初戀

槙野 シオ

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第三十四話 黒犬に噛まれて赤犬に怖じる

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初めて家に呼んだ友達が久御山くみやまだったせいか、うちの両親が久御山に寄せる信頼があつい。愛想がよくコミュニケーションの取り方も上手く、気が利いて頭の回転も速い久御山だからこそだろうけど、たとえそれが人の道に外れそうなことでも、久御山が一緒だと言えば許してくれそうな勢いだ。

なので、週末を久御山の家で過ごすことに両親は何も言わないどころか、うっかりすると菓子折りを持たされそうになるくらい、早い話がうちの親は久御山が好きだ。


「ん…ん、ん…あ…っ…」
「おねだりして見せて、湊」
「やだよ、バカ…あ…っ」

もちろん、こんなことをしてるなんて想像すらしてないと思う。されてたら怖い。

金曜の夜に泊まりに来て日曜の夜に帰るまでの間、僕たちは外出することがない。そもそも僕も久御山も、ひと混みで息ができなくなるくらいのインドア派で家の中が大好きだ。何より、僕が久御山の家に行くと部屋にあがった瞬間服を脱がされる。もちろん僕もそれを拒絶しない。

「あ、久御山…そこは……いいから…」
「いい加減慣れようよ」
「慣れないよ!」
「……尺られるのが嫌いな男って少数派だと思うけどなあ」
「嫌いなわけじゃないけど…」
「オレ、湊にめてもらうために生きてるようなもんなのに」
「人生設計見直せよ」
「やっぱテクの差? オレ修行積んだほういい?」
「どこでどんな修行を積むつもりだよ」
「いや、でもこのサイズのモノを満足させようと思ったら、やっぱりテクは必要なのかなって」
「……要らないよ」

僕は無意識に溜息を吐いていたみたいで、それを気にした久御山の顔が少し曇った。

「あ、ごめん…」
「どうした? 何か気になることあるの?」
「ううん、大丈夫」
「で、何が気になってるの?」

久御山の声と口調が優しくなるとき、それは「話を聞くまで絶対に引かない」という久御山の意思表示だ。僕の取るに足らない溜息の理由なんかを気にしなくてもいいのになあ、と思う反面、そんな小さなことさえ共有しようとしてくれる久御山の優しさが嬉しかった。


「…こんな顔だからさ、よくからかわれたんだよ」
「好きな子いじめたい的な?」
「そんな可愛いもんじゃなくて」

小六だったかな……いつものように女みたいだ、ってからかわれてさ。またかよ、って僕はシカトしたんだけど、その時ばかりはいつもと様子が違ってね。本当に男かどうか確かめてみようぜ、ってトイレに連れてかれたんだよ。

相手は五、六人だったと思うけど、背中から羽交い絞めにされて脱がされてさ……ほんとに付いてたんだ、って驚かれた挙句、その……女みたいな顔してるのにこんなに大きいんだ、って大騒ぎされて…それだけでも僕にとってはかなり大きなダメージだったわけだけど、相手のひとりがね。


「女にデカいチンコ生えてるとか、ふたなりの同人誌かよ」




「……それは…」
「傷付いたとか、ショックだとか、そんな生易しいものじゃなかったんだよ…」
「将来的には勝ち組なのにな」
「何度、切り落としてしまおうと思ったことか……」
「物騒な……」
「しかも、普通の恋愛ができないわけで…勝ち組でもなんでもない」
「そうなの? それって、男には喜ばれないもん?」
「使ったことないからわかんない」
「そうなの!? え、挿れたことないの?」
「ないよ」
「……挿れたいと思ったこともないの?」
「どうだろ…わかんない」
「わかんないって……自分のことじゃん」
「…自分から求めて、したことがないんだ」
「……そうなの?」
「うん…だから受け側にしかなったことがない」


本当にそういうことがしたいのか……身体を求めているのか、わからない。ココロとカラダは別物だっていうけど、僕にはカラダだって自分のものなのかどうかすらわからない。

もちろん、無理して久御山の要求に応えてるわけじゃないし、そこにはちゃんと自分の意思も存在する。ただ、自分の意思をないがしろにされてた期間が長かったから……時々、わからなくなる。

「…挿れてみる?」
「はい?」
「いや、オレにさ」
「は? 僕が? 久御山に?」
「うん……って、他に誰がいるんだよ」
「……やめとけよ」
「なんで?」
「やっぱり最初は痛くないわけじゃないし……ノンケがすることじゃない」
「またそういうことを言う」
「わかんないってことはさ、そういう欲求がないんだよ、きっと」
「……オレを抱きたくないってこと?」
「久御山はそういうこと知らなくていいって話だよ」
「じゃあ、おまえは挿れたくなったらどうすんの?」
「え……それは…」
「そういうこと知ってる相手とするってこと?」
「いやいや、そんなこと考えたこともないって」
「いま考えてみてよ」
「いま……」
「挿れたくなったらどうすんの?」
「……我慢する」
「なんで!?」
「最初が最悪だったからさ」
「…うん」
「あんな思いを久御山にさせたくない、ってどうしても思う」
「いや全然ちげーだろ」
「なんていうかさ…」

別に卑屈になったりしてるわけじゃないし、ニュートラルな気持ちで聞いて欲しいんだけど……小四で変質者に遭った時のことをさ、ずっと自分が悪いことをしてしまったって思ってた気がするんだよね。でもそのあと、家庭教師にいろいろされて行くうちに、このひとは僕のした悪いことを赦してくれるんじゃないか、って思ったんだ。

家庭教師とのことも、エスカレートして行く毎に「いけないことをしてる」って感覚はあったんだよ。でも、拒絶すると自分を赦してくれる相手がいなくなるんじゃないか、って怖くていやだって言えなくて。物理的な快感がなかったわけじゃないから、結局何でもかんでも受け入れてしまったんだけど。

でもさ……力尽くで突っ込まれた時、ほんとに痛かったんだよ……手で口を覆われたことも恐怖でしかなかったし、なかなか終わらないし、血は出るし、終わったあとも痛くて座れないし……二度とごめんだって思ったけど、家庭教師は週二回来るわけでさ。

だから、僕の中で「エッチは痛いから悪いこと」みたいな感覚が生まれたんだと思うんだよね。痛くないと思えるようになっても、そうなるまでが最悪だったわけで、それを思うとどうしてもエッチに対して前向きになれなくてさ。女の子も最初しばらくは痛いって聞くし。

相手が痛がることを求めるっていうのが、なんていうか自分のためだけの行為に思えてしまってさ。普通に恋愛して、普通にエッチしてって流れだったら、そんな風に思わなかったかもしれないけど。


「いや、全っ然まったくちっともニュートラルな気持ちで聞けないんだけど」
「ああ、うん……ごめん」
「探偵雇ってカテキョ探して、狙撃屋雇って殺すわ」
「そんなことにいくら掛けるつもりだよ、大富豪か」
「……でも、確かに湊に求められたこと…ないんだよな」
「ないことはないだろ……」
「他に方法がないからカラダで、みたいなことはあったけど」
「そこまで割り切れてるわけじゃないよ」
「じゃあオレから言わないから求めてよ」
「なんで!?」
「前向きになれないことを強要するの、嫌だし」
「それは攻めタチでの話だよ…」
「湊のほうから言い出すまで、手出さないから」

おかしいな……サイズに関して大きいって言われるのが嫌だって話が、なんでこんなところに着地してしまったんだ……?


完全に盛り下げてしまったこの場を再加熱するにはいろいろ考えることが多過ぎて、とりあえず僕は脱がされた服を拾い集めた。しょうがないから勉強でもするか……服を着て参考書と問題集を開くと、久御山もしょうがないなあ、という顔で僕と向かい合わせに座った。

うつむく姿さえ格好いいな……黙ってると本当に日本人離れした、というより人間離れした美しさだよな……物の怪の類だって言われてもうっかり信じてしまうくらい、しかもそれでもいいと思えるくらい久御山はきれいで格好いい。

首の胸鎖乳突筋きょうさにゅうとつきんからつながる鎖骨と、その鎖骨の作る窪み…筋張ってて骨張ってて男らしくて、久御山ほど完璧な男は他にいないんじゃないかと思う。ふと問題集を解いてる久御山のノートを見ると、きれいな文字が並んでいて字まで美しいのかよ、ともう感嘆する以外なかった。

肩幅の広さや胸板の厚み、鍛えられた上腕二頭筋と上腕三頭筋、割れてる腹筋とエロい腹斜筋、引き締まった小さな尻と……いままでこの身体に抱かれたひとってどれくらいいるんだろう。中学三年間をざっと単純計算で1,095人。あ、これだけの数になるとリアリティがなくなるな。

でも10人や20人ってことは絶対ないもんな、都築さんの話を聞く限り。誘われたら絶対断らなかっただろうし、久御山のことだから手を抜いたりはしなかっただろうし。じっくりねっとり言葉攻めなんかも織り込みながら、相手の悦ぶところを的確にもてあそんで「可愛い声聞かせて?」とか言ってたに違いない。

この顔がこの声で至近距離で囁いたらそれだけで相手はメロメロになっちゃうじゃん。相手の女の子ってみんなその場限りだったのかな。久御山くんの身体が忘れられないの、って子いなかったのかな。関係の続いた子もいたのかな。女の子も久御山のを咥えたりしたのかな。

久御山は女の子に咥えられてどんな声を出したんだろう……エロい顔でエロい声あげてたのかな。それで女の子の口の中でイったりしてたのかな。お気に入りの女の子っていたんだろうか。名器っていわれる女の子とか。女の子の内側なかって男のそれとは全然違うっていうからなあ…

考えてみれば久御山だって大きいじゃん……日本人の平均が13cm強なんだから、それより全然大きいだろ。ってことは久御山は勝ち組なわけで、女の子に喜ばれてたってことか…そうだよな……いまでも久御山のことが忘れられないってひとが大勢いるんだろうな……

いや、何よりいま現在めちゃくちゃモテてるじゃん、久御山……ナイスバディの可愛い子に誘われたら…断る理由がないわけで……久御山がしたいっていうなら僕にはそれを阻む権利はないけど……ないんだけどさ。つまらない独占欲や嫉妬心ですべてを失うなんて馬鹿みたいだろ?

落ち着け、僕……なんで余計なこと想像してイライラしてるんだ……

その時、持っていたシャーペンの芯がバキっと折れて久御山が不思議そうに顔をあげた。

「…あ、水もらっていい?」
「どうぞー」

キッチンの冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを取り出そうと手を伸ばした。落ち着け、落ち着け……

僕はドアポケットに入っているミネラルウォーターを見ながら、棚に並んでいたビールを掴みプルタブを開け一気に飲み干した。


***


「……は?」

エビアンの蓋を開けるときに、そんな何かが噴き出すような音しねえよな? と首を伸ばしてキッチンを覗くと、湊の背中しか見えなかった。なんだろう、とりあえず湊のところに行ってみると、湊はカツンと軽快にスーパードライの缶をキッチンの作業台に置いた。は!?

「おい、何飲んでんだよ」
「ビール」
「そうだな、質問間違えたわ…どうしてそんなもん飲んでんの」
「…落ち着こうとおもって」
「アルコールに鎮静効果はないと思うんだが」
「考えるの、やめたかったから」
「あー、うん、そっか…それならわからなくはないけど」
「よけいなこと、かんがえちゃって」
「余計なこと?」
「ねえ、くみやま…」
「うん」
「おんなのこのカラダ、きもちいい?」
「は!?」

いきなり何を言い出すんだ? 湊はフラフラとリビングに戻り、「アツイ」と言いながら服を脱ぎ出した。ちょっと待て、350mlのビールひと缶で!? や、考えてみたらシャンパン一杯の純アルコール度が12gで缶ビール350mlなら14gくらいか…アルコールの血中濃度は0.05%くらいのはず…だけども。

正月のことといい、アルコール分解しない体質なのか……部屋は暖房が効いてるとはいえ、裸体でいるのは寒いだろ。ベッドに運ぼうと湊を抱き上げると、首に腕を回し脚を身体に巻き付けコアラのように抱き着いた。

「…ん…っ…」
「…どうした?」
「て……おしりにあたる…」
「他に抱える場所ないだろ…」
「あ…あるくしんどうで、くみやまのおなかにこすれる…」
「なんスか、誘ってるんスか」
「…おっきくなった……」
「誘ってるんだな!?」
「おちんちん…こすれてきもちい……」

さっき「湊のほうから言い出すまで、手出さないから」って言ったのを忘れたわけじゃないけど、この状況は湊のほうから言い出したと捉えてもいいですか、神さま。

首にしがみ着く湊が、オレの耳を吸ったり舐めたりしてるのなんてもう誘ってるとしか思えないんだが神さま。耳元で鳴るクチュ…という水音に背筋がゾクゾクする。いかん、相手は酔っ払いだ。平常時と酩酊時を同じだと思ってはいけない。オレが飲ませたわけじゃないけど、酔い潰してヤろうとしてる男と大差ない。

「くみやまぁ…」
「ん?」
「おちんちん…ぬれてきちゃった…」
「…っ」


オレの意志が何より弱いことを、あらためて思い知った気がした。
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