのが印象的で、茶道家より、格闘家に見える。
光一の隣に座っている女性が、光一の妻、堂島サキ50歳。
光一とは対照的に優しそうな印象で、和服も良く似合い、和服美人のお手本のような女性だ。
その隣に座っている、女性の二組は。
結城愛美。
岸川容子。
共に26歳で大手商社の星城商事の事務員で、愛美は赤茶色のセミロングの髪で今時の女子と、言った感じだ。
容子はそれと、対照的で黒のボブカットに眼鏡をかけている。ただドレスを着ている為か、地味といった印象はない。
最後に左端に座っている男性が、小林順平19歳で最年少だ。
順平はプログラマーを目指す専門学生で、色白で髪はオシャレな黒い短髪で、これまたオシャレな黒渕眼鏡をかけている。
乗客十人全員の自己紹介が終わったところで、九条が再び仕切りだした。
「それでは皆さんグラスを……」
全員がグラスを手に持ったのを確認し、九条は再び言った。
「では皆さん、これから一週間楽しい旅路になるよう……………。そもそも僕が政界に進出しないのは………………。僕が経営する会社でも、こういった席は多々ありますが…………………………。」
九条は一人延々と乾杯の挨拶をしている。いや、これは演説だ。
本当に政界進出しないのか?と、思うほどとにかく長い。
九条の演説に歩がヤジを飛ばした。
「長いぞ!早く飲ませろ!国会議員かお前は!」
歩のヤジに少しムッとした表情をした九条だったが、すぐに表情を戻して気を取り直して言った。
「うむ……歩の言う通りだな…少し話が脱線してしまったが……皆さんにとって良い旅になるよう……乾杯!」
長い演説が終わり、ようやくグラスを合わす事おなった十人……。
各々が、思っているだろう。
楽しい旅路にると……。
新しい出会いに喜ぶ者……日々の仕事の疲れを癒しに来た者……退屈な日々に飽きて気分転換に来る者……理由は様々だ。
ただ言えるのは、この船に乗り込んだ事が、人生の数多くある分岐点の一つである事は確かだ。
……善くも悪くも………。
葵と美夢はタクシーで、チケットに記載されている、とある港にやって来た。
時刻は午前10時40分過ぎといったところか……午前とはいえ日射しが二人の色白い、腕や首に照りつく。
「まだ午前だけど……暑いねぇ……日焼け止め塗ってくればよかった。でも、晴れてよかったねっ」
オシャレな麦わら帽子を被り、白のワンピースをヒラつかせながら、美夢は機嫌良くはしゃいでいる。
一方の葵は、黒と青のチェッカー柄のシャツに、色の濃いめのジーンズを履いた、シンプルな服装だ。
「そうだな……確かにいい天気だ。いや、良すぎるくらいだ。インドア派の僕には少々刺激が強いな」
葵の言う通り、空には雲が一つもなく快晴だ。
「これくらいの天気だから、船に乗った時に気持ちいいんじゃないっ!だいち雨だったら……最悪の船旅よっ!」
「ふむ……確かに美夢の言う通りだな」
美夢の言う通り、雨の中の船旅など想像するだけで、気分が落ちる。いくらインドア派の葵でも、それは避けたいところだ。
葵は何かを発見したようで、美夢に言った。
「それにしても……ずいぶん人気のない港だな。古びた漁船らしきものが……何隻かあるな。そして……それらに紛れて一隻、僕らが搭乗するであろう、船があるな」
葵の指差す方を、美夢も見てみる。するとそこには、この寂しい港には到底似つかわしくない、豪華なクルーザーらしき物がそこにはあった。
葵は腕時計で時間を確認し、美夢に「おそらくあれだ。行こう」と言い、美夢とクルーザーの方へ向かった。
美夢は「待ってよ……」と言い、スーツケースを引きずりながら葵を追いかけた。
クルーザーに近づくにつれ、その豪華さがはっきりしてきた。
形はシンプルだか、船体の色はワインレッドをベースにし、クラシカルな感じを出し……豪華とも、上品とも感じ取れる。
その豪華さは、もはやクルーザーというより、小型客船だ。
その豪華で上品な船の前に、一人の女性が立っている。
おそらく受付の女性だろうか……身長は160cm程の細身で、黒のタイトなパンツ、上着にベスト……白いシャツに蝶ネクタイをし、手にはバインダーらしき物を持っている。
「おそらく彼女が受付だろう……他には人がいないな…」
葵はそう言うと美夢を連れ、その女性の方へ向かった。
二人に気がついた女性は、笑顔で問いかけてきた。
「藤崎様ですね?お待ちしておりました」
二人に話しかけてきたこの女性は、手に持つバインダーを確認しながら、二人を見てる。
右目下にある泣きぼくろが、右に流した前髪を風がなびかせ見え隠れする。セミロングの髪の綺麗な女性だ。
「それではチケットの御提出をお願いします」
女性に促された葵と美夢は、チケットを提出した。
チケットを確認し、女性は言った。
「藤崎宗吾様と……美夢様で、間違いないございませんね?」
宗吾の代理で来ることになった葵は、経緯を女性に説明した。
「チケットがあれば、問題ございません。え~……月島葵様で御座いますね?」
そう言うと女性は、二本の鍵を取りだし、葵と美夢に一本づつ手渡した。
「こちらが、御部屋の鍵になります。それと御荷物はこちらで一旦預からせて頂きまして、後ほど御部屋の方へお持ちいたします。」
鍵には棒状のキーホルダーが付いている。葵のキーホルダーには『09』、美夢のには『10』と、記載されている。
鍵を確認した二人に女性は言った。
「それでは船に御搭乗下さいませ。入口をお入り頂きまして、通路を右に進み……そのつきあたりにパーティールームが御座いますので、そこでしばし出航をお待ち下さいませ。他のお客様もすでにお待ちです。では、後ほど……」
女性の説明を受け、葵と美夢は荷物を女性に預け、船に備え付けてある鉄製の橋を渡り、船に搭乗した。
説明通り通路を歩いていると美夢は言った。
「綺麗な受付嬢だったね?それよりも私達以外誰もいないけど、どうしてかしら?」
葵は淡々と美夢の問いに答えた。
「僕達が最後の乗客だからた。僕達が名乗りもしないのに、受付は「藤崎様ですね」と、言った。つまり、他の乗客はすでに受付を済ませ、既に搭乗していて、受付のバインダーの名簿には、藤崎の名前しか残ってなかったんだ」
「あっ、そっか……なるほどね。でも時間に間に合ってよかったねっ!」
楽しみにしていた旅と、この天気の良さに、美夢の機嫌は良さそうだ。
さらに通路を進んで行くと、両開き式の扉が見えてきた。あの扉を開くと、受付の言っていた、パーティールームがあるのだろう。
「きっと、ここがパーティールームよ。どんな人達がいるのかなぁ?」
美夢は期待を膨らませたような表情で、扉に手を掛けて、少し開けてその隙間から中の様子を見た。
「葵……何人か人が居るよ。楽しそうに何か話してる」
こそこそ覗いてる美夢は、はたから見れば不審者にも見える。
「当たり前だ。受付が言ってただろう……あまりこそこそするな……不審者みたいだぞ」
自分の行動が不自然だと気付いた美夢は苦笑しながら言った。
「あっ、そっか……ごめん……」
美夢は期待を膨らませ過ぎなのか、少し興奮ぎみだ。葵はそんな美夢を気にすることなく扉を開いた。
扉が開いた事に反応したのか、中に居る数人の視線が、葵と美夢に刺さる。
その視線に少し怯んだ美夢とは対照的に、葵は視線を刺してきた人物に軽く会釈をした。
するとそれにつられるように、視線を刺してきた人物達は、表情を緩め会釈を返してきた。
互いに会釈を済ますと、先に来ていた搭乗客は、それぞれ再び談笑し始めた。
パーティールームには葵と美夢の他に、8人いる。男性が4人、女性が4人……。
パーティールームにはドリンクバーや、ビアサーバー、ワインなどや、サンドイッチなどの軽食や洋菓子などが用意してある。
8人は部屋の中央にある大きな丸テーブルを、みんなで囲っている。手にはアルコール類やソフトドリンク等の飲料を嗜んでいる。
葵と美夢もドリンクバーに飲み物を取りに行くと、一人の男性が立ち上がり近づいてき、二人に笑顔で声を掛けた。
「君達、若いねぇ……年いくつ?」
男性は180cm程の長身で、細身で、黒のタイトなスーツがよく似合い、見た目年齢は30歳前後くらいだ。
髪は葵とは違いストレートで、前髪を右に流している。葵とはタイプが違うが、この男性も綺麗な顔立ちをしている。ただ、顔に似合わず色黒だ。
男性の笑顔に、気を許したのか、警戒もせず美夢が答えた。
「私達、二人とも今年で二十歳になりました」
「へぇ……そうなんだ、美男美女で様になっているねぇ。俺は渡辺歩歳は29歳……よろしくね。あっ、俺の事は歩でいいから……」
気さくに話し掛けてくる歩に葵は言った。
「僕は月島葵……で、こっちが藤崎美夢です。因みに僕達は恋人同士ではありませんので、誤解のないように……」
歩は葵と美夢が恋人同士と勘違いしているようだったので、きっぱり否定した。
若い男女二人での旅行なので勘違いされても仕方がない。
葵が否定した事を、美夢も特に気にした様子もない。一緒にいることが多いので、日常的に勘違いされることが多いのだろう。
二人の様子を見て、歩も察したのか深く追及する事なく言った。
「そうなんだ……幼なじみか?…親戚と言ったところかな?まぁ、俺も女の子と来てるけど、恋人同士じゃないからね似た者同士さ。まぁ、仲良くやろうよ……で呼び方は葵君と、美夢ちゃんでよかったかな?」
この渡辺歩という男性は悪い人ではないようだ…と、思ったのか、美夢も笑顔で葵の背中を叩いて言った。
「好きに呼んでください……こちらこそよろしくお願いします。こいつちょっと変人ですけど、仲良くしてやって下さい」
顔をしかめながら、葵は言った。
「叩くなよ……でも、美夢の言うように、僕の事も、好きに呼んでください」
三人が自己紹介を済ませた頃合いを図ったかのように、奥にいた歩とは違う、グレーのスーツ姿の男性が近づいて来た。
「君……さっき月島って、名乗ったけど、もしかして月島教授の……月島誠一郎さんの息子さんかい?」
葵に話し掛けて来た男性は、背丈は葵と同じ位だろうか、あまり長身ではない。
「ええ……月島誠一郎は、僕の父ですが…貴方のような有名人が、父と知り合いだったとは意外です……九条司さん」
……九条司……青年実業家であり、経済学者の顔も持ち、テレビの討論番組にたまに出演したりもしている、顔立ちもいいせいか、イケメン実業家として現在世間に注目されている有名人だ。
ただ、注目されている理由は他にもあり、彼の父親と兄は国会議員で、父親に至っては現在の外務大臣……九条憲治(くじょうけんじ)である。
しかし当の本人には政治に興味はなく、仕事が充実している事もあり、政界進出の予定はないと、テレビでも公言している。
葵もテレビで何度か九条を見たことがあるので、彼の事は知っていたが、父親の誠一郎はともかく、まさか自分の事まで知っているとは思わなかった。
「よく僕が月島誠一郎の息子だとわかりましたねぇ……お会いしたことはないと思いますが?」
九条は薄ら笑みを浮かべて、葵に言った。
「僕が学生だった頃は月島教授の受講生でね、教授には随分世話になって、同時に親しくもなり、家族写真を見せて貰った事があったんだ。随分大人になったようだか、写真の面影がある。それに……」
九条は何故かもったいぶったように間を取って、言った。
「君は教授によく似ている……特に仕草や、話し方もね」
すると美夢が、九条に便乗するように、ニヤニヤしながら言った。
「あっ、それ分かります。葵……最近お父さんに似てきたもんねっ……理屈っぽいところがそっくり。でもこんな所で有名人に出会えるなんて感激ですっ!」
有名人を間近でみて興奮している美夢の発言に九条と歩も、クスクス笑っているが、歩とは違い、笑顔でも九条の場合はどこか冷たさを感じるところがある。
歩は九条に言った。
「なぁ、九条……搭乗客はこの二人で多分最後だぜ。出航前に一度集合した方がいいんじゃない?」
「そうだなぁ、歩の言う通りだな。二人をみんなに紹介するとしよう」
妙に仲の良さそうな、歩と九条を見て、葵は言った。
「お二人は、お知り合いですか?」
葵の問いに歩がニッコリ答えた。
「いや、さっき知り合ったばっか」
九条はやれやれと、いった感じで言った。
「彼は……歩はフランクな性格みたいで、僕もどちらかと言えば社交的だからね……彼とは会ってすぐに仲良くなれたよ。歳も同じだからね」
歩と九条は同い年なので、歩の方から「同い年だから呼び捨てでいいんじゃない?」と、言ってお互いに呼び捨てで、呼び会うように、なったらしい。
「これから一週間共に旅する仲間だ。君達ともぜひ仲良くなりたい。さぁ……奥へ行こうみんな良い人達だ」
そう言うと九条は、葵と美夢を、他の乗客が居る奥のテーブル席に案内した。
テーブル席には、着物を着た年配夫婦と、20代だと思われる若い男性一人と女性二人が談笑している。あと、席の端にもう一人20代と思われる女性が、一人でスマートフォンを弄っている。
スマートフォンを弄っていた女性が、歩を見て言った。
「自己紹介は済ませたようだな。歩……」
歩に話し掛けて来た女性は、茶髪でストレートな髪を肩まで伸ばしている。
白いシャツにタイトなジーンズを履ている。一言で言うのなら美人だ。
おそらくこの美人が、歩と一緒に参加した『女の子』なのだろう。
歩は笑顔で美人に答えた。
「俺と九条は済ませたよ……自己紹介……二人とも良い子だよ」
歩がそう言うと、女性は立ち上がり言った。
「片岡有紀27歳……独身だ。よろしく……好きに呼んで頂いて結構だ」
淡々と話す有紀に、美夢は笑顔で言った。
「藤崎美夢です。東鷹大学の学生です。美夢って呼んでください。私は有紀さんって、呼びますね」
そんな笑顔な美夢に、有紀も少し笑顔で答えた。
「ああ……構わないさ。よろしく」
美夢と有紀の様子を見て、葵も簡単に自己紹介をした。
「月島葵……彼女と同じ東鷹大の二十歳です。お好きに呼んでください」
葵の自己紹介を聞いた有紀は目を丸くして言った。
「東應大学……月島……。成程、君が『東鷹大の天変月島』か?私も東鷹大学出身でな、君の噂は私の耳にも届いている」
すると歩は驚いた様に言った。
「へぇ、葵君……有名人なんだ?有紀が知ってるなんて、よっぽどだよ。こいつ他人に興味ないから……でも、天変って、ユニークだね」
クスクスしながら有紀が言った。
「天才と変人のミックスさ。まぁ……私も変人に関しては人の事は言えないが……」
すかさず美夢が言った。
「こいつ……ただの変人ですから」
葵をよそに話が盛り上がる三人を見て。九条が軽く咳払いをして言った。
「君達勝手に自己紹介の場を進行しないでくれるかい…」
そう言うと九条は自己紹介の場を仕切りだした。
この九条という男性は仕切りたがりのようだ。流石は実業家で、政治家の息子だ。
九条の仕切りで、他の乗客が順番に自己紹介を始めた。
和服を着た男性は、堂島光一52歳。有名な茶道家らしい。
ただ体格がかなり筋肉質で、体が大きいのが着物の上からでも分かるくらいだ。
顔の表情も、気難しく感じるのが印象的で、茶道家より、格闘家に見える。
光一の隣に座っている女性が、光一の妻、堂島サキ50歳。
光一とは対照的に優しそうな印象で、和服も良く似合い、和服美人のお手本のような女性だ。
その隣に座っている、女性の二組は。
結城愛美。
岸川容子。
共に26歳で大手商社の星城商事の事務員で、愛美は赤茶色のセミロングの髪で今時の女子と、言った感じだ。
容子はそれと、対照的で黒のボブカットに眼鏡をかけている。ただドレスを着ている為か、地味といった印象はない。
最後に左端に座っている男性が、小林順平19歳で最年少だ。
順平はプログラマーを目指す専門学生で、色白で髪はオシャレな黒い短髪で、これまたオシャレな黒渕眼鏡をかけている。
乗客十人全員の自己紹介が終わったところで、九条が再び仕切りだした。
「それでは皆さんグラスを……」
全員がグラスを手に持ったのを確認し、九条は再び言った。
「では皆さん、これから一週間楽しい旅路になるよう……………。そもそも僕が政界に進出しないのは………………。僕が経営する会社でも、こういった席は多々ありますが…………………………。」
九条は一人延々と乾杯の挨拶をしている。いや、これは演説だ。
本当に政界進出しないのか?と、思うほどとにかく長い。
九条の演説に歩がヤジを飛ばした。
「長いぞ!早く飲ませろ!国会議員かお前は!」
歩のヤジに少しムッとした表情をした九条だったが、すぐに表情を戻して気を取り直して言った。
「うむ……歩の言う通りだな…少し話が脱線してしまったが……皆さんにとって良い旅になるよう……乾杯!」
長い演説が終わり、ようやくグラスを合わす事おなった十人……。
各々が、思っているだろう。
楽しい旅路にると……。
新しい出会いに喜ぶ者……日々の仕事の疲れを癒しに来た者……退屈な日々に飽きて気分転換に来る者……理由は様々だ。
ただ言えるのは、この船に乗り込んだ事が、人生の数多くある分岐点の一つである事は確かだ。
……善くも悪くも………。
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