93 / 115
天に吠える狼少女
第四章 招かれざる者・2
しおりを挟む
「それで、今日はどうするん?」
さくらもちを抱え上げてユウは問う。昨日宴で“勇者特区”への移住の件は周知されたが、まだ具体的に何人が移住するかなどは聞いていない。
「とりあえず皆にも考える時間がいる。それに、移住するやつらをバレないように“勇者特区”へ連れていくための馬車の用意もいるな。それは教皇がなんとかしてくれるだろうが、そのためにもあたし達は一旦教皇のいる大聖堂区まで行くか」
まだ少し不満げな様子のディナが今後の展望を話す。
「バレちゃアカンの?」
「一応な。親父みたいにここに残るって連中もいる。そういうやつらはなるべくそっとしておきたい。バレない限りはここで暮らしてればいいさ」
目下彼らにとって最大の危惧は、外に出ることを望む若者が捕まり、この集落の存在が人間にバレることだ。教皇が手を回したとしても、大っぴらに狼人族は敵ではないと言えない内はいずれ討伐隊が組まれる。そうなれば狼人族達はこの場所を離れざるをえなくなる。
本音を言えばこの集落の全員が“勇者特区”に移住してくれるのが一番都合がいい。ラドカルミア王国内にある“勇者特区”ならば、何かあったとしても最悪魔族領に逃げ延びるという選択肢もとれるからだ。人間領のただ中である教皇領大森林保護区では逃げ場がない。であれば、相変わらず隠し通すしかない。ラドカルミアが魔族を匿っていると糾弾する声があれば、ローティス教がそれとなく手を回そう。かつて教皇がアムディール枢機卿に言ったように、自ずから瓦解するまでは手を出すべきではないと。それで時間は稼げよう。
「で、いつ出るよ?」
「お腹減った」
「じゃあお昼食べてからかしらね」
と、一同が今日の予定を確認した。ちょうどその時だった。
アオォォォォン――
どこからか聴こえた遠吠え。それが聴こえた瞬間、ディナと周囲の狼人族達が一斉に表情を険しくして作業の手を止めた。
「女共は子供を連れて奥へ引っ込めェッ!男共は集まれェッ!」
緊迫した声色で指示を飛ばしながら、族長のテヴォが声色と同じ表情でユウ達のいた集落の中心、広場へと出てきた。昨夜の宴もここで行われた。だが今やこの空間には昨日の陽気さとは真逆の張りつめた緊張感が満ち満ちている。ただならぬ様子にユウ達にもその緊張が伝播、レイが説明を求めてディナの険しい横顔を窺う。
「……今の遠吠えは、緊急事態を報せるものだ。村に大型の獣が入り込んだか、あるいは――」
戦える狼人族の男衆十名ほど、それ加えて族長のテヴォ、そしてディナ、ユウ、レイ、セラの人間四人。戦えぬ女子供はすぐさま遠吠えが聴こえた方向と真逆に逃げた。避難は極めて迅速。森で暮らす以上、危険はいつだって隣り合わせだ。緊急時に速やかに動けぬようでは生きていけない。
「――妙な匂いがしやがるなぁ」
その鋭敏な鼻をひくつかせてテヴォが呟いた。彼らの嗅覚は人間のそれを大きく上回る。それによって危険を事前に察知し、回避して彼らは生きてきた。高い戦闘能力を持つ狼人族だが、基本的には戦闘は避ける。しかし集落まで攻め込まれれば話は別だ。生活の拠点はそう簡単には変えられない。
臨戦態勢の族長達の様子を見てとって、レイは一旦屋内へと引っ込んだ。愛用の長剣と盾をむんずと掴んで外に出ると、族長に駆け寄る一人の狼人族の姿を見咎める。おそらく先の遠吠えの主。集落の警備を担う者だ。彼から何事か説明を受けたテヴォはその黄色の瞳をスッと細めた。
「……ディナ、お前の知り合いらしいぞ」
「ああ?」
怪訝な表情をした若い異端審問官だが、族長の見据える方に目をやるとすぐに納得と、怒りの表情がその顔面に浮かんだ。
さくらもちを抱え上げてユウは問う。昨日宴で“勇者特区”への移住の件は周知されたが、まだ具体的に何人が移住するかなどは聞いていない。
