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第四十八話 閨事、千里を走る
しおりを挟む学校の中庭で久御山から濃厚なキスをされる、という衝撃的な出来事から一週間、僕が懸念してたような罵詈雑言や差別などは一切なく、なんなら久御山は以前とまったく変わらないモテっぷりで、僕が悩みに悩んだあの時間はなんだったんだ? と肩透かしを食らって、でも僕は安堵してた。
変わったことといえば、最近僕の知らない場所で「湊くん」と呼ばれているらしいことと、久御山が「賢颯」と呼ばれていること、もうひとつは久御山と一緒にいると、なぜかプレゼントをもらうようになったこと……僕が受け取らないつもりでいても、久御山が笑顔で受け取ってしまうので困りものだ。
昼休み、購買は混んでて嫌だという久御山と一緒に学食に行くと、食品サンプルが並ぶショーケースの前で三人の女子に呼び止められた。
「あの、これ…湊先輩にどうかなって」
「え…」
「ありがと、ちゃんと持ち帰らせるから」
「ちょ、久御山」
差し出された包みを久御山が受け取ると、三人の女子はキャーッと悲鳴をあげながら走り去ってしまい、何年何組の誰なのかさえわからなかった。
「あのね、久御山……贈り物だってタダじゃないんだから」
「でもさ、受け取らなかったらそれはお金に戻るわけ? 返品できないかもしれないよ?」
「うーん…それはそうだけどさ…」
「受け取ったほうが早く解放されるしね」
空いてる席に腰をおろし、でもなあ、と眉間にしわを寄せていると、久御山が受け取った包みを僕に差し出した。食べものとか消えモノなら申し訳なさも半減するんだけど……紙袋の口を開け、きれいにラッピングされているプレゼントのリボンをほどいてチラリと中を確かめ……慌てて紙袋の口を握り締めた。
「なんだったの?」
「え、いや、あの」
中から出すなよ、そのまま紙袋の中に入れたまま確かめろよ、と久御山に注意しながら紙袋を渡す。割り箸を咥えたままガサガサと紙袋を覗き込み、久御山は不思議そうな顔をしてみせた。
「……ナニこれ」
「えーと、家に帰ってからでいいか?」
「湊が教えてくれないなら他のヤツに訊く」
「やめろ……あの…元々は医療用の器具だよ」
「元々って? いまは?」
「別の使い方されてるかな…そっちのほうが有名っていうか…」
「……で? これ、ナニ?」
「……前立腺マッサージする器具だよ」
「ほお…それを、湊に……」
なんでエネマグラなんてプレゼントに選ぶかな!? しかも学校で渡すか!? 女子高生の貞操観念どうなってるんだ!?
「藤城ーちょっといいか?」
全力で焦っているところへ声を掛けられ、思いっきり肩が跳ねた。
「……一ノ瀬」
一ノ瀬は一年の時同じクラスだったヤツで、なんだかんだといまだに付き合いがある同級生だ。一ノ瀬は僕の隣に座ると、少し遠慮がちに用件を話し始めた。
「もう本格的に受験勉強し始めてる?」
「いや、全然……どうした?」
「俺の中学ん時の後輩がさ、四月からここに来てるんだけど」
「うん」
「藤城紹介して欲しい、って毎日うるさいんだよね…」
「は? なんで僕? っていうか後輩ここに連れてくればよくない?」
「あ、うん…放課後、時間作ってもらっていい?」
「いいけど…」
悪いな、と一ノ瀬は顔の前で手を合わせ、謝りながら戻って行った。
「モテますなあ」
「モテ……後輩って、男だろ?」
「女の子かもよ?」
久御山は付け合わせのミートスパをすすりながら、やっぱり紙袋の中が気になるようで少しソワソワしていた。
──
「可愛い子だったらどうする?」
放課後、一ノ瀬に言われたとおり屋上で待っていると、当たり前のように隣にいる久御山が面白くなさそうな声で僕に訊ねた。
「どうする、って? どうもしないよ?」
「なんで?」
「なんで、って……どうにかして欲しいの?」
「運命の出逢いだったらどうしようかなあ、とか」
「なんの心配だか…」
運命の出逢いは二年前に果たしてるから、この先そんなものが訪れることはないんだけどな。久御山は僕と違って、嫌なことは素直に言葉と態度で表す。そういう姿を見ると、僕も見習わなくちゃなあ、と思う。思うだけならタダだから。
出入口の扉が開いて、こっちに歩いて来る……男子生徒がひとり。
「ほら、男じゃん」
「うん、男だけどさ」
一ノ瀬の後輩であろうその男子生徒は僕と久御山のそばまで来ると、喜びと緊張が混ざったような、紅潮させた頬を引きつらせながら不器用な笑顔を作った。整った顔立ちではあるけど、さすが一年生って感じの少し幼さの残った、どちらかというと運動部っぽい顔だな…
「忙しいのにすみません! 一ノ瀬先輩に無理言って……あ、嵩澤 吉祥です」
「久御山 賢颯です」
「あ、藤城 湊です…」
「知ってます」
緊張で目が泳いでいた嵩澤は声を出して笑った。さすが久御山……こういう時は本当に頼れるな…
「あの、一ノ瀬から何も聞いてないんだけど」
「あ、すみません…実は相談したいことがあって」
「相談? 僕に?」
「はい、できれば連絡先教えていただけませんか」
「…ここでは言えないことなのかな」
嵩澤はチラッと久御山に視線を動かし、すぐに僕の顔を見ながら少し声をひそめた。
「言ってもいいんですけど…」
「オレ、先に玄関行ってるわ」
「あ、うん…」
久御山がヒラヒラと手を振りながら屋上の扉に向かうのを確認した嵩澤は、神妙な面持ちで僕に向き直した。
「藤城さん…ゲイだって、本当ですか?」
「…唐突だね」
「あっ、すみません…ちょっと焦ってしまって…」
「どういう意味?」
「ちょっと前、中庭で久御山さんとキスしてたって噂を聞いたんで…言うならいまだって思って」
「うん」
「あの、俺……入学した時から藤城さんが好きで」
── 久御山さんと付き合っててもいいんです…俺のことも心の隙間に置いてくれませんか
「……湊?」
「あ、うん…何?」
「上の空の原因は、さっきの嵩澤?」
最寄駅から久御山の家に向かい歩いてる途中で、久御山は「しょうがないなあ」という顔をして笑った。しょうがない、なんて思ってるはずもないんだけど、こういうとき久御山は努めて冷静に振る舞おうとする。
「……告白された」
「まあ、そんなことだろうと思ってたけど」
「断ったよ」
「あ・た・り・ま・え・だ」
部屋に入ると、久御山は僕に向かって右手を差し出し「ほら」と何かを急かした。
「……何」
「出せよ」
「何を」
「前立腺マッサー」
「あああああ!!」
紙袋から、リボンのほどかれた水色の不織布のバッグを取り出す。ラッピング用のバッグは水色と青と白の三層になっていて、とても繊細に見えた…けど…中から出て来るのが……エネマグラ。
「結構大きいんだな」
着替えながら久御山は僕の手元を覗き、感心したような声で言った。
「元々、前立腺炎とかの治療のために開発されたんだよ…患者が自分で処置できるように、って」
「それが、なんでアダルトグッズになったんだ」
「発売当初から、ドライオーガズムが得られるって報告がたくさんあったんだって」
「ドライオーガズム……」
「試してみる?」
「オレが!?」
「だって、僕には必要ないだろ」
「そ、それは……そうか…でも湊へのプレゼントだし…」
「またよからぬこと考えてんの!?」
「見せてもらおうか、連邦軍の」
「モビルスーツじゃないし、エネマグラだし」
こっちがお腹側でこっちが背中側ね、と久御山に言うと、「おもちゃなのに向きあるんだ」と再び感心した声をあげた。おもちゃじゃない、医療器具だよ! ソファに腰掛け挿れやすいように脚を上げたところで、なんでこんなことしてるんだろう、と急に恥ずかしくなった。
「痛くない?」
「大丈夫だけど…恥ずかしいよ、かなり…」
「うん、見てると興奮する」
「やめろ、愧死する…」
「あ…う…う…んん」
「…括約筋使って自分で動かすんだ…なるほど…」
「ん…あっ…あ、あ、あ…」
「すげえよさそう…顔、エロい…」
「ふ…うぅ…っ…バカ…何言って…」
「ねえ、オレとどっちがイイ?」
「…訊くな」
ソファに浅く腰掛ける僕の制服のシャツをたくし上げて、久御山が乳首を噛みながら舌先を動かすと、それだけで下腹の奥から込み上げてくる快感の波に身体が震える。
「あ…っ…久御山…ん…あ」
「抜いていい? ……挿れたい」
「うん…」
欲望に忠実な久御山の言葉や態度は、いつだって僕を興奮させ安心させる。挿れたいんだ、僕の体内に。エネマグラで弱い部分を煽られ息が荒くなる僕を見て、久御山は性欲を掻き立てられてるんだ。そう思うと、ますます下腹の奥が期待に震える。いやらしい顔を見せる久御山に、僕の淫らな欲が首をもたげる。
「あっ…くみや…吮めないで」
「…はぁっ…もうそろそろ、諦めろって…」
両脚を持ち上げられ、エネマグラを引き抜いた場所で久御山が舌を動かすと、垂れた潤滑オイルを舐め取る音と相まって、卑猥な水音がいつもより大きく耳に響いた。急いたような久御山の息遣いが、どんどん僕を駄目にして行く。
「オレに吮められるの、イヤじゃないでしょ」
「…ん…やじゃな…」
「オレが触れちゃいけないとこ、あんの?」
「ない…よ…」
「おまえはオレのもんなんだから」
「ん…」
「ぜんぶちょうだい」
久御山の硬く大きく反り返ったモノが、僕の身体を優しくこじ開けながら挿入って来る感触で、僕の中にあったはずの理性や貞操観念は、最初からなかったかのように跡形もなく消える。尖端のくびれで内側を削られ、僕はただ鳴き声をあげ続ける。
「くみや…あ、あ、あ…っ…あ…イきそ…」
「どうした? 早いね…おもちゃのせい?」
「ちが…あ、ダメ…あ…イ…」
「まだダメだよ、湊」
「…っ…!!!」
***
湊の体内から愚息を引き抜くと、慌てて湊が腕を伸ばしてオレの肩を掴んだ。いまにも泣き出しそうな顔で息を切らしながら、湊は声を震わせる。
「やめないで…久御山…」
「やめないよ……焦らしてるだけ」
「ドS野郎…」
「可愛くおねだりして」
「やだよ…バカ…」
「じゃあ、やめようかなあ」
「…っ、ズルくない!?」
「オレが我慢できなくなるようにして」
「どうやって…」
「オレのこと、全部わかってるでしょ?」
ソファから落ちそうになってる湊のカラダを引き上げて、うつ伏せに寝かせた腰を抱えて持ち上げる。おあずけを食らってヒク付くはしたない穴に舌を押し込むと、湿った吐息を漏らしながら湊の背中が反り返る。成長して大きくなったはずのカラダは相変わらず敏感で、赤らんだ肌が卑猥さを増幅する。
感情を出さない冷静な顔と、落ち着き払った低い声。些細なことではよろめきそうもないカラダ付き。普段見せている湊の姿なんて何ひとつ信じられないくらい、いまオレの目の前の湊は上気した顔で涙ぐみ、水気の多い鳴き声をあげ、もどかしそうにカラダを震わせよじる。はあ、挿れたい…
「くみや…も、我慢できな…あ…はぁっ…ああ」
「堪らなくさせて」
憶えてろよ、と掠れる声で捨て台詞を吐いた湊は、うつ伏せのまま更に腰を高く突き出し、両手で小さな尻を覆ったあと、指先でエロくヒク付く穴を左右に広げ、「久御山ので……壊れるまで擦って…」と吐息混じりに囁いた ──
「ああ、もう! おまえはほんとに!」
「…なんだよ」
「オレのツボを心得てるよな……堪んなくなったわ…」
「さっきのことは忘れてくれ…」
「無理……思い出したら元気になる…」
「おまえはギネスに挑戦でもしてるのか…」
「ねえ、オレってさあ」
「うん」
「湊を堪らなくさせてる?」
「は?」
「見ただけでエロい気持ちになるようなさ」
「……二年前からずっとやられっ放しですが」
「例えば?」
「体育の授業で汗かいたあと、腕で顔の汗拭うとことか?」
「そんなことでエロい気持ちになってんの?」
「腕組みながら女子と話してる時の笑った顔とか」
「……おまえの琴線も随分マニアックだな」
…湊がオレ以外のヤツと話をしながら笑ってるのを見て、オレってエロい気持ちになるか? ただ腹立たしいだけじゃね?
***
家に着いて玄関の扉を開けたと同時にスマホが何かを受信して震えた。ポケットから取り出して確認すると、玄関まで出て来た母が不思議そうに訊ねた。
「…どうしたの?」
「いや、知り合いからメッセージ」
「ごはん、すぐ食べる?」
「うん、着替えて来る」
部屋に上がり、荷物を置いてベッドに腰をおろした。……なんて返信すればいいんだろう。当たり障りのない文章を打っては消し、打っては消し、そのうち何がよくて何が駄目なのかさえ怪しくなって来る。
── 嵩澤です。
今日はすみませんでした。
連絡先、ありがとうございます。
迷惑だったら教えてください。
せめて、嫌われたくないので。
頭の中で「久御山さんと付き合っててもいいんです…俺のことも心の隙間に置いてくれませんか」という嵩澤の言葉を繰り返し、付き合っててもいいんです、ってどういう意味だろう、と考えた。だって、付き合ってるのに他のヤツのことを心の隙間に置いておくのって、無理じゃないか?
まずもって心の隙間ってどこだよ。
── お疲れ。
迷惑だと思ってたら教えてないから。
一ノ瀬によろしく。
素っ気ない文章を送信して、母に急かされる前に晩ごはんを食べに下りた。
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