「とりあえず皆にも考える時間がいる。それに、移住するやつらをバレないように“勇者特区”へ連れていくための馬車の用意もいるな。それは教皇がなんとかしてくれるだろうが、そのためにもあたし達は一旦教皇のいる大聖堂区まで行くか」
まだ少し不満げな様子のディナが今後の展望を話す。
「バレちゃアカンの?」
「一応な。親父みたいにここに残るって連中もいる。そういうやつらはなるべくそっとしておきたい。バレない限りはここで暮らしてればいいさ」
目下彼らにとって最大の危惧は、外に出ることを望む若者が捕まり、この集落の存在が人間にバレることだ。教皇が手を回したとしても、大っぴらに狼人族は敵ではないと言えない内はいずれ討伐隊が組まれる。そうなれば狼人族達はこの場所を離れざるをえなくなる。
本音を言えばこの集落の全員が“勇者特区”に移住してくれるのが一番都合がいい。ラドカルミア王国内にある“勇者特区”ならば、何かあったとしても最悪魔族領に逃げ延びるという選択肢もとれるからだ。人間領のただ中である教皇領大森林保護区では逃げ場がない。であれば、相変わらず隠し通すしかない。ラドカルミアが魔族を匿っていると糾弾する声があれば、ローティス教がそれとなく手を回そう。かつて教皇がアムディール枢機卿に言ったように、自ずから瓦解するまでは手を出すべきではないと。それで時間は稼げよう。
「で、いつ出るよ?」
「お腹減った」
「じゃあお昼食べてからかしらね」
と、一同が今日の予定を確認した。ちょうどその時だった。
アオォォォォン――
どこからか聴こえた遠吠え。それが聴こえた瞬間、ディナと周囲の狼人族達が一斉に表情を険しくして作業の手を止めた。
「女共は子供を連れて奥へ引っ込めェッ!男共は集まれェッ!」
緊迫した声色で指示を飛ばしながら、族長のテヴォが声色と同じ表情でユウ達のいた集落の中心、広場へと出てきた。昨夜の宴もここで行われた。だが今やこの空間には昨日の陽気さとは真逆の張りつめた緊張感が満ち満ちている。ただならぬ様子にユウ達にもその緊張が伝播、レイが説明を求めてディナの険しい横顔を窺う。
「……今の遠吠えは、緊急事態を報せるものだ。村に大型の獣が入り込んだか、あるいは――」
戦える狼人族の男衆十名ほど、それ加えて族長のテヴォ、そしてディナ、ユウ、レイ、セラの人間四人。戦えぬ女子供はすぐさま遠吠えが聴こえた方向と真逆に逃げた。避難は極めて迅速。森で暮らす以上、危険はいつだって隣り合わせだ。緊急時に速やかに動けぬようでは生きていけない。
「――妙な匂いがしやがるなぁ」
その鋭敏な鼻をひくつかせてテヴォが呟いた。彼らの嗅覚は人間のそれを大きく上回る。それによって危険を事前に察知し、回避して彼らは生きてきた。高い戦闘能力を持つ狼人族だが、基本的には戦闘は避ける。しかし集落まで攻め込まれれば話は別だ。生活の拠点はそう簡単には変えられない。
臨戦態勢の族長達の様子を見てとって、レイは一旦屋内へと引っ込んだ。愛用の長剣と盾をむんずと掴んで外に出ると、族長に駆け寄る一人の狼人族の姿を見咎める。おそらく先の遠吠えの主。集落の警備を担う者だ。彼から何事か説明を受けたテヴォはその黄色の瞳をスッと細めた。
「……ディナ、お前の知り合いらしいぞ」
「ああ?」
怪訝な表情をした若い異端審問官だが、族長の見据える方に目をやるとすぐに納得と、怒りの表情がその顔面に浮かんだ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて
だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。
敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。
決して追放に備えていた訳では無いのよ?
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる